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第二十話

 再びジャッカスの部屋に入り、俺はそこでコーヒーをすすった。


「さて、話せ」

「まあ、話すには話すが……。一つ条件がある」


 ヴェルファイアが剣を抜く。


「いい加減にしないか!」

「落ち着けヴェル」


 流石魔王。余裕の表情だ。


「生かすだけでは不満か? 言ってみろ」

「俺を仲間に入れてくれ。魔王様の手下になりたい」


 ジャッカスは吹き出した。


「面白いぞ貴様! 散々かき回しておいて!」

「俺の実力はわかったはず。幹部でも下っ端でもいい。必ずいい働きをする」

「俺は反対です」


 バキが言った。


「たった今グールが殺されかけたばかりだ。信用なんてできない」

「ああでもしなきゃ、俺の実力をわかってもらえないだろ? それに信用なんかしてもらう必要はない」

「ほう」


 ジャッカスが言った。


「つまり、忠義心故じゃなないと?」

「もちろん。生きるために仕方なくだ。俺はお前らを利用して生きる。だからお前らも俺を利用していい。そのためなら手となり足となろう。命令ならどんな奴の首だって取ってくる」

「わ、私は賛成です」


 クラウンが言った。


「この男の態度と、出し抜かれることには不満ですけど……。せめてこの国を落とすまでは、人間であるこの男は使えます。利用しない手はありません」

「ふむ……。まあいいだろう」


 魔王がうなずく。


「条件を飲む。では話せ」

「冗談だろう。せっかく仲間になるんだ。武器とスーツを返してくれ」

「やめて!」


 クラウンがすがるような目で叫んだ。


「もう十分でしょう! これ以上魔王様に無礼を働かないで……」


 何もするな、と言いたいらしい。

 クラウンは今にも魔王がブチギレて俺を殺そうとしないか心配で仕方ないんだ。


「いいややめない。でなきゃいざというとき抵抗できない」

「あなたが暴れる可能性もある」

「そのときは殺せばいい。魔王と幹部がこれだけ集まって、俺一人殺せないことなんてあるのか?」


 クラウンは涙目になって首を振る。


「まあ待てクラウン」


 口を開いたのはジャッカスだ。あくまで冷静。


「奴の荷物を返してやれ」

「流石。話がわかる」

「だが忘れるなよ。武器を持つということは裏切りの意思があるということだ。例えばわしの気に入らないことがあったとき、理不尽にぶち殺しても文句は言うまいな」

「もちろん。好きにしてくれ」


 ジャッカスの指示で、クラウンがスーツを取ってきて返す。

 俺はスーツを着て座った。


「さて、もういいだろう」

「ああ、そうだったな。何が知りたい?」

「日取りは?」

「俺がここに侵入して、三日帰らなかったら襲撃に来るよう指示した。今の時点で二日と半日。つまり、半日後だな」

「敵の数」

「俺のパーティーに四人。それから応援を呼ぶよう指示もした。それがどんくらいの数かは知らんが、一人キングヒーローがいる。ガイアって名前だ」


 ジャッカスは目を見開いた。


「あのガイアか……」

「知ってるのか?」

「有名だ。最強の冒険者としてな」


 笑いながら言う。


「まさか奴が相手とはな。これは良い情報をもらった。奴らを潰した暁には、貴様にも何か褒美を」


 と、そのとき、ジャッカスの部屋のドアが勢いよく開かれた。


「大変です魔王様!」


 受付嬢が息を切らし、大慌てで叫ぶ。


「早く逃げてください! 敵が襲撃に──」


 だが、何か言いかけたとこで体が爆発して、あっという間火だるまになって倒れた。

 そして聞こえる、大勢の足音。


「やあ魔王」


 ドアの前に、きっちり武装したガイアとその他冒険者達が立った。

 ガイアが腰の剣に手を当てる。

 その瞬間、俺はショットアイズ1.0を展開してガイアを吹き飛ばした。


「逃げろ! 囲まれるぞ!」


 ジャッカスが激昂する。


「おい! 話と違うぞどうなっている!」

「ああ悪かった。俺のミスだ。日程をずらして来やがった!」

「チッ……!」


 ショットアイズ3.0に強化して、冒険者達を片っ端から撃ちまくる。防御されるおかげで殺しはできないが、ノックバックで時間稼ぎと翻弄くらいはできる。

 後ろで、ボコーンッ! とデカい音がなる。

 バキが壁を破壊した音だ。


「魔王様、こちらです」


 どうやら、壁の奥には隠し通路があったらしい。

 そしてちょうどいいタイミングで、グールの目も覚めた。

 グールは俺を見て、その後周りの状況を確認して、最後にもう一度俺を睨んだ。


「貴様……ッ!」

「待てグール!」


 俺に襲いかかろうとしたグールを、すんでこところでバキが止める。


「その男はもういい!」

「なぜだ!」

「今は味方だ! とにかく今は魔王様をお守りすることが第一優先!」

「クソッ!」


 バキとグールは魔王を連れて隠し通路の奥へ避難した。

 ヴェルファイアは剣を掲げて叫ぶ。


「皆の者ー! 奴らを殺せ!」


 大量のガイコツ兵が、壁から床から天井から現れる。


「それ、魔法の類だったのか」

「バカ言え。数に限りがある。貴様のせいでかなり減った!」

「そら悪かった!」


 ガイコツ兵達が冒険者達に襲いかかるのを確認すると、ヴェルファイアも三人に続いて通路の奥へ行く。

 クラウンが呪文を唱えた。


「ネオ・エクスプロージョン!」


 魔法は冒険者達には当たらず、その目の前で発動し、視界を覆う巨大な爆煙が上がった。

 クラウンが俺の袖を引っ張る。


「一緒に逃げて。ここじゃ不利すぎる。お願い」

「わかった」


 隠し通路へ飛び込み、その中を走った。

 こんな状況なのに、クラウンはどこか嬉しそうだ。


「どうかしたのか?」

「だって、これであなたと一緒にいられるから」


 途中、左へ曲がる道とまっすぐの道に分かれていたが、俺はクラウンに従って左に曲がった。

 曲がった先をまっすぐ行くと扉があり、そこを開けると横に廊下が伸びていた。

 ここは、幹部の部屋がある廊下だ。


「ごめん。私の部屋に寄りたいの」

「別にかまわない」


 俺達はクラウンの部屋に入った。

 薄暗く、不気味な雰囲気の廊下とは打って変わって、明るくピンク色のカーテンがかかった、いかにも女らしい部屋だった。

 クラウンは奥の棚から写真を取り出した。


「なんだそれ?」


 写真を見つめ、背中を向けたまま堪える。


「さっきのデートの写真。こっそり撮ってたの」

「そう、か……」

「ここ、崩れちゃうかもしれないでしょ? だから……。私にとって、大切な思い出なの」

「……なあ、クラウン」

「ん?」


 名前を呼び、振り返ったクラウンの腹を、ショットアイズ3.0で撃ち抜いた。

 クラウンは吹き飛んで壁に激突すると、そのままずるずるとへたり込んだ。壁は血でべったりだ。

 クラウンの腹にはデカい風穴ができて、息は絶え絶え。もう長くないだろう。


「残念だ。付く相手さえ間違わなければ……」

「はぁっ……はぁっ……!」

「……悪いとは思ってる。だが俺は」

「言わないで……!」


 クラウンは力なく微笑んだ。


「私を止めてくれたんでしょう? ありがとう……」


 そうして今度は、悲しげに微笑む。


「人を殺すのは……もう、たくさん。何の罪もない人を、たくさん傷つけて……。この国を掌握すれば、あのとき助けた子供も殺さなくちゃいけない」


 涙をこぼす。


「本当はずっと迷ってた。でも……魔王様の命令だからって、自分じゃもう止められなくて……! あなたが殺してくれて、ちょっぴり悲しいけど……嬉しい」

「お前は、誰よりも優しかったよ」

「ふふっ……。お願い、魔王を殺して。このままだと、あの男はみんな殺しちゃう。だから、国の人達を助けてあげて。お願い……。私には、その勇気も力もなかった。けど、あなたなら」

「ああ。もちろんだ」


 クラウンは満足げにうなずく。


「ねえ、最後に聞いてもいい……?」

「なんだ?」

「私のこと嫌いって、利用してただけって、あれ本当?」

「まさか」

「本心から、私のこと愛してくれてた?」

「もちろん。爪の先から腹の奥まで」

「たとえ嘘でも、すごく嬉しい……。生まれて初めて、心の底から愛した人だから。世界中で、一番大切な存在だから」

「嘘じゃないさ」

「最後の、わがまま……」

「なんでも言え」

「あなたを……感じさせて。本当はもっと、ずっと……一緒にいたかったけど。それでも……あなたを感じながら死ねたら、きっと、怖くないから……」

「ああ」


 クラウンが目を閉じて、俺は頬をなで、唇を重ねた。

 クラウンは心の底から幸せそうに笑って、口づけを交わしたままゆっくり意識を失った。


「体はここに置いていく。写真と共に。お前の大好きだったこのタワーの下で眠れるなら、それが一番だろう」


 俺はマスクを被り、万全の戦闘態勢で部屋を出た。

 魔王を殺す。この馬鹿げた任務を終わらせる。





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