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武士道復讐行  作者: 心鶏
曽根編
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第九話 筋肉ダルマ

 牢屋に入れられた阿之助あのすけは、うなだれていた。生百合うゆりさえいれば大概のことは、なんとかなるであろうという自分の油断と、明日に控えている自分の処刑のためだ。

 牢屋の中にはもう一人、まだ幼い気の残る女性がいた。身なりからして忍者だとわかる。その忍者は落ち込む阿之助に話しかけた。

「あの、九条くじょう家の方ですか?」

「いいえ、ただの旅人です。そういうあなたは?」

「この清水しみず家で忍者をやっていた一葉いちはというものです」

「家の人なのに、なぜこんなところに?」

元春もとはるさまは私のことが邪魔なんです。秘密を知っているから」

「秘密?」

「はい、お話しましょうか」

 くノ一 一葉は元春ではなく失踪した練五郎れんごろうの重臣だった。一葉が練五郎に忠義を誓ったのは、その練五郎という男には、誰にも負けない正義の心があったから。しかし、折れぬ正義の心はやがて身内に刃を向いた。というのも、清水 元春は隠れキリシタンであり、その地位を利用し、家臣や城下に布教をしていたからである。

 幕府に密告しようとした練五郎は、二ヶ月前、忽然こつぜんと姿を消した。一葉は殺されたのだと確信し、仇を取るため、九条家に助けを求めたが、それが元春にバレ、投獄された。

「それで九条家の人だと思ったわけですね」

「はい」



 青谷城あおやじょうにて九条 シオは家臣と話していた。

「あの書面にはなんと?」

「普通のことを書いたわ。ただ、その使いは旅人で、ウチの人間ではないから、失礼があればそちらで対処されよ。とだけ書き加えてね」

「カマになっているのでしょうか?」

「清水は決してアホではないわ。この書面は、あの忍者の言う通り、あいつがキリシタンだった場合、隠蔽したことを蒸し返した旅人を送るから、煮るなり焼くなりしてくれ。その代わりウチに何か見返りをよこせ。という意味の書面になる。あの旅人が戻ってこなければ清水家は黒だ」

「真意を悟る我らを、攻撃してくる可能性があるのでは?」

「武力の差も理解できないやつが、幕府に隠れて布教活動なんてできるわけがない。なににせよ、もうすぐで結果がわかる。黒だった場合、幕府にお伺いを立てたのち、全兵力をもって蹂躙じゅうりんする」

「御意」



 再び曽根城そねじょう 牢屋にて。

「一葉さんのリークが、本当なのかを調べるために、僕らが捨て駒にされたってわけだ。そして黒だった」

「九条様は助けに来てくれるでしょうか?」

「ないと思いますよ。九条家が動くなら、全力で清水家を潰しに来るはず。明日都合よく来るとは思えません」

 うつむいて一葉はすすり泣いた。

「……こんな仇討ちなんて」

「晴れ晴れしないですよね。僕も珍しく腹が立っているんです。ちょっと、違う結末にしましょうか。縄を切れそうな物、持ってます?」



 時間は少しさかのぼり、阿之助が家臣たちに捕らえられた後、それに気づかないまま、生百合は伊東いとう 剣一けんいちと戦っていた。伊東の刀は見えないほど速く、生百合の攻撃はことごとくかわされる。一方的な戦いだった。

「お前は遅い!全てが遅い!そんな刃、当たる気がしない!負ける気がしない!」

 伊東が激昂げきこうするのは、斬れども斬れどもその大女に死ぬ気配がないからだ。

「なのになぜ!まだ立つのだ!」

 瞬きの速さで大女を斬り刻み、攻撃される前に後ろに飛び退く。すでに血まみれで、普通の人間ならば死んでいるような切り傷を負って、なお、その大女は刀を構え、こちらを見据えていた。

 伊東は全力を叩き込もうと、大きく息を吸った。その空気にはほんのかすかに、雨の匂いが混じっていたが、伊東はそんなことどうでもよかった。

「いい加減に死ね!この筋肉ダルマが!」

 怒涛の打ち、伊東は自らの限界を超える速さで大女に攻撃し、ついには心臓にめがけ、鋭い突きを放った。大女は心臓を貫かれたはずだが、止まる気配がなく、自分の胸元に突き刺さった刀を握った。

「しまった……!」

 伊東は痛恨のミスをした。気づいた時にはとてつもない怪力で、腹部を蹴られ、部屋のふすまを突き破り、廊下まで飛ばされていた。頭を強く打ちつけ、朦朧もうろうとする意識の中で、大女の足音が聞こえた。

 死を悟った伊東は、なんとか飛び上がり、天井のはりを伝って上階へ逃げていった。生百合はそれを追うことはせず、あたりを見渡し阿之助がいないことを確認すると、すでに逃げおおせたものと思い。城の出口へ向かった。

 途中、何人かの家臣に襲われたが、問答無用で斬り捨てた。城を出て、城下町を少し歩いたところで力尽き、道端に倒れた。



 生百合は目を覚ますと、貧相な民家の布団で寝ていた。

「あら、よかった生きていたのね。お祈りのおかげね」

 その女性の名は紗枝さえといい、3年前、夫が病で他界したことがきっかけとなり、キリスト教に入信した。そんな紗枝が道で倒れていた生百合を、町の人たちと協力して家に運び、怪我の手当てまでしてくれたのだった。生百合にはいくつもの致命傷があり、包帯でぐるぐる巻きにされ、止血は済んでいたが、生きている望みは薄かった。

「すまない、助かった」

「女の子なのに無茶しちゃダメよ。なに?喧嘩?」

「そんなようなものだ」

 紗枝は生百合に食事を食べさせてやると、何気なく、明日の話をし始めた。

「あなたは寝ていたから知らないかもしれないけど、なんでも、練五郎様を殺した犯人が見つかったそうよ。明日処刑するっていう話だわ」

「……」

「初めてよ、処刑なんて、元春様はよっぽど怒っているのね。でも、よかった。ああ、天にまします、我らの父よ。どうか練五郎様が安らかに眠られますように」

 この曽根城城下町では、過半数の町民がキリシタンであり、そうでない者も、清水 元春の権威により、口を封じられていた。そのため、ここの町民は人前で堂々とお祈りをするのであった。

「空に神なんていない。いるのはウサギだけだ」

「なら、そのウサギさんが神様ね」

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