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影の記  作者: 水鳥川 陸
第一章 出会い
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第五話

せっかく安らかに、と祈ってやったのに。

やっぱり見習い坊主上がりぐらいじゃ、何にもならないんだな。

ああ、和尚様の言う通り、もう少しきちんと修行しておけばよかった。


という晃の心の声は、動揺の余り、全て口から出てしまっていたようだ。


『・・・少し落ち着いてくれないか』

「お前みたいなお化けに言われたくないよっ!大体なんでついてくるんだよ。俺に取り憑いてもいいことなんて何にもないぞ。金も無いし」


その声は一呼吸沈黙して、そして告げた。


『俺は化け物じゃない、人間だ。・・・多分、今はお前の影になってしまってるけど』


ぎょっとして振り返る。


あの影は探したが、自分の影は全くの想定外だった。

囲炉裏の火によって、自分の後ろの壁に映る影。

これは・・・長い髪を束ねているのか?

俺、こんなに長い髪の毛じゃない。

片手に持ったあの長い棒みたいな影は、刀なのか?

色々分からないけれど、断じて言えること。

これは自分の影じゃない。


「俺の影、どうしたんだよ」

『・・・すまない。俺にも分からない』


あの時、影の自分と地上のこの男が相対した瞬間、自分が地上に強く引き寄せられる感覚に陥った。

吐き気がする程視界が歪み、そして意識を失った。

目覚めたのが、つい今しがたなのだ。

それを聞いて、晃もそろそろと口を開いた。


「俺はあの時、逆に自分が地面に引きずり込まれるような気がした。ものすごい怖かった」

『・・・』


影が黙っていると、表情ももちろん窺えないので怖さが増す。

なんか言えよ、と晃が言いかけると同時に、声が聞こえた。


『・・・あの忍びの術のせいだ。どうしてお前の影に移ってしまったかは、今は全く分からない。・・・巻き込んですまない』


淡々とした声。

先ほど地面に映った顔は、確かに自分と変わらない年の頃に見えた。

その割に随分と落ち着いているようだ。


もしも-。

もしも万が一、彼の言うことがすべて本当だったとして、だ。

自分が彼の立場ならこんなに冷静でいられるだろうか。

有り得ない。

それは間違いない。


『術の破り方を知るものが仲間にいるかもしれない。どうかこの旨を二条邸に知らせてもらいたい』


ああ、そうだと晃は思い出す。

先程も彼は言っていた。

二条邸へ、と。


「あの・・・二条って、二条直隆様のこと?」


彼は”裏”の任務を受ける時、極力相手の名を覚えず、むしろ忘れるようにしていた。

下手な記憶は必ずどこかで自分の足を引っ張る、そう思っていた。


『名は覚えていない。この山の麓近くにある大名家の二条といえば分かるだろう』


”楓”の報告では無事逃げきれたはずだ。

そこから、師範に連絡してもらえれば。


影の言葉を聞いた晃は、居住まいを正して自分の影に向きあった。

どうしても、確認しなければならないことがある。


「あの、聞きたいんだけど、あんたがその・・・影になったのはいつなんだ?」

『慶応二年水無月の・・・日は覚えていないが。何故そんなことを聞く』


晃は迷ったが、結局事実を答えるしかなかった。


「二条邸はもうここには無い。維新で藩は無くなったし、あんたの言う二条様はもう亡くなっていて、今は弟の直隆様が家督を継いで東京にいるよ」

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