第七話 そして夜が明けた
お互いに三日の間、別々に過ごした生百合と阿之助は四日目に、落ち合った宿屋で再会を果たした。
「おはよう、生百合さん。そっちはどうでしたか。何か情報は得られましたか?」
「いや、何も。そっちは?」
「いい情報がありましたよ」
阿之助は酒場にいた老人と官兵衛から聞いた百鬼夜行について話した。
「鬼か」
「岡崎にはここから船で高坂っていう港まで行くのが早いみたいです。あと、ずっと気になっていたんですが、それはなんですか?」
生百合はいつもの旅の荷物以外に、大きな風呂敷を担いでいた。風呂敷を解いて、中身を見せながら説明する。
「ここらに出ていた山賊を退治してな。盗品はあらかた持ち主のところに戻ったんだが、持ち主がわからない物もあってな、その中の一番高価そうな物を報酬としてもらった」
「バカ、生百合さん。報酬はキャッシュでもらわないと。それからその琵琶の持ち主、たぶん今頃浜辺にいるから返しに行きますよ」
「……」
二人が浜辺に行くと。
「た、食べないでください!」
「食べないよ!」
ずぶ濡れの小松と海坊主が言い争っていた。阿之助は小松に、生百合は海坊主に駆け寄って事情を聞いた。
「どうしたんですか」
怯えきった小松は阿之助の着物の裾を掴む。
「利久さん。このお化けが、私を」
海坊主は海から上半身を出した状態で反論する。
「違う!オイラは溺れていたから助けてやっただけだ。死なれると海が汚れる」
「だそうだ。チビ、そいつが持ち主だな?」
生百合は阿之助に琵琶を渡した。
「来い、海坊主。話がある」
事態の収拾を阿之助に任せ、生百合は海坊主を連れて、その場を離れた。残された阿之助は小松に琵琶を渡した。
「これ、小松さんのですよね?今のが例のゴリラなんですけど、山賊をやっつけてきたみたいで、持ち主不明だっていうから持ってきました」
琵琶を愛おしそうに撫で、小松は白い頬に一筋の涙を流した。
「なんで、音楽は私を掴んでくれないのに、離してもくれないんでしょうか?」
「得てしてそんなものですよ。夢なんて。でも、せっかくだから、聞かせてくださいよ。もう一晩だけ奢りますから」
生百合は海坊主に鬼について尋ねていた。
「鬼?悪いなあ。あんたには協力したいけど、オイラ、陸のことは全然知らなくって」
「そうか、わかった。あの女、助けてくれてありがとうな」
「綺麗な海を守っただけだ」
「照れるな。人命救助は立派なことだ。誇れ」
海坊主は恥ずかしそうに海へ潜っていった。
その日の夜、酒場には漁師や船渡したちが集まり、宴会を開いていた。勘定は全て木田が払うそうだ。
「さあ、この大橋復活祭の夜を彩ってくれるのは、さすらいの美人ミュージシャン!小松だ!」
阿之助の囃しで小松は自分の琵琶をかき鳴らす。
アップテンポでロックなリズムと、獲れたての海の幸を肴にして飲む酒に酔い、海の男たちは大いにこの日を祝った。阿之助は飲み明かし、生百合は酒を一滴も飲まない内に、雰囲気に酔って寝てしまった。
そして夜が明けた。
生百合と阿之助は、これから巻き込まれる厄介なことに関して、全く知る由もなかったが、その計画は確実に進んでいた。
「清水家の長男の失踪。一葉という忍者のリーク。大橋で上がった死体。その死体をあげた旅人が高坂に来るというのは僥倖かしら」
「シオ様。あの忍者のいうことを信じるのですか?」
「清水家は前々から臭う。捨て駒を使ってカマをかける。それにあの忍者はいい目をしていた」
「二重スパイの可能性も」
「その二人を呼びなさい。清水家を潰すチャンスなのか、真偽を問う」
「御意」
青谷城城主と家臣の会話であった。
二人は船渡しの船に乗って、高坂まで行くために、早朝から港にきていた。
「本当にタダでいいのか?」
「あんたから金とったらバチがあたるぜ」
生百合と船渡しが船に、荷物を積みながらそんな会話をしている。その傍らでは見送りに来た小松が阿之助と話していた。
「利久さん。いろいろありがとうございました」
「特に何もしてないですよ」
「してますよ。私、この町で演奏しようと思ってます。木田さんがステージを用意してくれて、海坊主さんと私で、観光客を集めて町をさらに発展させるって言っていました」
「それは良かったですね。頑張って下さい、応援してます」
別れを告げ、船の方へ行く阿之助の着物の袖を小松が掴んだ。
「利久さん。また来てくれますか?私、利久さんのこと……」
阿之助はそんな小松をそっと抱きしめた。
「小松さんは僕が出会ってきた女性の中で一番の美人です。そんな美人は僕にはもったいない」
小松は振られた。
「おい、チビ、行くぞ」
生百合に呼ばれた阿之助は小松をはなし、船に飛び乗ると軽く手を振った。
「それじゃあ」
「待って……」
船は小松の願いを聞かず、港を離れていった。
「カッコつけてたな、お前」
生百合が冷たい視線を阿之助に向ける。
「モテる男はつらいよ」
「ぬかせ、あとが面倒だっただけだろう」
「色恋は遊びですよ。それに僕には生百合さんという本命がいますから」
「乙女の敵が。地獄に落ちろ」
二人は数時間の船旅を終え、高坂という港町に到着した。大橋に比べると静かで小さな港町だった。
船を降りると見知らぬ若者が二人を迎えた。その若者は歳の割にしっかりした身なりをしていて、どこかの名家の使いだとすぐにわかった。
「お待ちしておりました。生百合様。小取 利久様。私は九条家に仕える北山 佐一郎と申します。当主 九条 シオ様が城にて面会を望んでおります。ご足労願えますか」
なんのことかさっぱりわからない生百合と阿之助は、顔を見合わせて首をかしげた。
次回から新しい編が始まります。