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彼方を見る者たちへ  作者: 二立三析
第五章 試されるもの
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第十六話 修練本番




「んじゃー、今日からは、追加の訓練もしてくからな」

 ――一晩が空けて。

「……マジっすか」

「当ったり前よ。昨日のは基礎の基礎」

 立慧’(リーフイ)さんやフィアも交えた賑やかな朝食を終えた俺たち八人は、決闘場の床に居並んで立っていた。爽やかな笑顔で説明を口にする小父さん。

「時間も午後からの半日だったし、最低限必要な能力を身に着けるメニューに過ぎねえ。実戦での動きを上げようと思えば、実戦的な訓練もしねえとな」

「リゲル君は、重力魔術の使いこなしの訓練」

 その隣で、レイルさんとエアリーさんが頷きを見せる。

「ジェイン君は時の概念魔術についての修練を。これらの希少な技能が使えるのは、間違いなく君たちの強みだ」

「磨かない手はありません。心強い援軍も来てくれたことですからね」

「――ったく、なんで俺がよ……」

「ぐちぐち言わないの」

 立慧さんの隣でぼやいている壮年の人物。――田中(たなか)さん。

「書類仕事はいつもの通り、補佐に押し付けてきたし。秘蔵のつまみを持ち出して、のんびり晩酌と洒落(しゃれ)込もうとしてたところに、とんでもねえ鬼娘(おにむすめ)が来やがった」

「鬼とは中々言うじゃない。――支部の経費をちょろまかして酒やらつまみやらを買おうとしてたのを黙ってて欲しかったら、大人しく要求に従うことね」

「チッ。――っ大体、なんで今更指導なんだかについてんだよ。〝つけるつもりはないわ〟な~んて言っちまってたのによー?」

「気が変わったんだからしょうがないでしょ⁉ あんたは黙って協力してれば――!」

 朝食のあとに、助っ人として立慧さんに連れて来られてきたが、未だに納得はしていないらしい。ぎゃあぎゃあと言い合いをしている二人に――。

「――仲が良いようで何よりですね」

「まったくだ。まるで昔の君と(あずま)を見ているみたいだね」

「冗談だろ? エアリーとかいう酒豪の狂ゴリラ(バーサーク・ゴリラ)に比べりゃ、あの支部長さんの方が何百倍も可愛げがあるぜ」

「酒飲みでサボり魔のようですが、東よりは数千段マシですね。人語の通じない剣バカの上、女相手では手を抜く玉無しでもありましたから」

「ぶった切るぞ、テメエ?」

「受けて立ちますよ?」

 二か所で睨み合いが勃発してしまう。笑顔のまま殺気にまで発展しそうな空気に――。

「え、えっと、その……」

「……小父さん、そろそろ始めてもらえると」

「――おっと。悪い悪い」

 フィアが大いに右往左往しており。おろおろしている彼女の様子に気が付いた小父さんが、無邪気な手振りと同時に、抜きかけていた真剣を鞘に納めた。

「勿論本気で()り合うつもりじゃねえんだけどよ。気心の知れた昔の仲間相手だと、ついエスカレートしちまうよな」

「……」

「条件反射でいけねえ。そいじゃまずは、昨日の復習から始めてみるとすっか」

 ――

「――ぐわばらごはへッッ‼⁉」

「――ほーら」

 高々と。十五メートル以上ある天井に向けて打ち上げられたリゲルの身体が、磨かれた大理石の床に後頭部から激突する。あとを追う平坦な声。

「またですよ? 迎え撃ってやろうという気持ちが強すぎて、身体が固くなっています」

「う……ぐ……ッ!」

「貴方のレベルなら、今まで大抵の相手についてはそれで充分だったでしょうが。迎撃できない攻撃に対して、強張りは死です」

 手足を痙攣させてのたうつリゲルを目に、悠然と立つエアリーさんは涼しい顔つきで首と肩の骨を鳴らしている。

「一撃を貰ったらそれで終わり。自分だけでなく、パーティーの命運も背負っているつもりで、瞬時に対応を決めないと」

「……ッ……ッ‼」

「貴方の身に着けている回避と流しの技術を更に上げ、見極めの力も上げていきます。できるまで何度でも吹き飛ばしてあげますからね」

「――思考というのは存外、エネルギーを消費するものだ」

 自分の鍛錬を兼ねているのか、靴の爪先しかつけない優美な空気椅子の姿勢を保ったまま、何語で書かれているかも分からない分厚い古書を広げているレイルさんが、眼前の相手へと視線を差し向ける。

「いざという時になってから考えているようでは間に合わない。その場で考える前に考えておく」

「【魔眼】、【心眼】、【天眼】――‼」

「詳細かつ正確な知識があれば、平時においても技能と相対するイメージをより精密に構築できるようになる。日頃漫然(まんぜん)として過ごしている時間が、全て実戦のための準備に使えるようになるわけだ」

 微笑むレイルさんに対し、忙しなく(ページ)(めく)り続けているジェイン。リスクのある洗脳術を受けないよう。

「現実が常に想像通りに行くものではない以上、問題に直面したときに考えることは山のように湧いてくる」

「【秘跡】に【聖典詠唱】、【死霊術】――!」

「かかる時間と負担を少しでも減らすため、前もって考えられることくらいは網羅しておかないといけないね。――さて」

 手を止めず、必死で速読のスピードを保っている。音を立てて本を閉じたレイルさんが、死神のような滑らかさで背後からジェインに近付いた。

「そろそろまた限界かな? 昨日よりは少しもったね」

「っ、待って下さ――‼」

 絶望的な宣告が言い渡される。白手袋の指先が脳髄の奥底へと沈むグロテスクな異音と共に、食い縛った歯の奥から流れる悲鳴のアンサンブルが聞こえてくる中で――ッ‼

「――ッッ‼‼」

「左足の踏み込みが早え」

 両手足に着けられた砂鉄の重り。四肢に纏わりつく囚人の枷の如き重圧を、跳ね除けるように力を込めて終月(しゅうげつ)を振るう。一分の緩みも生まれることのない小父さんの指摘。

「何度でも言っとくが、重要なのは力むことじゃなく、全身の一致とバランスだ。踏み込むのが早過ぎても遅すぎても、威力を減らしちまうことになる」

「……!」

「不自然な力の入りで歪みが出れば刀の走りが遅くなり、相手にも起こりを見極められやすくなる。爪先から指先の完全な一致まで、緩めるんじゃねえぞ」

「ッはい――ッ‼」

「……」

「――ほら」

 一振りごとに()し掛かる疲労に、滝のように足元に流れ落ちていく汗。三か所で同時に開かれている地獄巡りを、初参加となるフィアが呆然とした表情で目にしている。――声を掛けた立慧さん。

「気持ちは分かるけど。訓練中は、自分の方に集中してないと危ないわよ」

「ッ、済みません」

「謝らなくていいけど。保護者たちがやってるんだから。ああ見えて大丈夫よ、きっと。――私のトレーニングでやるのは、純粋な体力づくりね」

 後半を流すように小さく呟いた立慧さんが、気持ちを入れ直したらしいフィアに改めて鍛錬の説明をしている。小父さんたちと比べて実に健全な、天使のような手解きの仕方。

「関係ないって思うかもしれないけど、魔術の消耗の大きさには実際は、肉体的な体力も関係してくるの」

「! そうなんですね」

「一般的に言っても精神と肉体は繋がってるものだし、気と同様に、魔力は身体の中を流れてるものでもあるしね。戦闘時も当然、動けた方が立ち回りの自由度が高くなるし。貴女はまだまだその点が未熟だから、伸びしろがあるってわけ」

「――ほら‼ 手首の返しを緩めるんじゃねえ!」

 修行として素晴らしく真っ当な二人の会話が、刀身の風切り音と小父さんの指摘の向こう側で響いている。っ地獄の中にあるオアシス――。

「あとは田中から、魔力の運用のアドバイスもしてもらうわ。立ち止まって術式の構築に集中するのと、走りながらの構築とじゃ、大分勝手が違うから」

「バカ真面目な眼鏡の相手は勘弁だが、可愛い嬢ちゃんの御目付(おめつけ)なら悪くねえな」

不埒(ふらち)な理由で触ったらへし折るわよ? ――じゃ、始めてきましょ」

「ブルフゥァヘエエエエエッ‼⁉」

 水と緑に溢れる美しい大地と、小鳥や蝶たちの飛び交う生命豊かな楽園が見えてくる。リゲルの上げる断末魔が混じる景色を、幻覚だと言い聞かせつつ、終月を振るい出す――ッ‼

 ……。

 ……十二時ごろに昼食を挟むため、午前の訓練は、昨日の半分となる三時間で一旦切り上げとなる。

 半日だった初回に比べて、鍛錬の総時間が長くなるため、特に疲労の溜まる訓練内容を日の始めと最後で分散していく計画だ。昼食に加えて二時間となる昼休憩を経て――。

「――さて」

 十四時ごろに再び立ち戻った修練場。――ここからは一旦、指導役が一部入れ替わる。

「技能者として向き合うことになるのは初めてですね」

「……!」

「焦らなくていいですから。自分の限界を引き出してコトコト煮詰められるようになるまで、じっくり追い詰めていきましょうね」

「お、お願いしますっ!」

 フィアの指導につくのは、治癒や魔術についても造詣があるというエアリーさん。何やら恐ろしい口上を述べているにもかかわらず、勇猛果敢にフィアが前を向いている横で――。

「っあーあー。(だり)いな~、全くよ~」

「いい加減諦めなさいっての。この馬鹿が手ぇ抜かないよう、私がきっちり近くで見とくから」

「――頼んます!」

「若干の不安が過るな……」

 重力魔術と時の概念魔術の指導をする田中さんと立慧さんが、休息と回復で生気を取り戻したリゲルとジェインへそれぞれ向かい合っている。適当な相手役のいないレイルさんは一度休みとなり……。

「親として、傍からリゲル君の奮闘を眺めるのも、いいものだね」

「――どうするんですか?」

 ビデオカメラを回す姿を他所に、木刀を手にした小父さんが、改めて俺と対峙している。……昨日の鍛錬では無かった部分。

「重りも外してるみたいですけど……」

「これからやってもらうのは、隙を見抜く訓練だ」

 全く未知の領域だ。――隙。

「四人の中でのお前の役割は仕留め役だが、どんなに〆のための一撃を鍛えたところで、打ちどころを間違えてちゃ話にならねえ」

「……!」

「気を抜けねえ攻防の中でも、技の打ちどころ、相手の隙が見抜けるような目を養ってく必要がある。単純にいやあ、実戦的な模擬戦だな」

 小父さんが、軽い素振りで木刀を振るう。一般的な長刀と同じ長さのある、使い込まれた得物を、俺に印象付けるように左右に渡して。

「こいつで今からお前に攻撃を仕掛けてく」

「……!」

「骨が砕けるような当て方はしねえが、普通に痛い程度には当ててくから気ぃ付けろよ。お前は終月で自分の身を守りつつ、俺の隙を見抜いてここぞという場面で【無影(なきかげ)】を打ってもらう」

 俺の持つ刃のない刀――蔭水(かげみず)家に伝わる鍛錬用の刀を一瞥した小父さんが、黒褐色をした木刀の切っ先を右の片手下段に構える。――っ自然体。

「防御の練習にもなる、一石二鳥の訓練だ。――習うより慣れろ」

「――ッ!」

「物は試しってことで。早速、試してってみっか」

 ――

「――よぅし、今日はここまで!」

「……ッ……」

 熱気のこもった空間に、朗々とした小父さんの声が響き渡る。……死屍累々。

「……」

「【神符術】、【霊符術】、位相閉鎖空間領域……」

 鍛錬の仕上げにエアリーさんの洗礼を受けたリゲルは地に倒れ伏し、(うずくま)っている俺の横で、胡坐(あぐら)をかいたジェインがブツブツと専門の用語を繰り返している。屍の山が築かれている中で……。

「はっ、はい……」

 小父さんの声に遅れて反応を見せている、フィアが地面に突いた手のひらで自分の体重を辛うじて支えている。最後に治癒魔術で俺たち三人を回復したフィア。

 全員の疲労を半分程度まで回復したのちに、魔力を使い果たしたフィア自身に代わって、エアリーさんが俺たちと同じ分だけフィアの疲労を回復させていたのだが。……細かに痙攣している両腕。

「っあ、ありがとうございました……っ」

「……っ、……大丈夫か……?」

「はい……っ。……ッ」

 スカートに包まれた細い膝は床に落ちたままがくがくと震え、垂れ下がる白銀の髪の毛先は、流れ落ちる汗で滝に打たれたあとのように濡れそぼっている。蹲っている俺の隣で、幾分意識を混濁させたような様子のまま、視線を落として熱っぽい呼吸を吐き。

「……っ……、ッ済みません……」

「……ああ」

「っちょっと、……っ上手く話せなくて。っ昨日しっかり休んでおいて、よかったです……っ……」

「いやぁ~。存外根性あるなぁ、嬢ちゃんも」

「そうですね」

 懸命に体勢を立て直そうとしているフィアの様子を尻目に、歓談する小父さんたちの言葉が聞こえてくる。嬉しそうに頷いているエアリーさんが、

「場合によっては進行を緩めないといけないかもしれないと思っていましたが、この分なら心配なさそうですね」

「……!」

「他の三人に負けないくらいの気概があるようで良かったです。流石、今どきの女の子は強いですね」

「――恐ろしい台詞ね」

 震えの走る会話を横断してきたのは――真顔で歩いてきた立慧さん。

「引退して丸くなったのかと思ってたけど、まるっきり見当違いだったわ。――ほら」

「っあ、ありがとうございます……ッ」

「気にするもんじゃないの。他は二回目なんだから、頑張って自力で立ちなさい」

「……ッ分かってますよっ、……っと……!」

「蔭水の奴は自分の手でのしてんだろうに、酷えセリフだぜ」

「っ私だってやりたくてやってるわけじゃないわよ。……ちょっと()めてたわ」

 全身の力を掻き集めて立ち上がったリゲル。上を向いて息を整えるオールバックの人相(にんそう)の手前側で、ふらつくフィアに左腕を貸している立慧さんが、残る右腕で俺の手を掴んで無理なく引っ張り上げてくれる。……そう。

〝……ッ……‼〟

〝ん~、まあ、初回はこのくらいにしとくか〟

 午後に行う初めての訓練メニューは、小父さんとの隙を見抜く訓練だけではなかった。毒蛇(どくじゃ)の群れの如くに襲い来る木刀の猛攻に打ちのめされ、息絶え絶えな俺。

〝今日は一回も見抜けなかったが、そこはまあ気にしなくていいぜ〟

〝……っ……⁉〟

〝格上となりゃ簡単に隙が見えることもねえし、戦闘の中じゃまず生き延びることが第一。この訓練は、上のクラスの技能者の速度域に慣れるって目的もあるからよ〟

 小父さんの言葉に返事をする気力もなく、倒れ伏したまま、身体中に走る痛みと疲労で指一本動かせないでいる。ひたすらに重荷を重ねていくような素振りもきつかったが……ッ……!

〝暫くは着いてくだけでも充分必死なはずだぜ。で――〟

〝……言われて来たんだけど〟

 集中してぎりぎり見極められるかどうかという相手の動きに対し、常に実戦的な対応力を要求されるこの訓練は、全く別の厳しさがある。惨劇の現場を目撃したように眉間にしわを寄せる立慧さん。

〝……どうすんの?〟

〝……〟

〝撲殺された死体みたいになってるんだけど。【魔力解放】の訓練をするって言っても、本人がこれじゃあ〟

〝問題ねえよ。嬢ちゃんは、気脈の操作に()けてんだろ?〟

 (しかばね)と化している俺を見ながら、小父さんはやけに明るい声で喋っている。……ッ嫌な予感が。

〝なら、本人が動けなくても、身体に直接打ち込んで解除の感覚を覚えさせりゃあいい。魔力切れになるまでに何十回かはできるだろうし、グロッキーな黄泉示(よみじ)も、発動だけならできるだろうしな〟

〝……ッ⁉〟

〝……いいの?〟

 衝撃的な提案に、芋虫のように()いながら首を横に振る。良くない――っ‼

経穴(けいけつ)を突く方法は、本人の身体の反応に対して無理矢理流れを止めてるみたいなものよ。何度も繰り返せば、相当の負担がかかることになる〟

〝どうせあとで一定までは回復させるしな。凶王(きょうおう)クラスに抵抗しようと思うんなら、これくらいの無茶はやらなきゃいけねえって分かるだろ?〟

〝……〟

 審判を待つしかない心臓がバクバクと音を立てている。押し黙った立慧さんが――。

〝……死んだら、ごめんなさいね?〟

〝――ッ‼〟

 憂鬱な足音を立てて近づいてきたところで。俺の記憶は、苦痛と衝撃に途絶させられた。……思い返したくもない。

初日(昨日)はあんたたちの覚悟を試すためにわざと厳しくしたのかと思ってたけど、まさかあの疲れ方でマシな方だったなんてね」

「……」

「【魔力解放】の訓練のあとも、残りの素振りを普通にさせてたし。……手は抜けないけど、大事にならないよう努力はするから」

「……お願いします……っ」

「呪い、加護、祝福……。――くっ⁉」

 意識を失う寸前でエアリーさんに回復させられ、地獄に放り込まれるその繰り返しだった。レイルさんの洗脳術を受けていたジェインの意識が、長い放浪の旅路(たびじ)を経て現実へと帰還する。痛みを振り払うように頭を二、三度振り。

「……っ相変わらず慣れないな、この不快な感覚には……」

「――勉強好きの優等生でも、処刑人とのマンツーマンレッスンは流石に(こた)えるか」

 痛みに蟀谷(こめかみ)(しか)めるジェインに、歩み寄った田中さんが手を貸している。……珍しい。

(はた)から見ててもおっかねえほど強引なやり口だぜ。修行の完成まで、無事でいられる保証もねえ」

「……」

「辛いようならいつだってやめちまえるんだしよ。諦めちまった方が、楽なんじゃねえのか?」

「……冗談はやめてくださいよ」

 自分から手助けすることなど滅多にない田中さんだが、以前に指導をしていたジェインについては、何か思うところがあるのかもしれない。震える指先が緩慢に眼鏡を押し上げる。

「善悪の是非はともかくとして、学びの教材としてレイルさんは最適です」

「……!」

「向き合えば向き合うほど、今の自分に必要な技術と知識を掴んでくることができる。途中で降りるなど、できるわけがない」

「――ったく、酔狂な連中だねえ」

 頭痛に顔を歪ませながらも執念の眼光を見せたジェインに――その肩を軽く叩いた田中さんが、どことなく嬉しそうな顔つきで視線を逸らした。

「折角他人(ひと)任せにできる環境があるってのに、んなとんでもねえ苦労を背負いこんでまで、自分たちでどうにかできるようになりたいと思うとか」

「……!」

「飲んでグータラしてられりゃあいい俺には、全く共感のできねえ真面目さだな。――訓練も終わったことだし、俺はもう帰るわ」

「帰るって、どこ行くのよ」

「支部だよ、支部。たまには顔でも出しとかねえと、連中が補佐を支部長だと勘違いしちまうからな」

「自業自得でしょうが……」

 呆れ返る立慧さんの前で、手を振った田中さんが修練場の向こうに姿を消していく。なんというか……。

「まったく、相っ変わらずどうしようもないわね、田中は」

「……今でもずっとあの調子なんですか?」

「まあね。こんだけ頑張ってるあんたたちの姿を見たら、あいつも少しは何かが変わるかもって思ったんだけど」

 圧倒的な敵である永仙(えいせん)や凶王と対峙し、救世の英雄である小父さんたちと行動を共にするようになった状況の中でも、田中さんはいつでもマイペースで奔放だ。……そんなことを考えていたのか。

「救世の英雄の指導を見ても、そこまで思うところはないみたいだし。提案にも生返事を返して来るしで、ホント、やる気が問題よね」

「提案、ですか……っ?」

「こっちの話よ。田中に(なら)うわけじゃないけど、私もそろそろ支部に――。――ッ⁉」

「……立慧さん?」

 会話の途中。自力で立てるようになったフィアの隣で、何かを耳にしたように立慧さんの表情が突然に変えられる。思いがけない知らせを聞いたような目の色が――。

千景(ちかげ)が――」

「――ッ」

「千景の意識が、戻ったって」

「――⁉」

 次第に吉報を受け止めた、明るい光を放つようになり。――ッ先輩が⁉

「え――」

「本当っすか⁉」

「担当の治癒師からの連絡だから、間違いないわ。今からでも会えるみたい」

 俺たちを庇って重傷を負った千景先輩は、治療が終わってはいるものの、意識が戻らないままなのだと聞いていた。(はや)る気持ちを抑えきれないような素振りで。

「戻る前でラッキーだったわ。ここからならそう遠くないし――」

「立慧さん、その、できれば」

「……俺たちも――」

「っ。……そうね」

 今すぐ駆け出して行きそうな立慧さんに、フィアを筆頭とした俺たちが頼み込む。一瞬だけ考えるようにした赤紫の瞳が、改めて俺たちを映して頷いた。

「あんたたちも充分関係者だもの。――一緒に行きましょう」





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