第二十八話 向き合うべきもの
「――」
扉の前に立った瞬間。
一瞬、互いに互いの姿を認めた両者が、それぞれの動きを止める。……なんだ?
「……?」
「……」
「……知らない人」
この、少女は。鉄格子のはまる扉の奥にいるのは、二十代前後と思しき一人の女性。
清潔感はあるものの、飾り気のない無地の衣服を纏い、癖のある短い黒髪と、抜けるような浅黒の肌を持っている。……こちらを見つめる瞳。
星の光を無理矢理押し込めたような虹彩には、不規則に煌めく不可思議な光が湛えられている。立ち止まっている永仙の姿を目に、含みのない仕草で小首を傾げ。
「新しく、私の世話役になった人?」
「――?」
「恰好が町の人には見えないけど。ここには、町の人以外は近付けないはずだし……」
「……私は」
裏表のなさそうな言葉を耳に、永仙は自分の為すべき対応を思い出す。……そうだ。
「私は、手紙の内容を受けて此処に来たものだ」
「――ッ」
「魔導協会の第六支部宛に送られた手紙。この手紙は、君が書いたものか?」
「……それ……っ」
懐から取り出した変哲のない便箋に、少女が明白な反応を見せる。大きく目を見開かせたかと思った直後、すぐに元の平静な表情へと戻り。
「……そう」
「……」
「その手紙は、私が書いたの。二年前と、一年前にも同じものを出したわ」
――やはり。
「届いてるかも分からなくて、誰かが来てくれるとも思っていなかった」
「……」
「これまで一度も変わったことなんてなかったから。来てくれて嬉しいけど……」
文面の内容、並びに字体から抱いていた印象と、目の前の少女の雰囲気とは概ね合致している。胸中の推測を確信へ変えた永仙に向けて、一瞬だけ熾った感情の動きを霧消させるように、握られていた滑らかな爪を持つ手のひらが、ゆっくりと解かれた。
「――もういいの」
「なに?」
「その手紙に書いていたことは。考えた結果、よくなったの」
始めに目を合わせたときのような、捉えどころのない平坦さで頭を下げてくる。
「こんなところにまで足を運ばせてしまって、ごめんなさい」
「……」
静かな謝罪のあとに、粛々と視線を上げ直した少女の素振りを永仙は見つめる。訥々と言葉を紡いでくる相手に対し――。
「……なぜ」
「……」
「なぜ、この場所に閉じ込められている?」
――永仙の胸のうちを突くことになったのは、憐憫や同情と言った感情よりもまず、答えを得られることのない疑問だった。魔術という特殊技能を生業とする立場の人間として。
「この建物に施された封印の術式は、率直に言って異様と言えるものだ」
「……」
「町から距離のある山際に、こうまでして厳重に隔離されている。どんな事情があって――」
「……そうね」
自分の生きる世界には、時としてこうした事態の発生があることを永仙は知っている。単純な悪意や害意と言った動機から、下賤な欲望に端を発するもの。
技能に対して特別な素質や素養を持つ人間が、その力や所業を恐れられて迫害を受けるというケースも、歴史を振り返れば枚挙にいとまがないほどになる。永仙自身の生家である九鬼家が、望まぬ方向を掲げようとする才能者である彼を、家中で飼い殺しにしようと目論んだように……。
力を持たない一般の人間たちからだけでなく、事情の内容に理解が及ぶからこそ、技能者同士で監禁や虐待といった非道が行われることはある。それより多少は真っ当な理由を探すならば、技能者が己の力や素行で周囲に害を与えた場合の、自衛と刑罰を兼ねた拘束という可能性もあり。
――だが。
「事情の説明は、しないといけないわね。私の手紙を見て、ここまで来てくれたんだもの」
「――」
「この場所を見付けられたなら、組織の中でも腕が立つんでしょうし。協会の魔術師さん、私を見て、何か気付くことはない?」
これまで自分が観察した限り、格子の内側にいる目の前の少女からは、そういった危険な技能者しての香りや、強大な才能を持つ者特有の鋭敏な気配などは感じられない。僅かな違和感……。
現行の賢者の中でもとりわけ優れた永仙の感知の感覚には、ただ、始めから僅かな違和感が伝わってきているだけだ。――この少女から発せられる魔力の質は、何かがおかしい。
自分の眼にしている限りは確かに人間であるはずだが、どこか人間とは異なる気配の発露が感じられるようにも思えてしまう。まるで――。
「……ある程度は」
「それだけ?」
本来人間ではないはずの何かが、無理矢理に人間の容に押し込められているのかとでも考えてしまうほどに。熟慮を重ねた上の回答を受けた少女が、あからさまにがっかりしたように小さく息を零す。
「協会の人って、みんながみんな凄い魔術師だらけって聞いてたけど、案外普通なのね」
「……」
「せっかくここまで来た人なのに、なんだか拍子抜け。まあいいわ。気付けなくても、見ていれば分かるから」
「見る――?」
永仙の目の前に、敢えて目を凝らすことが必要な光景は何もない。変わらない少女の姿と石壁とに、心のうちで疑問を呈した。
「――っ⁉」
その直後。永仙の眼前で、眼前の少女の身体から脈動が放たれる。魔術を封じる術式の施されている中で発された、明確な魔力の波動。
迫りくる力の発露を受けた石壁が、波打つように揺らめいたかと思うと――冷たい灰色をしていた岩肌の一部が、たちどころに水晶のごとき透明度を持つ不可思議な植物へと変貌する。さざめくように揺れ動く植物たちはいずれも、差し込む月の光を受けて微かな虹色に煌めいており、
「……どう?」
「……!」
「今のは一瞬だったけど。分かった?」
……ッ信じられない。
部屋の全体から見れば僅かな、しかし、決定的に表れたその変化。培われた理性と常識が目にした現象を否定しかけるが、自身の優れた魔術感覚と、何より疑いようのない現実の光景がその拒絶を許可しない。目の前で見せられた現象は――。
「……【世界への干渉】」
「……」
「表面なものではなく、根本から物質の構造そのものを造り変える。……現代の魔術理論では、あり得ないとされているはずのものだ」
「……そうらしいわね」
知者としての分析を口にした永仙に対し、少女は知っていたと言うように平静な視線を返してくる。驚く素振りの一つも見せないまま。
「億に一つも望めないような現象だって。望んで得たわけじゃなく、生まれつきの体質なの」
「――」
「自分の望む望まないにかかわらず、身体や感情の動きに合わせてそれが起こってしまう。呪いみたいなものよね」
少女の感想に、永仙は言葉を返すことができない。……そんなことが。
「……その様子を見るに、協会の人にとってもだいぶ特殊なものみたいね」
そんなことが現実に在り得るのだとは、昨日まで協会の賢者の一人として魔術の世界に浸りきっていた自分であっても、思い描くことすらしなかった。諦念の混じる静かな呟きが、動揺する永仙の鼓膜に染み入るように届いてくる。
「もしかしたらって思ってたけど、やっぱり駄目だったみたい」
「――」
「私のこの体質をどうにかすることは、誰にもできない。そろそろお迎えも来たみたいだし」
――迎え?
「町の人の許可を得ないで入って来たなら、見張りの人が気付いているはず」
「――っ」
「危害を加えることが目的じゃないはずだから、心配は要らないわ。貴方の魔術の腕前は分からないけど――」
魔術による探知を封じられているために気付けなかったが、先に自分の昇って来た通路から、石床をこする複数人の人間の気配が近付いてきている。気を取られた永仙の背中に――。
「久し振りに、外の人と話ができて楽しかった」
「――」
「誰のものかも分からない手紙一つに、来てくれてありがとう。――さようなら、協会の魔術師さん」
初めて年相応の温度を得たような少女の声が届く。振り向いた永仙の視界に、緩やかな動きで手を振る少女の瞳が映った。
「どこにも届かないと思っていた、私の希望を届けてくれて……」
「――っ」
「ほんの少しだけ、救われた気持ちがしたわ」
――
――宿。
「……」
「――先ほどぶりですな」
四方を木の板に囲まれた自分の客室にて、永仙はその人物と向かい合っている。昼間に顔を合わせていた老人。
「協会の四賢者、九鬼永仙殿」
「――」
「この町とて協会の影響下にある管轄地。鳴り物入りで賢者の座を掴み取った俊英の人となれば、その意志に命運を左右される私どもの関心も多いに高まります」
眉を上げた永仙に対して、無数の皴の中から丁重に浮かべられた笑みのあとに、老人が真面目な面持ちを見せる。姿勢を正し。
「――非礼をお許し下され」
深く、膝をも折るような勢いで頭を下げた。こちらの警戒と疑いを削ぐような、念のこもった一礼。
「知り得ている事実を隠し、調査に対する非協力の態度こそ選び取りましたが。この町の人間たちは、誰一人として協会に弓引こうなどとは考えておらぬのです」
「……」
「ただ平穏に、日々の生活を営んでいきたいだけ。イデアの件も――」
「イデア?」
「……あの石牢に閉じ込められている、娘の名前です」
永仙の脳裏に、暗い石部屋の中に閉じ込められている、星の光を纏うように静謐な少女の姿が蘇る。――イデア。
「四賢者様――九鬼殿は、この町の歴史についてはご存じですかな?」
「……いや」
「今でこそひなびた片田舎の町ですが、昔はこの地域も活気がありましてな。六十年ほど前までには、辺りでも抜きん出るほど魔術の探究に力を入れておりました」
脈絡のないような老人の言葉に永仙は耳を傾ける。事前の調べではそこまで把握できていなかった。
「役職付きや、本山に召し抱えられるような粒ぞろいの魔術師たちを輩出し、協会の中でもそれなりに名前が知られておりました」
「……」
「当時の四賢者様や支部長様方から、お褒めの言葉を頂いたこともあります。魔導の進歩に携わる者たちとして、あの頃はそれで充実した日々でしたが――」
老人の言葉が一泊を置く。遠くした視線の先に、郷愁と複雑な感傷の色合いを浮かべて。
「――優秀な魔術師の輩出地であるこの地に目をつけたのは、協会だけではありませんでした」
「――っ」
「凶王派――当時の覇王派の一部に目をつけられ、恭順を拒んだことで、この町は覇王派の反秩序者たちと矛を交えることになった」
結んだ永仙の唇を、重苦しい推測が鎖していく。――凶王派の一派との衝突。
「当時の町の者たちには、自分たちが協会の一翼を担っているとの自負がありました」
「……」
「駐在していた協会の魔術師たちとの結びつきも強かった。誰もが勇敢に前線に立ち、自分たちの誇りを守るために、一丸となって戦い続け――」
協会の賢者として凶王派の強大さを知る身である以上、それが果たして何を意味することなのかを、明確に思い描けてしまったからだ。重々しく老人の瞼が閉じられる。
「協会から本格的な援軍が到着し、覇王派の勢力が退いたあとには、生き残りは僅かに一割もおりませんでした」
「……ッ」
「四千人以上いた町人たちのうち、残ったのは百人を切るような少数だけ。家族を喪い……」
瞳の奥に焼き付いているのだろう、むごたらしい戦場の光景を思い起こしてか、沈痛な面持ちを目に浮かべた老人が、胸のうちに残る痛みに耐えるように苦し気な息を吐く。
「友を喪い、恋人を喪い。その日以来、この町は魔術への傾倒をやめました」
「……」
「日々の生活を作り直し、焼け跡となった故郷を生まれ変わらせるため、農業と手工業とに注力した。半世紀以上に渡る長い努力の時間を経て――」
視線の先で開かれた皺だらけの老人の手。たゆまぬ農具の扱いに硬く皮膚の固められた、無骨な耕作者の手のひらを老人が握りしめる。
「今日、この日に在るような、平和な町としての姿を取り戻したのです」
「……」
「かつては魔導の一端を拝領していた土地として、協会の叡智の深さと、活動の偉大さに畏敬の念を抱くところではありますが。――私どもは、かつての歴史を繰り返したくない」
明確な意志のこもった老人の眼が、永仙の心の深くに訴えかけるように視線を合わせてくる。
「あの惨劇を、二度と現実のものとはしたくないのです。――四賢者である九鬼殿なら、あの子の持つ特異性についてはお分かりでしょう」
「……ああ」
「痛ましいものです。望んで得た力でないにもかかわらず、それを背負って生きていくことを運命づけられている」
あの少女――イデアの持つ【世界変質】については、目の前で実際に見せられている。……呪いと呼べるほどの才覚。
「……協会や凶王派からの干渉を防ぎたかった、ということか?」
「……あの子の持つ特質が公になれば、技能者界からそれが無視されるということはありますまい」
常識であればあり得ないほどの、その極めて稀少な事象の齎す意味も、また理解はできていた。永仙の問いを受けた老人が、深い苦悩の面持ちで首を振る。
「手中に収めようとの思惑が生まれ、互いに争いを引き寄せる。協会に身を置くことで天稟として素質を活かし、魔術師として生きられるならそれもよいでしょうが……」
「……」
「そうならないことは目に見えています。――失礼ながら協会は、あの子を一介の魔術師として取り立てるようなことはしないでしょう」
永仙を覗き見る瞳と声音には、確信を得たもの特有の強固な断定が影を落としている。
「他に渡さぬよう、自分たちの組織に抱え込んだのち、体のいい理由をつけて魔術の実験台とする」
「……」
「自分たちの知識を深め、魔導の深淵に近づくため、一人を犠牲にする道を選ぶ。……違いますかな?」
如何ともし難い非難の感情の発露を、拭いきれなかったような老人の言葉に対し――永仙は、心のうちで自然と頷いている自らを自認する。……確かにその通りだ。
自身にすら制御のできない才能。戦力としてものになるかも分からない、一人の不安定な術者の誕生を待つよりは、類例のない特質の仕組みと原理を解析し、すでに優れた腕を持つ魔術師たちの間でその恩恵を分け合う方が、組織や技術の発展にとっては遥かに旨味のある話となってくる。人一人の未来……。
協会が表向きに掲げる理念を犠牲にしたとしても、より利得のある選択肢を選ぶだろう人間たちが、協会の中枢でもそれなりの人数に上っていることを、永仙は知っている。現行の大賢者であるリア・ファレルは、その方針を決して良しとはしないだろうが……。
「……あの建物の術式は、貴方が?」
「ええ。若輩の時分に、先達から多少の学びを得たことがあったもので」
《風神》と呼ばれる彼女の辣腕をもってしても、自らの権益を求め続けるだろう謀略や思惑の全てを退けられるとは限らない。一欠片の自負も覗かせない素振りで、老人が頷く。
「あの子が生まれて以来、二十年間の間、戦火で焼け落ちた書庫の地下に残された魔導の書物を紐解きながら、手を尽くしてきました」
「……」
「魔導の栄華を誇っていた時代の最後の知識を持つ者として、できる限りの手立てはやり尽くしたつもりです。しかし……」
イデアのいる建物全体に組み込まれた術式は、四賢者たる永仙の眼から見ても、見事と言えるほどの知識と技量をもって構築されたものだった。目の前の老人の積み上げてきた努力の重さ。
「変質を抑える術は見つからないまま。あの子の力は、年々強くなっています」
「――」
「本人の成長に伴って、力も伸ばしているのでしょう。協会の四賢者である貴方様なら、もしやと思いもしましたが……」
どれだけの時間と労力を捧げて、執念を糧に手段を探ってきたことが良く分かる。しかし……。
目の前の老人のその、不断と言える努力をもってしても、あの少女の特性の解決には至らなかったのだ。――そうか。
「それも困難と分かった以上。望みは最早、残っておりますまい」
「……イデアの書いたあの手紙を支部へ届けていたのは」
永仙の心のうちで、不意に一つの疑問が氷解する。不可解に思っていた点。
「ご老人――貴方の仕業か」
「ええ」
「……なぜそんなことをした?」
イデアがあの建物に閉じ込められている以上、手紙を出そうとしてもそれは、彼女の意思だけでは成せなかったはずだ。これまでの話では納得のいかない事実に問いかける。
「あの娘――イデアの書き記した手紙を手にすれば、高度の技量を持つ技能者なら魔力の異質性に気付く」
「……」
「例え協会の魔術師であっても、躊躇いなく他者を犠牲にするような人間の手に渡れば、望まない結果を引き起こす可能性もあった。それを――」
「……イデアは、私の孫娘でしてな」
永仙の詰問を止めたのは、呟くように出された一言。
「息子の面影の残るあの子に、生涯ただ一度の頼みとして言われてしまえば……」
「……」
「その願いを撥ね退ける果断さは、私にはありませんでした。――もしあの子を利用しようとする輩が来てしまった場合には、私が全てに蹴りをつける」
視線を何もない壁へと逸らした老人が、強靭な決意を含んだ眼光を、落ちくぼんだ眼の奥に一瞬だけ閃かせる。
「町人全員の同意の元、その取り決めの上で成された試みです」
「……」
「せめて一人は辿り着くお方が現れるまでと、願って続けておりましたが。その試しも今回で最後」
手のひらに込めていた力を緩めた老人が、永仙の前で今一度立ち姿を改めた。
「夢に描きました僅かな希望も断たれた今――九鬼殿には、僭越ながら願い入れを申し上げたい」
「――」
「今回の件について、協会にはイデアのことを報告しないでいただきたいのです。――万が一にも、協会にとって不利益になるような事態は起こしませぬ」
懇願と誓約を同時に織り交ぜる口調で、老人が頭を下げてくる。
「仮にもし、そのような事態が起きた場合には、この老骨めが、命に代えて決着をつける所存です」
「――っ」
「生まれ変わったこの町と、不条理を抱えて生きるあの子のためにも。……どうか」
自分より遥かに若輩の永仙に向けて、白くなった頭を下げ続ける。……協会の賢者である自らへの嘆願。
事の経緯の告白と、先にあの建物で見た少女と異変の光景が永仙の頭の中を巡っている。偽らざる労苦の刻まれた白頭を前にして――。
「……一日」
「――」
「一日だけ、待って欲しい」
己の内奥の深くまで考えを沈めていた永仙が、この場での答えとなる言葉を絞り出した。
「その間にもう一度あの娘――イデアに話を聞きに行く」
「――」
「四賢者としての結論はそれから出したい。構わないか?」
「ええ。勿論のこと」
顔を上げた老人が頷く。胸に覚えた幾許かの不安と落胆を、永仙の眼差しから隠すように。
「私どもの試みが絡んだ手前、此度の事情は何かと込み合ったものになっております」
「……」
「申し入れにしましても、なにぶん唐突な嘆願となれば、四賢者殿には相応の熟慮が必要でしょう。――夕飯はもう済まされましたかな」
「――いや」
「それは重畳。生まれ直したこの町にあるのは、先ほどのような暗い過去ばかりではありませぬ」
偵察時の戦闘を考慮して、腹には食物を入れていなかった。永仙の回答に、老人が誇らしげな笑みを見せる。
「こちらの事情でご足労頂いたからには、九鬼殿には是非とも、この町の名産を味わっていただかなければ」
「――」
「天塩にかけて育てられた鶏肉に、陽の光と大地の逞しさをたっぷりとその身に取り込んだジャガイモ。料理の味付けは素朴ですが、どれも味わい深いものです。宿屋の主人に申し付けて、部屋まで運ばせるように致しましょう」




