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彼方を見る者たちへ  作者: 二立三析
第六章 運命の日
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第二十四話 才者の退屈



 

 ――こんな退屈な時間が、あとどれだけ続くのだろうか。

「……」

 手にした文書越しに、机の上に積まれた書類の山に視線を送りつつ……魔導協会の若き四賢者、九鬼(くき)永仙(えいせん)は、そんな拭い難い倦怠(けんたい)を感じていた。本山の書庫に収める文書に関する細則(さいそく)の決定事項。

 中立を示す国家機関との間に起きた小規模の事件について、支部長間で意見が分かれていることへの意見と調停(ちょうてい)。書かれている問題の内容に目を通し、その場で纏め上げられるものについては回答と共に判を押し、更なる情報や手続きが必要となるものはその(むね)の指示書を作成して判を押す。義務となる仕事に取り組んではや三時間。

 処理の速さにはそれなりの自信があったのだが、(さば)いても捌いても減ることのない書類を目にしていると、流石に辟易(へきえき)した感情の蓄積を(おさ)えることができない。補佐のいない間に全てを片付けるのは無理があったかと息を吐きつつ、視線を窓の外に広がる青空へと差し向けた。

 ――かつて極東の島国には、『(ふつ)(もん)の八家』と呼ばれる技能組織が存在した。

 退魔の技法を受け継ぐ家名の中でもとりわけ強大な力を誇り、国家直属の組織としてその運用を管理されていた八つの家系。選ばれた家々の中で第二席という地位を()め、東洋きっての符術の大家とされていた一族、九鬼家。

「……」

 東洋の技能者界において知らぬ者はいないと言われ、一時は宮中とも結びつき、権力を(ほしいまま)にしていた大家だが、二度に及んだ大戦の影響を()て『祓紋の八家』が解体されることになる時分には、家自体の力も凋落(ちょうらく)した状態にあった。その名の繁栄に胡坐(あぐら)をかいて、術法の開発や修練を(おこた)ったためか……。

 己の名声に相応(ふさわ)しい術者を排出できずに、自らが築いた名の重みに潰されるのを瀬戸際で堪えているような有り様。かつての名家も時代の流れと共に消え去る運命かと思われていたそんな潮流の最中に、()は生を受けたのだ。

「……」

 当代の当主の直系として生まれることになったその少年は、九鬼家の歴史の中でもひときわ異彩を放つほどの才能と才覚を備えていた。生後僅か二か月にして、すでに並みの家の術者たちよりも強大と言える魔力を持ち、

 二歳の頃には己の力で霊符の術式を稼働させることに成功し、四歳を数える頃には(しん)()(じゅつ)(れい)()(じゅつ)の原理を理解。九鬼家に伝わる数多の術式を習得し、十歳になる頃には早くも、当時の九鬼家の中でも有数と言える力量を備えていると噂されていた。(よわい)十四にして、九鬼家に伝わる術理の全てを修め――。

 名実ともに先代の当主からその座を譲られることになったのが、弱冠十八のときのこと。彗星のごとく現れた若き天才に、嫉妬や(ねた)み、羨望の視線と声とは家中よりやむことはなかったが。

 そうした者たちが軒並(のきな)み声を潜めざるを得なくなるほどの天稟(てんぴん)を、青年は紛れもなく有していた。零落(れいらく)する家名を蘇らせる、最後の希望の星。

 そんな願望混じりの期待と称賛を一身に受け、青年もまた生家に己の才を寄与しようとしていた。正式な九鬼家の当主として代を譲られ、家名を本格的に立て直す活動は、しかし。

「……」

 僅かその第一歩目にして、破綻(はたん)()き目を見ることになったのだ。新たな領野の開拓。

 改革の主要な方針として、西洋魔術の術理を取り入れる姿勢を示したことが、事態が暗転の気配を見せ始める直接の要因だった。方針を打ち出した青年にしてみれば、それは自然に導き出される当たり前と言える結論でしかない。

 術者の家系として千年を超える九鬼家の歴史は確かに重厚にして敬意を払うべきものではあるが、世界に目を向けた場合、決してそれだけで権勢を保てるほど魔導の領野は浅いものではない。新たなものを取り入れて自分たちが発展を()げられるなら、例え門外のものであっても、いや、門外だからこそ取り入れる意義がある。

 旧来のやり方で零落しつつあった九鬼家に、西洋魔術という新しい風を呼び込んでみせる。家名の復興という使命に燃えて発された青年の声に対し、周囲から返されてくる反応は、彼が抱いていた予想に反して驚くほど冷ややかなものだった。……出発点からずれていたのかもしれない。

 伝統への固執、旧態(きゅうたい)依然(いぜん)とした修行法への根拠のない妄信。彼らが望んでいたのは新たに生まれ変わる九鬼家の姿ではなく、過去に築いた栄光の歴史を取り戻す(・・・・)九鬼家の姿だったのだ。〝家人の外法(げほう)、その一切の使用を禁ず〟――。

 歴史と共に受け継がれてきた九鬼家の不文律は、稀代の俊英と(うた)われる永仙の才能をもってしても崩すことのできないものだった。当主の座を継いでから僅か半年も経たぬうちに、一族のほとんどが結託しての突き上げと反発とを受けたことで、青年は当主の座を明け渡すことを余儀なくされる。……過去の栄光に(すが)る者たちに先はない。

 旧習と権力争いのるつぼで己の未来が(とざ)されることを避けるため、生家を出奔(しゅっぽん)した青年は僅かな荷物と共に海を渡る。現地の技能者界との交流を経たのちに、かの四大組織の一角にして魔導の総本山と名高い組織、魔導協会の門を叩くこととなったのだ。

 始めのうちこそ外様(とざま)の自らが差別や排斥(はいせき)されないかと危惧(きぐ)したものの、大賢者であるリア・ファレル直々の歓迎と出迎えを受けたことで、すべての懸念が杞憂(きゆう)だったことが分かる。魔導院にて数多くの術理と技術を真綿(まわた)の如く吸収する才覚を示し――。

 次々と記録を塗り替えていく(しゅん)(けつ)に対し、協会側も特別な対応を取ることに、要職を持つ魔術師たちにも反対する者はいなかった。入山から僅か数か月で支部長、三年が経つ頃には四賢者入りを果たすと言う、協会史に名を残すほどの昇進を果たすに至り。

「……」 

 ――そして今。自らの机に向かった永仙は、机の上に積まれた書類たちを真顔のまま睨みつけている。……自分の認識が甘かった。

「……ふぅ」

 立場としては協会の実質的な№2。さぞかしやりがいのある難事ばかりが舞い込むのだろうと期待していたのだが、実際は真逆もいいところだった。四賢者ほどの立場ともなれば、対立する組織の処理程度で力を(ふる)いに出ることはほぼ無くなる。

 支部長であった頃にはまだ、その手の小規模な小競(こぜ)()いで力を発揮する機会もあったが、協会の中核たる四賢者ともなれば、そう易々と自らの力を誇示するわけにもいかない。基本的な勤務場所となる本山は、先人たちの積み重ねにより構築された【大結界】によって守られており。

 部外者を(はば)む仕組みである【ゲート】も用いられている以上、不慮(ふりょ)の訪問者の入る余地などないに等しく。(おもむ)くことの多い場は戦場ではなく、組織同士の会合の場がほとんど。

 聖戦の義や執行機関との話し合い、交渉に赴く役割だが、四賢者として新参の永仙にはまだ、その手の仕事は割り当てが少ない。四賢者が当たらざるを得ないような大事件もない以上、主な仕事は本山の事務処理の決定や、支部の視察くらいであり……。

 己の研磨を第一とする永仙にとってはどれも、苦痛とすら言えるほど退屈なものだった。――こんなことならいっそ職務を投げ出して、自分の修行にだけ没頭していたい。

「……」

 脳裏を(よぎ)るのもすでに何度目かになるそんな考えに、永仙は(ひと)り首を振る。先のない生家を出てのち、行く当てのない自分を、協会が受け入れてくれたことは確かだ。

 幹部として組織の顔となる立場にまでなった以上、まさか協会員たちの前で願望を口にするわけにもいかず。四賢者となってから五ヶ月となるこの時節、早くも自らが得た立場というものに、永仙の肩には形のない気怠(けだる)さが着々と積み重なっている次第だった。……少なくともあと数年は、このような日常が続くのだろう。

「――入ってくれ」

「――失礼します」

 自らの将来に灰色染()みた予測を立てつつも、聞こえてきたノックの音に永仙は応答する。僅かな間を置き、協会の伝令員が室内に姿を見せる。

「どうした?」

「九鬼四賢者様宛に、第六支部から書状が届いております」

「書状?」

 馴染みとなるその顔から、永仙は差し出された封筒を受け取る。――てっきり機関辺りからの、技能犯罪者の引き渡しに関する交渉の要請かと思っていた。

 重要な仕事は他の四賢者に回っている以上、自分に割り当てられるのは、成すべき仕事の中でもつまらない種別の用が多い。支部長の印籠と簡易な魔術の封を確かめ、中身の文面に目を通し――。 

「……」

「――なるほどな」

 ――これはいい。

 心に生まれた晴れやかな気持ちを自覚しつつ、相手の手前、永仙はもっともらしく頷いて見せる。――久々に(きょう)の乗る出来事でありそうだ。

「うむうむ。確かにこれは重要な案件だ」

「……」

「余り引き延ばせば支部にも迷惑が掛かる。――すぐに出向くと支部長に伝えておいてくれ」

「えっ。い、今からですか?」

「ああ」

 常に冷静沈着な伝令員が、今だけ自分の答えに面食らったような感情を隠せずにいる。日々の退屈の象徴とも言える相手の鉄面皮(てつめんぴ)()がせたことに、(ひそ)かな反抗の喜びを覚えつつ――。

 ――魔導協会の四賢者たる魔術師、九鬼永仙は、颯爽(さっそう)と自らの執務室を飛び出して行った。


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