第四十七話 良い別れ
勘助は妙の兄、山村の息子であった。日野原に弟子入りして、もう数年経つが未だに見習いで、一度も刀を打たせてもらったことはなかった。そんな兄を不憫に思い、妙は茶屋で刀の話をする客がいるたび、いい刀鍛冶がいると言って、この鍛冶屋に連れてきては兄に少しでも打たせてやってくれと、日野原に頼んでいた。しかし、今日は生百合のために兄ではなく、日野原に打って欲しかったため、念願の兄の初仕事に対し、不満を漏らしていた。
「いや、生百合さんはそこらの侍とは違って、ほんとに適当な刀じゃダメなんだよ。師匠の仇を討つために、鬼を倒すんだから」
「適当な刀なんか打たねぇよ!いいから任せろって」
「いいや、兄貴じゃ不安だ。下手をすれば生百合さんが危険だ」
「大丈夫だって。何年ここにいると思ってんだよ。それで生百合さん。どんな刀をご所望だい?」
勘助は半ば強引に仕事を掴み取った。山村家の人間は父、娘、息子と誰も人の話を聞かないのである。
「折れない刀を頼みたい」
「了解だ。いい刀を打ってやるよ。ただ、今は注文が溜まってて忙しくてな。完成は三ヶ月くらい先になりそうだが、いいかね?」
「ああ、時間はたっぷりある」
「よしきた!出来上がったら妙経由で知らせるぜ」
稽古に明け暮れ、内川での日々はあっという間に過ぎていった。明るい妙との同居生活は、生百合の悲しみに満ち満ちた心をかすかだが、確かに温めた。山村の技がようやくまともに使えるようになってきて、実戦でも瞬間的に出せるように、体に染み込ませていく稽古に励む。そんな頃に生百合の刀が完成した。
生百合は鍛冶屋に行って、勘助から自分の刀を受け取った。
「一般的な刀に比べると、だいぶ切れ味は悪い。それに重い。なにせ、刀身がかなり太いからな。ただ、生百合さんの要望通り、絶対折れない」
鍛冶屋の中で、確認のため刀を軽く振る生百合。
「柄は前の刀のを使ってる。その方が馴染むだろ。間合いを変えちゃいけねぇと思って、刃渡りも前と同じだ。鞘はこっちで新しいのを作らせてもらった。前の鞘には刀が太すぎて入らなかったんだ。どうだい?」
「気に入った。お代はいくらだ?」
「それが師匠に刀以外では金とるなって言われて、タダでいいよ」
「そういう訳には」
「師匠から言わせれば、それは刀じゃねぇんだと。だからタダでいい」
「そうか、恩に着る」
「あっ、でも一つだけ。その仇討ち、絶対勝てよ」
「ああ」
生百合が道場に戻ると、山村と共に見覚えのある女が待っていた。
「一葉?なぜここに」
九条家のくノ一 一葉であった。一葉はとても深刻な表情で、待っていたが、生百合の顔をみた途端、泣き出してしまった。
「生百合さん……」
一葉は生百合の着物を掴んで泣きついた。小柄な一葉の頭を撫でて、生百合は事情を聞く。
「なにかあったのか?」
「……利久さんが」
一葉は言葉を詰まらせながらも、生百合に九条家や阿之助の現状を伝えた。それを聞き、生百合は九条家の二の城 曽根城へ行くと決意した。
「先生、修行を半ばで投げ出すことをお許しください」
山村は一葉から事情を聞いていた。生百合がこう言いだすことも想像がついていた。
「行け。この日々で得た技を鈍らせるな。稲木の仇を必ず討て」
「はい」
明日の旅立ちのために準備をして、生百合は妙の家で最後の夜を過ごした。一葉は妙に泊まっていいと言われたが、遠慮して町の宿に泊まった。そのため、数ヶ月の間同居人だった二人は最後の夜も二人であった。
「そっか、もっと一緒にいられると思ってたのに。寂しいなぁ」
「私もだ。妙には世話になった」
「なんかの用で、こっちに来ることがあったら、顔くらいは見せてよ」
「もちろんだ」
二人は布団に入ってからも話を続けた。寝てしまったら別れ、だから一時でも長く、この夜にいたかった。しかし、睡魔は平等にやってくる。
次の日の朝、妙は道場の前で生百合を見送る。
「お父さん、昨日の夜相当飲んでたみたい。いくら呼んでも起きやしない。生百合さんとのお別れなのに」
「よろしく言っておいてくれ」
「うん、言っとくよ。じゃあ……元気でね」
妙の声は上ずり、目元には徐々に涙がたまっていく。
「ごめん。……私、旅とかしたことないから、こういうお別れって、あんまり慣れてなくて……」
「妙、いいことを教えてやる。さよならが言える別れは良い別れだ」
涙を拭いて生百合に向き直る妙、なんとか笑顔を見せている。
「うん、そうだよね。生百合さん、さよなら!」
「ああ、さよなら」
生百合は一葉の待つ、町の外へ向かった。
一葉は生百合の居場所など知らなかったが、河童を倒した矢笠家が生百合と小取という旅人と協力していたのは知っていたため、矢笠家経由で生百合が内川で修行していることを知った。その際、今回の事情を矢笠 宗将にも話した。すると矢笠も曽根城へ行くと言い、矢笠は屋敷にて生百合と合流してから曽根城へ向かうことになった。
「だから、まずは矢笠の屋敷に向かいます。いいですか?」
「ああ、急ごう」
内川編は終わりです。
お待ちかねのクズ、阿之助編が始まりますぜ。




