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彼方を見る者たちへ  作者: 二立三析
第五章 試されるもの
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第十九話 迷える者たち



 昼食の席。

「なるほど……」

 前の席から零される神妙な口ぶり。食器の触れ合う音を受けながら、ローストされたチキンを切り取ってそちらの方へ目を向ける。

「襲撃についての話は聞いてはいましたが、固有魔術、ですか」

「……」

「僕も自分なりに色々と考えてはいましたが。――リア様の指摘なら頷けます」

 品の良い仕草でカップを持ち上げつつ、明朗な声で語る青年の対面で、頬杖を突いた立慧(リーフイ)さんが耳元まで伸びたボブカットの毛先を揺らしている。空になったティーカップの取っ手を(もてあそ)びつつ。

「ガウス君の支配級の適性と言い、レトビック君の概念魔術と言い、皆さんの才能の豊かさには、心底驚かされますね」

「……っていうか」

 そつのない仕草と話し振りに向けられるのは、微妙に納得のいっていなさそうな尖った唇。じっとりとした立慧さんの眼差しに見つめられて――。

「どうしてあんたがここにいんのよ、三千(みち)(かぜ)

「いやぁ」

 食卓に加わっていた新たなメンバー、賢者見習いである三千風さんが、バツの悪そうな笑顔で頭の後ろに手をやった。柄の入れられた木製の背もたれに背中を預けつつ。

「先生に、黄泉示(よみじ)くんたちの警護役につけさせてくれないかと頼んだんですが、駄目でした」

「はぁ?」

「それならせめて見学だけでもさせてくれないかということで、許可をもらいまして。夜月(やげつ)さんたちにも頼み入れをして、同席させてもらっている次第です」

「いやー、まさか秋光(あきみつ)の野郎に、んな殊勝な弟子がいるとはよ」

 すでに打ち解けているような素振りで、バンバンと相手の肩を叩いている小父さん。

「見た目も素性も好青年。警護を断られてまで見に来るとは、中々骨があるじゃねえか」

「先生の戦友である、救世の英雄たちの修業ですから」

 初対面であるはずの小父さんに絡まれても嫌な顔一つしない。賢者見習いとしてできた態度を保っている三千風さんを見ていると、なんだか非常に申し訳ない気持ちが昇ってくる。

「見るだけでも充分勉強になります。浅学の身ですが、参考にさせていただければと」

「うむ。その調子でしっかり励むと良いぞよ」

「なんの真似ですか、貴方は」

「それでその……」

 呆れ口調でエアリーさんに(たしな)められている小父さんを他所に、真剣な表情をしたフィアが、再び話を元に戻した。

「固有魔術って言うのは一体、どういうものなんでしょうか?」

「そうですね。リア様からある程度の話はあったかもしれませんが……」

 膝上の手をくっと握って身を乗り出す仕草に、黒々としたブラックコーヒーを口にした三千風さんが、カップを置いた手の指を組んで話し出す。

「魔術と名が付いてはいるものの、正確には、通常の魔術とは一線を画す特殊技能」

「……!」

「概念魔術や黄泉示くんの固有技法などともまた違う、全く別の性質を持つと言われている技法です。技と言うより能力に近いという意味で、『異能』の方に近いのかもしれません」

 ――技術ではない。

「効果は正に予測不可能と言っていいほどに多種多様で、通常の技能法則では説明のつかない現象を起こすことさえ可能だと聞きます」

「――」

「しかし効果が特異である分、個人の感覚や特殊性によって成り立っている部分が大きく、確立された方法での習得は不可能。特殊過ぎて一切の体系化が為されていないため、鍛錬は全て手探りでやらなければいけないというのが現状です」

「……!」

「特にカタストさんの場合は力に目覚めたばかりで、自分でも効果の詳細などは分からないことが多いでしょうし……」

 特定の手順や修練で習得できるものではなく、使える人間にだけ使える能力のようなもの、ということか。フィアを見返した三千風さんの瞳が、済まなさそうに眉を寄せる。

「アドバイスができればと思うんですが、僕では大した力になれないかもしれません。済みません」

「っいえ、それは――」

「――あの婆さんからなんか言われなかったか?」

 ソースの絡んだ焼きそば麺を口からはみ出しながら、小父さんが訊いてくる。

「あの婆さん――リア・ファレルは魔術師としてだけじゃなく、固有魔術の使い手としても有名だ」

「……!」

「それも昨日今日の話じゃなく、四賢者になって少ししてから。数十年近く前から使えるんじゃなかったか」

「私の知る限り、三大組織幹部の中でも極めて少ない、固有魔術を実践的なレベルで扱える技能者でもありますね」

「ファレルさんは【空間】の――概念魔術も使えるんすよね?」

「それだけではなく、風の属性に対する支配級の適性も持っている」

 エアリーさんは具材の豊富な五目炒飯(チャーハン)を掻きこんでおり、レイルさんは意外なことに、アフリカ風の煮込み料理(タジン)を口にしている。無茶ぶりにも等しい無理難題に応える、協会のシェフのレパートリーに驚嘆する気持ちでいる俺の前で。

「丁度リゲル君たち三人を足し合わせたような才能の持ち主だね。元大賢者と言うだけのことはあるというわけだ」

「はぇ~……」

「凄い人物ですね……」

「……一応その、アドバイスのようなものは貰ったんですけど……」

 フィアがスカートのポケットから何かを取り出す。文字の書かれた古い用紙と――。

「なになに……?」

「〝己自身を知り、自身に問い掛け、己を信じる〟……?」

「哲学の文句か何かよ。なんだこりゃ?」

「見た目にはただの石のようですが……」

「これは、『想起(そうき)(せき)』ですね」

 エアリーさんたちの眺めていた石ころの正体を、三千風さんが言い当てる。

「握った人間のイメージした記憶を読み取って、自分の意識の中に投影することのできる魔道具です」

「え――」

「何に使うんすか? んなもん」

「まあ、昔の良い思い出を思い返したりだとか、記憶の確認に使ったりとかですね。ただこの魔道具で投影できるのは、あくまで自分のイメージした記憶なので……」

「……なるほど」

「事実を間違えて覚えていたとしても、投影にはそれがそのまま反映されてしまうことになります。記憶の真偽を判定するような使い方はできません」

「魔導院の授業でちょこっとだけ使ったわねー。自分のミスを延々反省させるっていう、嫌がらせみたいな指導のためだったけど」

「俺なら若い頃を思い出して使ってみるけどよ! 色っぽい姉ちゃんの感触を思い出したり――っ」

「色ボケ馬鹿は黙ってなさいッ‼」

「……」

 肘鉄を食らわされた田中さんが(うめ)いている前で、フィアは何かを考え込むようにしている。……リアさんにどういう意図があるのかは分からない。

「まあ、今考えるべきなのは固有魔術より、確実に身に着けられる技法の方でしょうね」

「――」

「特異な力を使える見込みがあると分かった以上、ものにできれば成果は大きいですが、それだけに目を向け過ぎてもいけません」

 あの老練な四賢者の意図を読み切ると言うのは、俺たちからすればかなり難しいことのように思えてしまっていて。二つの品を思いつめた素振りで見つめているフィアを気遣ったのか、エアリーさんが声を掛ける。上げられる翡翠(ひすい)色の瞳に微笑んで。

「目の前の鉱脈に目がくらんで、基礎的な修練を(おろそ)かにすれば、例え固有魔術が使えるようになったとしても、隙の多い戦いぶりを晒すことになります」

「……!」

「まずは治癒と障壁魔術の鍛錬。基本的な戦闘様式を固めたその上で、固有魔術にも目を向けていきましょう。助けになれることがあれば、私たちがいつでも力になりますから」

「……ありがとうございます」

「いよぅし。それじゃ、食事も終わったことだし」

 頷いたフィアが、ひとまず紙と鉱石をポケットにしまう。(たか)楊枝(ようじ)でシーシーと食べかすを取っていた小父さんが。ニッカリと笑みを浮かべた。

「一時間休憩してから鍛錬な。吐かねえよう、気合入れてけよ」








「……」

 執務室。

 微かな(ほこり)が空気に交じるようになった気のする部屋の中で、秋光は一人考えている。……固有魔術。

 記憶喪失に対するレイガスの調査に、リアの問答を経て明らかになった事実。……辻褄(つじつま)については納得ができる。

 フィア・カタストの示した力に永仙が退いたと聞いたときから、可能性としての推測は確かにあった。歴の浅いにわか仕込みの魔術に永仙(えいせん)退()くことなど有り得ない。

 例え初見のように見える魔術であっても、魔導の門を深くまで(くぐ)った者であるのなら、自らの知識と経験、才覚からそれへの対処法を探り当てることができる。逆に……。

 それらを以てしても対処が望めない異質な技能であるならば、相手がただの学生であったはずの人間であろうとも、退くことを選ぶのは納得のいく話であって。……だとしても。

「……」

 ――知っていたのか(・・・・・・・)

 支配級の適性に、時の概念魔術、固有魔術。凶王(きょうおう)派と永仙に命を狙われた四人。

 この短期間の間に彼らが示してきた才能は、長年技能者界の一線を歩み続けてきた秋光からしても、容易に流してしまえるようなものではなかった。戦力として有望な人員の確保は、あらゆる組織にとって共通の懸念事。

 救世の英雄の関係者である以上、敵対する三大組織方に取り込まれるよりは、いっそのこと芽の出ぬうちに潰してしまった方がいい、という考え方は、あり得なくもなく。……前回の襲撃の中途で賢王が連れ帰るような素振りを見せたのも、実際の才能を目にして利用価値を再認したからだと考えれば筋が通る。組織方との衝突を控えたこの時分であれば、戦力の調達はなおさら重要な急務となるはずであり……。

 ――しかし。

「……」

 ――固有魔術の発露。問題となる事象について秋光は再び自らの知識をなぞり起こす。支配級の適性については、初期の〝目覚め〟の段階さえ過ぎていれば、魔術師として修練を積んだ人間なら感知ができる。

 概念魔術にしても、術者が一定の頻度で使用していれば、その残り香を辿ることは優れた魔術師なら不可能ではない。リゲル・(ギャンビット)・ガウスとジェイン・レトビックの才能については、事前に知りうる可能性があるが……。

 フィア・カタストの才能。固有魔術という技能については、実際の発現以前に知れるということはあり得ないのだ。――固有魔術は通常の特殊技能とは違う。

 予測も探り当ても不可能な、全くの偶発的現象のようなもの。彼女の力の正体に推測を持ちながらも、リアがいささか強引な確認の手段に踏み切らざるを得なかったのも、現に発現していない状態でその有無を確かめることができなかったからでもある。……真っ当な理屈を踏まえてなお。

「……」

 事態の中心にもなっている現象を、単なる偶然と捉えていいのかという疑問が秋光にはあった。救世の英雄の関係者が四分の三を占めるとはいえ、これだけの才能の持ち主がごく少数のグループに集中することは極めて珍しい。

 確率的に言えば、ほとんど奇跡と言ってもいい可能性であるはずであって。……凶王派は魔導協会ら組織方とは異なる、独自の研究の歴史を蓄えている。

 秩序外の知見を持つ彼らに優れた協会の魔術師である永仙が加わったことで、固有魔術の感知に何かしらの進展があったとするならば……?

「……ふぅ」

 根拠の消失を感じて秋光は息を吐く。――駄目だ。

 思考の材料は増えているはずなのに、まるで見えてくることがない。凶王派と永仙が彼らを狙う動機。

 組織方との衝突を睨む時期に複数の最高戦力を差し向けてくるという、その負担に相応する事由とは何なのか? 言葉を交わす相手のいない現状と相まって、軽く疲労の溜め息を吐き――。

「……」

 もう一つの問題事に意識が移る。……弟子の(れい)のこと。

 蔭水(かげみず)黄泉示(よみじ)たちの警護役を希望してきたことについては、秋光としても思うところがあった。力量から言えば、零は前線に立つ魔術師として遜色ない。

 立場と年齢故の経験の少なさはあるが、(あおい)や支部長たちと比肩するだけの下地は既に積み上げられているはずであり。修行の課題が難航していることも踏まえれば、危険を承知で自分自身の力量を確かめたいとの思いがあることは想像が付けられて――。

「……」

 ――だとしても。秋光としては、その方針を取ることに賛成はできないでいた。……今の零には、焦りがある。

 凶王派との戦端がいつ開かれるのかも分からない現状、実戦の場において力を試すことは確かに重要だが、それだけに意識を囚われているようでは、賢者見習いとして早急と言わざるを得ない。力を(ふる)う以前――。

 戦場に立つその前の段階で、重要となるものを自覚できる心構えになければ、賢者の責務を担うに相応しい立ち位置にいることにはならないのだ。……今回の課題についてだけは、自分が零を導くわけにはいかない。

 師として修行の停滞に責任を感じているのは事実だが、それ以上に重要な問題が今回の一件にはある。――己の道を歩んでいくのに避けては通れない覚悟の内実。

 一人の魔術師として、如何なる立場で己の力と向き合うのかという、三千(みち)(かぜ)(れい)自身の(こころざし)を問う課題であるからだ。磨き上げられた方向性の伴わない力は、必ずや混沌を招く。

 土台が固まらないうちに実践の舞台に上げられてしまえば、容易く方向を見失うことにも繋がりかねない。……零は今、これまでの修練で初めてと言っていいほどの苦闘の中にいる。

 ――だからこそ、それを乗り越えた(あかつき)に、彼が大きく躍進することを秋光は確信していた。自分が手を貸さずとも、零が困難を乗り越える。

 幼少期から向き合い続けてきた弟子として、彼が必ずや今回の課題の出口に辿り着くだろうことに、秋光は一片の疑いも抱いてはいない。彼の人格も、才気も、考えも。

 賢者としての重責に重々足りるものだ。今は一時的な迷いの中にいるだけ。

 切っ掛けさえ掴めれば、すぐにでも零は自らの足で輝かしい前途へと踏み出し始めることだろう。今回の事態への関わりが、その一助となってくれればいい。

 東たちは癖のある人物だが、技能者として蓄えられた力量と知見の厚みには疑いようがない。普段協会員としか接する機会のない零にとっては、それだけ大きな刺激にもなるはずであり……。

「……」

 弟子の行く末を考えながらも、秋光は今一度、己の双肩にかかる責任を自覚する。零が護衛役を申し出てきた事情には、秋光自身の抜かりがある。

 東たちの来訪に、葵や上守(かみもり)支部長の負傷。全ては元をただせば、自分が事態の重さを読み違えたことが原因なのだ。――《賢王(けんおう)》と《冥王(めいおう)》。

 あえて凶王を動かしておきながら、二人(・・)という人数に意味があるのかを秋光は自問していた。永仙と王たちの交渉において、それが相手方の許容する限界だったという説明の仕方はある。

 ――だが、仮にそれ以上の人数が必要だった場合、あの永仙がそれ以上の人数を要求できないとは秋光にはどうしても考え辛かった。その上で二人という人数を動員してきたのなら。

 それはすなわち、対策を立てる自分という人間の思考が読み切られていた事実を指すのに他ならない。動機の想像と襲撃の規模の予測。

「……」

 支部長たちを中心に補佐官と四賢者一人だけを持ち出すという、護衛の水準までもが、永仙の想定のうちにあったことを示すものであって。――超えなければならない。

 かつて穏健派の旗印として、戦友として並び立った時分と今は違う。今の自分は、協会の賢者筆頭。

 彼が凶王派と手を結び、蔭水黄泉示たちを手にかけることを選んだのなら、筆頭の責を負う自分こそが、それを止める手立てを講じなければならないのだ。この状況の中にあっても修行を願い出ているという四人たち。

 友の忘れ形見というだけでなく、明日へ続く己の道を模索しようとしている姿こそは、自分たち魔導協会が理念を懸けて守り抜かねばならないもの。修行の途上にある零や、葵たちが再び負うべきでない大事を負わないためにも――。

 ――今回の事件には必ず、自分たちが片をつけなくてはならない。





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