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彼方を見る者たちへ  作者: 二立三析
第六章 運命の日
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第二話 巡る思惑



「――それが妥当な判断ではないか?」

 賢者に与えられる専用の執務室にて。

「これまであの四人を本山における保護待遇としてきたのは、九鬼(くき)永仙(えいせん)凶王(きょうおう)()に命を狙われているという特殊な状況があったからだ」

「……」

「来る戦いを前にして奴らの狙いを封じられる可能性があるからこそ、単なる保護に留まらない特別扱いを容認してきたわけだが。今となっては事情が違う」

 歴史の重みを経た厚手の絨毯を踏みしめて自らの主張に弁を振るうレイガスの姿を、オーク材の机に肘をついた秋光(あきみつ)は静かに見つめている。今朝方早くにレイガスが執務室の扉を叩いてきたことから、蔭水(かげみず)黄泉示(よみじ)たちの措置についての問答が始まった。

「先日の永仙と凶王たちによる襲撃ののち、奴らは協会を始めとした組織方との戦線を見据えているわけではなさそうだということが判明した」

「……そうだな」

「蔭水黄泉示たちを殺すつもりがないということも分かっている。本気で奴らがそうするつもりなら、【世界構築】に連れ込まれた時点で全ては終わっていた話だったからな」

 頷いた秋光の前で、レイガスがこれ見よがしに鼻を鳴らす。――そう。

 永仙と凶王らによる前回の襲撃時。《救世の英雄》の関係者であり、協会の保護対象であった蔭水黄泉示たち四名は、九鬼永仙の固有技法である【世界構築】によって、自分たちのみで彼との相対を余儀なくされる異位相空間へと隔離された。

 リアとの共闘による魔王との対峙を経て、秋光が【世界構築】を破るに至ったのは、彼らが永仙の手中に落ちてからおよそ十数分後。(あずま)たちの修業を受けた四人が成長を示していたとはいえ、元協会の大賢者が彼らの命を()み取るには、余りあるほどの時間であり。

 ――……っ。

 つまるところ、前回の襲撃においてもまた、自分は協会の理念を果たせなかったのだと言うことになる。……戦友の息子たちが今無事に息をしていられるのは、永仙にとって彼らの殺害が本意ではなかったという、冗談のような幸運に恵まれたから。

 レイガスが暗黙裡に言わんとしていること、筆頭として不甲斐なき己の体たらくは、秋光も先日の襲撃から重々承知しているところであって。――しかし。

「……永仙と凶王派のリスクがなくなった今、彼らを、協会員として迎え入れろと?」

「これまでの待遇を与えていた事情が変わった以上、組織として通常の技能者への対応に切り替えるのは当然だ」

 それと今回の提案を受け入れるのとでは、まるで話が違うことだ。改めて主張を確認する秋光に対し、レイガスは確固とした眼差しを向けてくる。

「初めは単なる素養のある一般人ではあったが、今の奴らはすでに、それなりの力量を持つ技能者へと成長している」

「――」

「修養派の支部長らと、救世の英雄たちによる、度重なる指導のお陰でな。これだけの有望な才能を一度に抱え込めるのは、協会にとって間違いなく有益だ」

 分かり切っていることを聞くなとでも言いたげに、レイガスの鼻が一つ鳴らされる。――前回の凶王らと永仙による襲撃が無被害に終わったことにより、これまで組織方の抱いていた見方は大きく変わった。

「凶王派との衝突が急務でなくなった以上、将来的に有用な人材の確保こそが組織にとって何よりも重要な案件となる」

「……」

「今はまだ未熟とは言え、前々回の外出時に、凶王の一人である賢王が奴らを連れ帰ろうとした動きも確認されている。今此処で四人を確保すれば、協会は他の勢力に先んじて未来の地盤を固められる」

 レイガスの言葉に大筋で間違いはなく、次に何をすべきかを見据える時期であることは秋光にも同意ができる。聞きの姿勢を取る秋光の前で、レイガスが今一度、これまで四人の磨き上げてきた力についての報告書を示して見せる。

「重力魔術に対する支配級の適性に、時の概念魔術、永仙の魔術を防ぐほどの固有魔術」

「……」

「うち一人は血筋だけの無才だが、他の三人を()き付けるためには役に立つ。迷う理由がどこにある?」

「……彼らのうち三人は、救世の英雄の関係者だ」

 ――妥協するつもりはない。

「脅威からのやむを得ない一時的な保護と、正式な技能者として組織の一員に加わるのとではわけが違う」

「……」

「彼らの身の安全を優先するからこそ、これまでは互いに協力を得られる関係を築けていたが。将来的な戦力として彼らを取り込もうとするならば、東たちが黙ってはいないだろう」

「……確かにな」

 今回のレイガスは、本気で己の意向を通しに来ている。反論のための根拠を紡いだ秋光の指摘に、レイガスが静かな口調で賛同してくる。

「技能者としての力量こそ衰えたとはいえ、奴らの偉業と名前はいまだに輝かしいものがある」

「……」

「下手に奴らと対立し、共感する愚か者どもの反感も重なれば、技能者界全体から突き上げを食らいかねない。だが」

 自分の要望においての最大の障害。蔭水黄泉たちを戦力として扱う場合に最も懸念されるリスクについて、レイガスが、冷酷とさえ言っていい眼の光を覗かせた。

「実にタイミングのいいことに、奴らは一時的に協会を離れることになっている」

「――っ」

「それぞれ残してきた事情があるのに加えて、凶王との戦いで己のブランクを痛感したようだからな。組織方に装備の返還を要請するとなれば、少なくとも当分の間は帰っては来られまい」

「……東たちのいない間にことを進めろと?」

「唯一の障害となりそうな連中が、揃って帰還する旨を言い出したのだ。誰かの意図的な仕込みでなければ、天啓とさえ言うべきだろうな」

 平然と言い切るレイガスの態度に、秋光は沈黙する。……東たちの不在を狙って事を進めるような真似をすれば、両者の間の信頼関係は完全に破綻する。

 目先の都合を重視して強引にことを為した場合、そこで生じた軋轢(あつれき)は、往々にしてあとからより大きな問題となって返ってくるものだ。仮に東たちの件が首尾よく運べたとしても、協会と並び立つ二組織が黙っているはずもない。

「重ねて言うが、これは私だけの主張ではない」

「――」

「バーティンも同じ見解を示している。将来的に大きな戦力になるだろう彼らを、今のうちに協会に取り込んでおくべき、とな」

 凶王派方との全面戦争という最悪の危機は去ったとはいえ、三大組織の連携にひびを入れる危険性は拭い切れない。自ら孤立するリスクを理解したうえでなお、協会単独の権勢を優先すべきだとレイガスは言っているのだ。日頃から犬猿の仲であるはずの、レイガスとバーティンの意見が一致していること。

「……己がどの道を行くのかは、当人自身が決断を下すものだ」

「……」

「彼らは元々技能者界とは関わり合いのない一般の学園で、学生としての日常を営んでいた。事態が比較的早期に片付いた今、彼らがその生活に戻ることは充分にできる」

 四賢者のうち半数が強硬の路線を支持している事実もまた、秋光に対応を苦慮させている理由の一つだった。――そうだ。

「これまでの戦いを経験し、彼らが自ら協会員になることを望むと言うならば、私としても反対する理由はないが。彼らがあれだけの努力をし、状況を変えようともがいてきたのは、以前のような平穏な生活に戻るためだったはずだ」

「……」

「筆頭として打診はしてみるが、それ以上の行為は約束できない。彼らが以前の生活に戻ることを望むなら、私はそれを尊重する」

「……相変わらずの夢想家だな」

 魔導の力に翻弄される者たちを、可能な限りその影響から守り通すこと。彼らの日常への帰還を遂げることこそが、自分たちの負う協会の理念であるはずだ。レイガスが腹立たし気に鼻を鳴らす。

「奴らの意志など確認してどうなるという?」

「――」

「差し向けられてきた凶王派のアウトオーダ―たちと戦い、仮初とは言え、九鬼永仙と戦って生き延びた以上、奴らの才覚は協会だけでなく、二組織を含めた誰もが知るところだ」

 不要とばかりに机上に報告書の束が投げ出される。……その事実は確かにある。

「例え自分たちの意志ではないとしても、一度此方側の世界に足を踏み入れてしまえば、奴らが技能者界の思惑に巻き込まれることは必至」

「……」

「以前の平穏な学園生活など、望むべくもない。今後の干渉がなさそうだとは言え、奴らが永仙と凶王たちに目をつけられていたのは事実だ」

 事態の変化に気が付いているのは、何も秋光たち協会の人間だけではない。永仙と凶王派が彼らから手を引いたのは喜ばしいことではあるが……。

「技能者界の頂点に至るほどの力量者たちがあれだけ接触を必要とする理由があるのなら、猶更(なおさら)それを市井(しせい)の世界に野放しにしておくことなどできない」

「……」

「魔導の秩序を保つという協会の理念のためにも、奴ら自身のためにも。あの四人を技能者界の中で少しでもマシな状況に置こうと思うなら、筆頭として、お前自身が舵取りのできる組織に置いておくべきではないのか?」

 強大な影響力を持つ勢力が離れたことによって、かえって多様な思惑が蔭水黄泉示たちを巡って繰り広げられる状況にもなっているのだ。……レイガスの見解に筋は通っている。

 主導権を握る争いを避けるのではなく、自らがそれに飛び込み、自分たちで事態を制御する側に回るなら、彼らに対する最悪の事態だけは避けることができるかもしれない。だが――。

「――待ちな」

 それでは、彼ら自身の望みは。自らが取るべき選択を今一度確かめていた秋光の耳に、聞き慣れた、張りのある声が響き渡った。

「――リア」

「眉間にしわを寄せて言い争う賢者が二人。タイミングとしちゃあ、良かったみたいだねぃ」

「……何の用だ?」

 空間転移で前触れなく室内に現れているのは、齢九十を数える白髪凛然の老女、リア・ファレル。かつて大賢者として協会の頂点に立ち、今なお賢者として現役を保つ先達に対するレイガスの言葉も、この時ばかりは硬い音の響きを隠せていない。

「急用があるなら悪いが。私は今、秋光と話をしている」

「……」

「結論が出るまで、余計な横槍を入れるのは無しにしてもらおう。答えならすぐに――」

「――あの四人を戦力として取り込もうって言うんだろ?」

 図ったようなタイミングでの闖入(ちんにゅう)に多分に嫌な予感を覚えているらしいレイガスに向けて、リアが真っ直ぐに目を向ける。相手の心情を量るように頷いて。

「正式な協会員として迎え入れて、将来のための力として育てておく」

「――」

「組織の人間としちゃ、至極真っ当な考え方さ。大局的な見地からすりゃ、あたしも反対ってわけじゃないがね」

 両者の目を引いたのは、手品のように老女の手元に取り出された、二枚の報告用紙。

「厄介なことに、それだけで決めるわけにもいかない。あたしが持ってきたのは、あの四人の扱いに関係する話だよ」

「――」

 机上と手元、互いの正面に滑らされた紙面に、秋光とレイガスが目を()らす。報告書に書かれている中身を見て取って、秋光が僅かに目を見張った。

「――聖戦の義と執行機関の内部において、私らが凶王派方と通じてるんじゃないかって噂が広まってる」

「――⁉」

「凶王と永仙が侵入しておきながら、大した被害が出なかったってのが裏目に出てるみたいでね。永仙の離反からして自作自演で、協会が凶王派と手を組んで他の二組織を脅かすための芝居なんじゃないかって意見もあるくらいだ」

「ッ――!」

 予想外の中身にレイガスが目元の(しわ)を深くする。握る手の力で紙面に歪みを作りつつ、詳細な記述に目を通していく。

「……っ下らんな」

「……」

「どれも事実無根な憶測の域を出ていない。根も葉もない作り話だ」

「あたしもそう思う。噂が広がっているのは主に組織の下部メンバーの間で、幹部連中は今のとこ相手にしちゃいない」

 嫌悪と侮蔑に満ちた表情で紙面を机上へと投げ棄てたレイガスの所作に、リアが同意の頷きを見せる。

「ただでさえ今後の状況が読めない中で、組織方の協力体制にひびを入れるような真似はしたくないだろうからね。単純な悪意や不信感から出た、幼稚な流言じゃあるが――」

「……材料が増えれば話が変わる、か」

 言わんとするところを理解した秋光が、目を通していた報告書を静かに机の上に置く。同様の結論に至っているらしいレイガスもまた、険しい顔つきでしわの寄った紙面を睨みつけている。

「これまで永仙と凶王派からの保護を理由に手元に置いていた人間を、人員の欠損も出ていない襲撃ののちに戦力として組織に取り込むようなことがあれば、二組織の幹部は黙っていない」

「……!」

(ささや)かれている噂を利用し、火種を広げてくる可能性は充分にある。協会の立ち位置を危うくすることにもなり兼ねない」

 ――そう。

「動機と狙いがどうあれ、現状で彼らを迎え入れることは不可能だ」

「救世の英雄の関係者となれば、そっちの筋からの(つつ)きようもあるだろうしねい。動くのには今は状況が悪い」

「……」

 事実はどうあれ、この状況下で四人を組織に迎え入れれば、初めからそれが狙いだったと吹聴させる根拠を与えるようなものだ。事態がこうなってしまった以上、

「……下らん横やりが入ったな」

「……」

「流言飛語に飛びつく詰まらん(やから)たちのせいで、協会の将来に向けての一手を潰されるとは。――早急に噂を払う必要があるな」

 先ほどまでの議論は今一度棚上げにせざるを得ない。二人からの視線を受けるに至ったレイガスが、低い声で悪態を呟いたかと思うと、思考を切り替えたように気配を変える。厳しい理知の宿る瞳でリアと秋光とを見返し、

「聖戦の義と執行機関の幹部に渡りをつけ、協会への不信を払拭させる」

「――」

「上同士で直接の解決を取り付けておけば、今後の有事の際にも協会をやり玉に挙げることはできまい。交渉に(おもむ)く人物だが――」

「――聖戦の義の方はあたしがやろう」

 リアが名乗りを上げる。

「第二使徒のヨハネとは、古い付き合いだからね。他の連中が出向くより、あたしが顔を見せた方が多少は融通が利く」

「そうしてくれるとありがたい。執行機関については――」

 組織として幹部に要請を入れる以上、こちらからも同格の人間が出向くのは最低限の必要事項であり、元大賢者であるリアならば適任者としても異論はない。頷いた秋光が、厳粛な白髪を持つ賢者に目を向けた。

「頼めるか? レイガス」

「……詰まらん噂の払拭程度のために、組織の筆頭を動かすわけにもいかんからな」

 正面から視線を合わせることは避け――小さく息を零したレイガスが、不服ながらも理解の及んでいる口調で言う。

「特殊技能犯罪の撲滅を(うた)うだけあって、機関はそれなりに狡猾でもある。軽薄なあの若造に任せて、噂に余計な尾ひれがつくのは御免だ」

「助かる。――近日中に交渉ができるよう、私の方から話を通しておく」

 四賢者としての力量に疑いようはないものの、この手の重要な交渉に赴く身として、バーティンを選ぶことには秋光としても幾分不安があった。互いの了解を経て、秋光が話を纏め出す。

「日程は向こうの希望と調整して決定する。彼らの処遇については――」

「……」

「噂の件についての見通しが立たない以上、現状維持ということにしておく。問題はないか?」

「……この状況では致し方あるまい」

 導き出された結論に、レイガスが不満げに鼻を鳴らした。

「機を見ぬ決断で協会に混乱をもたらすことは、私としても本意ではないからな。――補佐官もそろそろ戻るのだろう?」

「ああ」

「なら業務についての(とどこお)りはあるまい。救世の英雄たちが消える以上、余計な揉め事に気を回す苦労もなくなるはずだ」

 軽い皮肉を口にした、レイガスがリアたちに背を向ける。去り際に今一度、秋光の方を(かえり)みて。

「横やりが入ったとはいえ、今回の一件は所詮、ボヤにすぎん」

「――」

「火消しはすぐに終わる。そのときまでに、納得のいく選択を考えておくことだな」



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