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武士道復讐行  作者: 心鶏
阿之助編
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第五十話 復讐など無意味だ

 男の名前は長谷川はせがわ 和成かずなり。一つところにとどまらず、医者のいない町や村をめぐる旅の医師である。腕は一流で数多くの権力者たちが、彼を雇うため口説き落とそうとしてきたが、全てを断り、現在も治療の旅を続けている。

 道端で倒れていた阿之助あのすけを発見した長谷川は、山頂にある小屋に運んだ。阿之助の症状を理解し、町の中心にある宿には連れて行かなかったのだ。

「お前の症状は、3年前の疫病にそっくりだ。助かる確率は低い」

 言葉も発することができない阿之助は黙って長谷川の話を聞いている。長谷川はすり鉢で何かをすりつぶし、薬を作っている。

「だが、必ず助ける。3年前とは違う」

 長谷川は、3年前の治療不可とまで言われた苔尾こけおの疫病を、治療できた数少ない医師である。しかし、全く未知の病であったため、救えぬ者の方が多く、長谷川自身は深く責任を感じ、多くの後悔をしている。それだけに、再び流行り始めようとしているこの病を、なんとしても治療したいのである。



 数日が経ち、阿之助の熱は引き、体は弱り切っているため動かせないが、しゃべることはできるようになった。

「ありがとうございます。助かりました」

「まだ完治はしていない」

 厳しい長谷川に笑みを見せる阿之助。

「お名前を伺ってもよろしいですか?」

「長谷川だ」

「……長谷川さん。キリシタンですよね?」

 激痛に苦しみながらも、阿之助は長谷川が毎晩、欠かさず祈りを捧げているのを見逃さなかった。

「だったらなんだ」

「あっ、いや、いけないってことじゃなくて、ちょっと事情があるので」

 阿之助は九条くじょう家での一件、清水家とキリシタンたちの末路と、自分が九条家に復讐しようとしている旨を伝えた。

「あなたの仲間たちの仇を討つ」

「くだらん。死者は解放され、安らぎを得るのだ。復讐など無意味だ。死者の念ではなく生者の命を救うべきだ」

「……助けていただいた恩返しになれば、と思ったんですが、ダメですか」

「恩返しならこの旅に付き合ってほしい。お前は薬屋だろう?ここらで流行り始めている疫病を、治すのに協力してくれないか。復讐よりずっといい行いだと思うが」

「ごめんなさい。僕はもう命を狙われている。九条家を倒すか僕が死ぬかの二択なんです。恩返しは復讐が終わってからでもいいですか?」

「なら恩返しはいらない。医者が一人の患者を治療しただけだ」



 阿之助の病は完治し、明日にでも旅を再開できるように、長谷川は灰路はいろの町で自分と阿之助の荷物を整えた。小屋に戻り、阿之助に荷物を渡す。

「すみません。助かりました」

「早くここを離れたほうがいい。灰路でも疫病の患者が数人いた」

「わかりました。でも一つお願いがあるんですが……」

「俺には次の患者がいる。あまり時間がない」

「大したことじゃないです。僕を死んだことにしてください」

「わかった。お前の寝ていた布団をお前としてほうむろう」

「お願いします」



 灰路の町の外れで煙が上がる。長谷川が布団を火葬しているのだ。布団だけでは生臭い匂いがしないため、肉屋で腐った肉をもらい、一緒に棺桶に入れて焼いていた。

 その様子を見て、長谷川に一人の若い男が話しかけてきた。

「死人か……」

「ああ、疫病だ」

「この町の人か?」

「いや、俺と同じ旅人だ」

「仲が良かったのか?」

「医者と患者だ。俺には救えなかった」

「そうか……。俺は人を探しているんだが、この者の名前などわからないか?」

 長谷川は思い出すふりをしてから答えた。

「小取といったかな。お前の探していた人物か?」

「いや、違った。ご愁傷様だ」

 話を聞いて男は去っていった。



 九条家に阿之助の行方を追っていた忍者が戻ってきた。忍者はすぐさま九条に報告した。

小取ことり 利久としひさの死亡を確認いたしました。灰路の町にて、疫病で死んだようです」

「そう、死体の状況は?」

「火葬中だった故に、確認できず。しかし、看病した医師が死亡を確認していたので間違いないかと」

 九条はつかえない部下に、長い髪をかきあげ頭を抱えた。

「あの男はそう甘くない。一葉はまだ牢に入れておきなさい」

「はっ。お気にかかるようでしたら、もう一度苔尾に妖術を使わせてみては?」

「いや、もう使えないわ。小取が生きているとして、こちらにどれほど迫っているかわからない。そんな状況で疫病を流行らせれば、我が領土が病に冒されかねない。小取の捜索を続けなさい」

「御意」



 阿之助はこの絶好の機会を見逃さず、身を潜めた。極力、町には行かず、野山を通って九条家に向かった。山菜を食べ、小動物を狩り、湧き水を飲んだ。こういった泥臭いことは大嫌いな阿之助だが、それよりも復讐心の方が強かった。密かに近づき奇襲を仕掛けるつもりだ。

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