第五十五話 この勘は外れない
道中で青谷城半壊の知らせと、領主が曽根城にいると聞いた十字郎たちは、ほどなくして曽根城の城下町に到着した。
町の有様を見て、十字郎は立ち尽くした。
「なに……これ」
千沙も同様で、状況に理解が追いついていなかった。
城下町は炎に包まれ、町民たちは悲鳴をあげながら、人の形をした肉塊の化け物から逃げ惑う、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
化け物が一人、口から火を吹きながらこちらに向かってきた。十字郎も千沙も足がすくんでいる。
大口を開け、腕を振り上げ十字郎を叩こうとする化け物だが、戦角にたやすく受け止められる。火を吹こうと息を吸う化け物の腹を、凄まじい怪力で蹴り飛ばし、飛ばされた化け物は、そのまま民家の壁を貫通し、爆散した。
「妖怪もどきの雑魚だな。金棒を抜く価値もない。十字郎、どうする?」
戦角の声で我に返った十字郎は覚悟を決めた。
「清水の国は俺が守る。行こう。城に阿之助がいる」
「こんな状況じゃ、阿之助も逃げてるよ」
千沙が十字郎を止めるが、十字郎はわかっていた。
「いや、阿之助は間違いなく城にいる」
「なんでわかるの」
「刑事の勘だ」
「だから刑事じゃないじゃん」
「行こう、この勘は外れない」
十字郎一行は城下町を通り、城に向かうが、途中で呼び止められた。
「十字郎様ーー!!」
走ってきたのは中年の男。
「島田!無事だったか。この有様は一体」
キリシタンの生き残りで、十字郎に忠誠を誓った男である。
「突然、城から化け物たちが出てきたんです。住民の避難を進めていますが、もう生きてる者の方が少ないです」
「大元は城か。島田は避難の誘導を続けてくれ。俺は城に行く」
「お気をつけくだされ、あの化け物と戦ってはいけません。とてつもない強さです」
そこへ他よりも一際大きい化け物が、十字郎たちを殺そうとやってきた。
「大丈夫だ。こっちにも強いのがいる」
「ア……ジ……ギ……ドウ……ジデ」
かすかに言葉を発するその化け物は腕を振り上げ、大ぶりに十字郎と島田を叩きつけようとするが、やはり戦角に腕一本で止められる。そのまま化け物の腕を掴み、手刀で斬り落とすと、怪力の裏拳で化け物の頭をぶっ叩く。化け物は吹き飛ばされ死んだ。
「そ、そのようで」
「島田。あとで会おう」
「はい。どうかご無事で」
十字郎一行は城へ走り、城の門前に到着した。
「戦角。ここから先は俺の戦いなんだ。外で待っていてくれないか」
「武士道か」
「ああ、この城に誰も入らないように見張っておいてくれ」
「了解した。虫一匹通すまい」
戦角は背中の金棒を抜いて構えた。
「それから、千沙。ここからは命の保証はない。俺はお前を守りきれないかもしれない。それでも来るか」
「もちろん。その覚悟でここまで来たよ。阿之助を倒して生百合ちゃんを取り戻す」
千沙は宮野から持っていていたが、一度も使わなかった木刀を構えた。
「わかった、行こう」
二人が城へ入ろうとした時、戦角が二人を呼び止めた。
「十字郎、千沙。死ぬな」
「ああ、戦角もな」
二人は戦角を門前に残し、城の中へと入っていった。
十字郎一行が到着したすぐあとに、生百合一行も曽根城下町に到着した。
「ひどい……。利久さん、何でこんなことを」
燃え盛る町を見て、一葉は呆然としていた。
「一葉さん、感傷に浸るのはあとです。行きましょう」
「はい……」
三人は炎上する町に入り、化け物に襲われている生存者を何人か助けていった。
「この状態じゃ、利久さんはもうどこかに逃げているかも」
一葉は阿之助が逃げるための囮として、町を化け物に襲わせていると推測した。
「いや、あのチビは城にいる」
「なんでわかるんですか」
「女の勘だ」
「生百合さん、私その勘ないんですけど」
「大丈夫だ。この勘は外れない」
三人は城に向かう。
一葉が避難の誘導をし、生百合と矢笠が次々と襲い来る化け物を倒していると、より大きな化け物が現れた。
「ゴド……リ……ザマ……ナゼ」
「キリがないな。一葉さんはそのまま避難の誘導を続けてください。生百合さんは小取さんの元へ、彼の暴走を止められるのはあなただけだ」
生百合は迫ってきていた別の化け物の攻撃を応じ、腹部と顎を続けて打ち斬り、矢笠の方を向いた。
「しかし、この数を相手に一人では、いくら当主殿でも」
化け物が矢笠めがけて拳を繰り出す。すり抜けて懐に潜り込み、化け物の両足を斬り裂き、背後に回ると、膝をつく化け物の後ろ首を飛び上がって掻き斬る矢笠。
「任せてください。お互いやるべきことをやりましょう。化け物は私が引き受けます」
「……すまない」
生百合は一人、城に向かった。
「戦角……」
城の門前にて、二人はついに対峙した。生百合は刀をまっすぐ相手に構え、戦角は金棒を低く構える。
「いつかの娘か。あの時は気づかなかったが、その妖気、人ではないな」
生百合は必死に戦角の隙を探すが、まるで気が途切れない。矢笠や佐伯と同じ、研ぎ澄まされた全く隙のない構えであった。
「この先にいる雇い主から、誰も通すなと言われている。通りたくば俺を倒していくんだな」
「通してくれてもお前は殺す」
戦角は不思議な高揚感を味わっていた。目の前にいる女は間違いなく格下、それだというのに、空気がしびれる。強烈な雨の匂いがする。この女は自分を殺せるのかもしれない、戦角はそう思った。
「お前の瞳の龍が本物なのかどうか、見せてみろ」
戦角は地面を蹴って踏みだした。




