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彼方を見る者たちへ  作者: 二立三析
第五章 試されるもの
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第三十話 かつての誓い

「――ッ!」

 割れた世界。

 砕け散った【世界(せかい)構築(こうちく)】の残骸が、現実の景色の内側へ消えていく。……修練場ではない。

 位相の異なる空間から投げ出された際に、座標を移されていたのか。今俺たちのいるのは中央ホールの中心、協会の頂上まで届いている、見果てぬ巨大な空間をいただく真下だ。顔を上げる俺たちの眼前に――。

「……」

 景色を覆うような、一つの巨大な異形(いぎょう)の姿が顕現していた。――龍。

 目の前にいる存在は、正しくそうとしか呼べないもの。己の身が芥子(けし)(つぶ)に感じられるほど膨大な質量と存在感を持ち、

 口元には果てしない年月を思わせる長いひげ、身の丈ほどもある巨大な爪を持つ四本の手足と、水晶結晶のように突き出た二本の鋭い角を備えている。纏う金色のうろこの一つ一つが精強な魔力の光を放って輝いている、錚々(そうそう)たる威容――。

「……秋光(あきみつ)、さん」

「――無事か?」

 その背中に立っている、一人の魔術師に目が向く。俺たちを庇う位置に身を置いた秋光さん。

「四人とも」

「は、はい……っ」

「駆け付けるのが遅れて済まなかった」

 眼前の警戒を龍に預けるようにしつつ、高い位置からこちらを振り返るようにして言ってくる。表情のうちに宿るのは、確かな罪悪感。

永仙(えいせん)の術法の解除に手間取った。リアと(あずま)たちも、凶王(きょうおう)らと戦っている」

「――」

「本山にいる実力者全員が、力を振り絞っている状況だ。――【四霊(しれい)召喚(しょうかん)】」

 秋光さんの詠唱と共に、俺たちの周りに覚えのある獣たちの姿が現れる。――っこれは。

「彼らの後ろにいてくれ」

「……!」

「これから起こる戦いの余波に、万が一にも巻き込まれないように」

 麒麟(きりん)霊亀(れいき)鳳凰(ほうおう)応竜(おうりゅう)。外出時に凶王たちの襲撃を受けた際、俺たちを守ってくれた霊獣たちだ。一つ頷いて(おもて)を上げた秋光さんが――。

「……」

「――驚きだな」

 一度たりも目を逸らさずにいる龍と共に、対面に立つ人物に目を向けた。――永仙。

「秋光。まさか、【世界構築】を突破するとは」

「……」

「想定外の事態だ。このときに備えて、対策を整えていたか」

「……永仙」

 空間の破砕時に俺たちから離れて着地していた永仙が、どことなく喜ばしいような声で語る。対照的に苦悩を浮かべている秋光さんが。

「お前は……」

「……」

「お前は一体、何を望んでいる?」

 先に俺たちも問い掛けた、その核心について投げかけた。……永仙の真意。

「【(だい)結界(けっかい)】にあれほどの仕掛けを施し、三大組織を敵にして、凶王までも引き連れて……」

「……」

「四人を【世界構築】で隔離しながら手にかけず。何を――っ」

「――言ったはずだ」

 俺たちでは聞き出せなかったこと。掛け続けられる言の葉を、永仙の鋭利な切言が切る。

「協会の賢者であり、三大組織の秩序を維持しなければならないお前に、私が語ることは何も無い」

「――」

「今の私とお前の間にあるのは、事実だけだ。協会を裏切った魔術師と、協会を担う賢者という」

「……そうか」

 以前と変わらない、対話を拒絶する台詞。返される力のこもった眼差しに、秋光さんは一度だけ瞑目(めいもく)し。

「――あの日私たちは、誓ったはずだ‼」

「――」

 開眼し、これまでの穏やかさからは考えられないほどの声量で言い放った。対話を撥ね退けようとする相手にも、己の意を失わない様子で。

「協会と凶王派の対立の歴史を省察し、穏健派を立ち上げたあの日。……『アポカリプスの(まなこ)』との戦いの中で、無二の友を失ったあの日」

「――ッ」

「今は亡き冥希(めいき)紫音(しおん)(こころざし)半ばにして散っていった、全ての者たちのためにも――ッ」

 言葉に宿る情念の深さ。歩んできた道のりの刻まれた拳を、強く握り締めた、

「他ならぬ私たちが。彼らの無念の分まで、為すべきことを果たし続けていくのだと‼」

「……」

「あの日の誓いまで。……嘘だったと言うのか?」

 問い掛けた秋光さんが眼差しを贈る。……起きている変化。

 これまで何を言われようとも悠然としていた永仙が、初めて沈黙を見せている。閉じられていた唇が――。

「……愚直な問いを立てるな」

 再び開かれ。(しわ)の入る面立ちから零されたのは、呟くような静かな一言。

「秋光。お前の理想への一途さは、いついかなる時でも最善を諦めない」

「……」

「それでこそお前という人間だ。――嘘ではない」

 微かに物悲しさを帯びたような笑みを浮かべたのち、秋光さんの問いに対し、静かに言い切る。

「お前たちと共に穏健派を立ち上げたことも、冥希たちへの誓いを立てたことも。協会を離反したことも、凶王派の助力を得たことも」

「……!」

「私は何一つ変わってはいない。昔と変わらず、同じ世界を見続けている」

 どこか遠くの風景を見たような永仙が、暫し目を閉じ――。

「――【黄龍(おうりゅう)】か」

 目の前に立ちはだかる巨大な龍を、改めて目にした。瞳に宿る力。

「【四神(しじん)】の中心であり、(しき)家に伝わる【(こく)四天(してん)】に並ぶ秘術」

「……」

「前回の邂逅とは違い、ここなら互いに心置きなく全力を出せる。――互いの道はすでに分かたれた」

 永仙が、再び威容のある笑みを浮かべた。

「何を問おうが目の前にある現実は変わらない。協会と、三大組織の秩序を裏切った敵として――」

「――」

「お前の全力を受けて立とう。賢者筆頭」








「――」

 肌に吹き付ける突風。

 (いくさ)の姿勢を構える龍の身動きに伴い、大気を攪拌(かくはん)する苛烈な旋風が巻き起こっている。吹きすさぶ風の圧を生命維持の術法で遮りつつ、鱗の下の肉体を踏みしめて黄龍の背に立つ秋光は、視線の先で構えるその相手を見据えている。……九鬼(くき)永仙(えいせん)

「――!」

「……油断するな、黄龍」

 かつての同志であり、尊敬すべき親友でもあった相手。低く唸りを上げる黄龍に、秋光がそう呟く。

「相手は此方より格上の術師だ」

「――」

「元魔導(まどう)協会(きょうかい)(だい)賢者(けんじゃ)。人間として恐らく、最高峰と言える力を持っている」

 秋光の掛けた言葉に、応える黄龍の喉より複雑な音階が響き渡る。……人間とは異なる構造の(もたら)すざらついた情念の発露。

 常人なら獣の(うな)りとの区別すらつかないだろうそれも、幼年の頃より彼らと交流を重ねてきた秋光からすれば、ともすれば並みの人語以上に明晰な意志の汲み取れる言葉であると言え。――滑らかな鱗の表面に手を置き。

「出し惜しみをするつもりはない。私の消耗は気にせず力を使え」

「――【十二(じゅうに)天将(てんしょう)()】」

 数十年の長きを共に戦ってきた友と共に、秋光は闘気を上らせる。永仙の指先から放たれた神符(しんぷ)

 陰陽(おんみょう)(どう)における十二の天将により力を付与された神符が、魔力を込めた術者の意図を受けて流麗に宙を舞う。高速で流転する八枚の梵字(ぼんじ)から解放された力に伴い――‼

「〝火行(かぎょう)()木行(もくぎょう)()混合――〟。――【飛炎】」

 世界を焼き尽くすような業火と暴風が秋光たちの眼前を覆う。葦原(あしわら)を埋める軍勢を滅ぼす大火の嵐。

「――‼‼」

 陰陽(いんよう)五行(ごぎょう)の術理を掌握し、ただ一人にて千の軍勢に比肩すると謳われた九鬼家の真髄。大勢も寡兵(かへい)も区別なく蹂躙する魔導の暴威を、(とどろ)かす黄龍の咆哮がかき消した。風も、熱も。

「――凄まじい霊格だ」

 立ち塞がらんとする全てを無情に蹴散らし。僅かに(まぬが)れた炎の残滓さえも、鱗の一片を穢すことすら敵わずに消えていく。輝ける金色の守り。

「流石は神獣に数えられる黄龍。神の力を借りているとはいえ、ただの符術では分が悪い」

「――!」

「魔術だけで仕留めるのは手間取るか。やむを得ん――」

 人の基準から言って並外れた魔力を秘める黄龍の龍鱗は、銃や砲弾を始めとした近代兵器はおろか、最高位級の魔術ですら容易に傷つけることのできない霊格を持つ。立ち尽くす永仙の身に、奈落のような(あぎと)を開いた黄龍が迫る。

「こちらも、奥の手を抜かせてもらうとするか」

 数十人を諸共に飲み込む口腔に、白く強靭な牙の覗く深淵は、目にする者にとって正しく死出の旅へと送られる門。得意の符術を容易に弾かれ、絶体絶命の窮地と思える局面の中で、永仙が眼前の虚空へと手を遣った。――空間の鞘。

「――ッ‼」

 術者の求めに応じて開かれた、別位相の保管庫より抜き放たれたその得物を目にした瞬間、秋光の直感に震えが走る。一筋の古びた両刃の直剣。

 年月により輝きを失い、一見して太古の遺物とも思えるそれはしかし、見るものが見れば分かる異様な力の波動を内側から滲ませている。明瞭な脅威に――!

「――黄龍‼」

 全力で秋光は応答した。――『神器(じんき)』。

 世界にただ八つのみ存在が確認されている、出自も由来も分からない(いにしえ)の魔道具。一般的な道具としての性質を持つ通常の霊具や魔具と異なり、

 自らを扱う使い手を選ぶという特異な特性を有し、大抵の人間には扱えない代わりに、使い手となった者に通常の道具では考えられないほど強大な力を与える。十三年前に起こった『神器持ち事件』により脅威が明らかとなり――。

 三大組織が各々保管を担っていたうちの、聖戦の義より奪取され、所在の分からなくなっていたそれを、永仙が。先日の襲撃により命を落とした第十五支部支部長、ファビオ・グスティーノの確認していた事実。

 だが、永仙がこの短期間でその力を掌中のものとしているとは、秋光としてもいささか予測の範囲外にあることだった。――神器の選別の基準には、謎が多い。

 如何に優れた腕前を持つ技能者であろうとも、どれだけの知識や特殊性を身に着けていようとも、選ばれるとは限らず。外部からの干渉や分析さえ撥ね退けるその特質は、まるで神器自身が意志を持っているかのようと評されるほど。候補者となる数百から数万人に及ぶ人員を有し……。

 技能者界で有数の知見を蓄積する三大組織が手にしておきながら、十三年もの間どの組織も戦力として活用できずにいたのがその証左であり。――ッそれをこの僅か半年で手中に収めてきたとするならば。

「――【真力(しんりょく)解放(かいほう)】」

 どれだけの警戒をしたとしても充分には至らない。水平に(かざ)した剣の腹を撫でた永仙が、(おごそ)かに一語を呟いた。

 ――刹那。

「――‼」

 消えた(つるぎ)から放たれた八片(はちひら)の光芒。各々が尋常ならざる力を秘めた光の波動が、凄まじい速度で黄龍と秋光に殺到する。反射的。

「――【硬化(こうか)霊殻(れいかく)龍鱗壁(りゅうりんへき)】‼」

 思考を介さない熟練の技により為された詠唱により、秋光と黄龍の身体を即座に半透明の球状をした防壁が包み込む。黄龍の持つ魔力と霊格を借り受け、秋光の術式を用いて全方位に障壁を発生させる防御魔術。

「ッ‼」

 並みの高位魔術では触れることさえできずにかき消すほどの強固な守りだが、加速した光は張り巡らされた防壁を張り子のように貫通し、秋光と黄龍の身を揺るがせてくる。――ッ強い。

「――大丈夫か⁉」

「――‼」

 咄嗟に魔力をつぎ込んで黄龍の運動能力を強化、身を翻すことで直撃を回避したが、それでも攻撃の余波に鱗の数か所が削られている。治癒のための術式を駆動させ。

「――〝相和(あいわ)するは吉将(きっしょう)六合(りくごう)〟」

 ――っしまった。

「――【相生(そうじょう)巨樹(きょじゅ)封印(ふういん)】、【七曜(しちよう)(あわ)せ縛り】」

 誘い込まれた。奸計(かんけい)に気付いた刹那、景色と同化していた符の陣術と、生誕した巨大な樹幹とが、秋光と黄龍を拘束する。意識と肉体に掛かる凄まじい圧力――‼

「黄龍の司る土行(どぎょう)と【巨樹封印】の木行とは、五行の(ことわり)における【相克(そうこく)】の位置にある」

「――ッ」

「神獣とはいえ、(こた)えるだろう。七曜の呪縛により、守りの(かなめ)である霊格も低下する」

 魔力を付与された神符より生まれ続け、纏いつく大樹と呪いによる干渉。ともすればそのまま押し潰されるのではないかと思うほどの力が、身動きの取れない黄龍と秋光を襲っている。――ッ!

「――ッ構わん黄龍‼」

「――っ」

「私のことは気遣わず、全力を出せ‼ 〝盟友の名において汝の真を喚び起こす〟――ッ‼」

 全霊をもってレジストする老骨から血が噴き出す。苦痛を凌駕する気概で秋光が術式に力を注いだ瞬間。

「――ッッッ‼‼‼」

 捕縛の陣に押し込まれながらも膨大だった黄龍の気が、更に一段と膨れ上がる。巨躯が倍になったと錯覚するほどの威圧感。

「――」

 暴れる身で自らを縛り付けていた木々と符を諸共に千切り飛ばし。破砕した周囲の瓦礫を巻き込んで、永仙へと突進した‼‼ ――【間接(かんせつ)召喚(しょうかん)】。

 異形を呼び出すのにあたって、秋光たち召喚士たちの扱う術理は、大きく言って二つの系統に分かれている。一つ目は【直接(ちょくせつ)召喚(しょうかん)】。

 異形を現世に繋ぎ止める媒体を用意することなしに、異なる位相と接続する【(もん)】を開くことで、異形を自分たちのいる位相に直接降り立たせて使役する技法。異形の本体を呼び出すため、一度召喚に成功してしまえば異形本来の力をそのまま振るえるという利点があるが、

 本体を呼び出すことになる分制御が難しく、術者の手を離れた場合のリスクが大きいというデメリットも存在している。二つ目は【間接召喚】。

 魔力を込めた符や宝玉など、異形が顕現するための媒体を術者が用意し、それを()(しろ)として、別位相に留まるままの異形をこの位相にて実体化させる手法。術者の技量と媒体の質によって、現実化する異形の力が変化するという性質を持ち、

 本体を直接呼び出す場合と異なり、制御や安全性は大きく増すのに対して、異形の本体が別位相に留まることになる分、術者単体の努力では最大でも七割程度しか異形の力を再現できないという欠点がある。核とした媒体が異形の顕現に耐え切れなくなった時点で召喚は強制終了させられるため、多くは腕に不安のある未熟な召喚士たちが用いる技法ではあるが――。

 異形と対等な立場で信頼を結び、【盟約(めいやく)】を交わすに至った秋光の場合は違う。自由意思に基づいて譲り受けた、彼らの肉体の一部を素材として錬成される特別な召喚符。

 秋光の開発した霊具である『分身(わけみ)化生(けしょう)』を核として用いることにより、現身のままでも彼ら本来の力を余すことなく発揮することができるようになる。召喚を保つ秋光の魔力が続く限り――!

 痛みや手傷を負うとしても、彼ら自身は命を落とさず全力を出すことができるのだ。――大質量の突進。

 人の身ではおよそ防御不能と思える黄龍の攻勢を、舞い戻った八片の輝きが閃光を撒き散らしながら受け止める。――神器。

「――‼」

 地響きを立てる激突にも(おく)さず振るわれた黄龍のかぎ爪が、即座に反応した輝きの一片と衝突して戦慄(わなな)き合う。地面ごと()ぎ打つような鋭利な尾の一振りを、別の二片が共同して食い止め、全身をもって黄龍とせめぎ合う様相を展開する。――金城(きんじょう)応変(おうへん)の守り。

「【黒符(こくふ)二十八符】――ッ!」

 攻防共に高いレベルで戦術の中核を形成する、万能型の神器。振るわれる得物の特徴を見て取って、秋光は己の魔力を増大しに掛かる。継戦は補給が命。

「式家秘伝の【黒符術】か」

 黄龍の万全を維持し、蔭水(かげみず)黄泉示(よみじ)たちの守護となる【四霊】を維持した上で必要な援護を飛ばすためには、四賢者たる秋光といえども相当の魔力消費が不可避となる。生家に伝わる秘術をもって己の魔力容量にブーストを掛ける秋光を目にした、永仙が薄く笑う。

「七十七夜を経て作られる秘中の霊符にて己の魔力を増幅し、継続的に回復までさせる。古の政争にて力を求めた者たちの執着――」

「――っ」

「異形の扱いを巡って決別した家の力でさえ使わざるを得ないとは。因果なものだな」

「……ッお互いにな」

 攻め手を変えようとする黄龍の動作が、的確に放たれた連携符術に阻まれる。戦況の裏で巡らせるいくつもの攻防。

「伝統に固執し、改革を阻んだ過去の名家。策謀を用いて追い落とし、出奔(しゅっぽん)させた相手に名声を奪われ零落(おちぶ)れるとは、応報が巡るものだ」

「違うまい」

 永仙が応手を変えてくる。黄龍に送る魔力を更に増大しつつ、次なる手を打とうとしたとき――。

「――組織方の話し合いはどうなっている?」

 永仙から届いた声に、秋光は一瞬だけ耳を疑う。力の拮抗が震わせる空間の圧。

「聖戦の義に、国際特別司法執行機関」

「――‼」

「共闘の間の一時的な事態とはいえ、協会の突出を二組織は容認しまい。救世の英雄たちを抱え込んだ今、さぞかし苦労していることだろうな?」

 秋光の援護に力を込めた黄龍が守りを押し込むが、神器は角度を変え、分担を変えて対応してくる。なおもかけられ続ける言葉。

「――三大組織は遅すぎる」

「――ッ」

「自分たちの足場と体面を気にし、急場においてさえ力の拡大を気にしている。凶王と私が手を結んだという致命的な要因があってなお、プライドを捨てて団結することさえできていない。――お前たちと目指した理想は遠すぎる」

 冷ややかな永仙の眼差しが、雄弁に秋光に告げた。

「穏健派として為した歩みも、冥希たちと共に為した活動も。理想に続く道のりは果てしないものだ」

「……」

「残された時間を前にすれば、間に合わないと判断せざるを得ないこともある。途上で道を変えなければならないこともな」

「――っだから凶王派と同盟を結んだと⁉」

 伝わってくる黄龍の苦闘。送る力の手綱を緩めることなく、気迫を込めて秋光は叫ぶ。

「お前の真意がどうあれ、技能者界を牽引する二つの勢力がぶつかり合えば、御することのできない混沌が生まれる」

「……」

「時代の微睡(まどろ)みの中で生まれていた平穏は消え、保たれていたはずの秩序さえも消え失せる。血で血を洗う憎悪の氾濫の中で、誰もが命を懸けて殺し合う世界……!」

 秋光の目に浮かぶのは、かつて自分たちが経験したはずの惨劇。

「ッそれがお前の望みなのか⁉ 永仙ッ‼」

「……さあな」

 己の術法に無量と言えるほどの魔力をつぎ込み続けながら、まるで消耗を見せない素振りで永仙が微かに口の端を上げる。

「お前にそれを語る必要はない。だが、確かにお前の言う通りだ」

「――っ」

「事情はどうあれ、凶王派と三大組織が衝突すれば、甚大な被害を招くことになる。お前の言う惨劇を現実にしないためにも――」

 瞳に、深い決別が宿った。

「――私を止めてみろ、式秋光」

 ――均衡が崩壊する。

「【金行(こんぎょう)符木行符混合・雷師(らいし)()(くろがね)】」

「【霊体(れいたい)変化(へんか)流星(りゅうせい)光底(こうてい)】――‼」

 互いを押し退()けた直後に放たれるは、雷撃を纏う巨大な金属の刃による強襲。豪速の風圧により縦横無尽の軌道を描いて飛来し、迎撃する黄龍に弾かれては周囲の壁面に爪痕を残していく鉄斧(てっぷ)の陰から突進する神器の猛襲に対し、間断入れず秋光が詠唱を唱えあげる。変化していく黄龍の肉体。

 秋光の作成した符を媒体とし、自由意思に基づく協力が可能な【盟約】の間接召喚だからこそ成せる荒業(あらわざ)。力をそのままに巨体を三分の二ほどに凝縮させ、流線形の鎧を纏った黄龍が、強化された外殻にて殺到する符術と神器とを受け流しながら地を飛行する。間断を縫い――ッ‼

「――ッ」

 秋光の助力を受けて更に加速。全ての力を一点へと集中させた龍の牙の先端が、主を守護する金色の囲みを打ち破り、破片のうちに張られた防御膜を貫いて、永仙の肉体へと到達した‼ ――直撃。

「――っ!」

「――ッッ素晴らしいな」

 瞬間に散る鮮血。意識を失うほどの重傷を負わされる直前に、鍛え上げた己の体捌きで攻撃を回避していた永仙が、破れた符を伴いながら全力で黄龍との距離を開け直す。下がる体躯を追おうとした黄龍の顎が、直後に舞い戻った神器の反撃を受けて踏み止まりを余儀なくされる。紡ぐ連携符術でなおも秋光と黄龍の体勢を崩しつつ――。

「傷を負わされたのは暫くぶりだ。神器と符の守りを突破する連携の力」

「――ッ」

「霊獣の解放者として、磨き上げられた技法の冴え。ここに来てなお深化を見せるのは嬉しい限りだが――」

 呼吸を一にして目の前の脅威へと立ち向かう二人を、諸共に永仙が見遣ってくる。左の肩と上腕から流れていく血。

 治癒の霊符で出血を食い止めつつ、どことなく清々しい面持ちでいた永仙が、瞳に宿していた緊張を不意に崩した。

「――ここまでだな。残念ながら」





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