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彼方を見る者たちへ  作者: 二立三析
第五章 試されるもの
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第二十六話 瀬戸際の希望



「……」

 ……見事なものだ。

 生家に伝わる秘伝と協会の近代術理を組み合わせた【隠形(おんぎょう)(ほう)】。霊符によって構築された、己の存在を秘匿する結界の内部で、男は感想を胸にする。目の前で繰り広げられている攻防。

 互いが己の為すべきことを理解し、連携の中で最善を果たそうとしている。己の感覚と本能のみで脅威に相対する、粗暴な抵抗者としての戦い方ではなく……。

 立ちはだかる壁の高さと向き合い、それでも挑むことを覚悟した、技能者として成長を遂げてきた者の戦い方で。救世の英雄と呼ばれる者たちの指導があってなお、この短期間でその領域に達するには、並みならぬ努力と懸命さが要求されたはずであり――。

 ――だが。

「……」

 それでもなお、本当の絶望に向き合うには足りていない。この先で彼らを待ち受けることになる異変。

 思い描く最悪の状況を考えたなら、そのことは余りに明白であって。……確認はまだ取れていない。

 彼ら自身にそれが望めるなら言うことはないが、敵わないのであれば自分が手を下す必要がある。今一度己の為すべきことを振り返り。

 外部からは覗けぬ影の中――男は、一つの区切りを迎える戦いの決着を見据えていた。





「――ッ!」

 振り抜き切った手応え。

 固められた筋肉の抵抗を突破する感触と共に、魔力の蒸気が俺の全身から消失する。……【魔力解放】の解除。

 立慧(リーフイ)さんとの訓練で身に着けた成果。肩で息をする先に倒れているのは、驚愕と衝撃の表情で目を見開いた一人の老人。俺たちの命を狙っていた九鬼(くき)永仙(えいせん)が……。

「……」

「……やった」

「――やってやったぜ」

 敵うはずもないと思えていたあの脅威が、俺たちの目の前で、確かに倒れている。込み上げてくる喜び――っ。

「うっしゃあ! うははははははははッ‼」

「――!」

「閉じ込められたときはマジでどうなるもんかと思ったけどよ! やりゃあできるもんじゃねえか、案外!」

「……負傷もほとんどない」

 達成感の中で、警戒を解いたジェインたちが近付いてくる。………そうだ。

「あれだけの格上を相手にしたにしては、考えられないくらいの幸運だ。運が良かったな」

「……っ本当に……」

 これだけの軽傷と消耗の少なさで勝負を決せたのは、本来なら望めないくらいの僥倖(ぎょうこう)であるはずだ。……全力を出されていれば勝ち目はなかったかもしれない。

 少々呆気ない決着にも思えるが、相手が俺たちを(あなど)っていたところに、上手くこちらの戦術が()まってくれたのだろう。深い安堵の息を吐いたフィアが、胸の前に手を当てて、思うところのあるような目つきを覗かせる。

「本当に良かったです。大きな怪我もなくて……」

「……」

「全員が無事で。……これで、終わったんですよね」

「――」

 ――そう。

 そういうことになる。夜道で暗殺者の老人に命を狙われたのに始まり。

 雷を操る男の襲撃を経て、俺たちが協会に保護されることになったのは、凶王(きょうおう)派と手を結んだ永仙が俺たちの命を狙っているからこそだった。騒動の元凶となる人物を押さえた以上……。

「主要な戦力のはずの永仙が倒れたなら、……凶王派と組織側の衝突も、起こらないかもしれない」

「凶王たちもいる以上、楽観視はできないがな。成果としてはかなり大きいはずだ」

 これまでのような、厳格な警戒態勢を続ける必要性は薄くなる。本山での軟禁生活は終わり、学園での生活に帰れるかもしれないのだ。希望と喜びが胸に湧き上がってくる。

「僕たちにとっても、協会側にとっても、これ以上はない結末だろう」

「親父があんだけ言うから、どれだけやべえのかって冷や汗掻いちまってたぜ。ふんじばって手土産にしてったら、どんな顔してくんだろうな」

「そ、そこまでしなくても……」

 半分本気が交じっているようなリゲルの悪ノリに、フィアが緊張の抜けた面持ちで苦笑いする。……本当に何よりだ。

 事前に考えていたより、想像以上に上手くいった。望んだ平穏な光景が戻ってきたことに、自然と緩む頬を押さえ切れずにいて――。

「――大したものだな」

 その瞬間。

「――ッ⁉」

 場に行き渡ったはずの安堵の空気を両断する、堂々たる人物の声が響き渡ったことに虚を衝かれる。この声は――ッ⁉

「四対一。こちら側の手心があるとはいえ、私自身(・・・)を倒すとは」

「……っ‼⁉」

「数か月前まで一般の学生だった人間が至れる領域としては、非凡なものだ。ひと月余りの時間でここまで押し上げるとは、流石は(あずま)たちと言うべきか」

「……っテ、テメエ……⁉」

 今しがたの戦いで嫌でも耳慣れていた響き。総毛だつ全身に突き動かされた視線の先に、予想に違わない一人の人物が立っている。――永仙(・・)

「え……ッ⁉」

「……っ、なぜ……っ⁉」

「驚くことでもあるまい」

 紛れもない九鬼永仙が、俺たち四人が目を見張って凝視する先に、颯爽とした出で立ちで立っている。……ッ見間違いなどではない。

「生涯をかけても極めることのできない魔導の深淵には、未解読や未実現のものを含めた数多くの技法が存在している」

「――」

「お前たちの知らないものも当然。己の目で全てを見抜くことができるなどとは、我々にはあり得ないはずの思い込みだ」

 悠々と語る永仙は、強大な本物の実感を異彩として放っている。老人の手が(ふところ)から何かを取り出すと同時――。

「……⁉」

 俺たちの前に倒れていた永仙が姿を消し。立っている永仙の隣に、もう一人別の永仙が出現した。なッ――⁉

「え、え……?」

「『形代(かたしろ)()』、と言ってな」

 言葉を失っているフィアの目前。消えた老人の姿から舞い上がった、裂け目の入った一枚の符を、永仙が二本の指先で掴み取る。……魔術による分身?

「事前に己の一部を媒体と成し、情報を記憶させることで、術者の身代わりとして機能させることができる」

「……ッ⁉」

「魔力の質を含めた細部までを再現する、よくできた身代わりではあるが、流石に技能者としての力量まで再現できるというわけではない」

 全く見分けがつかない。以前に(かく)に披露された幻影も精巧なものだったが、こちらの方は現実に干渉できるだけの明確な実体さえ備えている。……本体と同じ魔術や武術を扱うことまででき……。

「形代の持つ力は、作成時に付与された魔力の量に比例する」

「……!」

「その形代は、私の魔力の五分の一を込めて作り上げたもの……」

 その力までも、まるで同じように。――ッなに?

「出せる力の程度も、扱える技法の種類も当然それに相応する」

「……ッ」

「何事もそう上手くはできていない。――身近に優れた技能者がいると、つい忘れてしまうものだ」

 驚愕する俺たちの眼前で、永仙が静かに指先で何かの模様を描くと、分身となる永仙の姿が縮むようにして消失する。宙を舞う一枚の霊符。

 無傷のそれを二本指でつまみ取り、懐に仕舞い入れた本物の永仙が、改めて精悍(せいかん)な双眸で俺たちの前に立ちはだかった。……五分の一?

「自分がどう足掻こうが、世界のうちには届かない事柄があると言うことを。お前たちの力で、私を倒すことなどできない」

「ッ‼」

「お前たちが為すべきだったのは、己の望みを叶える目先の勝利に浮かれることではなく、敵わぬことを遂げられた矛盾への疑問を抱くことだった。――お前たちの力量は見せてもらった」

 俺たちの連携で倒した先の永仙は、本体のたった二割の実力でしかなかったと言うのか? 深謀の理知を秘める永仙の眼差しが、現実を見つめられずにいた俺の思考を内側まで見通すような目つきで鋭く刺し貫く。

「磨いてきた力も、手のうちも。前回のような不慮があっては困る」

「……‼」

「強者とは、相手が如何に取るに足りない稚魚と思えたとしても、考え()る限りの確実性を尽くして向き合うものだ。――ここからが本番」

 宣告した永仙が(たもと)のうちへ手を入れる。……動けない。

「不熟なお前たちにも分かるよう、力の差が明確になる方法で相手をしてやろう」

「――」

「――『太陽(たいよう)()』」

 永仙の仕掛けた罠によって全ての手を(はだか)にされた今、どう動けばいいのかを分からずにいる。……なんだ?

 取り出された一枚の霊符には、これでとはどこか意匠の違う梵字(ぼんじ)が記されている。これまでの攻撃と同じように符を構えた――。

「――いくぞ」

「ッ‼」

 永仙が、自分自身に向かって符を叩き付けると同時。老いてなお精悍さを保っている肉体の醸し出す気配が、爆発的な勢いで膨れ上がった‼ ――瞬間的な威圧。

「ッッ‼⁉」

 獣の咆哮を受けたかの如くに身を竦めていた俺の隣で、構えていたリゲルが霞むほどの速さで薙ぎ払われる。エアリーさんに飛ばされていたとき以上の勢いで――ッ‼⁉

「がふッ――ァッ‼‼」

「リゲルッ‼⁉」

「――この世のあらゆる事象は、陰陽(いんよう)の気のバランスの上に成り立っている」

 吹き飛ばされつつ数度床に跳ねるようにして転がり、側面の石壁に頭部を打ち付けると、崩落した瓦礫に埋まるようにして昏倒する。……ッ見えなかった。

「『太陽符』は事象のうちにあるその均衡を一時的に崩し、陽の側へと傾ける霊符」

「……!」

「魔術的な能力が減退する代わりに、筋力や敏捷性を始めとした身体機能は(いちじる)しく向上する。この通り――」

「【時の加速・二倍速】ッ‼」

 距離を開けたジェインが本能に突き動かされるように詠唱を起動する。スローモーションになる視界のうちで、【魔力解放】を発動した俺の薙ぎ払いを、永仙は見向きもしないまま。

「――多少の強化程度では、追い付かないほどに」

「ッ⁉」

「グハッ――⁉」

 消え失せたあとの空間を刀身が無意味に通過する。声に反応して振り向いた俺の目に、飛ばされた先の床に叩き伏せられるジェインの姿が映り込んだ。――喀血(かっけつ)

「ッ【中級治癒】――‼」

「――【太陰(たいいん)封印(ふういん)】」

 ジェインは肉体的な鍛錬をほとんど受けていない。危険を感じたフィアが回復の魔術を発動させようとした直前に、永仙の飛ばした霊符が二人の手足に吸い付くようにして張り付いた。――広がる黒い文様。

「〝我が手の癒し〟――!」

「……っ⁉」

「〝汝の苦痛に沿い、その血と傷を――ッ〟。ッなんで――ッ⁉」

「対象の気を封じる封縛の符術」

 地面に縛り付けられる二人に向けて、懸命に詠唱をし続けるフィアが、理解を超えた驚愕に血の気を失っている。……治癒が効いていない?

「魔術的な能力の発揮を封じ、同時に身動きを縛るものだが、それ以外にも、術者である私以外からの術的干渉を退(しりぞ)ける効果がある」

「……!」

「一々回復をされると面倒なのでな。戦術の(かなめ)である二人には、あの状態のまま眠っていてもらう」

 発動しているはずの治癒の光に二人が包まれることはなく、傷口から血を流すその身体を、永仙の符が縛り続けているだけだ。そんな……!

「先にお前たちを片付け、改めて死を贈るまで。ゆっくりとな」

「……!」

 ――勝てない(・・・・)

 本能的な理解の走った直後に、体重を支える両脚が震え出す。……圧倒的過ぎる。

 リゲルの耐久力も、ジェインの知識も、フィアの治癒と障壁も。……俺の磨いてきた仕留め技も、何も通用しない。

 小父さんたちを相手にし、あの異常というべき訓練を乗り越えたからこそ、その差がはっきりと分かってしまう。……そうだ。

 思えば小父さんたちは言っていた。永仙や凶王と遭遇した場合は、絶対に逃げろ(・・・・・・)と。

 修行をつけるのはあくまでも、逃走や増援の余地を作れるようにするためであって、間違っても彼らと戦わせるためではないのだと。……追い込まれたことで誤認していた。

 ――逃げ場や応援が望めないとしても、それでも俺たちはまだ、逃げるべきだったのだ。

 全てを(なげう)って、例え背中から撃たれるのだとしても、逃げるべきだった。勝ち目などどう足掻いてもありはしない。

 相対すれば殺されるだけ。逃げ場のないこの空間に囚われた時点で……。

 俺たちが自力で生きて帰れる可能性など、ゼロに等しかったのだから。……勝ったと思い込んでいた自分。

「……」

「――哀れなものだな」

 幻想の勝利に喜びを覚えていた数分前の自分が、やけに滑稽で惨めなものに思えてきて。身動きを取れずにいる俺に向けて、永仙が静かに溜め息を零す。

冥希(めいき)紫音(しおん)の息子と聞いて、少しは骨があるのかと思えば。ただの震える小鹿でしかない」

「……⁉」

「二人の死で蔭水(かげみず)の家系が零落し、ただ一人残ったのがここまで脆弱な技能者とは、奴らも浮かばれん。――東たちから聞いているはずだ」

 恐怖と絶望で弱り果てた俺の意識に、永仙の紡ぐ名前が突き刺さってくる。……なぜ。

「私は十年前に『アポカリプスの(まなこ)』を討伐した、《救世の英雄》の一人」

「……!」

「かつて東やレイル、エアリー、お前の両親と共に戦場を駆けたこともある。だからこそ事実としてこう言える」

 なぜ、そんなことまで口にしてくるのか。俺を見る永仙の眼差しが、冷ややかな失望の感情を示してくる。

「――お前はあの二人にはほど遠い」

「――っ」

「才能も(こころざし)もなく、ただ恐怖に地べたを這いつくばっている。仲間がいなければ何も為すことのできない、矮小で凡庸な人間だ」

 ――父と母。

 技能者として戦い、帰らぬ人となった二人の姿が心のうちに蘇る。俺は……。

「何もできず震えるだけ。――抵抗の気力もないならば、見ているがいい」

 俺は。心の中で上がる微かな声。

「倒れている二人を殺し――最期の一人を、お前の目の前で殺すところを」

 視線の方角を変えた永仙が、倒れているリゲルたちに向かってゆっくりと歩き出す。……嫌だ。

 景色のうちに、子どもの頃の情景が重なり合う。血だまりの中にある男の死体。

 腹から突き出た刀身、光を失った瞳。手足が細かく震え出す。――っ嫌だ。

 それだけは――ッ‼

「――ッ!」

 絶対に。――恐怖の中から心が叫びをあげた瞬間。

「……⁉」

 予想外の光景に目を見張る。――っ俺の後ろを飛び出したフィアが。

「……‼」

「……何のつもりだ?」

「……違います」

 リゲルたちの前に、永仙の行く手に立ちはだかった。ッ何を――⁉

黄泉示(よみじ)さんは。……いつだって、私のことを助けてくれました」

「……!」

「自分の震えを飲み込んで、危険の中に一歩を踏み出して。貴方にとってあの女の人が大切な人であるように、黄泉示さんは、私にとって大切な人なんです」

 声には、確かな力がある。……震えている。

「私は今まで、散々守られてきました」

「……っ」

「リゲルさんにも、ジェインさんにも。もう誰にも傷ついて欲しくありません。だから今度は、私が……!」

「……そこまで言うのなら、見せてもらおうか」

 絶望的な脅威を前にして、確かに心の中に恐れを覚えながらも、自分の身を盾にして立っているのか。永仙が改めて歩を進め出す。

「お前一人が私を止められるかどうか」

「……!」

「震えるその男が本当に、仲間を守れるかどうかを」

 ――ッ駄目だ。

 フィア一人では永仙は止められない。――出るしかない。

 例えこの行為の全てが無駄で、ただの足掻きに終わるのだとしても。絶望的な心境で足に力を込めた刹那――。

「ぐ、うっ――」

「――⁉」

「……ウウ。ッウオラアアアアアアアアアアッッ‼‼」

 魂の底から上げられたような怒号が(とどろ)き。崩れた修練場の一角から、天を衝くような峻烈な闘気が吠え上がった。血を流しながら地面を踏み締めている――ッ!

「――ほう」

「……‼」

 ――っリゲル。血と摩擦で汚れて擦り切れたスーツの上を、バラバラに千切れた符の残骸が花弁のようにゆっくりと舞い落ちていく。肩で荒く息を吐き、緩んだ拳を今一度強く握り直して。

「……これは驚いた」

「――」

「純粋な気迫と、肉体の抵抗力のみで私の封印を突破するとは。――驚異的な精神力とタフネスだ」

 仁王立ちしているリゲルに、軽く口の端を上げて笑みを作った永仙が視線を送る。どこまでも余裕を秘めた――。

「『太陽符』の拳を貰ったことも考えれば信じ難い。よほどのこと苛烈な修練を受けているな」

「……ッふざけんじゃねえ」

 遥かな高みから見下ろすような賢者の視線に、振り上げた(おもて)の中から、リゲルが凄烈なブルーの眼差しを差し向けた。

「――テメエが、他人のダチの何を決めんだよ?」

「――」

「あいつは、ッ黄泉示は、すげえ奴だぜ。俺の見た誰よりも、自分の弱さに向き合って生きようとしてる」

 手負いの身でなお衰えない気勢。苦痛の中で懸命に息を繋いでいるはずなのに……。

「人間的にはまるで違えが、親父と同じくらい尊敬できる相手だぜ。テメエなんかより、ずっとな……‼」

「……」

「テメエも……‼」

 双眸と肉体に宿る熱量は、むしろ先ほどより増しているようにすら思えてくる。リゲルの言葉が矛先を変える。

「いつまで寝てんだ、陰険眼鏡――ッ‼」

「――だ、まれ……ッ」

「――っ⁉」

 途切れ途切れに響いた声。――っまさか。

「貴様のような……ッ根性馬鹿と、一緒にするな……っ!」

「――ッジェインさん⁉」

「……抜け目がない」

 驚愕する俺たちの視線の先で、符の呪縛に抵抗しながら、ジェインが身体を起こしかけている。零された永仙の呟き。

「自分が負傷のち動きを止められることを予測して――治癒の術式と、レジストの術式まで仕込んでいたか」

「ぐ――くうッ‼」

 その言葉通り、自分の身に浮かび上がった法陣で縛りを相殺したジェインが、破れ落ちる符を踏みつけて立ち上がる。痛みに顔を(しか)めて大きく息を吐き出し。

「……ッレイルさんに言われた通りだ」

「……!」

「〝永仙()は、どんな弱者が相手でも万全を期そうとする〟 ……っもしものことを考えて組んでおいた術式が、役に立ったな」

「――ようやくお目覚めかよ」

 どうにか身体を起こしたジェインに、普段の鍛錬場にでもにいるかのような気軽さでリゲルが軽口を飛ばす。

「テメエがあれくらいでやられるとは思ってなかったぜ。なにせ、親父の洗脳を克服したくれえだからな」

「言ってろ、マフィアもどきが。貴様こそ、神父の暴力に感謝するんだな」

「冗談じゃねえっての、全く。――見たかよ」

 リゲルが挑発的な笑みを差し向ける。

「元大賢者。未熟だろうと無力だろうと、俺たちは、四人で戦ってんだ」

「――」

「何もかも裏切って一人で出てったテメエと違って、四人でな。足りないところがあるんなら、互いにそいつを補え合えばいい」

 目の前で一度、強く打ち合わされた拳と手のひら。

「一人じゃできずに立ち止まることでも、四人ならできる道が拓ける。そいつが仲間ってもんなんだよ」

「――今だけはお前に賛成だ」

 ジェインが眼鏡のフレームを押し上げる。

「脳みそが筋肉でできていても、たまにはまともなことを言えるらしい。――行くぞ、蔭水、カタストさん」

「……!」

「倒れていて済まなかった。僕らはまだ、生きていて戦える」

 こちらを見ないまま、前だけを見て言われる台詞。

「一人一人が脆弱だろうと、僕らは決して一人じゃない」

「――!」

「一泡吹かせてやるんだ。この場にいる、全員の力を合わせて」

 ――。

 ……そうだ。

「……」

 そうなのだ。震えの治まった手で、温度の戻ってきた指先で、終月を握り直す。全ての希望と意義を失ったあの日。

 失意に沈み、生きる気力を抱けず閉じ籠っていたあのときの俺と、今の俺は確かに違っている。……今の俺は独りではない。

 踏み出した道で出逢い、隣にいる友が、仲間がいてくれる。混じりけなしに向けられるその信頼に――。

「……黄泉示さん」

「……ああ」

 応えたいと思わせてくれている。俺の前に立ってくれていたフィア。大切な相手の隣に並ぶように、身体を前へと進ませた。

「行こう」

「……」

「俺たちの道を拓くために。……今度こそ、全員で」





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