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彼方を見る者たちへ  作者: 二立三析
第六章 運命の日
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第四話 選ぶべき道



「……」

 ――小父さんたちの帰って行った、翌日。

「平和だな……」

「そうですね……」

 以前よりも静けさの増した昼飯を終えたのち。三千風(みちかぜ)さんともたびたび利用していた、本山の中庭に集まった俺たちは、素朴な木椅子の背に体重を預けながら、ゆったりとした休息の時間を過ごしていた。鳥たちのさえずる緑とうららかな日差しの中で、湯気の立つお茶の入ったカップが緩やかな温かみを放っている。

(あずま)さんたちが帰ってしまって、急に静けさが増したというか……」

「いつまでもいられたんじゃ困るんだけどよ。なんだかんだで、賑やかだったもんなぁ、親父たち」

「気の置けない身内であることに加えて、全員相当破天荒な人物だったからな」

 頭を後ろに手をやるリゲルは、昼飯だけでは食べ足りなかったのか、途中で寄ったサロンから色々なチーズを取ってきている。同じくサロンから持ち出してきたマカロンを()まんだジェインが、サクリとした咀嚼(そしゃく)(おん)を響かせながら語る。

「全員が英雄と呼ばれる技能者だった衝撃や、一瞬でも気を抜けば精神的に死亡しそうな修行などで、気の休まる時間がなかった」

「夢の中でも神父にぶっ飛ばされてたくらいだからな。永仙(えいせん)凶王(きょうおう)の問題も、一段落したし」

 目を(つぶ)ったリゲルが軽く伸びをする。……そう。

 これまで俺たちがあれだけ過酷な鍛錬をしてきたのは、自分たちの置かれている状況を変えるためだった。暗殺者の老人に始まり、

 永仙と凶王に自分たちが命を狙われているという、絶望的な事態を変えるため。尋常であれば不可能と思える苦境に抗うために、力をつけてきたわけだが……。

「なんっか、気の抜けちまった感じだよなぁ~」

「そうだよな……」

「親父たちは、一応訓練は続けとけって言ってたけどよ。いざ取り組んでみても、今一本気でやれてる気がしないって言うか」

「厳しい目で見てくれる人がいなくなったからかもしれませんね……。あ、蝶々が飛んでますよ」

 永仙と凶王たちが揃って手を引くと言う、あまりに最善の形で決着がついてしまったことで、これまでの危機的状況とのギャップに心が追いつけないでいる。天窓から降る陽の光を受けて、キラキラと輝いている瑠璃色の翅を、フィアの視線に合わせて眺める。……心からのやる気が湧いてこない。

「平和だな……」

「そうですね……」

(ファン)さんや上守(かみもり)先輩たちも、溜まってた仕事があるとかで忙しそうだし。――図書館にはいかねえのかよ」

「レイルさんとの修練で、かなりの量を読破したからな」

 過酷な修行や戦いの緊張感から解放された、反動が一気に来ている感じだ。涙混じりの欠伸(あくび)を吐いたリゲルの問いかけに、レンズの汚れを拭き取った眼鏡を、ジェインが改めてかけて瞬く。

「手に届く範囲では、あまり目ぼしい蔵書が無くなってしまった。書庫の奥にまで行ければあるかもしれないが、リアさんや秋光(あきみつ)さんにそれを頼もうにも、今は理由がな」

「……まあ、そうか」

 頷く。リアさんや秋光さんが俺たちに手を貸してくれていたのは、永仙と凶王派に命を狙われているという、切迫した事情があるからだった。

 その理由の消滅した今では、これまでのような頼みを聞き入れてもらえるかは分からない。何もかもが一変した自分たちの状況に、覇気のこもらない息を吐き――。

「――ここにいましたか」

 休日の布団のようなけだるい安寧を受け入れようとしていたとき。草木を分けてつけられた小道の奥から、ひとりの人物が俺たちのいる東屋に姿を現した。黒髪を後ろで一つ結びにした、そつのない(たたず)まい。

「腑抜けた顔で雁首を揃えて。目をつける保護者がいなくなった途端、もう惰眠を(むさぼ)る羊に逆戻りですか?」

「――」

「――(かく)さん」

「おっ、郭じゃねえか」

 来訪者に姿勢を正した俺たちの前に立っているのは、協会の賢者見習いである(かく)詠愛(えな)だ。保護された俺たちが本山から初めての外出の権利を得る際に、その試験を担当した魔術師であり――。

「珍しいな。お前から俺らのとこを訪ねてくるなんて」

「……何の用だ?」

 四賢者の一人であるレイガスの、弟子という立場でもある。迎え入れる素振りを取ったリゲルと対照的に、警戒の響きを声に滲ませたジェインが、胡散臭げな感情をレンズの奥の瞳から覗かせる。

「まともな眼があれば分かる通り、僕らは今、食後の休憩をしているところでな。不当な試験を押し付けてきたエリート意識を持つ赤の他人に、干渉される筋合いはないんだが」

「食後と言うだけあって、得意の記憶力まで悪くなっているようですね。そちらから二度も訪ねてきたメンバーがいるというのに、此方の方からは干渉するなとは」

 意味ありげにリゲルの方を見遣った郭が、ジェインに視線を戻して小さく鼻を鳴らす。

「面の皮の厚さに呆れ返ります。自分が今どこに腰を落ち着けているのかという、そんな初歩的なことから説明してあげなくてはいけないんですかね?」

「相変わらず詰まらない減らず口を――っ」

「ッストップストップ。――喧嘩を売りに来たわけじゃねえんだろ?」

 怒りのボルテージを上げかけたジェインを目に、珍しく自分から仲裁に回ったリゲルが、軽く姿勢を正して郭を見直す。

「あれだけの大ごとのあとで、俺らも今は今一気が抜けてる状態でよ。気に障ったんなら悪いが、用事があんならそっちの方を先に話してくんねえか」

「……まあ、いいでしょう」

 黒髪を僅かに手で梳くようにした郭が、鷹揚(おうよう)に頷く。……できるなら初めからそうしてくれ。

「僕も時間潰しをしに来たわけではありませんからね。余計な手間を省けるなら、それに越したことはない」

「元はと言えば貴様が原因なんだがな……」

「この場で先に噛み付いてきたのはそっちでしょう。――さて」

 見ている側としては気が休まらない。相変わらずの剣呑さを見せる空気を置いて、一つ咳払いをした郭が、いくぶん真面目な目つきで俺たちを見直した。

「用件ですが。――まずは(ねぎら)いを」

「――?」

九鬼(くき)永仙(えいせん)と直接対峙したんでしょう? 【世界構築】に取り込まれて孤立した挙句、そちらの二人は永仙の拳をまともに食らったとか」

 同情するような目つきでが俺たち全員に贈られる。そのことか――。

「全員が力を使い果たすまで追い込まれたようですし。あれだけの保護と警備があってなお、協会の元大賢者と向き合う羽目になるとは、また随分と不幸でしたね」

「――」

「死んでいても全くおかしくはない。なぜこうして無事に安寧を貪れているのか、不思議なくらいです」

「嫌味か? 貴様」

「まさか。褒めているんですよ」

 ジェインの指摘に肩を(すく)める。前のときからそうだったが……。

「永仙自身の殺さずにという意向があったらしいとはいえ、貴方たちは当代でも最高クラスの魔術師を相手にしながら、殺されることなく自分たちで生存の可能性を(つか)み取った」

「――」

「致命傷になるような深手も負わず、肉体的にも精神的にも、後遺症になる傷痕を残さない形でね。以前に外出試験をした時と比べて、考えられないほどの成長です」

 皮肉を言わずに話すことはできないものなのだろうか? レイガスの元で育てられたせいで、素直に他人を褒める方法を知らないのかもしれない。同情する気分になっている俺の前で、郭はなおも分かり辛い言葉を続けてくる。

「救世の英雄たちの指導があったとはいえ、実に素晴らしい」

「……?」

「九鬼永仙を前にしてあれだけの戦いができる技能者は、本山の協会員といえどもそう多くはいないでしょう。自分たちの努力を通じて貴方たち四人は、単に庇護され保護される一般の学生から、己の力を扱える技能者になった」

 笑みを描いていた郭の瞳が、明白な意味を込めて細められる。――ッ‼

「晴れて此方側の世界へ足を踏み入れたというわけです。――おめでとうございます」

「……!」

「協会が貴方たちを保護する理由は、これですべて無くなったわけですから。始めの望み通り、大手を振って元のような学園での日常に帰れるんじゃないですか?」

 郭の言葉の意味するところに、俺たち全員が押し黙っている。……そう。

「……相変わらず嫌味な性格だな」

「……」

「大事を終えたこのタイミングで言いに来るとは。僕らの状況を、楽しんででもいるつもりか?」

「とんでもない。僕としては、貴方たちが心配なくらいでしてね」

 ――そうなのだ。今の俺たちにとって、最大の問題点はそこにある。

「未熟とは言え、各人が技能者界でも極めて稀な出自や才能を示した者たちです」

「……!」

「欲しがる勢力は山のようにあるでしょう。協会を始めとした三大組織がその筆頭であるのは、今更言うまでもありませんが」

「……その……」

 半ば仕方のない状況だったとはいえ、非日常の世界である程度の馴染みを得てしまった俺たちが、今後どのような扱いをされるのか。ポケットに手を入れた郭に、フィアが尋ね出す。

「今の協会の中では。……私たちの扱いについては、どういう話になってるんですか?」

「四賢者の間では、貴方たちの処遇について意見が分かれているようですね」

 フィアに対しては特にこだわりがないのか、皮肉も交えることなく、サラリと答えてくれる郭。

「筆頭である秋光様は、貴方たちの判断を尊重したいと考えているようですが。師匠とバーティン様については、貴方たちの迎え入れに賛同していると聞きます」

「――!」

「……マジかよ」

「戦力的に見た場合、貴方たちが将来有望な技能者であるのは確かですからね。他組織に取り込まれてしまう前に、自分たちで押さえておきたいと思うのは自然でしょう」

 平然とした表情で郭が言う。……そうか。

 先に話していた通り、今の俺たちを狙っているのは何も協会だけではない。他の組織に利を与えるくらいなら……。

「……仮に……」

「……」

「仮にもし、俺たちが協会員になった場合。……日々の生活とか、仕事とかって言うのは、どうなるんだ?」

「たんに協会に所属するだけなのであれば、変わることはそれほどありませんね」

 その前に自分たちがという発想は、当然あっておかしくはないはずで。――っそうなのか?

「支部長たちから聞いているかもしれませんが、協会に所属している魔術師の大半は、特定の職務や戦闘義務などを持たない人間です」

「――」

「力や素質を持つために降りかかる問題事から、協会に保護してもらう立場という方が適切ですね。定期的な会費の支払いと、特定の技能の使用や敵対組織との接触の禁止など、いくつかの条件を守ってもらえれば、特別生活を縛るようなことはしません。――全員を戦力にするわけにもいきませんから」

「――!」

「形式上は協会に所属しつつ、その実ほとんど以前と変わらない生活を送ることも可能でしょう。しかし――」

 希望を覚えさせる発言のあとで、郭の口の端が、微かに意地悪く上げられる。

「今言ったのはあくまでも、戦力になる可能性を持てない協会員についての話です」

「――ッ」

「貴方たちは事情も特殊ですし、何より示している才能が大きすぎる。支配級の適性、時の概念魔術に、事実上唯一といっていいはずの蔭水(かげみず)の血筋」

 俺たちを順番に見遣る視線が、最後にフィアの上で止まる。

「元大賢者を退(しりぞ)かせるほどの固有魔術。僕らの常識に照らし合わせて考えるなら、単なる庇護を受けるだけの人員に(とど)めておくことはしないでしょう」

「――」

「然るべき環境を整え、己の技能を錬磨させ、将来的な戦力として期待のできる生活を送ってもらう。優秀な技能者として才能を開花させれば、組織内で一定の立場を持つことさえ可能かもしれませんね」

「……」

 思いもしなかった未来を告げられたことに、俺たち全員が考えこんでいる。黙考の続く沈黙の中で……。

「……お前はどう思ってるんだ?」

「――僕ですか?」

「俺らが協会に所属すべきなのか、学園に帰るべきなのかについてよ」

「学園には通ったことがないので分かりませんが。――僕としては正直、どちらでも構わないんですよ」

 リゲルの問いを受けた、郭はふっと目を細めてみせる。

「貴方たちがどういう選択をしようと、賢者見習いである僕の立場に影響があるわけではありません」

「……!」

「貴方たちの才能が稀有であるのは確かですが、本人たちにその気がないのなら、抱え込んでも結局腐るだけで終わるでしょうし。四賢者同士の話し合いで決まる以上、弟子である僕にこの件についての決定権はありませんしね」

 軽く首を竦めてみせる仕草に納得がいく。……そうか。

 協会という組織の中で間違いなく上澄みの立場を持つ郭ではあるが、それでもこの件の決定に影響を及ぼせるわけではないのだ。……決めるのは四賢者。

「まあ、組織としての意向が決まり次第、秋光様から通達があるでしょう」

「……」

「今は永仙たちのお陰でやることが山積みなようなので、多少の時間はかかるかもしれませんが。決定の下されるときまでに、自分たちの判断を――」

「……そういやよ」

 魔導協会の幹部であり、組織の意思決定を担う、四人の人物たちだ。事態を理解した俺たちの間から。

「前々から気になっちゃあいたんだが。もう一人の四賢者って、どんな奴なんだ?」

「はい?」

「さっき言ってたろ。俺らの迎え入れについて、レイガスと、もう一人賛成してる人間がいるって」

「……ああ」

 素性についての疑問が上がる。……確かにそうだ。

 秋光さん、リアさんに、レイガスと。俺たちはこれまで三人の四賢者には会っているが、残りの一人とは面識がない。郭が口にしていた名前。

「バーティン様のことですか。そう言えば貴方たちは確かに、会ったことがないんでしたね――」

「――ス、トオオオオオオオップッ‼」

「――っ⁉」

「うおっ⁉」

 特徴的だったその響きを思い起こそうとしたところで。俺たち全員の頭上から、凄まじい声量の叫びが掛かった。――ッなんだ⁉

「待ちたまえ、郭くん‼」

「――⁉」

「不肖ながらこのバーティン! 四賢者として、己の紹介なら自分でして見せよう‼ とぅッ‼」

 咄嗟に上を見上げた俺の視線に、中庭に生える樹木のてっぺんで、歌舞伎役者のようにポーズを決めている一人の人物の姿が飛び込んでくる。――ッ跳んだ⁉

「――ッ後進の手を借りるわけにはいかない。賢者とは常に、己の手で道を切り(ひら)くものなのだから!」

「……こちらにいらっしゃるとは」

 ゆったりとしたガウンのような服を纏い、上唇を隠す特徴的な口髭を蓄える男の姿が、木の葉を舞い散らせながら空中で数回転するカッコいい着地を決める。悠然と歩いてくる人物の姿に固まっている俺たちの間で、幾分当惑した表情の郭が、口調を丁重なものへと変えて発言した。

「思っていませんでした。魔導院の視察の予定では?」

「うむ! そのつもりだったのだが、案外退屈そうでな! 代わりの人間に任せてきた!」

 ――っおいおい。

「直感の導きに従って、たなびく雲を眺めていたところ、若者たちの交流に気が付いたというわけだ。さて――」

 高いアーチに覆われた本山の中庭から見える空は、雲一つない晴天だ。どこから突っ込んでいいのか分からずに唖然としている俺たち四人を、目の前の人物は今一度鷹揚に見回して。

「満を持しての自己紹介と行こう。吾輩の名は、アル・バーティン・ガイス」

「――」

「協会を支える四賢者の一人。そして――‼」

 濃い(おもて)の振りむいた後ろから、いつの間にか影のようにその場に現れていた、一つの小柄なシルエットが歩み出てくる。――シックなメイド服を着た少女。

「こちらが吾輩の付き人、コゼットだ」

「……」

「生憎無口なものでね。意思疎通はそれほど上手くないのだが、仲良くしてくれると嬉しい」

「あ、ど、どうも……」

 上質の仕立服に包まれた華奢な肩を軽く叩いたバーティンさんの仕草に続いて、手を伸ばしてきた少女とフィアが握手を交わす。……なんなんだ一体。

「はてさて――」

 登場から相手のペースに巻き込まれて続けているせいか、まるで本筋が見えてこない。動揺と困惑が俺たちの意識を支配している中で、バーティンさんが、豊かな口髭を撫でさすった。

「ひとまずこれで紹介は済んだわけだが。何の話をしていたんだったかな? 郭くん」

「――四人の協会への迎え入れについて、話をしていました」

 賢者見習いとしての態度を整えた郭から、そつのない話し振りが披露される。

「僕の師匠と同じく、バーティン様がその方針を望んでいると」

「うむ! 一点の瑕もない見事な話し振りだが、相変わらず口調が硬いな!」

 頷いて郭に目を向けたバーティンさんが、諭すような口調に切り替わる。

「いずれは君も私たちと同じところに来るのだから。吾輩やリア殿ほどまでにとは言わないまでも、今から自分を出す気構えをしておかなければ、この先大変だぞ?」

「――お心遣いは痛み入りますが」

 立場的にも力量的にも上となる相手からの訓示に、郭は一切の心情をおくびに出すことさえしないまま答え返す。

「今は不熟な道半ばの身であることは、僕自身重々承知しています」

「――」

「己の力量で同じ立場を掴み取るそのときまで、己を出す口調は取っておきます。バーティン様」

「ほほう。流石、教育が行き届いているな」

 単なる丁寧さだけでなく、揺るぎない自負をも感じさせる応え方。はた目から見ていても唸らされる郭の対応に、バーティンさんがニヤリと口元を上げた。

「レイガス殿らしい。もっとも郭くんの場合は、師の領分だけに留まることもないだろうが」

「……」

「よしよし。なんにせよ、こうして協会の明日を担う者同士が顔を合わせられたのは、喜ばしい話だ」

 ――っ⁉

「今後の組織の未来のためにも、今のうちから交流を深めておくべきだからな!」

「――ッ」

「単純な業務や役割だけでなく、互いを人として知る者同士なら、その絆は何倍にも強くなる。本来なら手の届かない力を発揮することさえ望め――」

「っその――っ」

 郭と俺たちを見回して、満足げに頷いているバーティンさんに向けて言い出す。――流されてはマズイ。

「……俺たちはまだ、協会に入ると決めたわけでは……」

「ふむ?」

 相手のペースに飲み込まれてしまっては、いつの間にか不本意な流れに乗せられてしまうとも限らない。どうにか話の向きを変えようとした俺に対し、くりりとした瞳を動かしたバーティンさんは、意外そうな仕草で自分の顎元を撫でさすってくる。

「何とも奇妙な話だ。――ならばどうするね?」

「――え?」

「力を抱いたままの人間が、それを隠して平穏な生活を送ろうとしても、周りはそれを許さないものだ」

「……‼」

「望もうと望むまいと、君たちはいずれこうした世界の出来事に巻き込まれることになる。で、あるならば――」

 穏やかな微笑が口髭の上に作られる。答えに詰まった俺たちを目に映し、芝居がかった仕草で勢いよく両腕が広げられた。

「――力を持つ者として、自らの境遇を楽しむしかない‼」

「――!」

「自身に与えられた運命を謳歌(おうか)し、己の手の遠ざかってしまったことよりも、新たに届くことの方にこそ目を向けていくべきだ! 君たちが協会に来るならば、吾輩としても多大な熱意をもって歓迎しよう」

 親しみのあるウィンクをして見せたバーティンさんが、貴族のようなガウンの裾を翻す。

「例え行く道がどうなろうとも、己の生き方に悔いることだけはしないことだ」

「……」

「若者は迷うものとはいえ、人生に後戻りの選択肢はない。後悔の時間が長ければ、目の前に訪れる幸運な機会さえ逃してしまうものだからな!」

 背後を着いていくメイド服姿の少女と共に去っていく。二人の後ろ姿を見送ったあとで――。

「……」

「……あれが四賢者かよ」

 今の今まで呆気に取られていたらしい、リゲルが呟きを零す。……まったく。

「台風みてえな勢いだぜ」

「なんだか……」

「……強烈だったな、色々と」

「……バーティン様は、四賢者の中でも異色の魔術師ですからね」

 突然の嵐に巻き込まれたような気分だ。口調を元に戻した郭が、自身も軽く疲れたように息を零しながら言う。

「歴代でも上位となる若さで四賢者に就任し、魔導院の学生であった時分から、技能者界の常識を覆すような逸話を幾つも鳴り響かせています」

「――」

「理論や常識を理解した上で平然とそれを踏み越えていく、文字通りの天才肌ですね。リア様とはまた違った奔放な行動も多いので、一部の協会員からは余りいい顔をされていないようですが」

「っそうなのか」

「そうした周囲の評価を気にしない強さがあります。――今の会話で、少しは状況が理解できたんじゃないですか?」

 郭から、含みを込めた眼差しが俺たちへと送られる。

「あのバーティン様のような、己の意志を強烈に貫こうとする魔術師が、貴方たちを自分の組織へ迎え入れようとしている」

「……!」

「僕の師匠もそうですが、協会の四賢者とはいずれも、海千山千の魔術師たちの中でその立場を保っている人間たちです。半端な気持ちや覚悟では、あっさり飲み込まれてしまいますよ」

 先ほど覚えた予感。言葉を返せずにいる俺たちを前にして、郭がふっと口元を緩めた。

「貴方たちの決断に意味があるのかは分かりませんが。状況も分からずに流されるだけなのは、少しもったいない気もしますからね」

「――」

「未来の四賢者に大口を叩いた野蛮人もいることですし。――楽しみにしていますよ」

 言いたいことを言い終えたらしい郭が、俺たちのいるテーブルを離れていく。姿の消える最後に、一度だけ手を振って。

「貴方たちがどこにいることを選ぶのか。この先の道のりで、どんな立場の貴方たちに出逢えるのかをね」


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