第五十四話 月を見ながら泣いていた
矢笠の屋敷と鬼の里の間にある馬場山の町で、十字郎と千沙と戦角の三人は小取という男の行方を追っていた。
手分けして町の人に聞き込みをする。
「小取という男を知りませんか?」
十字郎は茶屋を店主に尋ねる。
「ああ、知ってるよ。鬼退治の人だろう」
「そのあと、どこに行ったかわかりませんか?」
「さあな」
小取の名前を知っているものはいたものの、行方まで知っているものはいなかった。
「そうですか、ありがとうございました」
十字郎が立ち去ろうとすると、店主は何か思い出したようで、呼び止めた。
「あっ。待った。東の方の……なんだったか、クシロだか、クショウだか名家の名前だ。えーっと……」
「九条?」
「ああ、それだ!その家が最近滅亡したんだと、そんで代わりに領主になった奴が、確か小取って名前だったはずだ」
「本当ですか!?」
「ああ、確かそうだ。女房がオカルト話が好きでな、なんでも九条家は妖怪を匿っていたらしく、それを小取が暴いて、領土を丸々奪ったって話してた」
十字郎は有力な情報を得た。すぐさま千沙と戦角に伝えた。
「戻ろう、領主になったなら、近づけば情報はたくさん得られるはず」
「うん、生百合ちゃんのこともきっとわかる」
「二人についていくだけだ」
十字郎たちは来た道を戻り、九条家の領土へと向かった。
十字郎たちが進路を変えてからしばらくたち、矢笠の屋敷に生百合と一葉が到着した。
門の前で掃き掃除をしている矢笠が二人を迎えた。
「待ってましたよ。お久しぶりです、生百合さん。修行の成果はいかほどですか?」
生百合は足を止めた。
「あんた、誰だ?」
「えっ、生百合さん、矢笠 宗将さんですよ。覚えてないんですか?」
「ええ、一葉さんのいう通り、私は私ですよ?」
矢笠のことをじっとにらみ、何かを理解して表情を緩ませる生百合。
「木郎か?」
「ばれちまったら仕方ない。そうさ、変幻自在の超妖怪、木郎だーい!」
変身を解き、元の一つ目の子供姿に戻る木郎を見て、一葉は納得した。
「なんだぁ、木郎くんかぁ」
「すげえだろ、一葉さん。でも完璧な変身だったのに、なんでわかったんだ、生百合さん」
「当主殿はもっと隙がない。でも、見た目はそっくりだった」
「へへん、だろ。顔だけじゃなくて、体の大きさも変えられるようになったんだぜ、だから」
木郎は次々に変身していく。生百合に阿之助、三人で旅をした道中に出会った人々、矢笠家の門下生たち。
「誰にでもなれるんだ。って、この芸が一葉さんが連れてきた妖怪のチビたちに大ウケでさ」
「世話係なのか」
「ああ、元々、ウチの群れの子たちだからさ、俺が面倒見てやんねぇと」
木郎の成長に生百合は目が潤み、笑みがこぼれた。木郎の頭を軽く撫でる。
「少し見ない間に、立派になったな」
頭にある手をどかして、握りしめ木郎は真剣な表情で生百合を見つめた。
「利久が悪さしてるんだろ?」
「ああ」
「ガツンと一発ぶん殴って、改心させたら、復讐も終わらせて、戻ってきてよ。赤八も牛六も生百合さんのこと待ってっからさ」
「ああ」
その後、本物の矢笠が二人を出迎え、一晩休んだ次の日の朝、生百合、一葉、矢笠の三人は曽根城を目指し、旅を始めた。
十字郎一行は灰路の町に来ていた。
「今日はここで休もう」
三人は小さな宿に泊まり、旅の疲れを癒した。夕食を食べながら、他愛のない会話をする。
「なんでも、このあたりは、最近まで疫病が流行ってたらしいんだけど、長谷川っていうお医者さんが、治療法を見つけて、本にしてみんなに配って、流行を止めたんだって」
千沙は昼間に町の人から聞いた話を話した。
「すごい医者だな」
「立派な奴がいるもんだ」
「だよね。きっと偉人になるよ。サインとかもらいたかったな」
「プレミア付いたら転売するんだろ?」
十字郎の指摘が図星で、千沙は開き直る。
「ったりめぇよ」
「俗だな」
食事を終えた戦角が一言つぶやき席を立つが、聞き逃さなかった千沙はくってかかる。
「おい!なんつった!戦角!誰の財布からあんたの給料出てると思ってんだ」
「いや、俺の財布だし」
「そうだ、十字郎の財布から出てるんだぞ!」
無視して寝始める戦角。
「寝てる間に戦角の靴下、全部裏表ひっくり返してやる」
旅の目的は違えど、長く旅をしてきた三人の仲は、決して悪いものではなかった。
生百合一行の旅も順調で、旅の費用は矢笠が負担し、貧しい旅になることはなかった。
宿屋で夕食を食べ終わり、床に就く。静かな夜に生百合は一人、起き出して、部屋のベランダに出て、月を眺めていた。満月だった。力強い月明かりはこれまでの辛い出来事を、思い出に変えてくれる。
「生百合さん。寝ないと体がもたないですよ」
生百合に気づき、ベランダに出てきたのは矢笠だ。
「もうすぐ寝る」
矢笠は部屋に戻らない生百合の隣で、月を眺めた。長い沈黙を月明かりが包む。矢笠は一つため息をついて話始めた。
「いままで、生百合さんと小取さんの関係に水を差すようで、黙っていたのですが、やはり、伝えておきます。鬼の里の場所を殲滅隊に教え、鬼の里を崩壊に導いたのは小取さんです」
生百合は黙って月を見たままだ。
「生百合さん、小取さんはあなたの敵です。これから先、何が待っているかわからない。心を許し、油断などしないように、お気をつけください」
返事のない生百合をベランダにおいて、矢笠は先に部屋に戻っていった。そのあとすぐ、生百合の頬を涙が伝った。表情一つ変えず、月を見ながら泣いていた。
曽根城はもうすぐそこだった。




