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彼方を見る者たちへ  作者: 二立三析
第六章 運命の日
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第二十二話 途切れた願い



 ――激突する巨体の衝撃。

「――‼」

 仙境のごとき見果てぬ広大な空間の各所に、死力をぶつけ合う神獣の咆哮(ほうこう)(とどろ)き渡る。タガの外れた鬼神の剛力に応じて四神(しじん)たちが力を振るうたび、己の魔力が急速に引き出されていく感覚を連綿(れんめん)と味わいながら、

「……ッ……‼」

 魔導協会の四賢者筆頭である秋光(あきみつ)は、眼前の戦況を見つめ続けていた。……魔力を一時的に増幅させる七十二符の援護を受けていたとしても、本山の各所を守護する【()(れい)】と【四凶(しきょう)】の活動を維持したまま、四神と黄龍(おうりゅう)の戦線全てを支える負担は、老境の身である秋光にとって充分過ぎるほど重い。

 異なる戦況に合わせた適切な支援の調整、強化や治癒が必要になる直前の段階で命令式を配備しておく手腕は、思考と感覚を五つに分割させてフル稼働させる荒業(あらわざ)にも近い芸当である。……魔力の消耗速度は限界に近く、

「……ッ‼」

 己をすり減らす不快な感覚が秋光の精神を(さいな)み続けている。――ッだとしても。

 いかなる不利を負ってでもやり遂げなければならない事柄があることを、秋光はこれまでに渡る己の人生の中で知っていた。(れい)とのこの戦いは、自らの不徳が招いたこと。

 ただ正面から力で討ち斃しただけならば、それは零に単純な用意の不足を思い描かせるだけに終わるだろう。師として最後に果たすべきこと。

「〝結びし我が名において、()の者たちへ――〟 ――ぐッ⁉」

 そのために歯を食いしばってでも集中を保つ。間断なくこめかみを流れ落ちていく汗の(したた)りに、秋光の為すべき厳密な魔力の制御が、僅かに緩んだ。――瞬間。

「――そこだッ‼‼‼」

 刹那ともいうべき一瞬の間隙を、鬼神と黒竜とを操る零は見逃さない。手駒の身を打ち捨てる強引な戦術。

 黄龍たちと繰り広げられている五つの戦線全てを捨てることになってでも、秋光へと至る道筋をこじ開ける狙いを押し通してくる。(あるじ)である零の思惑を傀儡(くぐつ)として実行した――‼

「――‼」

 黒竜が鬼神たちのこじ開けた風穴に向けて、地を蹴った全力で両翼をはためかせる。――全身全霊を賭しての加速。

 四神の攻撃が鬼神たちの盾に阻まれ、食い止めようと立ちはだかった黄龍の食らいつきに、黒竜はあえて己の肉の一部を千切らせることで突破してくる。理性を失った赤黒い眼差しは、戦場の奥地に立つ秋光だけを一心に見つめ――ッッ‼

「――ッ‼‼」

「――やれッ‼ 殺せェッ‼‼」

 懸命に後退で距離を取ろうとする秋光だが、強大な竜の速度を前に稼げる時間は無に等しい。数分の一秒足らずで追い付いた強大な暴虐の(あぎと)が、主の望みを叶えるためだけに、熱気のこもる大口を開けて眼前の標的へと食らいついた。――渾身の咬合(こうごう)

()っ――‼」

「ッ――ッ‼‼」

 歓喜の叫び声をあげかけ――拳を握り締めた零の視線の集中する一点に、青白い光を放つ魔力の防壁の輝きが映り込む。――【黒符(こくふ)七十二符】。

 零が己の狙いを通すため陣形の突破に戦力を()いたのと同様に、秋光もまた零の狙いを阻むため、黄龍たちの戦線を支えるために割いていた魔力を意図的に防壁の強化へと回していた。……ッ黒符の形成する結界に、身の丈ほどもある牙先が食い込む。

 意思無き(うつ)ろな黒竜の込める力が、全霊を賭して成される秋光の守りをじりじりと押し込んでいく。数秒ののちには命を支える防壁が噛み砕かれる――‼

 ――ッここだ。

「――ッ〝黄龍並びに黒四天(こくしてん)〟‼」

 その瀬戸際で、秋光は更なる術法の稼働へと力を注ぎ込む。陣形の突破のための捨て駒とされた鬼神たち。

「〝盟友の名元へ帰り来たれ〟 ――ッ【(しき)招来(しょうらい)】‼」

「――⁉」

 千載一遇の勝機に目を奪われている術者の意識から取り残され、抵抗を止めたまま押さえつけられている七柱(ななちゅう)の鬼神と共に、四神と黄龍全員が秋光の元へと瞬間的に転移させられる。無意識に己の顎に力を込め続ける黒竜の動作を、両顎に手をかける黄龍が押さえつける。

「〝(なんじ)を縛りし法を否定す〟! 【強制解除】――‼‼」

「――ッ⁉ まさか――ッ⁉」

 矢継ぎ早に紡がれた秋光の詠唱に連れて、自らの感覚に起こった異変に、零が眉根を醜悪に(ゆが)める。異形たちを縛り付けている召喚の術式。

「――()めた真似をッッ‼‼」

「〝枷を破り、異なる世界の門を潜る〟――」

「ッふざけるな‼ こんなもので、僕の――ッ‼」

 鬼神と黒竜にかけられた【隷属】の(くびき)が、秋光の手により外されようとしているのだ。狙いを察した零が相手の目論見(もくろみ)を食い止めるべく、己の術式に更なる魔力と調整を込める。――そう。

 今のこの状況こそが、秋光と黄龍たちが描いた戦いの終着点に他ならなかった。【隷属】の召喚式により己の意志を奪われ、術者の意のままに動かされている鬼神と黒竜は、零の欲望が生み出した被害者でしかない。

【隷属】を用いる召喚師と正面から力で衝突した場合、己の目的を果たすことしか眼中にない術者たちは、自らの戦力である異形(いぎょう)を往々にして捨て駒にする。彼らの意志も苦痛も(かえり)みることなく、その身体を縛り続け、

 血を流させ続けられた挙句に、己の絶命を悟って恨みと悲憤(ひふん)の叫びをあげる異形たちの姿を、かつての変革の戦いの中で秋光は何度も目にしてきた。――ッそうであってはならない。

 人と異形の対等を望んだ者として、鬼神も黒竜も、命を落とさせることなく決着をつける。血と欲望に(いろど)られた召喚術の歴史に新しい物語を加えることを選んだ身として、その一点を譲るわけにはいかないのだ。……身を削るほどの魔力消費に耐え続けながら、戦局の中で不審に思われないだけの隙を敢えて(さら)した。

 己の命を餌に相手の思惑を引き付け、鬼神たちを手放させるだけの注意を穿(うが)った。支配の手綱が緩むその一瞬に――‼

「――ッッ‼‼」

「……くそっ……‼」

 隷属によって操られる彼らを、術者の支配から解放するために。主の送り込む命に従い、狂ったように鬼神と黒竜が暴れ出す。

 己の損耗も構わずに抵抗を試みるその巨体はしかし、このときを見据えていた四神と黄龍によって、隙のない形で完全に押さえ付けられている。――ッ術者の間で無数の駆け引きが応酬する。

「――くそっ――」

「――‼」

「クソォッッ‼‼」

 術式の核となる箇所においての数瞬の攻防ののち、均衡が一気に秋光の側へと引き寄せられ。手綱を(うしな)う感覚に叫び出す零の前で、鬼神と黒竜の抵抗が弱まっていく。【隷属】の召喚式の解除。

「――【強制帰還】‼」

「ッ――‼」

 紡がれた秋光の最後の詠唱と共に――支配から解き放たれた鬼神と黒竜の瞳に光が戻り、微かな鳴き声と魔力の残滓を残して、二人の目の前から消え去った。――静寂。

「……ッ……‼」

 召喚師としての技量で打ち負かされ、完全なる敗北を(きっ)した零が、消えた黒竜たちの気配によろめきながら手を伸ばす。虚しく虚空(こくう)をかいていたその指先が、

「……ッまだだ」

「――」

「まだですよ、――ッ先生‼」

 唐突に握りしめられたかと思うと、叫びをあげた零が、歪んだ形相で秋光に視線を送りつける。……四神と黄龍の召喚は未だ保たれている。

 居並ぶ五体の神獣たちの威容を前に置き、次の瞬間にはその身を蹴散らされておかしくない状況にありながらも、青年の顔には冷めやらない闘争の狂気が浮かんでいる。冷静さを欠いた目の光……。

「首輪を外されたのなら、また結び直せばいい‼」

「……」

「手駒となる異形はまだいます。長年にわたって【盟約】の関係を結び続けてきた、僕の【四大精霊】なら――ッ‼」

「――【絶縁封印】」

 戦況を忘れて理に沿わぬ願望を(わめ)き続ける、その不覚を見逃す、秋光ではなかった。端的に紡がれた術式の一言。

「――⁉」

 零の足元に重なり合う複数の法陣が出現したかと思うと――陣から伸びた無数と言える白い魔力の(おび)が、零の周囲を(かご)のように覆っていく。互いを互いに交差するように嚙み合わせながら、瞬く間に視界を埋め尽くし。

「……っ」

「……その牢は、内部における召喚術の行使を封じる」

 抜け出る隙間のない、一個の(まゆ)の如き牢獄を作り出した。静かに秋光は決着を告げる。

「対召喚師用の切り札として、異形の解放を目指す戦いの中で、私が築き上げてきた術式」

「――」

「今日この日に至るまで改良を加え、最後の修業を終えたとき、お前に渡そうと思っていた術法の一つだ。……お前が四賢者となったのち……」

 (つい)えた未来を脳裏に浮かべた、秋光が内心の動きを悟られぬように息を継ぐ。

「時代を逆行させようとする召喚師たちが、再び次の世界に現れ出てきたときのために」

「……そういうことですか」

 牢獄の中で、小さく息を吐く声が響く。告げられた言葉の意味を飲み込むように、数拍の間が置かれ。

「こんな隠し玉があったとは。流石は秋光先生」

「……」

「英雄としての来歴の中で(つちか)われた、創意工夫は素晴らしいものですね。――僕を殺さないんですか?」

 再び口を開いた零の言葉は、やけに落ち着き払ったもののように聞こえてくる。戦いの最中に見せていた狂騒が――。

「仮に先生が僕の助命を願い出たとしても。他の四賢者の皆様は、それを良しとはしなさそうですが」

「……お前が自ら起こした行いは、己の死一つで(あがな)えるものではない」

 突き付けられた敗北の事実によって、()がれ落ちたかのように。辛うじて平静を(よそお)っているような零の言葉に対し、秋光はただ、賢者としての判断を告げていく。

「一切の抵抗のできぬよう拘束を(ほどこ)したのち、レイガスの精神魔術によって、お前の知る全ての情報を吐いてもらうことになる」

「……!」

「構成員の素性、計画の内容と経緯、その全てを。……秩序の転覆を狙う勢力と手を結び、数多の協会員たちを殺害する事態を招いた本人として……」

 手のひらに爪先を食い込ませながら、宣告となる裁きの内容を口にした。

「――お前には、技能適性の完全な剥奪処分が行われる」

「――ッ!」

「技能者界に関する記憶の抹消と、あらゆる魔術機能の封印除去。これまで(はぐく)まれた来歴の全てを失い、己の名前すら持たない一人の人間として、牢獄でその一生を終えることになるだろう」

 ――そう。

 協会が取り得る処断の一つに死刑、いわゆる極刑があるのは確かだが、これほどの事態を引き起こした張本人に対し、単なる死では措置として決して適切とは言い切れない。……二度と同様の事態が起こらぬよう。

 見せしめと訓戒の意味を込めて、技能者としての存在そのものを抹消する。如何なる技法でも回復できないよう、徹底的に魔術師としての機能を奪い去り――。

 死霊術や交霊術による利用もできぬよう、生きたまま虜囚として幽閉するのだ。見方によっては死より残酷とも言える処罰。

「……」

 近年での敢行は二度目となる事態の訪れに対し、秋光の脳裏に、数多の情景が想い浮かんでくる。……初めて精霊の召還に成功し、笑顔を浮かべる少年の頃の零。

 協会員たちとの交流に笑顔を見せつつ、知識の習得に(はげ)む青年の姿。いずれ賢者の立場をつかみ取り、自身の力で協会を導いていく姿を心から望んでいた――。

「――さらばだ、零」

 全ての理想と思い出を胸に、秋光は牢獄へと背を向ける。今なお本山の各所で戦い続ける者たちのためにも、自分がいつまでも此処に留まっているわけにはいかない。

「師として交わした約束を果たせずに……済まなかった」

「……」

 零の召喚の行使を封じたとしても、術者から切り離された鬼門(きもん)の召喚は継続している。協会の特別補佐である(あおい)の腕なら不覚を取ることはないだろうが、最善を考えれば自らが加勢する以外の選択肢はないと言っていい。胸に残る悔恨(かいこん)を言葉にし、

「……やれやれ」

 四神と黄龍を共にする秋光が、部屋の出口へと歩き出した、そのとき。牢の中から、不穏に平坦な声が響いてくる。……望みのない絶望の立場に(おちい)っているはずの零。

「まさか、止めを刺さずに敵に背を向けるとは」

「――」

「元弟子に対する温情ですか? ――相変わらず甘いですね、先生」

 だが、今秋光の耳にした声音からは、恐怖や怯えといったマイナスの感情が一切見受けられない。異様なほど変化のないその口ぶりに、異変を感じた秋光が立ち止まった。

 その刹那。

「――ッッ‼‼⁉」

 零を捕らえていたはずの封縛の(まゆ)(ろう)が、内側から微塵に割り砕かれる。舞う帯の残滓を置き去りに飛び出して来た神速の影が、秋光の後方にいた(びゃっ)()の胴体を砲弾の如き勢いで打ち据えていく。――散る鮮血。

「――‼」

 (はがね)の如き体毛が削り取られ、苦悶の叫びと共に振るわれた前足を受け止めた影の反撃が、神獣の武装たる爪を割り砕く。顔面に重たい一撃を叩き込まれ、轟音を立てて白虎が地面に倒れ込むと同時、背後から食らい付こうとする巨大な黒蛇の牙を見向きもせずに(かわ)した影が、蛇の頭部を両腕で締め上げるように抱え込む。(ぬめ)りのある体表に手のひらを食いこませ――‼‼

「――ッ‼‼」

 慮外(りょがい)膂力(りょりょく)をもって振り回された(げん)()の甲殻に、雷撃を放つ(せい)(りゅう)の本体が激突させられる。()れた雷撃を回避した朱雀(すざく)の真上へと飛翔した影が、燃え上がる轟炎をものともせずに、壮麗なる翼の片方を引き裂くように千切り取った。

「――……‼」

 ――瞬間的に沈められた四神たち。響き渡る阿鼻叫喚(あびきょうかん)の叫びと、尾を巻いて秋光の元へと参じていた黄龍が(うな)りを上げる横で、凝視する秋光の視線の先に、一つのヒトガタをした影が立っている。……黒く(なめ)らかな皮膜を持つ強靭な翼。

 千切れた衣服の張り付いた赤黒い肌は、強大な霊格を備える(うろこ)に覆われており、太い血管の走った(いびつ)な筋肉が、己の密度を誇示するように張り詰めながら隆起している。口元から覗いた獰猛(どうもう)な牙。

 残された頭髪に僅かに人間の面影を残す相貌の中で、奇妙にねじくれるように発達した眉間の角と、黄色の輝きを持つ竜の如き瞳が炎の如く輝いている。己の隷属させる強大な力を混ぜ合わせた――‼

「……【憑依術(ひょういじゅつ)】」

 歪なカタチ。目にした現象の正体に拳を握り締めていた秋光の唇から、抑えることのできない言葉が零れ出る。声の内奥に宿る震えは決して、

「……ッそこまで()ちたか」

「……」

「――零ッッ‼‼」

 決して、恐れなどから来るものではなかった。怒涛のごとくに迸る激情――ッ‼‼

「【緊急救助】‼ ッ⁉」

 悲嘆と怒りをよすがに術法を紡ぎ出そうとした秋光の眼前で、警戒を保っていた黄龍の顎が絶大な威力をもってはね上げられる。――砕かれた金色の鱗。

「――‼」

「……今の僕がどうあろうとも」

 辛うじて維持されていた黒符の防壁を、次の瞬間に打ち砕いた五本の爪――人の身ではありえない、赤黒い鱗と(こぶ)を備えた左腕が、(あやま)たず秋光の胸元を貫いていた。……目の前に立つ怪物。

「貴方にはもう、関係の無いことだ」

「……ッゴフっ」

 異形と融合した形を取りながらも、血管の走る瞳には、冷ややかな理性の光が湛えられている。しゃがれた声と共に自らの身体から腕が引き抜かれるのを意識した直後――。

「……ッ……‼」

 支える力を失った、秋光の肉体が崩れ落ちる。しがみついた手のひら。

 臓腑(ぞうふ)の絡みつく鱗へ(すが)った指先も、数瞬の抵抗ののちに力を失い滑り落ちていく。自らの流す血の上へ倒れ込んだときにはすでに、現実の感触が秋光には分からなくなっていた。……。

 ……熱。

〝――よくやった〟

 広がる水面(みなも)に自らの生命(いのち)が流れ出していくその中で、秋光の脳裏にある日の思い出が蘇ってくる。生家にて、始めて異形を呼び出した時のこと。

〝さあ、支配の言葉で首輪をつけるんだ〟

 両腕を組んで、満足そうに見つめている父がいる。居並んだ何人もの術師たちから送られる視線が、秋光と目の前の異形に注がれている。

 いずれも次に行われる行為に何の疑問も持っていない。召喚師の家系に生まれたものとして、当たり前の光景。

 何千何百と繰り返されてきたのだろうその光景の中にあってしかし、秋光は確かに疑問を感じていた。目の前で微かに震えている、不可思議な生き物……。

〝僕と……〟

〝――?〟

〝僕と、友達になってくれませんか?〟

 そう言って手を差し出した秋光に対し、生き物が僅かに見つめ返したかと思うと、小さな了承の鳴き声を上げた。――そう。

 あの日から、自分の召喚師としての、(しき)秋光(あきみつ)としての道のりが始まったのだ。……多くの難関を歩んできた。

 突き付けられる試練を乗り越えて黄龍と友たる信頼を結び、旧習を守ろうとする生家から四神を解放し、それぞれの試しを経て彼らとも【盟約】の関係を結ぶに至った。力と技とを磨き、

 世の中の問題を取り巻く多くの戦いに参加した。いくつもの戦場を異形たちと共に駆け、自分と並び立つ技能者の仲間たちと出逢った。

 戦友たちと笑い合い、話を交わし、いくつもの喪失を経験したのち、魔導の賢者として技能者界の対立を変革することを決意する。組織の内部で起きた数々の論争と対立。

 魔導院から自らの元を訪れた、優秀で前途溢れる補佐官との、十数年ぶりの再会を果たす。そして――。

〝……は、始めまして〟

 自分の前にいる、一人の少年。緊張でかしこまった素振りが、秋光の瞳に映り込む。

〝これから、お世話になります。その……〟

〝……そう緊張しなくていい〟

 年若いながらも明確な才気の宿った面持ちには、僅かな恐れと不安を抱えた、純粋な感情が見え隠れしている。柔らかに微笑んで。

〝これから君と私は、師弟の間柄だ〟

〝――ッ〟

〝私は君に賢者としての心構えと技を教え、君は私から学べるだけのことを学ぶ。一方的な教授でなく、私が君から教えられることもあるだろう〟

 目線を合わせて手を差し出す。一瞬だけ(おく)したような少年に、偽らざる誠実を込めて頷いた。

〝私たちはこれから協力して、互いに学び合って魔術師としての道を歩んでいくことになる。こちらこそ、よろしくお願いする〟

〝――っはい!〟

 大きく頷いてくる少年。不安の拭い去られた晴れやかな面持ちで少年が見つめてくるそのときに、秋光は感じたのだ。

 自分のこれまで戦ってきたことの意味。血と争いの中で失われる命を嘆くしかできなかった、自分の前に現れてくれたこと。

 ――この少年は、希望だ(・・・)

 戦いの中で互いに傷つき、傷付けてきた自分たちではなく。新たな世代に生を受けるこの少年たちこそが、次の世界の時代を担っていく。

 過ちや対立の歴史から多くを学び、成長した彼らこそが。いずれ自分たちのみならず、誰しもにとっての希望になるのだと――。 

〝よろしくお願いします。……――先生っ〟

「……」 

 笑顔を浮かべながら自分を呼ぶその声に、無意識の中で秋光は目を開ける。微かに動かした唇。

一面に広がる赤く冷たい暗闇の中で、自分に声をかけた相手の姿を探そうとする。記憶の中の少年に手を伸ばそうとした……。

「――さようなら、先生」

 秋光の瞳に。非道と欲望に血塗られた、凄惨な青年の笑顔が映り込んだ。

「僕に貴方を超える機会を与えてくれて、ありがとうございました」


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