第六話 海賊王のお宝
「そこで見ていてくれ。今、船を向かわせている」
木田と生百合は港から海を眺めていた。
「海坊主が襲ってくるのだろう。行かせて良かったのか?」
男が乗った一艘の小舟が海の沖へと出ていこうしている。
「ああ、まあ、見ていてくれ」
すると、海の中からタコのような頭をした真っ黒な巨人が現れた。船の上で男は立ち上がる。巨人は海から上半身しか出ていないが男を見下ろしている。男は少しうろたえた身振りをしているが、巨人は気にせず、両手で豪快に船をひっくり返した。
「おい!」
生百合は慌てて木田に呼びかけたが、木田はいたって平静だった。
「大丈夫だ。あの海坊主、ああして、この港から出る船をひっくり返してくるのだが、不思議と人は襲わん。それどころか、溺れかけていた者を岸まで運んだり、ほったらかされた船を港まで戻したりもする」
「いいやつじゃないか」
「しかし、それでは漁師達や船渡し達が仕事を失ってしまう。今はみんなで助け合ってはいるが、連中は飢えに脅かされている」
「なるほど、海坊主の戯れに付き合っている場合ではないのだな。船を出せ、斬ってくる」
「いや、海坊主は説得してほしい」
木田の発言に生百合は正気を疑った。
「話など通じる相手なのか?」
「何度か説得を試みたのだが、聞く耳を持ってくれなかっただけで、話すことはできた。それにやつは誰も殺しちゃいない。山賊共とは訳が違う」
「わかった。私ではなくてもいいような気がするが、まさに乗り掛かった船だ。最後まで付き合おう」
生百合は小舟に乗り込んで、港から沖へと向かった。すると先程と同じように海坊主が現れた。立ち上がって対面する。
「話をしに来た。お前はなぜ船を襲う?」
生百合がそういった途端に、海坊主はゴボゴボと溺れたような声で、叫びながら小舟をひっくり返した。
「オイラの海に人間はくるなぁ!」
跳躍して、ひっくり返った小舟の上に着地した生百合は反論した。
「お前の海ではない。みんなの海だ」
「うるさいぃ!」
海坊主はまた小舟をひっくり返したが、生百合は同じように飛び、元に戻った小舟の上に着地した。
「確かに聞く耳がなさそうだな」
「人間は帰れぇ!」
海坊主はまた小舟をひっくり返そうと、船底に手をかけるが、その手は船越しに生百合の刀に貫かれた。
「いつまでも優しく話してくれると思うなよ。次やったらお前の首が飛ぶからな」
「グアアアアアア!!」
貫かれた手を押さえ、悶える海坊主。
「な、なんてやつだ……。こんなにひどいやつには初めてあった」
「人を極悪人のように言うな。お前の方がよっぽどひどい」
「そんなことないぞ!オイラは人間が海を汚すから守っているだけだ。誰かを傷つけるようなことはしてない」
「しかし、漁師や船渡しの仕事を奪っている。その家族は皆、飢えに困っている。お前は十分、人を追い込んでいる」
海坊主はそんなことを知りもしなかったようで、シュンとした。
「でも、人間が海を」
「誰が何を汚したんだ?お前がそう暴れるようになったのは最近なのだろう。それまでだって漁師や船渡しはいたはずだ」
海坊主は黙って小舟を押して、少し港から離れたところで止まった。
「この下に人間が捨てたゴミがある。オイラがどかそうとしても、全然動かないくらい重いゴミだ」
生百合は仕方なく船を降りて、海の中を潜ってみた。静かな海底には大きな箱が沈んでいた。
浮かび上がってきた生百合をすぐさま、船に上げながら海坊主はいった。
「な、あっただろ?」
「あれを引き上げて、お前の海を綺麗にしてやる」
「本当か!!」
「ああ、その代わりもう人の船を襲うな」
「約束する。でも、またゴミを捨てたら襲うからな」
「構わない。好きにしろ」
そんなやり取りを海坊主としたことを、生百合は屋敷で木田に報告した。
「そんな理由だったか。しかし、その箱に覚えがないな。漁師たちはそんなものを持って漁にはいかんし、船渡しが積荷を落としたとあれば大問題だ」
「引き上げて中身を確認すれば、わかるかもしれない。とにかく、明日、力のある人を集めてくれ。海坊主に箱を縄でくくらせて、それを浜から引っ張って上げる。私も力には自信があるが、一人ではさすがに無理がある」
「わかった。腕自慢を用意しよう」
翌日、町の端の砂浜には屈強な男たちが集まっていた。生百合は着物の袖をまくり、ムッキムキの上腕二頭筋が露になる。タスキで袖を止めながら木田に言った。
「漁師たちか?」
「ああ、皆、やる気だ。海坊主はまだか?」
「いま、くくりに行かせている」
木田は海を眺めている。その海から、真っ黒頭の海坊主が現れた。
「くくってきたぞ!」
海坊主は両腕を頭の上でくっつけ、okポーズをした。
「よし、はじめようか」
生百合を先頭にし、大縄を男たちが引っ張り始める。
「オーエス、オーエス」
海坊主が掛け声をかけ、漁師たちはそれにのって大縄を引く。
この掛け声は本来、明治に外国人居留地の漁師たちが言っていた「oh hisse」を「オーエス」と聞き取られ定着したものと考えられているが、居心地のいい海を求め、たくさんの海を渡ってきた海坊主が、ここでフランス人たちの掛け声を真似たことで、この港町では以後、本来の掛け声の由来よりも早くこの掛け声が定着することになる。
順調に引き続け、1時間もしないうちに箱は引き上げられた。
「上がったか。ご苦労だったな、みんな」
生百合が振り向いて男たちに声をかけると、労いの歓声が上がった。
引き上げられた真四角の箱は、木が何重にも貼り付けられたような粗末なもので、蓋らしいものがなく、大きさは生百合の肩ほどあり、阿之助ならば立ったままスッポリと収まってしまうだろう。
「釘で打ち付けられているな。誰か釘抜きを持ってこい」
木田が一声かけると漁師の男が一人走って行った。
海からは海坊主が寄ってきて、漁師たちにお礼を述べていた。
「ありがとう。オイラ、もう船襲わない。でも、お前たちがまたゴミ捨てたら襲うぞ」
「あれは俺らのじゃねえよ、勘弁してくれ」
そんなやり取りを横目に見ながら、生百合は木田に尋ねた。
「中身はなんだと思う?」
「さあね、海賊王のお宝ならいいんだが」
さっきの漁師が釘抜きを持って戻ってきた。
「開けるか」
釘を抜き、木の板を一枚一枚はがしていく。十数分で上側の最後の板をはがし終えた。
「なんだこれは、全部石じゃないか」
中にはぎっしり、拳ほどの石が詰まっていた。
「石だけ捨てるなど、まるで意図が見えん。奥に何かあるかもしれない」
生百合と漁師数人で箱の石を外に出していくと、生百合たちは石ではないものを見つけた。
「人骨か……?」
箱の中には石の他に、完全に白骨化した人の遺体が入っていた。服や装飾品などといったものはなく、一つだけ小さな十字架が入っていたが、それだけでは身元の特定は不可能であった。
次回で生百合と阿之助が合流します。