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彼方を見る者たちへ  作者: 二立三析
第六章 運命の日
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第三十一話 脅威の影


 

 無数と言える技量の応酬ののち。

「――流石にやりやがるな」

 台詞と共に(じょう)を構え直す田中(たなか)さん。服の端々には切れ目が刻まれ、浅い切り傷が幾つか肌に赤を滲ませてはいるものの、肝心要の杖と身体に目立った負傷は見受けられない。――およそ十全と言える状態。

「……」

 衰えぬ闘気で眼前を注視するその視線の前に立つのは――二刀を緩やかに身体の側方へと下げた父、蔭水(かげみず)(めい)()。……田中さんと同様に。

 此方もやはり、目立った傷は肉体よりも衣服の方に集中している。……正面から攻撃を受けるような真似はしない。

「……なるほどな」

 俺の眼からすればまるで捉えられない速さの攻撃を互いに紙一重で見切り、流していることの証であり、その凌ぎ合いが如何に高度なものであるかの証明でもある。田中さんと同じく、息も切らしてはいない父が、崩されない真顔の唇だけを動かして、静かに呟いた。

「あえて木造の杖を得物とするからには、どれだけのものかと思ったが」

「……!」

「特別な仕込みも術法による強化もない得物で、ここまでの攻防に耐えうるとは。これが生粋の武人……か」

「――この程度の芸当は、連盟の二十三雄なら全員朝飯前だったけどな」

 剽軽(ひょうきん)な口調のまま田中さんが答えを返す。……四大組織の一角であったという武術連盟。

「こんな当然の技量で驚かれちゃ、あの人たちの立つ瀬がねえ。――お前さんの方こそ、そんな(なまくら)でよく()れるぜ」

 その幹部である二十三雄の名前が出たということは、今の田中さんの実力もまた、かつての組織幹部たちと伯仲する域に達しているということなのか。――なに?

「本気で振りゃあポッキリ折れちまいそうな(かず)()ちで。かつて蔭水家最優と(うた)われた実力は、伊達じゃないってことかい?」

「……⁉」

「……」

「三大組織の本部に襲撃に来てるってのに、随分と大上段な構え方だぜ。器用さを自慢にしてんのかもしんねえが――」

 父の得物の不備を指摘するようなその台詞に、先ほどの光景が蘇ってくる。……先輩の結界を両断した【(たえ)(ばな)】の一撃。

 触れられないはずの結界を切断した父の剣技の正体はいまだに掴めないが、その一刀を繰り出したのち、父が元から手にしていた刀は微塵に砕け散ってしまっていた。あの一刀が父の本領を僅かでも垣間見せたものであるならば……。

「少々、見せびらかしが過ぎちまったな」

「……」

「試しで互いの腕前は大体分かった頃だろうが。その貧弱な得物が相手なら、どうすっ転んでも俺が勝つぜ」

 同格以上の実力者が相手となる戦いにとって、その現象は致命的になるはずで。――ッ杖の先端を、相手の心臓の高さに突き付けての宣言。

「命までは取らねえから、安心しろよ」

「……」

「のしいかになるまで(ぼこ)して、襲撃の内幕をしっかり訊き出してやる。秋光(あきみつ)の爺さんやファレルの婆さんも、顔馴染みの英雄となりゃ会いたがるだろうしな」

 明確な勝機が見えているらしい田中さんが、仕掛ける合図のように一際気配を研ぎ澄ませる。追い込まれたと言える窮地を前にして。

「……遊びが過ぎたか」

 小さく呟きを零した父が、抵抗を諦めたかのように全身の気配を弛緩させる。瞬間的な脱力で力の抜け切った手のひらから、手にしていた刀の片方が滑り落とされた――。

 ――瞬間。

「――ッッ‼⁉」

「――【(きょう)()】」

 不意を突く父の足刀に蹴り飛ばされた刀身が、暗黒の魔力の輝きと共に彼我の間合いの中央で強烈な爆発を起こす。大気を揺らす衝撃に連れて散弾のように撒き散らされる鋼の破片――ッッ‼‼

「――【(きょう)(げつ)・壱の閃】」

「チィッ――ッ‼‼」

 迫りくる全ての金属片を()(ぼうき)のように振るった杖の風圧で吹き飛ばした田中さんに対し、爆風の中から豪速で飛来する巨大な風圧の斬撃が現れる。――ッ【月の太刀】における奥義、【狂月】。

「ッんなろッ‼‼」

 特殊な腕の振りで刀身を振動させ、周囲の空気を巻き込んで刀身より遥かに巨大な斬撃を放つ技だ。同時に複数の斬撃を放ったかの如く、重なり合いながら乱れ舞う七つの衝撃波を、田中さんが明確な力を込めた瞬速の連撃で打ち砕く。――ッ刹那。

「――……ッ‼‼」

 放った奥義の負担に、微塵に砕け散った刀の残骸のあとで――父の腰元に現れている、新たな二振りの長刀が俺の目に飛び込んでくる。……飾り気のない古びた鞘。

 握りを守る柄巻(つかまき)(つば)は黒色に染まり、刻印や彫刻はどこにも施されていない。――ッそうだ。

 雷鳴のように呼び起こされてくる記憶。……父と俺の生家である蔭水家には、家の始まりから代々伝わるとされる、三振りの宝刀があった。

 うち一つは俺の手にしている刀、鍛錬用に刃引きされ、不殺の理想を表すとされる黒刀『終月(しゅうげつ)』だが、あとの二振りはそれとは違う。終月と併せて『雪月花』の異称を冠し、刃を備えた実戦用の真剣である二振り――‼

「――ッ‼」

 ――『花殲(かせん)』、並びに『鬼雪(きせつ)』。父の死後、見付からないまま失われたとされていた宝刀の握りに手を掛けた父の気配が、明白なほど一変させられる。……ッあれが蔭水冥希本来の得物。

 この場における空気の質そのものが変わったかのような、絶対的な零度の剣気が場を支配している。瞬き一つさえ許されないような圧迫感に、動きを止めた俺たちの眼前で……。

「……」

「……ッ!」

 冷たい水月のごとき光を目に湛えた父が。相貌を厳しく引き締め直した田中さんに向けて、僅かに指先を動かした。

「――きゃあっ⁉」

「っ、なにッ⁉」

 ――瞬間。

「……⁉」

 全くの不意。誰もが予測しないタイミングで、強大な揺れが室内を襲う。――部屋の中だけではない。

「……なに、これは……?」

「……終わりか」

 本山の建物全体が、戦慄(わなな)き鳴動しているような揺れ。地面に投げ出されそうになったフィアを抱き留める俺の前で、互いに姿勢を崩さずにいた二人のうち、父が静かに言葉を零す。刀の握りから指を離し、

「――何の真似だ?」

「……本山の異位相空間への転移が解除される」

 空気全てを圧壊するような威圧を収める。片眉を上げて問う田中さんに対し、父が冷ややかに答えを返した。――なにッ⁉

「地脈との接続が回復し、本山本来の守りが機能を取り戻す」

「……‼」

「【大結界】に【ゲート】、いずれも不完全な形ではあるが。元の位相へと戻れば、事態を静観せざるを得なかった外部からも、応援が駆けつけるだろう」

「……なるほど、時間切れってわけか」

 戦意を喪失した父の態度に、合点の入ったように田中さんが呟いている。そうか――ッ!

 立慧(リーフイ)さんたちも初めに話していた通り、この騒動には元から時間という制約があった。本山の建物すべてを別位相の空間へと転移させ、外部からの隔離を達成した離れ業だが。

「これからが本番ってところだったのに、残念だったな」

「……」

「これだけの芸当をこなしたんじゃ、無理もねえが。仲間にお悔みでも伝えて――」

「――我らの目的はすでに達成している」

 その桁外れの術法の規模ゆえに、決して長時間続けられるものではなかったのだ。――ッ⁉

「魔導の協会を支える頂点の術者は墜ち、隠された封印を手に入れた」

「……⁉」

「抵抗の要となる戦力を根こそぎ刈り取るというわけにはいかなかったが。我らの悲願への道のりは、確かな達成の道を進む」

「……この魔力……ッ」

 立慧さんの呟きで気付く。上層から伝わってきている、禍々しい力の気配。

「……嘘でしょ? まさか……っ」

「……秋光様ッ……⁉」

「……何が狙いだ?」

 父に負わされた傷を癒す途中の千景(ちかげ)先輩もまた、信じられないという面持ちで石造りの天井を見上げている。田中さんが問いかける。

「あの坊ちゃんをたぶらかしてまで。……何を狙ってやがる」

「いずれ分かる」

 冷ややかに言った父の足元に――見慣れない複雑な紋様を持つ、魔方陣が描かれる。――ッ転移法⁉

「あらゆる抵抗が無意味となり、世界と人の全てが滅びゆくそのときに」

「――ッ!」

「お前たちと私たちの、どちらに命運が傾いているのかが。――黄泉示(よみじ)

 次第に光を増していく輝きのうちで、俺へと呼び掛けられた言葉。

「私はあと一度だけ、お前を迎えに来る」

「――ッ‼」

「仲間たちとお前自身の命を守るために、お前の下すべき選択はなんなのか――」

 法陣の光の中に消えゆく父が、微かに情の(よぎ)る一瞥を送った。

「そのときまでに、考えておくことだな」


 

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ‼」

 ――世界の情景に(きし)みが入る。

 一帯に人気のない、風の吹く荒涼とした荒野。均整を保つ景色が一瞬だけ螺旋(らせん)に似た歪みを見せたかと思うと、先ほどまで無人だった灰色の大地の上に、一人の人物が投げ出されていた。全身を灰で汚し、

「――ッゴホッ‼ ゲホッ‼ うっ……‼」

 地面に突いた手の上で盛大に空気を己の身体に行き渡らせるのは、短い黒髪をした一人の中年の男。汗と血に(まみ)れた自らの衣服を直す余力もなく、地面に落ちて砂埃に埋もれた丸眼鏡を、震える指先でどうにか拾い上げる。力の入らない緩慢な動作で、曲がったフレームをそのまま耳に乗せ……。

「……疲れた…………。死ぬかと思ったよ、まったく……」

 視界にさす土汚れのぼやけに苦笑を零しながら、一命を取り留めた滅世者、ヴェイグ・カーンは大きく全身から息を吐き出した。……己を取り囲む【世界】が崩壊しきる直前。

〝――ッッ‼‼〟

残影(ざんえい)(しょ)(てん)』に記された魔術師の知識を借り、己の動員しうる半無限の魔力の全てを脱出のための術式に振り向けたヴェイグは、境界の見えぬほど緻密に構築された【三千(さんぜん)世界(せかい)】のうちに、僅かな指先ほどの亀裂を生じさせることに成功していた。崩壊に伴って潰れていくその隙間を、つぎ込んだ力で無理矢理に押し広げ――。

「……あれだけの力の差がありながら、まさかここまで追い込まれるなんてね」

 今。【世界】ごと存在の崩壊の憂き目を受ける直前に、辛うじて現実の世界へと帰還することができたのだ。色を奪われたように霞んでいたヴェイグの姿。

「……死ぬときも笑顔、か」

 吹かれれば飛ぶ幻のように頼りなさげな気配を纏っていた姿が、徐々に、本来の明晰な色と輪郭を取り戻していく。全ての力を使い果たした虚脱の感覚の中で、最後の情景を思い起こしたヴェイグが、微かに口の端を上げた。

「最期まで、食えない人だ。――九鬼(くき)永仙(えいせん)

 



 


「……」

 壮大な(うな)りと轟音を最後に、目の前の岩壁に浮かんでいた映像が途絶する。四人の王たちの列席する巨大な石机。

「……杭も壊れた」

「……」

「完全に終わったようだな。何もかもが慮外の範疇(はんちゅう)にあることだが……」

「……馬鹿な――」

 テーブルの上に置かれていた、小さな杭。対となる(くさび)の撃ち込まれた心臓の鼓動を模倣するように不気味な脈動を発していた禁呪の媒体が、縦から落雷を受けたかの如くに真っ二つに割れ砕けている。四者の間に停滞していた沈黙を振り払うように、魔王が深紅の眼に光を灯した。

「見せられては信じるしかあるまい。――魔導協会の元大賢者、九鬼永仙は死んだ」

「……」

「世界の破滅を志す勢力の首魁、ヴェイグ・カーンとの戦いによって。――組織方に休戦を申し入れる」

 冥王――平時と変わらず沈滞するヒトガタの影と共に、王派の異端児と呼ばれる(きょう)覇者(はしゃ)もまた、この場では硬く腕組みをした(いか)めし気な沈黙を保っている。魔王から口にされた宣告。

「絶大な力を持つ技能者――ヴェイグの目的が、単なる組織秩序の崩壊などにおさまらないことは明白だ」

「……」

「組織方も王派も一様に損害を受けるとなれば、互いの憎しみで血を流している(ひま)はない。本部への襲撃で受ける被害の大きさを考えたなら、三大組織も断る選択肢は取れないだろう」

「……そうですね」

 溜め息。現実の大きさを受け止め切れずにいた表情の賢王が、静かに頷きを見せる。声に平時の滑らかさを取り戻し。

「組織方の力が凋落するこの時分に、誠に不本意な話ではありますが。こうなった以上、とれる選択肢はさほど多くはありません」

「……」

「魔王派の門として、私の派から連名での書状を送りましょう。冥王、狂覇者もそれで――」

「――見つけたぜ」

 唐突に響き渡った声。

「――ッ⁉」

「おーおー、こりゃあすげえ」

 四人全員が気配に注意を向けた先から――敷き詰められた砂利(じゃり)を踏み付ける鎧の足音と共に、数人の人物が閉じられた部屋の中へと踏み込んでくる。艶の消された黒色の西洋鎧を纏い、

「壁から天井に至るまで、高度な術式の(たぐい)がびっしりと組み込まれてやがる」

「……!」

「見つけるのに苦労するはずだぜ。ようやく会えたな、この時代の王様たちさんよ」

「……闖入者(ちんにゅうしゃ)ですか」

 短い金髪をいただく獰猛(どうもう)な面構えに、紛うことなき害意を込めた青い瞳の青年の言葉を受けて、賢王が深く溜め息を吐く。

「このようなタイミングに、空気の読めないことです。粗野な野良犬や子どもの相手など、している気分でもないのですがね」

「……オウサマ?」

 傍目にも血気盛んな鎧の男の後ろから進み出たのは、時代錯誤かと思しき灰色の軍服と軍帽を身に着けた、一人の小柄な少女。体重の軽さを(うかが)わせる頼りない足取りで、色素の薄い、情感の欠けた瞳を動かし。

「イチ、ニ、サン、ヨン……」

「……」

「ヒトリタリナイ……オモッテタノトチガウ……」

「――数は四人でいいんですよ」

 無機質な中にもどことなく落胆したような気色を滲ませる少女の隣から、肌面積の少ない踊子のような華美な衣装を纏った、蠱惑的な肉体を持つ女性が声を上げた。手足に付けられた金の装飾。

「ヴェイグにも言われたでしょう? 五人のうち一人は、特別特殊な技能者」

「……!」

「滅多に現れることのないモノですから、気にしなくてもいいと。案外王さまらしくないという感想には、私も同じ意見ですけどね」

「……ヴェイグの手の者ですか」

「そういうことだ。いやぁ、随分と苦労したぜ」

 中東風の異国情緒をふんだんに(かも)しつつ、艶のある紅い唇から口にされた名前に、賢王たちの気配が引き締められる。大仰に肩を竦めてみせた鎧の男が、わざとらしく親し気な笑みで語り掛ける。

「ヴェイグの奴から、爺と手を組んで厄介な動きをしてるお前らを消して欲しいって頼まれたんだが、探しても見つからねえのなんの」

「……!」

「目障りな監視網もあるしで、ここを嗅ぎ付けるのに結局、二か月以上もかかっちまった。――誇っていいぜ」

 瞳に剣呑な光を宿した男が腰元から剣を抜く。装飾の施された古風な鞘から現れる、鎧と同じ黒色に染め上げられた一振りの長剣。

「取るにも足りねえ雑魚の分際で、この俺に、ここまで手間を掛けさせたことをな」

「――っ」

「ま、見付かった以上は即座にぶっ殺されちまうんだが。冥途(めいど)の土産として――」

「――黙れ」

 磨き抜かれた諸刃には、無数の血と戦いの臭いの染み込んだ、異様な雰囲気が漂っている。術式の刻まれた岩肌を映す暗い刃の輝きを、狂覇者の一声が打ち据えた。

「……あ?」

「数百年の間三大組織が辿り着けないでいた、この合議の場を探し当てるほどの猛者(もさ)……」

 侵入者を睥睨(へいげい)する金色の瞳。組んでいた腕をほどいた狂覇者が、己の玉座からゆっくりと腰を上げる。

「平時であれば盛大に歓迎してやるところだが、今の俺は少々、虫の居所が悪い」

「――」

「滅世者の名を掲げて俺の前に立つと言うならば。……容赦はせんぞ」

「……オコッテル?」

「あらあら。見た目に違わず、獰猛な獣みたいな方ですね」

「――はっ。容赦だと?」

 猛虎の如き覇気を目に、いささかも怖じ気を見せない二人の隣から、黒鎧を着た騎士が高慢な嘲笑(あざわら)いを飛ばす。

「テメエみてえな貧弱な野郎に、何を赦される必要があるってんだ?」

「――」

「雑魚は所詮群れたところで雑魚。テメエらもあの永仙とかいう爺も、俺たち巨像に踏み潰されるだけの虫けら――――ぐおッッ‼⁉」

「――おや」

 碧眼に描かれる嘲笑が最高潮に達した刹那。空中を僅かな光の煌めきが走ったかと思うと。五体を木偶(でく)の如きに()じ折られようとしていた騎士の身体が、本能的な膂力(りょりょく)の発露によって寸前で自由を取り戻す。鈴の音のごとき驚嘆の声を零した賢王。

「軽薄で滑稽な間抜け面を(さら)しているからには、ただの道化かと思いましたが。存外に頑丈そうですね」

「……ッ……‼」

「単純な力のみで今の仕掛けを弾くとは、誇って構わないことです。――少しは王の何たるかが分かってきたようですね?」

 華麗な着物の袖口をなびかせた賢王が、流麗な足取りで狂覇者の隣へと並び立つ。口元に微かな笑みを浮かべて。

「例え何人であろうとも、我らと我らに名を連ねた者の名を(おとし)めることを許してはならない」

「――」

「王の威厳とは、己一人の愉しみのためではなく、他者のために振るわれてこそ輝きを放つもの。成熟した褒美として、あの不快な黒蠅(くろばえ)は私が葬ってあげましょう」

「余計な茶々を入れるな、賢王」

 己の得物である糸を手繰(たぐ)る賢王の仕草を、端的な狂覇者の台詞が離断する。

「盟友の名を穢した罪人は、俺自らの手で刑に処す。邪魔をするならば、まず貴様から片付けてやる」

「っ少しは成長したかと思って見てみれば、何を手前勝手な。半端者として、正式な王の命には従うのが筋というもの――」

「……ッははっ。コイツはおもしれえ!」

 冷静さを取り戻した黒騎士が、再度となる哄笑を上げる。

「まさか、自分たちを殺しに来た敵を前に仲間割れする奴らがいるとはな‼」

「――」

「自分らの置かれた状況が分かってねえと見える! 俺らに見付けられた時点で、テメエらはもう終わり――ッぐうおぁッッッ‼‼⁉」

「――敵を前にして独り語りとは」

 陰からの強襲。岩壁から伸びた殺気も気配もない影の刃と、足元から出現した深紅の刃の洗礼を受けた剣と鎧が、鋭い金属音を立てて後退する。告げられた静かな少女の声。

「ヴェイグからの刺客を名乗る割には、随分とお粗末な体たらくだな」

「……」

「ッ――‼」

「冥王の言う通り。他人の品評をどうこう語るよりも、まず己の行いを振り返るべきと言える」

「……ッ‼ このガキ……‼‼」

「カッコワルイ……」

「うーん。流石に向こうの方が正論ですね」

 小さく溜め息を吐く軍服の少女の感想に連れて、艶麗な女性が、しなやかに曲げた指先を己の口元に可愛らしく添えて見せる。

「初めの奇襲も、今の強襲も結構ギリギリでしたし。言うほど余裕じゃないんじゃないですか? 真っ黒な蟻んこサン」

「うるっせえな! 隣で一々皮肉抜かしやがって、どっちの味方なんだよテメエらは‼」

 仲間から背を打たれる射撃に鎧の男が叫びをあげる。双方から集められる四面楚歌の視線に、荒い息を吐いて舌を打ったあと。

「……まあいい」

「――」

「予定外の順番にはなったが、今のでおおよそのレベルは掴めた。一々ずる賢い女だぜ」

「っ……」

「テメエじゃ前に出ねえくせして、他人を物差し代わりに使いやがって。――しっかり見てたんだろうな?」

「――まあ、ガイゲと同じく、おおよそくらいのところは」

 踊り子の姿をした女性が、手足に付けられた金色の鎖を(しと)やかに鳴らす。形のいい浅黒の肌の両胸を揺らしながら、魔王たちへ愁眉(しゅうび)を送り直した。

「装いが余り豪奢(ごうしゃ)ではないので、王さまって感じは相変わらずしませんけど。この時代における、最高クラスの技能者たちって言うのは間違いないみたいですね」

「……⁉」

「分かるだけでも随分と異常な身体の使い方をしてますし、初仕事でいきなり骨が折れそうです。ヤマトちゃんも、何となくは分かりましたか?」

「……?」

「ヤマトにその手の話を振っても無駄だろ。――どの道こいつらは全員ここで殺す」

 両脚を肩幅に拡げる構えを取っていた鎧の男の、猛禽(もうきん)の如き目が鋭くなる。

「そういう話だ。手を抜くんじゃねえぞ、死神」

「ガイゲじゃないんですから。分かってますよ、その辺はちゃあんと」

「……ミナゴロシ」

「……魔王」

「……ああ」

 三人の気配が変わる。賢王の一言を受けて魔王は頷く。――この場の全員が理解しているだろうこと。

「分かっている。――狂覇者、冥王」

「――」

「この戦いに王派の制約は含まれない。――全ての非道と暴虐を赦す」

 緩んでいた不意を突き、仕留める気であった二度の強襲を受けてなお、あの黒鎧の男は結果的に無傷を保っている。一見して無様とも思える対処が、その実適切になされていたことの証であり。

「ただ、敵を葬り去ることのみを考えろ」

「……」

「言われずともそのつもりだ」

「――ようやくそっちもやる気になったみてえだな」

 各々異なる波長を纏った三人の異質な気配こそが、凶王たる魔王たちに邂逅から格別の警戒を抱かせていた。……この相手は自分たちと何かが違う。

「二か月もかかっての初仕事が、瞬殺じゃ詰まらねえ」

「……」

「これまで散々待たされてきた分、楽しませてもらうとするぜ。――それじゃあ、おっぱじめるとするか」

 この時代における頂点とされる自分たち凶王ら、組織方の頂点である幹部たちと比較しても、何かが。予感の上を、殺意の乗る騎士の眼差しが遮った。

「敵同士が邂逅した場合の、古くからの礼儀にのっとって。激しくも陰惨な、殺し合いって奴をな」


六章の内容はここまでです。

七章に続きます。

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