第五十三話 力も地位も愛も
九条家は滅亡した。妖怪を匿っていた悪党として、阿之助は九条の首と、妖怪の総大将 苔尾の首を幕府に差し出した。改めて阿之助を評価した幕府は、正式に登用し、九条家が治めていた領土と、曽根城を与えた。青谷城は山賊の襲撃により半壊していたため、修復工事が終わってから、与えられることになった。阿之助の手引きで高木の山賊団は、山の中に小さな村を作り、生活し始めた。
阿之助は見事、一つの復讐を果たしたのだった。
男が阿之助の自室にやってきた。
「小取様、幕府から、要請がありました」
九条家の人間は全員城を追われ、阿之助の部下は、今はまだ幕府から送られてきた三田 兼三郎という男一人だ。阿之助より一回り年上のこの男は、感情に流されず、淡々と仕事をこなすタイプで、阿之助が気にいるタイプの人種だった。
「要請?統治に関しての面倒ごとは、あらかた終わらせたと思うのですが」
「曽根の統治者ではなく、妖怪討伐のスペシャリスト 小取 利久への要請です」
「なるほど、要件は?」
「佐伯 小太郎が死亡したそうです。大男との決闘の末なのですが、見物人が大男は人ではなかったと証言しており、幕府としては佐伯を殺せるほどの、人ならざるものは見過ごせず、小取様に犯人を特定、討伐してほしいとのことです」
阿之助はため息をついた。
「佐伯さんを決闘で殺せる妖怪なんて一人だけです。戦角という傭兵の大男のことを調べてください」
「承知いたしました」
「あと、曽根饅頭を買ってきてください」
「それは業務命令ですか?」
「いえ、気が向いたらで構いません」
阿之助は城を追われていた一葉を自室へ招待した。
「なんだか遠い人になってしまいましたね」
一葉は寂しそうな顔で、阿之助に向かい合って正座する。
「触れられる距離にいますよ。妖怪の子供達は、いまどうしてますか?」
「私の家にいます。みんな大人しいので手はかからないんですが、いつバレるかってヒヤヒヤしてます」
「時期を見て矢笠家に送ります。あそこなら妖怪も生きられる。一葉さん、仕事は?」
「アルバイトを探してるんですが、なかなか見つからなくて」
「じゃあ、今は仕事がないんですね」
「はい……」
うつむきながら答える一葉。失業はこれで二度目だ。どちらも主君に邪魔者扱いされて、投獄されたあと、主君の死亡で失業している。
「なら、よかった。今日はその件で呼んだんです」
途端に一葉は顔を上げ、明るい表情になる。
「てことは、私を雇ってくれるんですか?」
「いえ、そういうわけじゃなくて」
阿之助は一葉を抱きしめた。
「結婚してください」
「え、えっ、あっ」
戸惑いながらも、一葉は阿之助を抱きしめ返す。
「私なんかでいいんですか?」
「命を助け合った仲じゃないですか」
阿之助と一葉は結婚した。妖怪の子供たちことがあるため、一葉は城には引っ越してこなかったが、子供達を矢笠に預けたら、城で阿之助に添い遂げるつもりであった。
阿之助は力も地位も愛も手に入れたのだ。
「小取様。名前は不明ですが恐ろしく強い傭兵の大男は発見いたしました。現在は少年と女性の用心棒をしているようです」
三田が報告をしにきた。
「二人の名前は?」
「少年は清水 十字郎、矢笠家の門下生です。女性は千沙、こちらはまだ詳しくはわかっていません」
「愉快なトリオだ」
阿之助は矢笠にて清水家の次男 十字郎が自分と生百合の命を狙って、旅をしていると聞いていた。もし戦角が従順に用心棒をしているならば、世に名が知れた自分を殺しに来る十字郎と共に、この城に来る。
「放っておいてもここに来る。迎え撃つ準備は僕がします」
「わかりました。それから、祝言をあげる手配を進めていますが、日程はいつにいたしましょう」
「一葉さんには頼みたいことがあるから、それが終わり次第、二ヶ月は先になると思います」
「承知いたしました。それから、頼まれていた曽根饅頭です」
「あっ、覚えていてくれたんですね。ありがとうございます」
「いえ、気が向いたので買って来ただけです。お召し上がりください」
「いただきます」
阿之助は地下の武器庫にて、着々と戦角を迎え撃つ準備を進めていた。正確には迎え撃つ準備をするフリをしていた。戦角は生百合が倒して復讐を果たさねば意味がない、阿之助のこの準備は戦角を倒す準備ではなく、その先に起こる物事への準備。阿之助なりの武士道を貫くための準備であった。
妖術で兵士の理性を飛ばし、肉体を膨張させる。気の狂った鬼のような化け物が完成する。黒い煙を浴びせ、痙攣させ動きを止める。
そんな兵士を何十人も作っていた。中には襲撃作戦の時の、お礼をしたいと呼びだした高木や山賊団の団員もいた。
そこへ三田がやってきた。
「小取様、探しました。って、なんですかこれは?」
「戦角と戦う前に、兵士を強化しておこうと思いまして」
「い、一体なにを?」
「やってみますか?」
阿之助が三田の額に触れると、三田の理性はなくなり狂い出す。次に手をかざすと、三田の体が膨れ上がっていく。恐怖や痛みから発せられていた叫びは、やがて狂気の叫びに変わっていくが、ここは地下室で、地上の者には全く届いていない。
「普通の兵士より、大きいな。三田さん、素質あったのかな」
また一人化け物を作り上げ、黒い煙を吹きかける。三田は痙攣しながら倒れる。
「利久さん?」
阿之助が振り向けば、一葉が立っていた。
「地下室に呼ぶなんて、変だと思ってきてみれば、何をしているんですか……?」
一葉は怯えた表情だ。阿之助の周りの床には人に似た何かが、震えながら倒れているのだから。
「強敵と戦う準備ですよ」
「その人は……三田さん?」
「ええ、人手は多いに越したことはありません。それより、呼んだ要件を伝えますね。妖怪の子供達を矢笠の屋敷に連れて行ってあげてください。僕の妻になった一葉さんなら怪しまれずに行ける」
一葉の正義の心が揺らいでいた。前から容赦のない人だとは思っていたが、それでも誰かを守るためだった。しかし、今回は間違いなく正義ではない。この人と結婚して良かったのだろうか、この人の言うことを聞いていいのだろうか。そんは疑問が頭に浮かんでいた。
阿之助は口から白い煙を吹き出し、一葉に浴びせた。
「これで休まずに歩けるはずです。長旅になるとは思いますが、お願いします。帰ってきたら祝言をあげましょう」
「はい……」
一葉は逆らわなかった。阿之助の言う通り、妖怪の子供達を連れて、矢笠の屋敷に向かった。正義を折ったわけではなく、自分の力ではどうすることもできないと判断したのだ。阿之助と生百合が矢笠と協力して、河童を討伐したことは知っていたため、矢笠に行き、生百合がその後どこに行ったのか教えてもらい、生百合を連れて、阿之助の悪事を改めさせようと考えたのだ。
阿之助編はおしまいです。
次が最後の編ですよ。




