第十一話 宴の夜
「三、二、一」
「――ファイアーッ‼」
テーブルクロスの真上に広がる群青色の夜空に、庭の奥手から一筋の閃光が上がる。
「――っ」
「いよし!」
「いいぞー‼」
「やるじゃねえか!」
「た~まや~っ‼」
空気を震わせる破裂音。星の光を塗り替えるような鮮烈な炎の花が広がると同時、庭の各所から様々の歓声が飛び交った。
――邸宅の裏庭で開かれた、立食パーティー。
四百メートル四方はあるかという敷地の中で、青々とした芝生の上に置かれた幾つもの丸テーブルの周りに、黒服たちが集っている。レイルさんが用意していると言っていたイベントは――。
「凄い……」
「――お二方とも、お飲み物はどういたしやすか?」
「あっ、はい」
俺たちのみならず、ファミリーの黒服全員が参加する大イベントで。邸内の遊覧を一通り終えた頃に、時間ということで外に案内されてきた。次々に打ち上げられていく特大の花火。
「出るものは全てサービスなんで。ドンペリとか、山崎とか、シャトー・ディケムの二十五年物とかもありますぜ」
「……」
黒服が差し出してくるメニューに目を移す。アルコールからソフトドリンクまであるが……。
「――俺は、ホットコーヒーを」
「っ私はこの、温かい紅茶で」
「畏まりやした。少々お待ち下せえ」
値段が分からないのは怖すぎる。外ということで無難に暖かい飲み物を選択した俺たちに、注文を受けたスーツの背中が、人混みの間を器用に掻き分けて遠ざかっていく。……レイルさんからつけられた黒服のお付き。
「ヒューッ‼」
「割といかしてやがるぜ‼」
「おお、すげえな、あのダンス」
「本当だ」
始めのうちはとにかく違和感が凄かったが、どこへ行くにしても着いてきて、都度的確なサポートをしてくれるため、次第に慣れてきてしまっていた。銘々に騒いでいる黒服たちを眺めながら、視線をステージへ移す。特設で作られたと思しき正面ステージには、眩い白色のスポットライトが当てられ。
「凄い動きですね……」
「地下のジムで滅茶苦茶練習してたからな」
揃いのヒットマンスタイルで決めた三人組が、軽快なテクノビートに合わせて華麗なブレイクコンビネーションダンスを決めている。……本職がマフィアとは思えない。
「――お飲み物をお持ちしやした」
そっちの道でも充分に食っていけるのではないだろうか。マフィアとは何なのかを自問しそうになったところで、戻ってきた黒服から、銀色の盆が差し出される。
「どうも」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ。それと、こいつもどうぞ」
グラスを受け取る。口をつけてテーブルに飲み物を置いた俺たちに、続けて渡される一枚の台紙。
「これは……」
「ビンゴカードです。ステージの出し物が終わるごとに、ダーツで番号を決めてくようになってまして」
花火の色のような鮮やかな色彩のカードには、五かける五のマス目に、ランダムな数字が割り当てられている。中央は始めから開いた扱いになっていて――。
「二等は世界四周豪華どこでも旅行券、一等は高級外車の詰め合わせセットと、豪華ラインナップになってやす。坊ちゃんの分もありますんで」
「おっ、マジか」
「奮ってご参加くだせえ。――では、何かありましたら、遠慮なくお声がけを」
穴の開いたマス目が一列に揃えばビンゴ。早目に揃った人間から、高い着順を得ていくというシステムだ。一礼した黒服が会場の中に消えていく。……改めて見ると。
「……凄いイベントだよな、色々と」
「ちょっと、恐縮しちゃうくらいですよね……」
「気にしなくていいって。客の歓迎にかこつけた、特別休暇みたいなもんだから」
俺たちを招くためだけにこれが開かれたのかと思うと、気が引ける感じもしてくる。……そう言ってもらえるとこちらも気が楽。
「マフィアつっても、親父んとこは結構激務だからな。こんな日じゃなきゃがっつり休むなんてできねえし、むしろ感謝してんじゃねえか? 大半は」
「そ、そうなんでしょうか」
「おうよ。つうか、三等がオヤジの彫像って」
祭りのようなはしゃぎようにも、納得できるというものかもしれない。ステージの脇に並べられた景品に視線が向く。一見して高級そうな果物の箱に、ヴィンテージのワインボトル、腕時計など。
「誰も欲しがらねえだろ、あんなのは」
「まあ……」
「い、意外と需要があるのかもしれませんし」
豪華なラインナップがそろい踏む中で、中央に置かれた等身大の灰色の石像が、一際異彩を放っている。髪の毛からスーツの端までやけに精巧にできていて……。
少し不気味だ。飲み物から一口を飲んだフィアが、改めて会場を見渡した。
「凄い人数のファミリーなんですね……皆さん」
「ああ。いつもならこんなにはいねえんだけどな」
庭内に目を遣る。グループごとに固まって歓談しているような黒服たちは、ざっと見て百人以上。
「今日はイベントだってことで、特別集まりが良くなってる。そのメニューとかも、ここにいる面子が作ってんだぜ?」
「えっ」
「――そうなのか」
「おうよ。さっき打ち上げてた、花火とかもな」
机に置いてあった、クラフトペーパーのドリンクメニューを手に取る。……言われてみれば手作りのような気もする。
「……多芸なんだな。レイルさんのファミリーは」
「じゃあその、もしかして、あの彫像とかも部下の方が?」
「いや、あれは親父の作品じゃねえかな。三日くらい前から工房でなんかやってたような気もするし」
花火も俺からすれば、日本の職人が作っているものと遜色ない。……本人作だったのか。
「工房まであるんですね……」
「親父は多趣味で多芸だからな。プロ並みにできるっていう趣味が、俺の知ってるだけでも四十個はあんじゃねえかな?」
「四十か――」
「――で」
昼間にあったときの印象とはまた違って、色々と凄い父親だ。複雑な感服の心持ちにあるところで、リゲルが視線を向けてきた。
「どうだったよ。マフィアの邸宅は」
「……凄いって感想だ」
頷く俺とフィア。口を突いて出てくる感想は、それ以外にない。
「カジノにゲーム、射撃場……」
「プールもありましたよね」
二人して印象的だった設備を上げる。――リゲルの事前の言葉通り。
レイルさんの邸宅はただ広いだけでなく、部屋ごとにまるで装いが違うもので、本当にアミューズメントパークのアトラクションに来たのかと思わされるほどだった。地下の射撃場では実弾実銃の試射。
カジノ部屋ではディーラー役の黒服を相手に、チップの山を賭けてブラックジャックやルーレット。ゲーム部屋では最新機種のソフトと筐体を試遊し、プール部屋では百メートルを超える大型プールと、よりどりみどりの水着がラックに掛けられて登場した。泳ぎはしなかったが……。
「ライオンまで出てきたのには、ビックリしました……」
「大型のは、サーカスや動物園のを預かったりしてるらしいけどな。特別気性の荒い奴を、代わりに躾けたりして」
「マフィアっていったい何なんだ……?」
動物たちの集まるサファリ部屋、絵画などの芸術作品が保管された、コレクション部屋などもあった。……とにかく凄いの一言に尽きる。
「……そういえば」
一般的なマフィアの家というよりは、レイルさんの個性が色濃く反映されている感じなのだろうが。話の途中で、思い出したように口にしたフィア。
「お母様はお留守なんですか? 今日一日、見かけなかったので」
「そういえばそうだな」
「ああ、いや」
始めのときの紹介で会うのかと思っていたが、対面したのはレイルさんだけだった。仕事で出ているのだろうか――。
「お袋は、いねえんだ」
「――え」
「俺が五歳の頃に別れたらしくてな。出て行ってそれきり、連絡も取ってねえ」
……そうだったのか。
「す、済みません」
「別に気にしねえっての。こーんなちっこかった頃のことだし」
意外な事情に一瞬、沈黙が過る。頭を下げたフィアの恐縮を晴らすためか、リゲルがコミカルに手のひらを押し下げてみせる。それだとひざ下くらいまでしかない小人になるが……。
「なんつうか、涙の別れって感じでもなかったからな。あの人のことは、俺なりに整理がついてる」
「そう、なんですか」
「色々事情もあったんだろうってな。当時はまだガキだったし、何ができたわけでもねえ」
「……リゲル」
「……親父はな?」
五歳の頃であれば、確かに多くを覚えてはいないのかもしれない。しんみりした空気を気にしたのか、遠くステージに響くサウンド、ライトの方へ視線を移しつつ、リゲルが語り始める。
「本当にすげえ人なんだよ。自分の身一つでこっちに渡ってきて、何もねえところから、これだけのもんを築き上げた」
――レイルさんのこと。
「マフィアつったらあれかもしんねえけど、単なる金儲けってわけじゃなく、治安の維持とかにも貢献しててな。少なくとも親父の影響下じゃ、ヤクとか人身売買なんかは許してねえ」
「そうなのか」
「おうよ。ヤバい暴力や誘拐、殺人の件数も大幅に減ったらしいし。親父としてはまあ、あれなところもあるけど、人としては凄くて」
欺瞞の入らない口調。……俺もフィアも当然、レイルさんの物語には詳しくない。
だが、リゲルの語るその内容が、決して誇張などでないだろうことは想像がつく。今目の前に広がっている、広大な敷地と邸宅。
「尊敬してんだ。……けど」
そのもとに集った多様な人たちの纏まり。力があり、それに見合うだけのことをしてきたからこそ、これだけの秩序を築き上げることができているのだろう。手にしていたコーラにリゲルが口をつける。
黒革のグローブをバックに、閉じ込められていた炭酸がシュワシュワと音を立てる。弾ける泡が消えていく様子を目にして、リゲルが静かにグラスを置いた。
「何もかも同じってわけには、いかねえんだ」
「……?」
「――二人とも、銃を撃ってみてどう思った?」
「どう、ですか?」
唐突な問いかけ。脈絡のなさそうな話題に、フィアと共に首を捻る。射撃場で体験したこと――。
「多分、初めてだったと思うんだが。実際ああいうのに触れてみて、どう思ったよ」
「……」
……どう、か。
向けられている真剣な表情を見て取って、数時間前に体験した感触を思い返す。ずっしりと手のひらに吸い付くポリマーフレームのグリップ。
〝扱いは案外簡単ですよ。きちんと手順を守れば、そこらの子どもにだって撃てます〟
マガジンを嵌めたときの、装着音。黒服から説明を受けたときの、俺の感想は――。
「……思ったよりもずっと、重いものだって感じました」
俺より口径の小さい銃を試し撃ちしていたフィアが、口にする。
「撃つ音も、響く衝撃も。これで何を撃つんだろう、って思うと、怖くなってしまって」
「……俺も」
……そうだ。
「怖い、と思ったな」
「……」
「狙いとかはあれだけど、威力は銃の方が勝手に生み出すもので、いざそのときになって変えようと思っても間に合わない。――確かにあれは、人が死ぬ」
何よりまず、恐怖がはっきりと実感できた。跳ね上がる銃身の強さ。
反射的に反動を押さえ込むのに、どれだけの力が必要だったか。俺たちの手にしていたのは紛れもなく――。
「トリガーハッピーじゃなくて安心したぜ」
「……」
「言うまでもねえかもしれねえが、マフィアである以上、親父や黒服たちはみんなあいつを持ってる。親父は、殺す人なんだよ」
人を殺せる道具。リゲルの言葉にハッとする。――そうだ。
「誰彼構わずってわけじゃねえけど、殺すべきだと判断したら容赦なく手を下す」
「……っ!」
「そいつが当然だとも思ってる。人一人消すってのを、当たり前にこなす仕事みてえにな」
アトラクションのような邸内を巡っているうち、忘れかけていたことがあった。始めにレイルさんから感じた気配。
「……それだけがやり方じゃねえはずだ」
「……」
「親父のやってんのとは、別の道があるってことを証明してやる。――いつか必ず、親父を超える男になる」
生かすべきか殺すべきかを値踏みされているような冷たい眼差しを思い出す中で、台詞の後半に力を込めた、リゲルが強く拳を握った。
「そいつが俺の目標でな。――ま」
力の抜けた頬に笑みを浮かべて。どことなく一人語りをしているようだったブルーの瞳を、改めて俺とフィアの方に向けてくる。
「見事に行き詰ってたんだけどな。何をやろうって言っても、一人じゃどうにもならねえ」
「……!」
「関わり合いになってくれる相手がいて、初めて始められる。……だからよ」
――珍しい。
リゲルが言いよどむところなど、初めて見た気がする。自然と居住まいを正す気持ちになる中で、気恥しそうに鼻頭を擦ったリゲルが――。
「――感謝してんだ。二人が今、ダチとしてここにいてくれることにな」
「――」
「……リゲルさん」
煌びやかなステージを背景に、正面から礼を言ってきた。……そうだ。
改めて思い出した。何をしてくるにも不器用な真っ向勝負。
一見すれば粗暴なようにも見えるが、その実、拳と胸に驚くほど熱い志を秘めている。俺の知っているリゲルは、俺たちの知っているリゲルとは――。
「――もしかして今、かなり恥ずかしいこと言ってないか?」
「おっと。ばれちまったか?」
「私たちの方こそ、リゲルさんに感謝してますよ」
――こういう奴だったのだ。フィアが微笑みながらリゲルに言う。
「いつも賑やかで楽しいですし。今日もこうやって、貴重な体験をさせてもらってます」
「全く。――さっきみたいないいセリフも聞けることだしな」
「やめろっての、繰り返しやがって! ガチではずいんだよ、こっちは!」
がしがしと腕をぶつけ合う。こんなリゲルだからこそ――。
「――しっかしまあ、あれだ」
俺たちも信頼して、この場に来ることができていた。バシバシと背中を叩いてきたあとで、リゲルが手元に視線を落とす。
「全然揃わねえなぁ、これ。リーチくらいはかかると思ってたら、てんでバラバラ」
「俺も揃ってないな」
グローブの指にヒラリとはためかされたのは、バラバラに穴の開いたビンゴカード。俺のカードの方は、リゲルより穴の数が少なく――。
「リーチは一つできたんですけど、それからずっと外れっぱなしで」
「黄泉示もフィアも外れ調子か。親父のことだから、ゲストに当たるよう仕込みでもしてるんじゃねえかと思ってたけど」
「今回はないんじゃないか?」
リーチはあるものの、開いている穴の数自体はフィアが一番少ない。ビンゴにはほど遠く。
「一等も二等も、もう出揃ってるし。黒服さんたちへの報酬ってことで」
「当たっても、ちょっと困りますしね」
「さあ、お待ちかね! 運命を左右する次の番号はぁ!」
マイクから響き渡る司会の声にステージを見る。ライトに照らされる、カラフルなルーレットが回り――。
「――24番! 24番だぁッ‼」
「……24番か」
自分のカードを確認する。右の列の最下段。
「あった」
「あー、ねえわ」
「開いたけど、端の方だな」
右下の角に開いた穴は周囲と二つ飛びで、リーチさえできていない。上がるのはまだまだ遠そう。
「ついてねえな、やっぱ。――どうだったよ、フィア」
「……あ」
やはり景品の当選はなさそうだ。笑顔で尋ねたリゲルに、眼を瞬きさせたフィア。ゆっくりと向けられたカードの中央一列に――。
「……!」
「っあ、当たりました。……三等」
「――マジか」
「マジかよ」
「――」
「――起きろ」
――瞬転。
如何な金剛力でも破れない、不壊の鉄条のようだった戒めが解かれる。始めからなきが如くに消え去った力の残滓。
「……確認が取れた、ということか?」
「思い上がりはしないことですね。虜囚に等しいという、己の立場を弁えることです」
沈む暗闇に慣れ切っていた眼底を刺す、壁際の松明の揺らめきに、男は瞳を細める。時が来るまで甘んじて受け入れるつもりだったとはいえ。
「組織の構成員を張らせていた人員が、連絡を絶った」
およそ数週間ぶりであるはずの解放には、如何ともし難いぎこちのなさが伴っている。各所で血流の滞った肉体をゆっくりと動かす男に、華美な装いに身を包んだ賢王が鼻を鳴らす隣、炎を背に陰影を纏っているのは、濃紫の髪をした少女。
「構成員共々、不自然な形で。今回の件を踏まえ、凶王派はお前の意見を入れることにした」
「……賢明な采配だな」
「聞くべき時とものを知っているだけだ。誓約として、お前にはこの書面にサインしてもらう」
――魔王。十の半ばに届くかという容姿には不釣り合いな深みを持つ、深紅の眼差しが男を静かに見つめている。触れれば切れるのではないかと思うほど鋭利な先端を持つ爪先が、空間を艶やかになぞると同時、沈滞する闇の奥から、暗紫のひもで閉じられた一個の巻物が現前した。
「……なるほどな」
手に取った羊皮紙を解き広げ、現れた書面を男は一瞥する。記された内容。
「貴方の語りが事実ならば、厭うに足りないでしょう」
その形式。突きつけられた選択の意味は明らか。自身に注がれる、二対の視線を覚え。
「――いいだろう」
迷うことなく男――九鬼永仙は、添え付けられたペンを手に執る。突いた親指の腹に浮かぶ血の玉を軸に吸わせ、魔力を練り合わせたインクとして、淀みのない署名を終える。
「これで私も今から、王たちの輩ということかな?」
「何をぬけぬけと。こちらの逆鱗を撫でるつもりで言っているのなら、上手い手とは言えませんね」
「早速だが、お前のこれからの方針を訊こう」
巻き綴じられた書面が賢王の手に収められる。両者の一拍の了解を見て取って、魔王が口を開く。
「凶王と名を結ぶことだけではあるまい。お前が私たちの元に来たのは、この段階でやらねばならないことがあるからだ」
「……」
「お前が私たちに何を望むのか。偽ることなく口にしてもらう」
「――向き合うべき脅威は一つではない」
――流石と言うべきか。
腹の探り入れで時間を潰し合う利点はない。拘束を完全に解いて問いを投げかけてくる魔王の真摯に、永仙も相応の迅速さをもって応える。
「六十年前の禍根が残されている。二つの脅威が手を取り合う前に、一方を断たねばならない」
「六十年前――」
王名を負う以前、恐らくは自身の生まれる以前の知識に、少女の貌をした魔王が、僅かに遠い目を覗かせる。
「あの逸れ者か。確かなのか?」
「構築していた感知式に反応があった。具体的な場所までは特定ができないが、降り立っていると見て間違いない」
「――永久の魔にせよ、厄災の魔女にせよ、元はといえば貴方たちの不手際でしょうに」
不服極まりないと言うように、賢王が深々と溜め息を吐く。
「なんとも都合のいい掃除役を押し付けられたものですね。そもそもあの魔女が標的としていたのは、今はなき連盟を始めとした組織方だけではないですか」
「魔女が組織方を脅かせば、三組織を障害とする者にとっても有利となる」
敢えて永仙は口に出す。この場にいる全員が理解しているだろうこと。
「捨ておけば、魔女の方が取り込まれるリスクもある。視点を合わせるべきはあくまでも、もう一つの脅威の方だ」
「あの厄災が取り込まれるなど。仔細不明の相手に、大きく出たものですね」
「――いいだろう」
魔王が首肯する。賢王の不服もまた、ここまでの帰結を見通してのこと。
「全ての王派から斥候を送る。器の捜索」
始めからあるべき筋をなぞったに過ぎない。心底に合わせられる深紅の瞳。
「用意に周到なお前のことだ。絞り込みの目途はついていると判断しているが」
「仮組みではあるが、器に反応する術式を作成してある。王たちの知見が加われば、更に盤石な導となることだろう」
「禁忌に属する術理をよくもまあ。正道を謳う協会の理念が、聞いて呆れ果てますね」
「私はもう、協会の名を負う賢者ではない」
返す答え。己を語る永仙の声には、微かに自嘲気な響きがあった。
「ただの魔術師だ。望みのまま知識を振るうことに、障りのあるはずもないさ」




