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第8話「選ばれし者」

 魔法生物保護局の代表サラ・ヴィクトリアさんは、自信に満ちあふれていた。僕はこんなに自信満々な人を見たことがない……あの、魔法管理局の代表を除いて。


 リューネは自信満々……というよりは、何事にも物怖ものおじしない飄々(ひょうひょう)とした感じ。今もサラさんの熱弁を、欠伸あくび混じりに聞き流していた。このままなら封印とはいかないまでも、リューネを眠らせることはできるだろう。僕達が隣り合って座ってるソファーは、横になるにも最適な大きさと、柔らかさを兼ね備えていたから。


 僕達は丁重ていちょうに、かつ有無を言わさず魔導車まどうしゃに乗せられ、魔法生物保護局の本部にある一室へと案内された。その間、僕は無視され続けていたのだけれど、リューネのはからい……というより我が儘のお陰で、この場に居合わせている。「ソーマがおらんと、話は聞かんぞ」ということだ。サラさんは僕達の向かいでソファーに浅く腰掛け、前のめりになって喋り続けている。リューネ、ただ一人に向かって。


 サラさんは魔法生物――リューネのことだ――の保護に全力を傾けているそうだ。子供の頃、仲良しだった魔法生物が有害指定を受けて処分された。その記憶が、サラさんを動かす原動力となっているという。その過去は悲しかったけれど、それが自分を正当化する口実になっているような気がして、素直に同情することができなかった。……悪い人ではなさそうだけど、良い人でもなさそうである。


 口調は穏やかで丁寧なのに、何かと決めつけるような発言も多く、魔法管理局のことになると感情的な言葉もちらほら……恐らく、犬猿の仲という奴なのだろう。


「……魔法管理局の野蛮人達は、あの手この手でリューネさんを奪還しようと企てるでしょう。ですが、どうぞご安心ください! 私達はあなたの身の安全を保障致します! 大丈夫です、品性下劣な悪漢共には指一本、触れさせませんわ!」


 安心に大丈夫……そんな言葉が繰り返される度に、本当に安心していいのか、本当に大丈夫なのか、不安が募っていく。


 ……幸い、リューネが眠ってしまう前にサラさんの話は終わり、その瞳が初めて僕に向けられることになった。


「ソーマさん、私達のお話は以上となります。担当の者がご案内しますので、どうぞお引き取りください」

「え、それはどういう――」

「リューネさんは我々の保護下に置かれました。今後は私たちが厳重に管理させて頂きますので、どうぞご安心ください!」


 管理だって……僕はリューネを振り返った。リューネは目を閉じている。……まさか、眠ってしまったのだろうか? もう、こんな大変な時に!


「リューネっ!」

「……サラと言ったか。少し席を外してくれんか」


 リューネは眠っていなかった。赤い瞳をぱっちりと開き、サラさんを見据える。


「それは、まぁ、構いませんが……」

「監視されとることぐらい百も承知じゃ。気分的な問題じゃよ」


 サラさんは頷くと、部下の男性たちを引き連れ、部屋から出て行った。リューネは深々と溜息をつき、ソファーに背を預ける。


「とんだことになってしまったのぉ……」

「リューネ、どうする? どうやって逃げようか?」

「儂は逃げるつもりなどないぞ」

「え?」


 ……今、なんて? リューネは天井を見上げ、言葉を続ける。


「ここは十分に設備が整っておるようじゃからな。ちゃんと封印もしてくれるじゃろう。儂のことを、研究し尽くした後でならな」

「け、研究って……」

「何も体を切り刻むばかりが研究ではない。儂の生態を観察するだけでも……眠ってばかりで不満かもしれんが、貴重なサンプルに――」

「それじゃ、レイモンドさんと同じじゃないか!」


 僕は大きな声を出してしまったけれど、リューネは肩をすくめただけだった。


「何も仲良くすることが全てではない。反目し合う方がうまくいくことだってあるじゃろうて。切磋琢磨せっさたくま……実にうるわしい話じゃ」

「そんな……じゃあ、どうするっていうのさ?」

「どうもこうもない。これが現実……冒険はここまでじゃ。儂はもう、疲れたよ」

「な、何を言ってるんだよ! それが、千年生きた竜の台詞なの!?」


 ……そうだ、リューネが竜の姿になれば、こんなところすぐに脱出できるじゃないか! 僕はそう口にしようとしたけれど、リューネは、リューネは……。 


「千年か。儂が千年生きたとどうしてわかる? お主をたばかっておるだけかもしれんぞ? 竜の姿とて、幻じゃったかもしれぬ。そうは思わんか?」

「そんな、何を言って……」

「儂は今、この瞬間、つむがれているかもしれんのだぞ? そこにどんな英知が


※※※

 

 私はキーボードから手を離した。……何を書いてるんだろう、私は。溜息をつく。私だって……いや、私はもっと酷い存在なのかもしれないのに。



 私はこの世界……エミュサーバーの管理者「七福神」の一員となった。大黒だいこく毘沙門びしゃもん寿老人じゅろうじん福禄寿ふくろくじゅ布袋ほてい弁財天べんざいてん恵比寿えびす。私のくらいは弁財天だ。


 天井、壁、床までもが真っ白な部屋で、七福神達――私も七福神君も含めて――はぐるりと円を描くように立っていた。私の向かいには、七福神君。


「……どうしてこんな小娘が弁財天なのよ、リーダー?」


 そう息巻くのは、布袋の位を持つ女性だった。美人でスタイルも抜群だけど、何だか気性が荒くて、トゲトゲしていて……お友達になれそうな感じではない。リーダーと呼ばれた七福神君は黙ったまま、手にしたスマホに目を落としていた。


「え~? 僕はいいと思うけどなぁ~?」


 大黒の位を持ったおじさんが、のんびりと呟く。髭面で英国紳士を思わせる顔立ちと、その渋い声に似合わない間延びした口調は……まるで子供みたいだ。


 布袋さんにしろ大黒さんにしろ、七福神のメンバーは誰もが個性的な姿をしていた。布袋さんは露出度の高い水着のような衣装の上に鎧を着て、右手には大きな鎌を持っている。大黒さんは高級そうなダブルのスーツを着こなし、毘沙門さんは迷彩柄の軍服姿で、寿老人さんは……個性的というか、もはや人の姿ではなくて、毛玉のような生き物だった。恵比寿さんはサーカスのピエロそのもので、福禄寿さんは盛り上がった筋肉でTシャツがピチピチ……身長は二メートルを軽く超えているだろう。そんな個性的な面々を前に、半袖と短パン姿の七福神君と、時風高校のブレザー姿の私は浮いていた……とっても。


 メンバーの衣装は趣味……というだけではなくて、それぞれが管理している世界を象徴しているとは、室井君からの事前情報だ。布袋さんはファンタジー、大黒さんはスパイ、毘沙門さんはミリタリー、寿老人さんはパズル、恵比寿さんはギャンブル、福禄寿さんは格闘技。そして、全員が他のユーザーを圧倒する能力を持っていて、エミュサーバーの均衡きんこうを保っているのだという。


「大黒は相変わらずロリコンねぇ。いくらキャラが可愛くたってさ、リアルは不細工に決まってるわ。あんたと同じでね」


 布袋さんに指を突きつけられ、大黒さんはそっぽを向いた。七福神のメンバーにはもちろんそれを操るユーザーがいて――麻耶さんのように――、私もそうだということになっている。私がネストからやってきた……ゲームのキャラクターだと知られてしまうと、不要な混乱や猜疑さいぎを招く恐れがあるからと、室井君は説明してくれた。


「……布袋だって、リアルはどうなんだか」


 機関銃を肩に担いだ毘沙門さんが、ぼそりと一言。布袋さんはキッと振り返る。


「キャサリンだってば! リアルの写真なら、前に送ったでしょ!」

「あれが本物なのかは分からないし、加工だっていくらでもできるからなぁ」


 毘沙門さんの言葉に、いくつもの笑い声が上がった。……何だか、嫌な雰囲気。同じ管理者だからといっても、仲良しというわけではなさそうだ。


 布……キャサリンさんは鎌の石突きで床を打ち鳴らし、私に顔を向ける。


「で、この小娘はどんな能力を持っているっていうのさ?」


 ……それは私も気になっていた。私の能力については室井君も分からなかったようで、七福神君からの説明もない。この不思議な場所にも、七福神君が連れて来てくれたのだ。……キャサリンさんは、それも気に入らなかったみたいだけれど。


「彼女には特別な力がある。でも、今はそれを使うべき時じゃない」


 スマホをいじりながら、そう口にしたのは七福神君だった。


「それって、この子の方が私達より上、みたいに聞こえるんですけどぉ?」


 キャサリンさんの言葉を合図にしたかのように、メンバーの視線が七福神君に集まった。七福神君はスマホから顔を上げ、メンバーをゆっくりと見渡す。


「君達が最高の力を持っていることは、僕が保証する。何か不満かい?」


 ――誰も、何も言わなかった。会合はそれで終わり、解散となった。


 帰りも私は七福神君に家の前まで送ってもらったのだけれど……七福神君が姿を消した途端、頭の中に大きな声が響き渡った。


「リーダーのお気に入りだからって、調子に乗るんじゃないよ!」



 ……思い出したら、また頭が痛くなってきた。私はこめかみを軽く指先でマッサージ。ノートパソコンの電源を落とし、パタンと画面を閉じる。


「今日はもう終わりかい?」


 振り返ると、七福神君が立っていた。彼はどこだって出入り自由なのだろう……私の部屋はもちろん、お風呂だって、トイレだって……きっと。


「中々、興味深い展開になってきたね」


 七福神君が手にしたスマホで読んでいるのは、私の原稿に違いない。それを喜んでいいのかどうか……私は軽く首を振って、彼に質問をしてみることにした。


「どうして、私を管理者にしたんですか?」


 つい敬語になってしまうのは、それだけの何かを、私が彼に感じているからだろう。返事がないことも覚悟していたけれど、七福神君は顔を上げて答えてくれた。


「君自身にも興味があってね。よくこんなものが書けるなって」

「私は別に、好きだから――」

「そうだろう。君には才能がないからね」


 ――ふと黒埼先輩のことを思い出す。才能がないなんて、百も承知だ。


「才能がないのに書いているのが、おかしいんですか?」

「そんなにひねくれることはないさ」


 七福神君が無造作に放り投げたスマホが、空中でふっと消えた。


「面白い小説ってなんだろう?」

「えっ?」


 ――唐突な質問。私はスマホが消えた空中から、七福神君に目を戻した。


「世の中には膨大な数の作品が溢れている。だけど、面白いと言われるものもあれば、つまらないと言われるものもある……不思議だとは思わないか? いずれにしても、単なる言葉の組み合わせでしかないというのにね」

「それは……」

「面白い小説とは何か……答えは至って簡単だよ。それは、読者が面白いと感じるように書かれている作品のことだ。それ以上でも、それ以下でもない」


 よくある話だと、私は思った。卵が先か、鶏が先か。七福神君は、鶏が先みたい。


「人間が面白いと感じるパターンは決まっている。それを的確に読み取り、表現することができる……それが小説の才能だ。それを持つ物だけが、プロの作家として大成することができるんだ。君の先輩、黒埼玲奈のようにね」


 ……どうして、黒埼先輩のことを知っているのだろう? 麻耶さんが話したのだろうか? それとも、室井君? 七福神君は、ネストもやっていたのだろうか? ……ああ、そうに違いない。だけど、私は何だか落ち着かなくて、でも、そんな私の思いも見透かしたかのように、七福神君は首を振った。


「そんなことより、君の才能の話をしよう。君は極めて恵まれた身体能力を持っている。トレーニング次第では、オリンピックで金メダルを狙えるほどのね。これは間違いなく、君の才能だよ。君は体を動かすことが嫌いではないだろう? それなのに、君はそれと真逆な、才能のない執筆を続けている……なぜだろうね?」

「なぜって、それは私の……」

「意志か。そうだろう。でも、君の意志ではない。麻耶の意志だ」


 ……どうして麻耶さんが出てくるのだろう? 七福神君は肩をすくめる。


「そう突飛な話でもないだろう? 麻耶はそういうことができる立場にいるんだからさ。小説の続きが読みたいから……理由はそんな些細なことかもしれない。君にとっては、一生の問題だけれどね」

「そんな……」


 私が小説を書いているのは、麻耶さんがそう望んでいるから? ……ううん、そんなことない。だって、私が今書いているのは、加奈子とコンテストに応募するためで……だけど、それすらもそうだというの? 私はどんな時でも、何があっても、執筆を続けていた。それが麻耶さんの意志だというなら、私は……。


「それでも君は書き続けるのか、止めるのか。……いや、止めることができるのか。君の決断を、僕は楽しみにしているよ」


 ――七福神君はいつの間にかいなくなっていたけれど、そんなことはどうでも良かった。私って、自分って、一体、何者なんだろう? やっぱりただのデータ、ゲームのキャラクターでしかないのだろうか? 私は、私は、私は……。  

 

※※※


 七福神め! ……どうも空子ちゃんの様子がおかしいと思ったら、そんなことを吹き込まれていただなんて! まったく、まったく、まったくもうっ!


 私が知る前から、空子ちゃんは小説を書いていた。それからも空子ちゃんに介入したことはないし、そもそも、それができないのがオールド・ネストだ。介入したかったら、最初からニュー・ネストをやってるっつーの! 


 私は必死に説明したけれど、空子ちゃんは完全に納得したというわけではなさそうだった。――無理もない。一度浮かんでしまった疑惑や不信感は、そう簡単になくなるようなものではない。警察官という仕事をやっていると、それが痛いぐらいによく分かる。そんなかたくなさもまた、人間らしさだと思うのだけれど……そんな私の言葉が、どこまで空子ちゃんに伝わったのかどうかは、分からなかった。


 ……それにしても、七福神はなんでそんな嘘を空子ちゃんに吹き込んだのだろう? 単なる嫌がらせだとしたら、何と性格の悪い奴なんだろうと思う。その一方で、どうしてそこまでひねくれてしまったのかと、考えずにはいられなかった。



 そんなモヤモヤを抱えながらも、私はリアルな事件の現場にいた。RMT業者の逮捕。書類や令状も揃っているので、あとは自宅に踏み込むだけである。


 RMT……リアルマネートレードは、ゲーム内の通貨を現実のお金で売買する行為のことだ。公式より低いレートで取引されているものだから、DE社にとっては良い迷惑となっている。ただ、これだけ大きな市場を運営会社のみが取り仕切っているというのもおかしな話で、独占禁止法に抵触しているのではという話もちらほら出ている。リアルで言えば、あの店がうちより安いから、捕まえてくれと言っているようなもので……とはいえ、規約違反であることは間違いないし、罪は罪だ。


 調査資料によると相当な金額を儲けているはずだけれど、犯人の家は豪邸というより、ホームドラマやお宅訪問番組に出てくるような、二階建ての一軒家だった。


 インターホンに応じて出て来たエプロン姿の女性も、「ご苦労様です」と絵に描いたような笑顔を見せてくれたけれど、用件を伝えた途端、血相を変えた。


「そ、そんな、何かの間違いです!」


 うちの子に限って……というお約束の言葉を、私は内心「はいはい」と受け流す。どんな時でも、また何があろうと、親は子をかばうものだ。それは「信じていたのに!」と手の平を返すよりはよっぽどマシだけれど、罪が帳消しになるほどの美徳とも言えず……世の中、そう甘いものではないのである。


 それでも、ヒステリックに声を張り上げる女性をなだめ続けること小一時間。顔面を蒼白にしたまま、「私が連れて来ます」と二階へ上がった女性を玄関で待っていると、悲鳴が聞こえた。私は土足で家に上がり、階段を駆け上がる。


 ……予想に反して整っていたその部屋には、椅子からずり落ちかけた男性と、その手首をエプロンで抑えている女性の姿が。そこかしこが赤黒く汚れ、床の上に転がったカッターナイフを目にした私は、スマホで救急車を呼んだ。



 ――犯人は一命を取り留めた。逮捕はその回復を待ってからとなり、私は報告書をまとめるため、事務所へと引き上げた。


 終業時間はとっくに過ぎていたけれど、室井君がパソコンに向かっていた。帰り際に買った缶コーヒーを飲みながら、室井君に顛末てんまつを話す。


「まさか逮捕されるより、死ぬことを選ぼうとするなんてねぇ……」

「恐らく、自殺を図った理由は他にあると思いますよ」

「え、どういうこと?」


 私は室井君にそう尋ねると、缶コーヒーを口に運んだ。


「逮捕されたら、ネストをやれなくなってしまいますからね」


 ――ごくり。私は缶コーヒーを唇に当てたまま、その言葉が冗談なのか、本気なのか、判断に迷っていると、室井君は椅子を回して私に体を向けた。


「犯人のキャラクターは、ニュー・ネストで有名でした。といっても、RMT業者として名をせていたわけでなく、トランプ……ポーカーやブラックジャックで無類の強さを誇ったギャンブラーだったんです。その強さから不正を疑われることもあったのですが、不正を裏付けるだけの証拠は挙がらず、その強さは本物だと思われていただけに、今回の逮捕は大きな騒ぎになっています」

「……もう、そこまで情報が出回っているのね」


 私は何とかそう口にした。本当、ネットの情報の速さは恐ろしい。足で情報を集めるのが馬鹿らしくなるなぁと、苦笑いする柏崎さんの顔を思いだす。


「じゃあ、そのギャンブルの強さも不正だったってこと?」

「そこまでは分かりませんが、そう思われることは間違いないでしょうね」

「……室井君は、それが自殺を図った理由だっていうの?」

「それも一つです。ただ、決定的なのはネストにログインできなくなること。そして、キャラクターが削除されてしまうことでしょうね」


 ……それを聞いて、私が真っ先に思い浮かべたのは空子ちゃんのことだった。


 もし空子ちゃんが消えてしまうようなことがあっても、私はその後を追うことはないだろう。それは空子ちゃんだからということではなくて、どんなに悲しくて、辛いことがあっても、私は死ぬまで生きてやると覚悟を決めているからである。


 逆に言えば、そう覚悟しないと空子ちゃんの喪失には耐えられそうもないということでもあり……それは、危険な考え方だった。なぜなら、空子ちゃんは……。


「彼にとって世界とは、リアルではなくネストだったんです」


 ……きっとそうなのだろう。だから、彼は逮捕よりも死を選ぼうとしたのだ。


「宮内さん……あなたもそうなってしまわないか、僕は心配なんです」

「それ、どういう意味よ!」


 私は思わず大声を出してしまった。意味は分かっている。分かっているからこそ、こんなに高ぶっているのだ。私は、おかしくなってしまったのだろうか?


 悪いのは室井君じゃない。ネストに……空子ちゃんにのめり込み過ぎている私だ。室井君はそれが危険だと、警鐘を鳴らしてくれているのだ。空子ちゃんを守るためなら、私がリアルで殺人事件すら起こしかねないと思っているのだろうけれど、そんな馬鹿なことがあるはずないと、笑えない私がいた。……恐ろしいことに。


 私は室井君に感謝を述べるべきなのに、口にしたのは負け惜しみだった。


「そんなこと言って、室井君もさ、人のこと言えないんじゃないの?」 

「僕は必要があれば里奈を削除できますよ。ゲームだと割り切ってますから」


 ――その言葉を耳にした時、私はこの職場に向いていないと初めて思った。

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