第四十八話 悪魔
間久家に次男が誕生した。母は病に冒されており、出産に耐えきることができず他界し、誕生した次男も、小さく弱り果てていた。美しくもか弱い赤子には、親しみを込めて女性を呼ぶ時に、阿時や阿千などのように冠する阿という文字をあてて、阿之助と名付けられた。
阿之助は他の子供たちよりもずっと小さく、体も弱く、病弱であった。年の離れた兄 潮丸は、体も丈夫で強くたくましく、常に弟のことを心配する優しい兄であった。
阿之助が6歳、潮丸が15歳になる頃。阿之助の体調は安定し、二人は徐々に父の悪行を知るようになる。
「この前も、女の人が……。父上に聞いても、何も教えてくれない……」
「父上がやっていることは悪いことだ」
「やっぱり……」
「阿之助。一緒に間久家を変えよう。父上の悪行を暴いてやるんだ」
「でも、僕は力もないし、弱いから兄さんの足手まといになっちゃうよ」
「勉強をしろ。力がなくたって阿之助にできることはたくさんある。二人で間久家を変えよう」
「うん」
そう約束した次の週に、二人は流行り病に冒された。三日三晩高熱にうなされ、病が治ったのは阿之助だけであった。
父は後を継がせようと思っていた潮丸が死に、体の弱い阿之助が残ったことを嘆き、阿之助を嫌った。
「なぜお前が生きるのだ……。お前は悪魔か?俺からいくつ奪えば気がすむんだ?」
この時から、阿之助と父との間に明確な敵意が生まれた。父は敵意をむき出しにし、阿之助を家族扱いせず、召使いのようにこき使った。阿之助はこの敵意を隠し、父の命令を完璧にこなし、間久家の家業である武器と薬についてひたすら勉強した。
阿之助が10歳になる頃には、父の阿之助に対する評価は変わっていた。体が弱く、兄の背に隠れてばかりの軟弱者だと思っていたが、どこまでも従順で、誠実な阿之助をみて、表の家業を徐々に任せるようになった。しかし、それも敵意からくるもので、阿之助の仕事は全て失敗するように工作し、阿之助の評判を下げようと試みた。
具体的には阿之助が客に届けようとしていた薬の中身をすり替えたり、依頼が入り、阿之助が手配した武器を他の依頼者に売りつけたりした。それでも阿之助はほとんどの問題を速やかに対処し、父の敵意を乗り越えていった。
それと同時に、阿之助はあらゆる方法で父を失墜させる準備をしていた。普段、間久家とは取引のない権力者たちに、積極的に取引を持ちかけ、名前や人柄を売っていった。そして18歳になる頃、阿之助は表の家業では十分な利益を上げるようになり、人脈もしっかりとしたものになっていた。
次にやるべきことは、裏の家業でも父以上の信頼を客から勝ち取ること。今までよりも良い好条件を相手に掲示し、父の人脈を自分の人脈へと変えていく。阿之助は父に、さも悪行も必要な家業であるかのように嘘をつき、父の行為を正当だと主張し、仕事をする許しをもらった。家の収入の7割ほどが裏の悪行によるもので、失敗は表の家業よりも家にとって痛手となる。そのため父は阿之助の仕事が失敗するような工作はしなかったが、やはり、阿之助の思い通りに仕事が進まぬように、受けた依頼を勝手に進行したり、交渉中の取引を無理やり成立させたりした。
その一つが、稲木 龍一の死である。
阿之助は怒り、父の自室へ立ち入った。
「なぜあのようなことをしたのですか?今日が先方の結論を聞く日だと伝えたはずです」
「お前はわかっていない。取引するのではない、脅迫してむしり取るのだ。それが最も利益を出す方法だ」
「だとしても、今回は僕が全てを任されていたはずです」
「仕事が早く終わるように手伝ってやたんだ、感謝しろ」
「そうですか、ありがとうございます」
部屋を出た阿之助は、父を殺すと決意した。屋敷の武器庫から最上級の銃を盗み出し、土能へ向かった。
阿之助が訪ねたのは農家の青年 小取の家だった。小取はちょうど昼の休憩で畑から家に戻っていた。
「あ、阿之助さん。薬草ですか?」
「いいえ、小取さん。間久家の件について、お話がありまして」
小取は作物の他に薬草も栽培しており、薬の商売をしている阿之助とはよく取引をする常連客だった。さらに阿之助が間久家を変えようと、奔走していることも知っており、何か自分が力になれることがあればいつでも言って欲しいと、協力的な姿勢を見せていた。
「ついにやるんですね!僕にできることがあればなんでもしますよ」
「誰かに聞かれるとマズいので、裏手の山でお話します」
阿之助は小取を山の奥へと連れ込んだ。
「このへんなら、人に聞かれる心配はないですね」
「はい、それで話っていうのは?」
前を歩いていた阿之助は、振り向いたのと同時に懐から銃を出して発砲し、小取の頭を打ち抜いた。
「え……?」
考える間も無く、小取は即死した。
「話っていうのは、小取さんの名前をもらうっていう話です」
阿之助は小取の家に戻り、鍬を持ち出して、山に戻った。鍬で穴を掘り、小取の死体を埋めた。再び小取の家に行き、旅に出ると置き手紙を書いて、宮野の町に戻った。
次の日、稲木 龍一の葬式をやっていることは知っていたが、出席などはしなかった。当然である、自分の家が原因で死んだのだから。阿之助が出れば非難罵声の大騒ぎになる。かわりに阿之助は武器庫から火薬と油をありったけ盗み、ばれないように屋敷の隅々に油をまき、火薬で爆弾を作り、隠して屋敷中に配置した。
そして、父や屋敷の召使いたちが寝静まるのを待った。
夜、物音がしなくなった屋敷を出て、昼間のうちに用意しておいた火種を、正門の着火点に移し、放火する。火の手はみるみるうちに広がり、屋敷を囲い込む。
阿之助は急いで屋敷に戻り、父の寝室へ向かった。じわじわと屋敷を燃やす火に、召使いたちが気づき起き始める。父の寝室に向かう途中に、何人かの召使いに会い、避難するように言われたが、問答無用で撃ち殺した。
父の寝室にたどり着くと、父は窓を開け、自らの屋敷が燃える様を見て絶句していた。阿之助は父の後ろ姿の足を撃ち抜いた。
「阿之助……!」
膝をつく父に近ずいて、額に銃口を突きつける。
「父上、よくお聞きください。これが間久家終幕の音ですよ」
隠した爆弾に引火し、屋敷のいたるところで鳴る爆発音。炎が建物を破壊する轟音。正門はすでに火の海であり、逃げ場をなくした召使いたちの断末魔の叫び。
「お前は俺を嫌っているのだろう。お前の兄もそうだった。暴虐の父を止め、正義でも語るか?」
「父上は何か勘違いしているようですね。何年も準備してきた父上を失墜させる計画は、兄さんのためでも正義のためでもないですよ。僕は僕の思い通りにならない人が大嫌いなんです。父上のことですよ。だからなんとしても、父上を貶めたかったのです。あらゆる方面からの信頼を失い、ドブの水をすするような生活をして欲しかったのですが、我慢できませんでした」
「やはり悪魔か」
「ええ、あの頃はまだ確信は持てなかったのですが、今ならはっきりと言えます。父上の言う通り、僕は悪魔です」
阿之助は父を撃ち殺した。すぐさま部屋を出て、屋敷の裏手に回った。この場所は裏口があるわけでもなく、高い塀で行き止まりのため、屋敷の人間は逃げて来ない。しかし、阿之助は昼間のうちにこの場所にハシゴを用意しておき、そのハシゴを使って塀を越えると、ハシゴを塀の外に落とし、誰も逃げられないようにして、自分は屋敷から抜け出した。
間久家の次男というだけで、間久家に恨みを持つ者から狙われ、放火の犯人だとバレれば、間久家と親交があった者からも狙われる。それを見越して小取から名前を奪い、自分は死んだことにしたのだ。
阿之助は生百合がいるであろう道場へ向かった。
父を完膚なきまでに敗北させたかった阿之助が思いついたこと。それが生百合に仇討ちを達成させることだった。そんな経緯で龍の子と悪魔の旅が始まった。




