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彼方を見る者たちへ  作者: 二立三析
第五章 試されるもの
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第二十三話 頂点たちの対峙




 ――砕かれた魔物の石像。

 平時は通る者の目を驚かせるオブジェであり、非常時には構築された術式に従って協会を守護する防衛装置が今、見るも無惨な暗灰(あんかい)(しょく)の欠片となって四散している。亀裂や斬撃によって破壊された床壁の術式は全て、探知した侵入者に対し作動する攻撃性の(トラップ)

 龍脈より自動で魔力を供給され、標的を無力化するまで止まらないはずの自律装置が、いずれも短時間で的確かつ圧倒的な破壊を受けている。他組織の幹部クラスでさえ数分は足を止めざるを得ないはずの布陣を、完膚なきまでに叩き潰した何者か――。

「――流石の腕前だな」

 その痕跡の残る光景の中心に自らを置きながら、魔導協会の四賢者、リア・ファレルは、眼前の事態の元凶自身と相対していた。……《魔王(まおう)》。

「リア・ファレル。あの男と同じく、元魔導協会の大賢者と言うだけはある」

「……やられたねい」

 闇の中から出でる気を手繰って紡がれたような濃紫(こいむらさき)の髪に、血よりも紅い深紅の双眸を持つ少女。技能者界の脅威を象徴する号からは考えられないほど幼い体躯を晒す相手を前にして、星霜(せいそう)の白髪をいただくリアは、己の失態にほぞを噛む。……先ほどの攻防。

「本山の構造を知る永仙(えいせん)がついてるとはいえ、あの短時間でまさかあそこまで近付かれてるとは」

「……」

「若い頃ならもうちょい正確に気付けてたろうに。齢を食っちまったもんだねい」

「――謙遜する必要はない」

 修練場にいる蔭水(かげみず)黄泉示(よみじ)たちの元へと移動した際、リアはすぐさま四人を連れて、本山の避難区画へと転移するつもりだった。――侵入した敵のターゲットは明らか。

 護衛役である支部長たちと彼らを手の届かない場所へと移し、自分たち賢者と夜月(やげつ)(あずま)たちでもって、凶王(きょうおう)方を迎え撃つ算段だったのだが。……この少女が四人の元へと姿を現してきたことで、その狙いは叶わなくなった。

「自身と共に私を転移させるのは、あの場では最も合理的かつ的確な判断だ」

「……」

「刹那でも決断が遅れれば、あの場ですでに何人かは死んでいた。敢えてのレジストは設けなかったとはいえ、私の術法を諸共に飛ばすことができる技量も素晴らしい」

「……そいつはどうも」

 敵方でも最大級の戦力である《魔王》を放置すれば、あらゆる意味での敗勢は必至。数瞬すら削り落とすようなタイムリミットの中で、リアに残されていたのは……。

「失われない素直さも美徳の一つだ。判断通りにことが進められたのであれば――」

 最大の脅威である敵に対し、自分への注意を引き付けつつ、できる限り被害を生まない場所へと遠ざけることだけだったのだ。ここまでの展開が相手方の目論見だったことを把握するリアの前で、魔王の瞳が眼前の賢者ではない方角を向く。

「――早速かかっては来ないのか? 賢者の筆頭を担う召喚士、(しき)秋光(あきみつ)

「……」

 ――そう。

 圧を含んだ呼びかけに応えるようにして、言葉を受けた人物――協会の四賢者たる秋光は、騎乗していた麒麟(きりん)の背から磨かれた大理石の地面へと飛び降りる。リアの計画。

 突発的な窮地に判断を迫られながらも、歴戦の古強者(ふるつわもの)たるリアは、即座にその場で最善と言える手立てを導き出していた。執務室から麒麟に乗って修練場へ向かう秋光の動きを探知し――。

 その進路上に自分と魔王が出現するよう、転移の座標位置を調整。熟練の機転により合流を果たした二人の賢者は今、魔王の号を持つ少女を、時計の短針と長針の如く挟み込む位置に立っている。……二対一。

「……」

 局面における最大限の優位を得たその上で、寸毫(すんごう)の気の緩みも許すことなく、秋光は眼前に佇む紫の髪の少女を見据えている。……英断であることには違いない。

 元より同格の技能者間での戦闘において、数的な有利というのは他の如何なる要素より明確に勝利へと直結する。協会の賢者筆頭である秋光と、元大賢者であるリアでの挟撃となれば、その(ぜん)()(こう)(ろう)に耐えられる者などあり得ないほどの可能性になるはずで――。

「――」

 ――だが。その不可能とでもいうべき所業を現実のものと成し得るのが、今秋光たちの目の前にいる《魔王》という技能者なのだ。……リアが急場で秋光と合流して迎え撃つ判断を選んだのは、二人でなら場を制することができると考えたからではない。

 ――いかに自分たち四賢者といえども、単独でこの少女を相手取ることは困難を極める。かつて技能者界の頂点に近い位置に到達したリアをして、初めから力の不足を感じさせる相手だからこそ、敢えて二人を()くという選択をせざるを得なかったのだ。……《魔王》。

 技能者界において並ぶもののない巨大さを持つ三大組織が、迷いなく脅威と断定する凶王派において、頂点を務める五人。強者のみが集うが故に我も強い王たちの間で、表の統括者を担い、王派の裏の守護者たる《帝王》と並び別格と称される技能者。

「……」

 当代における最高峰の技能者であるとの認識は、秋光たち組織の幹部にとって当たり前のものだが、実際の姿を目の当たりにした賢者たちは共に、更なる内心での驚愕を抑えきれずにいた。――『冥帝(めいてい)事件』。

 冥王(めいおう)派の玉座に就いた技能者が暴走し、当時の王の半数が討たれるという惨事を起こした六年前の事件ののち、歴代でも有数の年少者が魔王の座に着いたとは聞いていた。強さと資質こそが全てとなる凶王派の中であれば、それも決して珍しいと言えることではなく。

「……」

 ――しかし。今秋光たちの目にする少女の容姿は、(よわい)十五にも満たないほど若く幼い。……早熟などというレベルではなかった。

 各々が稀代の才を持つと賞賛され、青年期より多くの秘術や秘奥を読み解いてきた秋光たちからしても、異常としか呼べない事態である。……外形を偽ってすらいない。

 凶王派においては主流であり、協会から禁忌とされる技法の中には不老不死、不老長命の実現を目指した体系もあるとされるが、年月により染み付いた老練さであるのなら、秋光たちの目にはそうと知れる。時間にして数十年の不利を覆す天稟(てんぴん)と修練。

 年端も行かない未成熟な外見ではあるが、その見目(うるわ)しい姿と(かたち)の奥には、魂の根底を震わせる深淵が口を開けていることがはっきりと感じられる。技能者界の頂点と言っても過言ではないだけの絶峰に、この齢で足を乗せるのには、果たしてどれだけの深淵が伴っていることなのか――。

「和平と、共存――」

「――ッ!」

「かつてあの男と共に、お前はそれを口にしていたな。式秋光」

 知らず知らずのうちに相手の背景に思いを馳せていた秋光の意識を、冷たい声の音が刈るように現実へと引き戻す。自らに向けられている、赤い大海のような静謐な眼差し。

「無用な争いのない世界、これ以上互いの血を流さぬ世の成り立ち――」

「……」

「かつての同志は我らに与し、裏切りの帰趨(きすう)は明晰になった」

 平静な語り口から告げられるのは――凶王たちと共に本山へ侵入を果たした、永仙の所業。

「友の手引きによって、魔王であるこの私と相対し、協会の本山は未曽有(みぞう)の大事に揺らいでいる。今この現実においても、そんなことが可能だと、本気でそう思えているのか?」

「……」

 数瞬。

 一秒にも満たない時間だけ、秋光は己の目を閉じる。まぶたの裏に浮かぶ幾つもの情景。

「……一筋縄でいくことは無いだろう」

「……」

「この身を砕くほどの苦難が待ち受けていることは理解している。……だが」

 家名に隷属する霊獣たちとの出会い、生家からの出奔(しゅっぽん)。行く先々で結ばれた技能者たちとの友情と、交わした言葉。

「――それでも、人はいつか必ず分かり合える」

「――」

「私はそう、信じている」

「……なるほどな」

 自身の足跡(そくせき)(かえり)みて言い切った秋光に――魔王が嘆息する。小さく吐かれた吐息のうちに、言い切れない情感を零すようにして。

「――ならば問おうか(・・・・・・・)

「――ッ!」

「賢者の筆頭にして、救世の英雄が一人。異形の解放者と謳われる者よ」

 魔王の見せる眼光の色合いが変わる。これまでどこにそれを秘めていたのかと思えるほどの、激情と怒り。

「我らの同胞に対し、お前たちが一体、何をした(・・・・)?」

「ッ――‼」

「お前がその綺麗事を吐けるようになるまでに、協会を始めとした組織方がどれだけの血と命を踏み潰してきたか。自分たちの(もたら)した罪過について、一片でも思いを馳せてみたことがあるのか?」

 その全てを解放したような、魂を飲み込むような威圧が秋光の身を揺さぶりに掛かる。……かつての協会の内部では、数々の陰惨な研究が行われてきた。

 自分たちの理念に賛同しない魔術師や亜人たち、異形に対する収奪、実験、拷問、殺戮の数々。数多くの非道と狂気が魔導の追求のためとして容認されてきた事実は、秋光も知識としてだけでなく、自らの経験を通しても()っている。……魔王派とは、異形と人の交わりより生まれた亜人と、協会より禁忌とされた技法を扱う禁術師たちの王。

「従属する異形は(ともがら)としておいて、人と交わりし亜人は駆逐する」

「……」

「己の利と都合のみで他を排する境界を定め、帰属しない者たちを破壊していく。そんな大逆を冒してきたお前たちが、何の(あがな)いも負わずに共存を呼び掛けることに――」

 彼らの安寧を守る者としての歴史を身に負う者であるならば、その事実は当然、何よりも重い罪過であるはずであって。闇色の慷慨(こうがい)を秘めた魔王の双眸が、秋光の両眼を奈落の如き凄絶さで飲み込んだ。

「――果たしてどれだけの、(ことわり)があると言える?」

「……」

 三者の間に沈黙が訪れる。触れれば痛みを覚えるほどに緊迫した空気。

「……秋光」

「……ああ」

 問答はすでに終わり、返答など求められてはいない。――分かっている。

「分かっている。――魔王よ」

「……」

「協会の犯してきた愚行と歴史は、その名を担う賢者たちが負うものだ。……故意の関与を持たない子どもや、青年たちではなく」

 だとしても、秋光には言っておかなければならないことがあった。手のひらに握り締める誓い。

「己の手で新たな明日(あした)を紡いでいく者たちに、過去の重責を負わせるべきではない。全ての遺恨と過ちは、私たちの間だけで終わらせるものであるはずだ」

「……明日(あす)とは常に、過ぎ去る今日の日の上に立っていくものだ」

 秋光の訴えかけを受けて、魔王が己へ向けた手のひらを俯瞰(ふかん)する。外観の年齢に違うことのない、柔らかく滑らかな肌を持った小さな手指。

「物事は見えない(えにし)で繋がり、誰しもがかつての何かの上に足場を得ている。世界のうちに存する者である以上、過去から逃れられるものはいない」

「……」

「その繋がりから逃れられるものも。賢者として――」

 その上に赤黒い血が集まってくる。紅玉のような楕円体になった緋色の液体を目にした魔王が、一滴(ひとしずく)に至る全てを己のうちへ取り込むように手のひらを握り締めると、幼さの残る面を今一度二人へと振り上げた。

「お前たちがかつての罪過の(とが)を引き受けると言うのなら、示してもらう」

「――ッ‼」

「軽薄に偽り()る言葉ではなく。今此処にいるお前たちの身と血、そのものをもってして」




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