第八話 俺の刀は、神速だ
九条家は代々、高坂を含む周囲の町々を統治してきた名家で、3年前に前当主の九条 海親が病で他界してからは、一人娘であった九条 シオが当主となった。この九条 シオは17歳という若さで父をも超える切れ者として他の武家、名家から一目置かれる存在である。物事の百手先を見通すほどの才があり、穏やかな振る舞いで家臣からの人望も厚い、立派な女当主である。
その人の城に呼ばれ、生百合と阿之助は高坂から北へ。城下町で道草もせず、青谷城に足を運んだ。
青谷城は二人にはあまり馴染みのない高貴な場所だったが、怖いもの知らずの二人は特に臆することはなかった。通された客間は広く綺麗なお座敷で、対面にはその当主様が鎮座していた。
「初めまして、九条家14代目当主 九条 シオと申します。本日は生百合様、小取 利久様に一つお願いがあってお呼びいたしました」
当主 九条は生百合にも負けない目力を持っていた。それは生百合のように鋭いのではなく、相手の心を突き通すかのように真っ直ぐなものであり、齢17にして、既に統べる者特有の毅然としたオーラを放っていた。
「隣国を収める清水家の、長男 練五郎様が行方不明になり、清水家の当主 元春様は必死に練五郎様の行方を追っていました。捜索には私どもも協力したのですが、ついに見つからず、二ヶ月が経ち、捜索を諦めるかどうか、見切りをつけなければいけない時期。そんな折、大橋にて死体が上がり、さらに死体が沈められたのは、海坊主が暴れ始めた二ヶ月前という話ではありませんか。お二人には清水家に赴き、その死体や、状況などを詳しく話していただきたいのです。犯人が見つかるかもしれません。無論、タダでとは申しませんので」
「わかりました、行ってきます」
「わかった、行ってこよう」
二人は珍しく意見が一致した。生百合はもともと、困っている人を放っておけない、お節介な性格だが、阿之助はそうではない。このゲスが今回、こうも簡単に頼みごとを受けるのは、相手の権力、財力などといった力に取り入ろうとする癖があるからである。
「ありがとうございます。書面をお渡ししますので、これを清水 元春様にお見せください。話がスムーズに進むと思います」
そんな経緯で二人は清水家へ向かった。青谷城からいくつかの町を経由しながら、北上していった。道中の宿、食事などはすでに九条家によって手配されていて、この旅は優雅で快適な旅だった。
清水家が治める曽根城にたどり着いた二人は、城下町にて、少々買い食いをして、完全な観光気分のまま、曽根城の城番に書面を渡し、九条家から命ぜられた旨を伝えた。城番は二人に、門の前で待つように告げると、当主に伺いを立てに城へ入っていった。
「曽根饅頭、美味しかったですね」
「ああ、名物らしいな。一つ余らせていたが、あれはこれが終わった後のデザートか?」
「いいえ、毒を入れておきました」
阿之助はここに来るまでの山道で、毒草を見つけては集め、日々練りこみ、毒薬を作っていた。
「お前の行動は時々、理解不能だ」
「生百合さんはここまで、宿や食事が手配されててラッキー、くらいにしか思っていないんでしょうが、九条家が用意したルートです。監視されてるってことですよ」
「面倒ごとの予感だな」
「いつでも刀を抜けるようにしておいてください」
「いつも通りだな?」
「はい。僕もいざとなれば秘密兵器を使います。取り越し苦労ならいいんですが」
待つこと15分ほど、城番が戻ってきて、二人を清水 元春の元へ案内した。通された客間は青谷城ほど綺麗なものではなかったが、やはり二人には馴染みのない場所であった。
対面に座る清水 元春の他に、二人の両サイドを挟むようにして、清水家の家臣たちが並んでいる。随分と仰々しい構えだ。
清水 元春は既に40を超えているが、顔に老けは見られず、清潔感がある若々しい男だ。その清水は二人に向かって、重たい口調で話し始めた。
「大人数ですまないな。落ち着かないだろう。しかし、我慢してくれ、皆、練五郎のことが心配なのだ。九条家より書面にて話しは聞いた。お前たちが大橋の死体を引き上げた者達なのだな?」
「はい。状況説明などによって、少しでも手がかりになればと思い、参上致しました」
「そうか。その死体は箱に入っていたと聞いた。他には何か入っていなかったか?」
「生百合さん」
現場にいなかった阿之助は、生百合に話をするように促した。
「大量の石と、一つだけ小さな十字架が入ってた」
生百合の答えを聞くと、清水は大きくため息をついた。
「こいつらが練五郎を殺した犯人だ。捕らえろ」
左右に座っていた家臣達が一斉に二人に襲いかかる。
「はめられた!生百合さん!」
生百合が容赦なく刀を抜き、襲い来る家臣達を数人斬り殺したところで、清水が制止した。
「やめろ。大橋の山賊を皆殺しにしたやつがいると聞いたが、まさか」
「私がやった。まだ、用があるならお前の家臣が減るだけだ」
生百合は刀を清水に向ける。清水は動じることなく不敵に笑う。
「おい、伊東。お前が探していたやつだ」
清水がそう呼びかけると、奥の襖から一人の剣士が入ってきた。その剣士は小柄ながらも、他の家臣とは明らかに違い、帯刀した刀の柄に手をかけただけで、あたりに凍りつくような緊張感が走る。そんな鋭い空気感をもった男だった。
「山賊の瀬野。あれは元々、名門 矢笠家の兵法指南役だ。隻眼になり落ちぶれたとはいえ相当な手練れであることは間違いない。そいつを殺したとあらば、ここいらの武士では歯が立たないだろう。俺を除けば、だが」
「男の方は生かせ、明日、処刑する。女は殺せ、情けは無用だ」
清水はそう伊東に言い伝えると、家臣と共に客間を立ち去った。
「だとさ。俺の名前は伊東 剣一。最強の剣士だ」
「生百合だ」
伊東と生百合は互いに刀を構えた。伊東は居合の構え、生百合は相手に向け、まっすぐに構えている。
「いや、生百合さん。逃げようよ」
「名乗られて逃げるようなカスを武士とは言わん」
「じゃあ、僕も」
「お前は手を出すな。これは武士道だ」
「もう生百合さん!今は剣客魂燃やさないで!」
「黙れ、私は師匠を殺したヤツを殺しに行く。師匠をもそいつをも超えなければならない、だから、ここでは死なない」
伊東は刀の柄を強く握った。
「なめてくれんなよ。俺の刀は、神速だ」
一瞬の踏み込み、伊東は消えたように間合いを詰めていた。宣言通りの凄まじいスピードの居合を、生百合はかろうじて刀で受けた。しかし、次の瞬間には生百合の真横を伊東がすり抜けている。かまいたちが如く、まるで見えない刃筋で、生百合の脇腹は斬り裂かれ、血しぶきがあがっていた。
「あっこれヤバ、逃げよっ」
阿之助が逃げようと襖を開ければ、さっきの家臣達が待ち構えていた。
「ウゲッ」