モノローグ
20○○年 横浜刑務所にて
「では、久々のシャバの空気を堪能するとしよう。」
1人の男が刑期中にも関わらず、刑務官に見送られ堂々と出所した。
彼の名はニシジマ。
全てを奪われ貶められた男。
そして、復讐の鬼となった男。
「さあ、終わりの始まりだゲス部長。楽しみに待っていろ。」
ニシジマは、復讐劇の始まりを告げた。
彼の出所を見計らったように、1台の車が近づき停車した。
車のウインドウが開き、乗っていた男性が声を掛けた。
「お疲れ様っす。リーダー。」
彼はサード。
ニシジマの部下である。
ニシジマは服役中に、ニシジマセブンという組織を結成した。
その組織のトップがニシジマ。
直属の部下は7名であり、ファーストからセブンまでのコードネームを与えている。
「お前が来たのか。てっきり、ファーストが来るのかと思っていた。」
後部座席に乗り込みながら、ニシジマはサードにたずねる。
「俺もそう思ってたんですが、ファーストがきな臭い情報を掴んだみたいで。襲撃に備えて俺が来ました。」
サードが車を発進させながら答えた。
「そうか。大方ヤツの事だからチョッカイを掛けようとしたのだろう。無駄だがな。」
ニシジマは不敵に答える。
「早速、何か手を打ってたんですか。さすがリーダー。って事はファーストも分かってたっすよね。何で俺に行かせたんすかね?」
サードがニシジマに質問する。
「心配性なだけだ。石橋をコンクリで硬めてから渡る男だからなファーストは。」
ニシジマは、ファーストの心配性に呆れながら答えた。
「ところでリーダー。ヤツは何を仕掛けてきて、どう対処したんですか?」
サードがニシジマに質問するが
「俺は何もしていない。何もしないのがベストだった。」
「リーダー?意味分かんないっす。」
「拠点に着いたら、ファーストに説明してもらえ。」
そう言い、目を瞑るニシジマ。
その様子を見たサードは
「いつもの瞑想モードっすね。ホント、リーダーはいつも何手先まで読んでるんすかね?」
そう言い、拠点へ向け車を走らせた。
ニシジマとサードが車内で会話していたころ、ニシジマの出所を把握していたゲス部長も、動き始めた。
「アイツが娑婆に出たそうだな。」
ゲス部長は配下にたずねる。
「はい。先程、横浜刑務所を堂々と脱獄しました。」
配下は、連絡を受けた内容をそのまま伝える。
「なら、アイツには社会の厳しさを教えねばな。猟犬に追われ続ける苦しみを味わってもらおう。」
ゲス部長は、横浜刑務所にニシジマが脱獄した事を伝えるよう配下に指示した。
しかし、横浜刑務所からは
「ニシジマは収監されている。脱獄などしていない。」
との回答があり
「状況を説明しろ」
ゲス部長は配下に、そう命令した。
「はっ!ご報告致します。現在、横浜刑務所に潜伏させていた部下ですが全員、昨日異動となっておりました。そのため、命令を実行しましたが効果が無かったものと思われます!」
配下は、そう報告した。
「アイツが俺の部下を排除するため異動に関与したのか?」
ゲス部長はそう続けるが
「いえ、異動自体は例年通例で行われており、ニシジマが人事に関与した痕跡はありません。」
配下は調査結果を、そう報告した。
公務員、特に消防士、警察官や自衛官などは上下や関係者との癒着を防ぐために、定期的に配置換えが行なわれる。
ある拠点の10〜20%近い人員が異動する事も珍しくない。
「つまりアイツは俺が潜り込ませた部下全員が、たまたま偶然異動のため居なくなる事を知って、今日脱獄したという事か。」
ゲス部長が、ニシジマが今日脱獄した理由をそう推定する。
「俺の部下が消え、完全に横浜刑務所を掌握したアイツに逆らうやつは居ないという事だな。」
「再度、部下を潜り込ませますか?」
配下は聞くが、
「いや、いい。今回は小手調べだ。アイツの勝ちという事にしてやろう。運もアイツの門出に味方しているようだしな。」
ゲス部長はニシジマに塩を送ったつもりで、それ以上の介入をやめた。
ゲス部長は知らなかった。
この異動が偶然を装った意図的なものだった事も。
ニシジマに勝利する唯一のチャンスを棒に振った事も。
ニシジマが、上記の理由で介入を止めると読んていた事も。
そして、すでに自身の敗北が決定的となっている事も。
ゲス部長の終わりが始まった。