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彼方を見る者たちへ  作者: 二立三析
第六章 運命の日
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第三話 一時の別れ



 ――昼。

「相変わらず美味えよな、ここの飯は」

 立慧(リーフイ)さんたちに、小父さんたちを迎えて賑やかになった食堂での食事風景に加わりつつ、俺は目の前のテーブルについた人たちの様子を眺めている。箸でつまんだヒラメのムニエルに舌鼓を打ちつつ、柔らかな若葉色の煎茶(せんちゃ)を一口に(あお)(あずま)小父さん。

「素材が豪勢なうえ、料理人の腕も確かですからね。協会の子どもたちにも、お土産で持って行ってあげたいものです」

「和洋中のみならず、世界中の料理がレパートリーに入っているようだからね。リクエストとはいえ、本格的な古典料理が作れるのには驚いた」

 ふんだんに唐辛子と香辛料の使われたマトンの黒カレーに、平たいバターナンとサフランライスを合わせつつ、チャイを(すす)るエアリーさんの隣で、(はと)のパイ包みをナイフとフォークで切り分けているレイルさんが、気泡の浮かぶノンアルコールのシャンパングラスを優雅な所作で傾ける。こうした食事の光景も、今ではすっかり日常になった。

「……何か希望があれば伝えるとは言ったが、ここまで遠慮がねえのも逆にすげえな」

「あの凶王(きょうおう)らを前にしてふざけた提案が言えるくらいなんだから、それくらい当然でしょ。――ほら」

 ここ七週間ほど毎日続けられてきた朝の景色だが、今はそこに、懐かしい人物が戻ってきてもいる。いつにも増して豪華な小父さんたちの食事風景を、珍しく酒以外の飲料(番茶)を飲みつつ眺める田中(たなか)さんの隣から、立慧さんがクラゲと鶏肉の乗った丸皿を隣の人物の前に置く。

「他には取るもの無いの? 遠慮なんてしなくていいんだから、ジャンジャン言いつけてくれていいわよ」

「多少の注文は通るとはいえ、療養中は健康的なメニューしか口にできなかっただろうからな。英雄さんたちのお陰で珍しいレパートリーが並んでるんだし、何でも好きなのを頼んどけよ」

「食べきれないだろ……こんなに」

 二人の隣で――胡桃(くるみ)(いろ)のポニーテールを揺らす、千景(ちかげ)先輩が、田中さんと立慧さんから送られる言葉に溜め息を吐いている。――そう。

「ようやく戻って来れたと思ったら、まさかこんな逆兵糧攻めみたいな目に遭うとはな」

「いいじゃない。千景好きでしょ? クラゲと鶏肉」

「まあ、好きなものは好きだが……」

 以前の賢王との戦いで治癒棟に入院していた先輩だったが、完全に治療を終えられたとのことで、今朝から俺たちとの食事に加わることになったのだ。もの言いたげに眺める小柄な先輩の目の前には、二人によって取り分けられた食卓中の料理が整然と並べられている。……一人だけ誕生日扱いをされている人間のようだ。

「流石に全部は無理だな。カタストたちも、食いたいものがあったら遠慮なく取って行ってくれ」

「――っはい」

「むごぉ。大丈夫っす(ふぁいひょうふっふ)よ!」

 対面から頷いたフィアの隣で、口いっぱいにチキンとマッシュポテトを頬張ったリゲルが声を上げる。豪快な咀嚼(そしゃく)で一息に口の中の料理をかみ砕き。

「ぷはぁっ! ――残るようならこっちで引き受けますから。先輩は気にせず、食べたい分だけ食べてくれてれば!」

「見るに()えない粗暴な類人猿の暴飲暴食振りも、たまには役に立つことがあるようだな」

「っ先輩の快気祝いだってのに、テメエこそんなちんけな食い方晒しやがって。(しゃく)だったらそこの肉の塊の一つや二つくらい、一人で食ってみろってんだ」

「――ガウスとレトビックは、相変わらずの調子だな」

 闘気のこもった視線をぶつけ合うリゲルとジェインの衝突に、苦笑いを零した先輩が、俺とフィアの方を見てくる。

「私がいない間も色々と大変みたいだったが。またお前たちと一緒に飯が食えて、嬉しく思う」

「……俺たちも同じ気持ちですよ」

「元気なだけじゃなく、技能者としても成長したのが分かる。保護者たちから、随分充実した指導を受けたみたいだな」

 先輩が、横にいる小父さんたちへと向き直る。充実したと言っていいものか……。

「――私が療養中の間、協会の問題事に対して、色々と面倒を掛けたようで申し訳ない」

「いやいや、全然気にすることなんかねえぜ?」

「ええ。私たちは単に、自分のやるべきことをしたまでですから」

 あまりその点については触れないのが無難だろう。気楽に手を振る小父さんに続いて、エアリーさんが微笑みを浮かべる。

「ジェインたちの指導をつけたのも、凶王たちと対峙したのも、あくまで自分の責任においてです。――私たちの方こそ、お礼を言いたいですね」

「――」

「以前の外出で凶王たちの襲撃を受けたとき、貴女が前に立ってくれたと聞きました」

 年季を経た穏やかな眼差しが、先輩を見る。

「賢王を前に、身を(てい)して彼らを守ろうとしてくれたのだと。――ありがとうございます」

「――っ」

「いやー、ホント。支部長とはいえ、中々できることじゃないぜ」

「窮地になれば実際、大抵の人間は真っ先に自分の身を守ろうとしてしまうものだからね。――君たちの方にも、改めて礼を言っておく」

 賞賛を受けてやや(かしこ)まったような先輩に、グラスを持ち上げたレイルさんが立慧さんたちの方を向く。

「三人が事前に基礎を固めておいてくれたお陰で、リゲル君たちの技量を短期でここまで伸ばすことができた」

「――」

「外出時の永仙(えいせん)の強襲に対しても、逃げずに前に出てくれていたらしいね。ありがとう」

「っ、いえ――ッ」

「……面と向かって言われると、少し面映(おもは)ゆいですな」

 思わぬ礼に立慧さんが焦りを見せる。田中さんが、ポリポリと指先で頬を掻く。

「私たちはその、結果的には何もできてなくて。お礼を言われるほどのことじゃないって言うか――」

「実際()る前に、リアの婆さんや筆頭が駆けつけて来ちまったんで、出番はなかったんですが。修行の件についちゃあ確かに、昼夜をかけて組んだ綿密なカリキュラムと、個人の特質に合わせた丁寧かつ熱心な指導の賜物(たまもの)だと思ってくれりゃあ――」

「っ教本だけ渡して寝ぼけてたサボり魔が、吹いてんじゃないわよっ!」

「……基礎をしっかりと固められたのは、当人たちの努力があったからこそです」

 いつもの突っ込みを始めた二人を置いて、先輩が丁重に謙遜する。

「カタストも蔭水(かげみず)も、ガウスもレトビックも。全員が全員、困難な状況の中でも前を向いていました」

「……!」

「苦難と苦境に膝を折りそうになっても、互いに手を取って立ち上がっていた。私たちはただ、四人の努力に対して、自分たちのできる範囲で手助けをしただけです」

「――ま、進捗はどうあれ、全員が全員頑張ってたのは確かね」

「いてえっ! ギブギブギブ!」

「……そうだな」

 関節を()められた田中さんの悲鳴が上がる中で、先輩たちや小父さんたちの視線が俺たちを向いている。どことなくこそばゆいような気持ちを覚えていたとき、小父さんがニヤリと口元を緩めた。

「仲間同士の友情に加えて。これだけ綺麗でかわいい嬢ちゃんがいるんだもんなーっ」

「……⁉」

「夜も二人でこっそり訓練してたとか聞いたし。頑張らねえわけにはいかねえよな」

「小父さん……っ!」

「カタストも蔭水のことを想って修練に(はげ)んでたみたいだったしな。どんな状況の中でも、互いに想い合える相手がいるのは、いいことだ」

「せ、先輩――⁉」

「羨ましいわよねー。あれだけ純粋な気持ちを聞いちゃうと、こっちまで恥ずかしくなってきちゃうって言うか」

「り、立慧さんっ!」

「リゲル君もいい人が見つかれば良いんだけどね。ファミリー繋がりの見合いなら、いつでもセッティングしてあげられるんだが」

「余計なお世話だっつってんだろ。マフィア同士の顔見せとか婚姻だとか、力関係と政略で雁字搦めの(ふくろ)小路(こうじ)じゃねえか」

「僕はあいにく、生涯独身を貫くと決めているからな。結婚など所詮、社会秩序を守るための欺瞞的な制度に過ぎない」

「……この齢で中々決まった態度だな」

「この中じゃ一番まともそうなのに、どこでここまで(こじ)らせちゃったのかしらねー」

 食卓に(つど)った全員で和気(わき)藹々(あいあい)とした会話が交わされる。ひと月近くの間欠けていた、賑やかで穏やかな歓談ののち――。

「――さてと」

 食後の紅茶にたっぷりの蜂蜜を入れて飲み干した小父さんが。どこか満足そうな表情でカップをソーサーの上に置く。隣のエアリーさんたちを見て。

「支部長さんらの気心も知れたことだし。黄泉示たちを(いじ)るのにも満足したし」

「全員無事で揃っていることですしね。私たちはそろそろ、帰るとしましょうか」

「――え?」

「ん? マジでか?」

「残して来たファミリーの情勢が、そろそろマズそうでね」

 唐突な発言。本気かどうかを判じ兼ねてしまった俺たちに、レイルさんがやれやれ気味に首を振ってくる。

「敵対するファミリーのコントロールもできないらしい。長年の秘書だったというのに、私の手腕から何を学んでいたのだか」

「いや、早く帰ってやれよ」

「教会の方の世話役も、そろそろ限界みたいでしてね。子どもたちに影響が出るより先に、帰って始末をつけてきてあげないと」

「……早く解放してあげてください」

「……小父さんも帰るんですか?」

「ん、まあな」

 俺から問いかけを受けた小父さんが、曖昧な口調で頷く。どことなく内心を(つくろ)うような面持ちを覗かせて。

「いつまでも秋光の世話になってんのも悪いしよ。二人と違って手をかけるような組織や教会やらはねえが、ちょいと日本で野暮用ができちまってな」

「――」

「そっちの方の用意をしなくちゃならねえ。――俺らが帰ったあとも、修行はある程度続けとけよ」

 気持ち早口で喋った小父さんが、思い出したように台詞を付け加える。

「技能の腕前なんて、磨かなきゃすぐ落ちるもんだからな。四人用に、ルーティーン用の軽ぅい鍛錬メニューを組んどいたから」

「げっ」

「これまでの修練の様子と、前回の永仙との戦闘の様子を踏まえたうえで、三人で話し合って作ったものです。きちんと守ってくださいね?」

 それぞれに渡されたメモ用紙には、細かい字でびっしりと鍛錬の内容が書き連ねられている。アフターケアまで万全とは有り難い話だが……。

「でも……」

「……凶王派と永仙の問題は解決したわけですし。これ以上続ける必要は、ないんじゃないですか?」

「まだ状況が確定したわけではないからね」

 俺たちの側に当然ある疑問。代表して尋ねたジェインに対し、レイルさんがにこやかに答えてくる。

「永仙と凶王派が去ったとはいえ、組織絡みで何かがあるかもしれない。それに」

「いつどんな事態が起きても備えられるように、力ってのは着けといた方がいいもんだ。――やむにやまれぬ事情だったとはいえ、折角一定レベルまで技量を磨いたんだから、何もせず腐らせてくってのは、もったいねえ話だと思うぜ?」

「ん――」

「まあ、確かにな」

「あれだけスパルタな修練に耐えたわけですからね。――支部長さんたちも、本業で忙しいでしょうが、どうか彼らのことをよろしくお願いします」

「――ええ」

「できる範囲になるとは思うけど、一応、任されたわ」

「ま、苦労じゃねえ程度には見ときますわ」

「よろしくお願いするよ」

「んじゃ、俺らは荷造りだな」

 事情を理解しているような先輩たちの頷きを見て、小父さんが話を変える。

「まとめて、今日の夕方には出る予定だし」

「え――⁉」

「……随分急ですね」

「こういうのは早い方が良いって言うだろ? 協会持ちの食費や滞在費だって、タダじゃねえんだし」

 ひらひらと小父さんは手のひらを振ってくる。……何かが変だ。

 これまでの食事風景やサロンでの傍若無人ぶりを見る限り、小父さんたちがその辺りの遠慮をしていたとは全くのこと思えない。レイルさんやエアリーさんに事情があるのは分かるが……。

 それでも少し、急ぎ過ぎな態度を感じる。フィアやリゲル、ジェインの様子を見ても、どことなく違和感を感じてはいるようで。

「んじゃ、また暫くは離れ離れだが」

「秋光が来てくれるそうだから、見送りは要らない。風邪などひかないようにね」

「全員元気で。――また会いましょう」

 それでも正体は掴めない。小父さんたちから告げられる別れの挨拶をただ、俺たちは、受け止めることしかできずにいた。









「――よっと」

「……もう行くのか?」

「ああ」

 重量のある鍛錬具を詰め込まれた荷物が持ち上げられる。古ぼけて布地の擦り切れそうな砂地色のバックパックを背負い、軽く身体を揺する東の姿を、見送りに出た秋光は見つめている。

「元々ほとんど荷物も持たずに来たようなもんだからな。ゲートで日本まで送ってくれるんなら、面倒な渡航券も必要ねえし」

「それぞれの目的地に合わせて送ってくれるとは有り難い。善は急げというからね」

 本山の一階層、本山の内外を行き来する扉であるゲートの前に、身支度を纏めた三人の姿が揃っている。普段通りのスーツに身を固めたレイルは、一見すればビジネスマンとも紛うようなジュラルミン製のスタイリッシュなアタッシュケースを手にし、

「通話を禁止したら、部下から今度はSMSでひっきりなしに連絡が来ていてね。とんちを教え込んだつもりはなかったんだが」

「信徒がどうなろうと今更知ったことではないんですけど、子どもたちの居場所が(るい)をこうむるのは困りますからね」

「……早く戻ってやれ」

 エアリーの方は馴染みの聖職衣姿に加えて、トランクの付属した木製の小さなスーツケースを引っ張って来ている。……残されてきた人間は燦々(さんさん)たる様子になっているに違いない。

 今後何が起きるか分らない事態への備えを整えるためにも、今回の帰宅が不可欠であることは秋光としても理解している。元より中立の立場であるはずの《救世の英雄》たちが、名目があったとはいえ、長く三大組織の一角に留まっているのは健全とは言えず――。

「……済まなかったな」

「あん?」

「子どもたちの身を預かる立場でありながら。永仙と凶王を相手に、結局、彼らを守り通すことができなかった」

 技能者としてその事情を己に言い聞かせながらも、消えることのない自責の念に秋光は目を伏せる。……そうだ。

「協会の長としてあるまじき失態だ。筆頭として、心から謝罪する――」

「はぁ~――」

 かつて目の前の友たちと共に戦場を駆け抜けた仲間として、協会という技能者界の一線で賢者の筆頭を務める身として、果たさねばならない責務が確かに自分にはあったはずで。頭を下げかけた秋光の仕草に、目の前から呆れたような息が吐き出された。

「来たばっかのときにも言ったけどよ。お前ってホント、昔っから変わってねえのな」

「――っ?」

「バカ真面目で、根っからのお人よし。連中にしてやられちまってたのは、俺たちだって一緒なんだぜ?」

 秋光に己の本心を伝えるためか、あえて大仰な素振りをとったのち、東が自分自身に向けて軽く舌を打つ。

「大見得切って駆け付けときながら、肝心なところで何の役にも立てねえとか、こっちの方が情けない気分だわ」

「全くです。――戦いを捨てた私たちでは、例え束になっても今の永仙には遠く及びませんでした」

「――」

「現役として一線に立ち続けている貴方だからこそ、彼の【世界構築】を破ることができたのです。誇って構わないと思いますよ」

「永仙のあの秘術を破れるとは、私としても正直想定していないことだった」

「そうだぜ。――俺らのうちの誰も、んなことは気にしちゃいねえんだよ」

 エアリーとレイルの言葉を受けつつ、握り拳を作った東が、秋光の胸板を押すように軽く叩いてみせた。

「仮にあのとき黄泉示たちに何かがあったとしても、そいつはお前のせいなんかじゃねえ」

「――ッ」

「俺らの誰も間に合わなかったってだけの話だ。ま、万一何かあったとしたら、死んでも凶王と永仙には落とし前をつけさせてたがな」

「そのときになれば、刺し違えるくらいなら何とかなる気がしてきますから、不思議なものですね」

「子を想う親の力という奴だろうね」

「……そんな後ろ向きなものであって欲しくはないが……」

 偽りのない三人の振る舞いに、秋光の胸を覆っていた暗い感情が薄れていく。……そうだ。

「王たちを相手に翻弄(ほんろう)されていた技能者たちを前に、確かに配慮が足りなかったな」

「そうだぜ、全く。――今回は、色々と迷惑かけちまって悪かったな」

 自分と彼らとは、本来こういう間柄であったはずだ。おどける調子で肩を(すく)めた東が、バツの悪そうに頬をかく。

「黄泉示たちのことだけじゃなく。俺たちの滞在を認めさせんのには、他の二組織への言い訳も大変だったろうし」

「子どもたちへのお土産に、料理まで包んでもらってしまって。食材も空輸で輸送してもらえるとのことなので、助かります」

「ワインも実に良いものを貰ったからね。これだけのものを無償でとは、流石は秋光だ」

「……気にするな」

 友たちの感謝に、秋光はそつのない笑みを浮かべて見せる。……ここ一か月の間に組織内外で交わされた数十以上の交渉事と、調理場やサロンの管理人から幾度となく(もたら)されていた陳情を、記憶のうちにまざまざと思い返しながら。

「まあ、なんだ」

「……?」

「現役と引退者とで距離が開いちまって。だいぶ疎遠になっちまってたが――」

 東がいつになく神妙な気配を覗かせる。どことなく言い辛そうに頭の後ろを掻いたあとで、十年前と変わらない、真っ直ぐな眼で秋光を向いた。

「俺らが一緒に戦った仲間だって事実は、消えて無くなるもんじゃねえからよ」

「――っ」

「俺らもいつでも力になる気でいるぜ。組織絡みの事情とか、色々めんどくさいもんもあるんだろうが」

「――吐き出したい悩みや相談ごとがあれば、いつでも連絡してきてください」

 決意を固めて口にされたのだろう台詞。言葉を引き継いだエアリーが、往年の力強さを感じさせる目使いで秋光に微笑みかける。

「今回は、互いの事情で余りゆっくり話もできなかったですし。どうにかおりを見つけて、また四人で飲みにでも行きましょう」

「その時には、私の秘蔵のコレクションを進呈しよう。今回貰ったもの以上の、貴重な品が倉庫に眠っているからね」

「……そうだな」

 ぐっと力こぶを作ってみせるエアリーに、レイルから送られる優雅なウィンク。打算も策謀もなく紡がれた友たちの台詞に、秋光は静かに目を閉じた。

「業務が落ち着いたら、連絡する。――また会おう」

「おうよ! まあつっても、黄泉示たちが世話になってる以上、近いうちに顔は合わせんだろうけどな」

「もし協会に誘うのでしたら、ちゃんとあの子たちの意志を尊重してあげてくださいね?」

 瞳の奥に真剣さを見せたエアリーが、秋光の眼を覗き込むように告げてくる。

「自分の選択で入るのなら構いませんけど。戦力として利用するために取り込むなんてことになったら私、年甲斐もなく一暴れしたくなっちゃうかもしれませんから」

「組織のトップである以上、秋光にも無理は言えないさ」

「――」

「自分の一存で全てを決められるわけではない。それはそれとしてまあ、リゲル君への対応次第では、協会に各種の嫌がらせや災難が降り注ぐことになるかもしれないがね」

「お前らその辺にしとけよ。――補佐官ももうじき帰ってくるんだろ?」

 言外に威圧を滲ませる二人を、東がやんわりと制止する。話題をそれとなく逸らしつつ、

(あおい)っつったか? 俺らと同じ祓紋(ふつもん)の、(さくら)御門(みかど)家出の」

「――ああ」

 ――そう。

 賢王との戦闘以後、意識を取り戻してからも治癒棟での療養を維持していた葵だったが、数日後には正式な業務への復帰ができることが決まっていた。既にここ二週間近くの期間は、治癒室を訪れる秋光と共に、一定の業務をこなしてはいる。

「タイミングが悪くて顔合わせはできなかったが、退院したら礼を伝えといてくれよ」

「――」

「賢王相手に粘ってくれたお陰で、黄泉示たちが無事生きて帰れたってな。その嬢ちゃん、サインとか欲しがるタイプか?」

「いや……」

「貴方のサインに値打ちがあると思ってるんですか? ここは一つ、若い頃の私のサイン入りプロマイドで手を打ちましょう」

「二人とも自分を客観的に見ると言うことを知らないね。お礼として彼女には、私のASMRつきCDをプレゼントしようじゃないか」

「……気持ちだけ受け取っておく」

 特にここ二日については、ほぼ平時と変わりないだけの仕事量をこなしてはいるのだが、完治の太鼓判を得たうえで正式な復帰を成せるとなれば、本人の気勢も、それを見る秋光の心情もやはりいささか以上には違ってくる。真顔で閉口する葵の姿を想像して秋光は首を振る。冗談交じりに軽く手を挙げて歩を進める三人の姿に、笑みを零して――。

「じゃあな! また近いうちに!」

「――ああ、またな」

 三人の踏み込んだゲートがその効力を発揮する。魔導協会の賢者筆頭である秋光は、法陣の光に隠される友たちに、別れを告げた。



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