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彼方を見る者たちへ  作者: 二立三析
第二章 学園での出会い
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第六話 嵐の裏


 

「……クソッ‼ あの野郎……‼」

 ――人気のない路地裏。

 リゲルと乱闘を繰り広げた二十数名のゴロツキたちが、薄汚れた裏道を目立たないよう移動している。受けた拳の痛みに耐える足取りはいずれも重く。

「リーダー。目覚めたばかりなんですから、まだ喋らない方が――」

「余計な世話だっつってんだろうがッ! ……う、くっ……!」

 歩調は乱雑に乱れている。部下に向けて気勢を飛ばすリーダー格の男。

 つばの汚れたテンガロンハットをはすに被り、苦悶の表情を浮かべて言葉を途切れさせる。リゲルから受けた最後の一撃――。

「くそが……! それもこれも全部、あのガキどもが邪魔しやがったせいだ……‼」

 正面から食らわされた強烈なアッパーカットの衝撃は、意識を取り戻してなお、男の身体に軽くないダメージを残していた。裏家業を務める身として、かつて相応に鍛え上げられた肉体だったが。

 一線を退いて暫くの月日が流れた今となっては、往年の頑丈さを発揮してはくれない。未だ噛み合わないような顎の感覚。どこかぐらつきの残る意識を、男は湧き上がる怒りの念で支え起こす。逆転の手として捕まえた子ども。

 起死回生の人質であったそれを奪い去った少女に、続けて割り込んできたあの青年。二人の余計な闖入者さえいなければ、リゲルは間違いなく私刑(リンチ)に掛けられていた。……殺して飽き足らない男への復讐も……。

「……リゲルの野郎は後回しで良い……っ」

 全て首尾よくいっていたはずなのだ。痛みに募る苛立ちを声に乗せて、(かしら)である男は次の方針を絞り出す。苦痛で刻まれる顔のしわを、憎しみで更に深彫らせ。

「まずはゴミ掃除からだ。茶々入れたあのガキと、女を――‼」

「――これはこれは」

 悪意が指令の弾丸を撃発する寸前。道行く人のないはずの街路に、何者かの声が響き渡った。

「こんな路地裏で誰かと思えば。先代ドンの右腕と言われた殺し屋、マルキーノ」

「――っ⁉」

「カッサンドラにその人ありと謳われた人物が、マフィア家業でもない青年に完敗するとは。日頃から身を磨いていなければ、かつての栄光などあっという間に過ぎるものだね」

「――誰だ‼」

 姿の見えない声に、陣形を組んだゴロツキたちが右往左往する。ただ一人声の方角を看破しているように、素早く銃を取り出した男が、前方の暗がりに鋭く覇気を飛ばした。――歩み出てきた姿。

「――やあ、カッサンドラの諸君」

「……‼」

 夜会に向かうのかと思うほど整った出で立ちの二人組。従者としての体裁を保つように後ろに控える一人を置き去りに、前に出たもう一人が朗々と語りを紡ぎ上げる。

「まさか日課の散歩の途中で出遇うとは。君たちとはよくよく、縁があるらしい」

「っ、テメエは……ッ⁉」

 糸くずの一本ですら縋りつけないような上質のスーツに、テグスのように輝く黒の髪。オールバックに固められたスタイルの下で、演奏者のような仕草で指先が空気を弾く。

「――古き良きカッサンドラファミリーも、零落(おちぶ)れたものだ」

 合図を受けた部下が、背後から影のように歩み出て煙草を差し出す。淀みのない動作で火をつけ。

「矜持を無くし、気の逸る殺し屋に引っ張られる始末。組織の仇討ちよりも自分の憎しみを優先させるようになったと聞けば、かつてのドンはさぞかし悲しんだことだろう。――ああ」

 白い煙を吐く。どこか超然とした男の雰囲気が、芝居染みていると思える仕草の全てを現実的なものとして成り立たせている。切れ長の目を細めた男が、さぞ親しいかのような優雅な素振りで微笑んだ。

「今はもうファミリーはないのだから、カッサンドラの残党(・・)とでも呼んだ方が良かったかもしれないね」

「……れ」

「――レイルッ⁉ どうしてここに⁉」

「組織の後ろ盾を失って、君たちは情報の収集を怠っていたらしい」

 悲鳴のような声を上げて後ずさるゴロツキたち。リーダーからの憎しみのこもった視線をものともせずに、カッサンドラファミリーを壊滅させた元凶――レイル・G・ガウスが品よく質問に答え出す。

「足を使えば渡航の話がフェイクだと気付けたはずなのに、あんな粗雑な計画を実行に移すなんてね。お陰で用意していた罠の二つ三つが無駄になってしまった」

「……!」

「……そんなことはどうでもいい」

 地位のない者には縁のないだろう、香り高い紫煙が立ち上る。ゴロツキたちがたじろぐ中で――。

「ここで会ったが百年目だ。当代のボスを殺した恨み、今ここで――‼」

「――カッサンドラは長きに渡り伝統あるファミリーの一つではあったが、近年トップが変わるに当たって、大幅な方針転換を果たそうとしていた」

 肩をいからせたリーダー格の男。発された炎熱の如き怒気を、レイルの声が高波のように押し鎮める。

「密輸や偽造紙幣なんかはまだ構わなかったが、麻薬に人身売買……これがいけない」

「……っ」

「五大ファミリーの総意として伝えてあったはずだよ。そういったものに手を出せば、すぐにでもうちのファミリーが始末に出ると」

「……何が五大ファミリーだ」

 苦虫を噛み潰したように吐き捨てる。憤怒に燃える目が、烈火の舌先を繰る。

「マフィアの歴史も知らねえぺえぺえどもが‼ テメエら新参と同列に語るんじゃ――ッ!」

「君たちの中でも、薄々気にしてる人間はいたんじゃないのかい?」

 リーダー格の男を通り過ぎて、レイルの視線が後ろのゴロツキたちへ向く。

「〝うちのファミリーはもう、昔みたいなプライドあるファミリーじゃない。進んで他を食い物にするような、本物の屑に成り下がった〟……ってね」

「……ッ」

「黙れ‼ 耳を貸すんじゃねえッ‼」

 男が銃を振り回す。地団太のような足踏みで一喝し。

「例えそうだとしても、俺たちはファミリーに恩がある。ファミリーの決定は絶対だ‼」

「……その揺るぎない忠誠心だけが、今の君に見るべき点だ」

 殺意のこもった双眸を突き付ける男。突き刺すような殺気を風のように受け流しつつ、煙草の灰を落としたレイルが僅かに口元を緩めた。

「――まあ、君たちにも更生の余地がないわけじゃないんだろうが」

 指に挟まれた煙草が宙を舞う。淀んだ水溜りに火が落ちる前で、殺意などまるで感じさせずに為された宣告。

「息子をあれだけ痛めつけてくれた人間を見逃すほど、私は寛容じゃないのでね」

「――ッ!」

 ――。

「……手袋が汚れたね」

 十秒にも満たない戦闘が終わり。赤い飛沫(しぶき)の飛んだ手袋を脱ぎ捨てて、レイルは背後へと向き直る。沈黙の支配する路地裏。

「後始末はいつも通り。サロネモとの会合があるからね。早目に片づけて来てくれたまえ」

「はい」

 佇んでいた部下の男が一礼する。素早く端末に指を走らせる動作を目にしつつ。

「……それにしても」

「どうかしましたか?」

「……いや」

 呟きを零したレイル。惨劇を目にしても色を変えなかった部下の瞳が、そこだけ僅かに緊張した表情を浮かべる。煙草を咥え直したレイルは言葉を濁し。

「何でもない。あとは頼んだよ」


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