第一話
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武士が己の正義を懸け、激突した幕末。
幕府方、倒幕方ともに互いの戦力を削ぐべく、各地で日々謀略や暗殺が繰り返され、新撰組や人斬り某らが広くその名を轟かせた。
しかし、そんな表舞台には決して名前の出ない”裏”の存在。
それは確かに、いた。
厚い雲で月明かりもない通り。
泥酔した男が、連れに介抱され歩いていた。
先刻まで同志とともに語り合った熱が覚めず、大声で自論を語る。
「幕府なぞ、もう終わりじゃ。新しい時代が来る!」
「分かった分かった。酔いすぎだぞ、お前」
ふと、酔いの浅い連れが、向かいから来る人影に気づいた。
編笠を深く被り顔は見えない。
刀を帯びているようだが、殺気は全く感じられない。
志士として、例え酔いがあろうとその気配を嗅ぎ分けるだけの自信はある。
それは油断ではないはずだった。
距離が詰まり互いに無言で通り過ぎた、直後。
連れに聞こえたのは、ほんの僅かな鍔鳴り。
慌てて横を見ると、泥酔男の首元に一本の線が出来ていた。
プツプツと不規則に赤色の泡が滲み、それが一周するとゆっくりと首が落ちた。
そして後を追うように体も。
慌てて刀を抜き、連れが叫ぶ。
「幕府の手の者かっ、名乗れ!」
逃げ出さないのは、流石志士というべきか。
だが、なればこそ十分に分かったろう。
速すぎる-この男には勝てない、と。
すれ違いざまに首を落とし、既に刀を納めている彼は、数歩進んで足を止めた。
無言で振り返り、編笠を片手で持ち上げる。
藍色の首巻で顔立ちはよくわからないが、鈍く光る瞳が真っ直ぐに標的を見据えている。
そして、予想以上に年若い声が静かに告げた。
「俺に名はない」
翌朝、二人の勤王志士の死体が見つかった。
一人は首を、もう一人は心臓に一刀。
無駄な傷は一切なく、共に即死だったろうと容易に推測された。
彼が潜伏先に戻ると、既に次の仕事を知らせる早文が届いていた。
丁寧に刀の手入れをし、すぐに出立の準備に取り掛かる。
と言っても、まとめるべき荷はほぼ無い。
いつ何処へでも行けるように。
そしていつ何処で死んでもいいように。
余分な物は持たないと決めていた。