第二話 駅から降り立つ少女とカニギア
ぷしゅううう……と、蒸機機関車が煙突から蒸気を勢いよく噴き出した。
タラップから降り立つのは、一人の少女。
「ふう……やっとたどり着きましたわね!」
ドリルのような亜麻色の縦ロールを揺らしながら、赤いドレスを揺らす。その手には、人ひとり入っているんじゃないかと思うほど、大きなボストンバックを片手で持ちながら、その駅に降り立った。
駅は丘の中腹にある。見上げれば、上の方は鉱山になっているらしく、トロッコに乗って、さらに上に上っていく屈強な男たちの姿が見えた。
下の方を見れば、遠くの方に海がみえた。
丘を沿うように、何層にも重なるように建てられている古いアパートメントが軒を連ねている。
そのアパートメントの脇には、簡易的なリフトが付けられ、住民はそこで上り下りできるようだ。
店は一見何処にあるのかわからない。高いアパートメントとそれに沿って、巨大なパイプラインが、家々を縦横無尽に走っている。上には上記の出るパイプが、さっそく出来立ての蒸気を噴き出していた。
レンガで整えられた道には、蒸機車と馬車が行き来しており、駅から出てくる人たちは、かなりいるようだ。その主な層が、炭鉱や工場で勤める男達だ。その中にはスーツを着て向かう男も混じっていた。
女性はこの時間は少ない。彼らを送った後で、出て来るのかそれとも……いや、今はそれを考える時ではないだろう。
「あら、向こうには海が見えますのね」
くんと鼻を鳴らしながら、少女は紫の瞳を輝かせながら、ふっと笑みを見せた。
てくてくとホームを降りて、駅を出る。
人混みを縫うように颯爽と歩いていく様は、常に堂々としていた。
「マドモアゼル、よければその荷物、持ちましょうか?」
気品にあふれたスーツ姿の男が少女に声をかけた。
「心配には及びませんわ。これはわたくしにとって、とても大切なものなのです。おいそれと知らない方々に預けることはありませんの」
つんとした表情をしつつも。
「けれど、お気遣い、ありがとうございますわ」
丁寧な綺麗なカーテシー。上品なドレスに身に着けている装飾品を見るに、少女はどこかのご令嬢といった佇まいを感じる。
「そ、そうかい。気をつけてな」
そう声をかけて、男はその場を去っていった。
「さて、待ち合わせ場所に向かいませんと」
側に置いてあった大きなボストンバック。そういえば、地面に置いた時、見た目よりも重さを感じる音がしたように思えたのは、気のせいだろうか?
いや、きっと気のせいだろう。
少女は慣れた手つきで、颯爽と片手で持って歩いているのだから。
「もし、そこの紳士の方」
と、少し歩いたところで少女は、歩道で煙草に火をつける労働者らしき男に尋ねた。
「第3ブリッジは、どちらになりますの?」
「ああ、それなら……ほら、あそこに見える赤い屋根の家、わかるだろ? その脇の道を進んで、道に着いたら、今度は左。靴屋の看板があるから、そこで曲がって……」
たぶん炭鉱に向かう途中の男だろう、丁寧に教えてくれるが、一回で覚えるには少々長い説明だ。
「……で、そこで降りたら第3ブリッジだよ。ここからじゃあ見えないが、あそこら辺にあるぜ」
「…………」
ぶつぶつと呟きながら、少女は。
「ご丁寧にありがとうございます。これでわたくし、目的地へ迎えそ……」
そう彼に告げようとした時だった。
背後から、どんという音共に、何かが飛び出してきた。
「な、なんじゃ、ありゃ……」
「……ここまで来たんですの? 少々、早いんではなくって?」
嫌そうに顔を歪めると、少女は大きなボストンバックを片手で持ちあげると、驚くほど素早く駆けていったのだった。
「見つけたぞ!! あっちだ!!」
煙と共に現れたのは、カニの形をしたギアだ。中に男が入っているらしく、乱暴な声が聞こえる。
「ったく、面倒だな……もう少し早くなんないのか、コレ」
カニギアを動かしているのは、どうやら、ひょろりとした男の部下達のようだ。
「ボスぅ~こいつ、前に進めるのはいいけど、ちょっと足が遅いっすよ」
「最新型って聞いてたんだが……まあいい。あの女を捕まえりゃいいんだからな」
と、そこにリンリンと呼び出し音が響いた。近くにあった受話器のような機械を取り上げ、ひょろりとしたボスは声をかける。
「もしもし、こっちはリッパ―ワン。何の用だ?」
『あら、ご機嫌斜めなようね』
受話器を通して聞こえるのは、ねっとりしたような媚びるような女の声。
「ああ、アンタか。見つけたぜ。あの女」
『まあ、もう見つけたの? 素晴らしいわ。じゃあ、彼女を丁重にもてなして、私の所に連れてきてくださいな。私、あの子にとてもとても用があるの』
「あんな女のどこがいいんだか。まあいい、連れて行ってやるぜ。ところで……殺してもいいんだよな?」
『ええ、構わなくってよ。私が欲しいのは、彼女の体と持っているギアだけだから』
そんな女の言葉を面倒くさそうな顔をしながら、リッパ―ワンと名乗ったボスは続ける。
「じゃ、捕まえたらまた連絡するわ。じゃな」
ちんという音と共に、その受話器を戻した。
「ったく……あの女、ホント面倒事しか持ってこねえなあ。まあその分、こっちはデカいんだけどな」
男は手でお金の形を作ると、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべたのだった。