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彼方を見る者たちへ  作者: 二立三析
第五章 試されるもの
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第三十一話 王たちの終幕



「――おや」

 獲物を追い立てる狩りの最中。

「時間切れですか。もう少しで終演と洒落(しゃれ)込めましたのに、惜しいことです」

 死と生とを分かつ境界線を弾指(だんし)の速さで引き続けていた賢王(けんおう)の指先が、見えない指揮の合図を受けたかの如くに糸を操る動きを静止させる。後方へと遣られた視線。

「……」

「……っ?」

「おっ……?」

「――残念だな」

 (ぎょく)の如き視線の見渡す戦線で、賢王だけではなく、エアリーと対峙していた冥王(めいおう)(あずま)と狂騒の逃走劇を繰り広げていた(きょう)覇者(はしゃ)もまた動きを止めている。ジャケットの下から緋の滲んでいる両腕を、金髪の青年がポケットに突き入れ。

「もう少し余裕があるかと思ったが、存外短かった」

「……!」

「ただの鬼ごっこでは、正直燃えられたとは言い難い。相手が逃げ腰となれば仕方ないが」

「こんにゃろめ……ッ」

「……っなるほど」

 睨みながら足を止めて呼吸を整える東を他所に、血混じりの汗を拭ったエアリーが肩の緊張を緩ませる。攻撃の動きを見せない影法師を目にして。

「ところどころで様子がおかしいとは思っていましたが。やはり、本気ではありませんでしたか」

「え……⁉」

「協会に被害を出すつもりなら、もっと機能的に主要なところを狙っているはずですし。始めからこうするつもりだったということでしょう?」

「……」

「正直な話、何人かは見せしめに(ほふ)るつもりでいたのですがね」

 詰めていた息を零した立慧(リーフイ)。喋れるかどうかさえ定かでないヒトガタに代わって、賢王が寒気のする台詞をサラリと述べる。

「平和ボケした協会を騒がせるには、その方が余程効果的でしょうし。ただ、それ以上に目につく(やから)がいたので致し方なくです」

「……!」

「かつて救世の英雄と言われた凄腕たちが、まさかここまで零落した姿を晒しているとは。胸を裂く哀切の情感に、涙を禁じ得ませんね」

「……言ってくれるね」

 涙の欠片も見せない芝居で目元を(すく)ってみせる賢王に、拳銃をホルダーに収めたレイルが、疲労の色濃い苦笑いを見せる。

「退いてくれるのは素直にありがたいが。今日は本番の前の、いわゆる下ごしらえというところかな?」

「何を他人事のように。中でも腑抜けようの著しい、貴方に言っているのですよ」

 ピシャリと言った賢王の眼が、レイルを捉える。

「組織を捨て、技量を落とし。守るべき物事が何か、本当に分かっているのでしょうね?」

「……(つつし)んで受け止めておくよ」

「冷酷非情と謡われた『二つ名持ち』の言葉とは思えませんね。平時の不実さが(しの)ばれる――」

 止むことのない非難の速射砲。賢王の口ぶりが、更に熱を帯びたものになった瞬間。

「――ッ!」

 視界の端で弾けた銃弾の残骸。賢王の指先に(もてあそ)ばれて()てられた被覆(ひふく)鋼弾(こうだん)の内側から、鋭く飛び散った金属の欠片が(つや)やかな明眸(めいぼう)の下を僅かに(かす)めていく。微かにつけられた黒い筋。

「――通常の弾丸に偽装した時間差(Time lug)炸裂(Explosive)(Bullet)

「っ……」

「私が手ずから調整して、重さもミリグラム単位で一致させてある。勝利を確信したあとの口上で気を緩ませるのは、昔から変わらない君の悪い癖だ」

「……この程度の仕掛けで何を喜んでいるのやら」

 血も流れ出ない薄皮一枚の傷痕を満足そうに眺めるレイルに、賢王が呆れたような溜め息を零してみせる。白い頬を汚した火薬の残滓を、臭いごと消し去るようにふき取り。

「例え内部に毒を仕込んでいたとしても。あの欠片の大きさと火薬量では、殺傷能力などないに等しいでしょうに」

凶王(きょうおう)が絡んできていると聞いて、今回のような遭遇のためだけに製作した特殊弾だからね。驚いたときの君の表情を見るのが、何よりの楽しみ――」

「――今この場で殺されたいのなら、すぐにでもその望みを叶えてあげますが?」

「……」

「……ふぅ」

 笑顔で氷のような殺気を放つ賢王の側方で――影法師に視線を合わせ続けていたエアリーが、静かに息を吐く。数瞬の黙考を挟み。

「……駄目ですね」

「……」

「何か言いたそうにしているのは分かりますが。動きも発声もないせいで、さっぱり伝わってきません」

「――〝重心移動のときの動きが鈍い〟」

 首を振る動作に挟まれた言葉。

「〝勘と耐久性は悪くないけど、死ぬ気で突っ込んできてないから怖さに欠ける。覚悟と武器を取り戻した方がいい〟――だそうですよ?」

「……驚きましたね」

 冥王の意を語る賢王に目を遣ったエアリーが瞬きする。数秒の間に雁字(がんじ)(がら)めに縛り上げられた状態で、蜘蛛の餌のように後ろ手で天井から吊り下げられているレイルを視界のうちに収めつつ。

「――あー、エアリー? 見れば分かると思うんだが、この糸を(ほど)いてくれると助かる――」

「王同士とはいえ、まさか意思疎通が取れるとは。分かるんですか?」

「それはもう。ああ見えて冥王は雄弁ですので」

 スルーに(うめ)きを上げるレイルの締め上げを左手の薬指で調整しつつ、賢王が悪戯っぽい微笑を浮かべる。

「分かる人間には分かります。あああと、〝年増のくせに無駄な贅肉ぶら下げてんじゃねー、この似非(えせ)聖職者!〟とも言っていますね」

「……‼」

「何か物凄く抗議したさそうな雰囲気を受けますが……」

「……ったく」

 賑やかに言葉を交わし合っている四人。互いに警戒を解き終えた、歓談とさえ言える空気を背中に受けつつ、斬撃の刻み目の入れられた床に胡坐(あぐら)据わりで構えを取っていた、東が大きく鼻から息を吐き出す。

「散々楽しそうに他人を追っかけ回した挙句、時間切れとか言って止めやがって」

「不服だったか?」

「たりめえだろ。――ようやく掴めてきたとこだったのによ」

 言葉を受けるのは、得物となる両手を納めて目の前に立っている狂覇者。刀身を覆う白鞘を肩に立てかけている東が、見上げる壮年の(おもて)に鋭い眼光を覗かせた。

「テメェの異様性について。ぶった切れると思った途端にこれだぜ」

「――威勢がいいな」

 威圧を受けて破顔した狂覇者が、随所に擦り切れの見られる黒ジーンズのポケットから諸手を出し直す。指と手の甲に刻まれた真新しい刀傷たちを、今一度確かめ。

「《異端(いたん)最強(さいきょう)》。前座としてはまずまずの手ごたえだったが――」

「――ああ?」

「やはり本命には物足りない。隠し玉があったのだろう?」

 見下ろしながら言われた狂覇者の台詞に、一瞬だけ東が表情の切り替えを仕損じたような硬直を見せる。

「状況を見るうちに出し損ねたようだが。手札の不足に自覚がある相手を(なぶ)っても詰まるまい」

「……」

「闘いとは、血沸き肉躍る実感があってこそのもの。己自身を壊しかねない相手との死闘の中でこそ、生の実感が浮かび上がってくるものだ」

 己の身体の形を確かめるように指先をなぞった狂覇者が、鋭い爪の返す光を見つめる。獣の如き金色の双眸を、東へと差し戻し。

「本調子ですらない人間と、全力で戦い合えることはない。――次があれば殺し合おう」

「……」

夜月(やげつ)(あずま)。そのときにはあちらの二人と同様――」

 ファーの減じた立て襟を揺らして(きびす)を返す肩越しに、屈託のない笑みを贈った。

「せめて得物くらいは、まともなものに立ち戻っていて欲しいものだがな」

「……そんときゃばっちり吠え面掻かせてやるよ」

「快報だな。楽しみにしている」

「――何を遊んでいるのです」

 狂覇者の向かう先に、賢王と冥王が居並んでいる。すでに会話は終わったのか。

「時間です。行きますよ」

「……」

「ああ」

「ッなんなのよ、これ。千切れないんだけど……ッ⁉」

「……英雄二人に切ってもらうしかねえんじゃねえか?」

 修練場の後ろで、釣り上げられたレイルの救出に田中(たなか)と立慧が格闘している。振り向かず歩いていく狂覇者が、足元に出た法陣の光に飲まれると同時、東たちの目の前から、凶王らが姿を消した。








「――終わりか」

 端的な認識と同時、深紅の目を持つ少女に繰られていた、濃密な魔力の流れが静止する。形を失って消えていく(あか)の色。

「互いに身に届いた一撃はない」

「――」

「組織の歴史を負うものとしての威信もある。今回は痛み分けということにしておこう、リア・ファレル」

「……ったく」

 元の色合いを取り戻していく景色の中、冷厳な視線の先に、最長の四賢者たるリアが立っている。肩口まで降りた白い髪は方々に乱れ、

 衣服についた汚れと破れの痕。水蒸気の交じる呼気と僅かに上気した頬は、相応の消耗こそ示しているものの、身体に負わされた傷自体は一つもない。(きず)無き(たま)の如く無傷を保つ魔王(まおう)を見つめ――。

「もうちょいヤンチャな小娘なら、賢者()めんなとでも言ってやったんだがね」

「……」

「こうまで殊勝じゃ、こっちから突き付けてやれることがない。私があんたくらいの齢ごろのときには、もっときゃぴきゃぴしてたもんだが」

金仏(かなぼとけ)のように言われるのは心外だな」

 肩を竦めたリアに対し、果てないギャップを感じさせる擬音(死語)にも表情を変えないまま、秀麗な睫毛を揺らした魔王が、一度閉じた眼を静かに開き直す。

「お前が賢者と呼ばれない時期があったように、私にも王でない時期があった」

「――」

「先達の背中を見、道の上で輝くその足跡を着いて回る頃が。生まれながらにして称号を負う者など世界にはいない」

 変わらぬ冷たさを持って語る瞳のうちにはしかし、年齢以上にある実感が込められている。

「私たちは何れも何かから何事かを学び、他者に見いだされて何ものかになるものだ。例え己の意志という指針で、目指したものではないとしても」

「あんたの齢でそれを言えること自体が、もう色々嘆息ものなんだけどね……」

 頬の力を抜いたリアが一度視線を床に下げる。身体の中の空気を入れ替えるように一息を吐き。

「……《魔王》か」

「……」

「先代にしろ当代にしろ。あんたたちは紛れもなく凶王派と凶王の歴史の中核にある技能者だが、王派の統括者として、他の王が持つとは限らない広い視座を持ち合わせてもいる」

 面を上げたリアの瞳が、その奥で闊達(かったつ)な理性の閃きを覗かせる。

「血と玉座に継がれる恨みがあろうとも、それだけで王派を存亡に晒すほど揺るがせはしない」

「……」

「本気でぶつかる気がないといえ、緊張状態を招くリスクを冒すこともね。そのあんたが永仙の頼みを聞き容れたってことは――」

 結論を導いたリアが、目の前にいる少女を見つめた。

「こうまでしなくちゃならないほど、ことは間近に迫ってきてるってわけかい?」

「……あの男の(げん)を信じるならば、そうなるな」

 否定はしない。リアの眼差しを受けた魔王は、ただ静かに言葉の先を紡いでくる。

「あの男を見ていると、微かに哀愁が湧いてくる」

「……!」

「私たちと奴のなすことは一度ここで終わりになるが。奴のやろうとすることは、まだ続いている」

 如何なるときでも平静をもって語ってきた深紅の瞳が、そこに来て初めて、遠く荒野に去りゆく旅人を目にするような、複雑な感情を映し出した。

「組織と立場を捨て、汚名を衣に王派の門を叩いたように。たとえ独りになったとしても、あの男はやり遂げることだろう」

「……」

「己が自分に課したことを使命として。世界の終わる、そのときまで」

「……そいつは――」

 一様には捉えられない台詞。リアが重ねて真意を問おうとしたとき、

「――っ」

「――時間だ」

 魔王の足元に、血で描かれたような赤黒い法陣が浮かび上がる。――魔導協会にて禁忌とされる、古い【禁呪(きんじゅ)】の術式。

「元大賢者との内談にしては、まだ随分と話し足りないが。お前たちにとっては、この後の対応が急務になるな」

 リアとの戦いで用いられていたのと同系統の術理による転移法が、本山から魔王の姿を消そうとしている。陣から湧き出す赤黒い霧に包まれつつ、魔王が口の端で微かに笑みを覗かせる。

「協会の内部はおろか、二組織からの追求に直面することになる。手並みの拝見というところか」

「……これだけ盛大に散らかしておいて、随分と他人事みたいに言ってくれるじゃないか」

「あの三人を迎え入れた手腕があるならば心配は要るまい。――最後に」

 次第に風を伴い、回転する霧の中からリアを見つめる深紅の瞳が、場に満ちる騒音を飛び越えて真剣な眼の色を覗かせる。

「従順な異形を友とする、あの賢者筆頭に伝えておけ」

「――」

摯実(しじつ)に語られる甘さは嫌いではないが、王派の命運を懸けるかとなれば話が別だ。理想を追求するのならば、己でそれを証明してみせろ」

 次第に濃く勢いを増していく血風の嵐。逆巻く旋風と共に転移が完了する直前、魔王の最後の言葉が響き渡った。

「他の誰でもなく、自分自身の生き様と死に様で。誰もが不可能と思うことを貫いてこそ、歴史の集積を超え得るものになるのだから」





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