第四十五話 そんで最後にゃ斬る!
戦角を殺せず、殺されもしなかった生百合は、加沢の小鬼たちを引き取って、矢笠の屋敷に来ていた。戦角が矢笠を訪れるのはこの数週間後だ。
生百合は客間に通され、起こったことを話すと、矢笠の表情は暗くなった。
「何も背負うものがなければ、鬼たちと共に戦いたかった……」
自分が鬼の側について佐伯と対峙すれば、まだ勝算はあった。しかし、そんなことをすれば、幕府に敵だとみなされてしまう。そうなれば、この屋敷にいる行き場のない子たちが危険に晒される。矢笠にとって心苦しいが仕方のない決断だった。
「小鬼を二人、住ませて欲しい。あの二人は親を目の前で殺されて、帰る場所もない」
「もちろんいいですよ。私が鬼たちにしてあげられることは、これくらいしかありませんから」
「それから、もう一つ頼みがある。この屋敷で剣の修行をさせてもらいたい」
矢笠は目をそらして考え、視線を生百合に戻して答えた。
「正直、ここで生百合さんに教えられることはあまりありません。修行をするというのなら、もっと適した場所があります。紹介状を書くので、そちらに行かれたらどうでしょうか?」
矢笠が教えたのは、鬼の里よりさらに西、米田の町よりもまだ西の、内川の町にある道場だった。
「ここには何が?」
「行ってからのお楽しみです」
生百合が帰ってきて大喜びした木郎だったが、ぬか喜びで終わった。しかし、二度目の別れはそこまで辛いものではなかった。
「もう少し、待っていてくれ」
旅立ちを見送りに来た木郎の頭を撫でる。
「うん。ちゃんと全部終わらせてきてよ」
「ああ」
生百合は内川を目指し、旅に出た。
十字郎たちが戦角から話を聞き、小取という男が鬼の里の崩壊に関わっていることを知り、矢笠ではなく、鬼の里を目指して、しばらくした頃、生百合は内川に到着した。この町は活気のある商業的な町だったが、紹介された道場は小さくさびれていた。
「ごめんください」
中に呼びかけても、誰も出てこない。仕方なく生百合は開け放たれた門をくぐり、中へ入っていくが、まるで人の気配がない。本当にここであっているのか疑いながら、稽古場に上がってみると、そこには大の字で寝ている小柄な初老の男がいた。稽古場には酒の匂いが充満している。第一印象としては最悪だった。
「あなたが山村 和虎か」
生百合が呼びかけると、男はハッと目を覚まし、生百合に気づき、眉間にしわを寄せる。
「俺は山村 和虎ってんだ。二度と間違えるなよ。そういうオメェは泥棒か……?金ものなんてないぞ。出てけ」
会話もままならない酔っ払いだが、生百合は気にせず話を続ける。
「私は宮野から来た生百合という者だ。矢笠 宗将殿から、修行するならここだと言われて来た」
矢笠からもらった紹介状を男に手渡す。男は中身を熟読し、態度を変える。
「ここに書いてあることは本当か!?お前さん、稲木の弟子なのか」
「本当だ」
「稲木は今なにをしている?道場でも開いているのか」
「……他界した」
山村は思っていなかった答えに、表情を曇らせ後ろを向いた。
「そうか……」
「その敵討ちのために修行がしたい」
山村は稽古場の隅に置かれた木刀を二本持ってきて、一本を生百合に、もう一本は自分で構えた。
「よく見ておけ、俺の動きを真似ろ」
なにが起こるのかと生百合は構えた山村を凝視した。
「あ!突いて、突いて、押して、押して、払って、払って、そんで最後にゃ斬る!とまあ、こういう具合よ」
全くふざけた技を見せられた生百合は、この酔っ払いに対し少々怒りの感情さえ湧いた。
「ほれ、お前さんの番だ。やれ」
「ふざけている。なぜ当主殿はあんたみたいな人間を紹介したんだ」
「いいから、やれ。わかるから」
生百合は仕方なく、山村がやったようにふざけた技を真似た。
「よーし、合格だ。今日はこれからの支度をしろ。明日から稽古をつけてやる」
「支度?」
「ああ、悪いがお前さんがここで生活する準備なんて、一つも整っていないんだ。おい妙!」
山村が叫ぶと、若い女性がやってきた。妙と呼ばれた女性は道場の隣に住んでいる。馬鹿でかい声で呼ばれて、半ギレ状態だ。
「なに?お父さん、声でかいんだけど」
「今日からお前の家に住むことになった生百合だ。布団や着替えを買ってやってくれ」
「聞いてないけど?」
「今、決まったからな」
「おい!」
「いいだろう。男に振られて寂しくしていたところなんだから、誰かがいるってのはいいことだぞ」
「だー!うるせえ。わかったよ。行こう」
妙は生百合を連れて、お店を回り、必要なものをそろえていった。ついでに夕飯も買って、自分の家に生百合を案内した。
「今日は夕飯食べて寝ていいよ。旅してきて疲れてるでしょ?布団も私の使っていいから」
「すまない、お言葉に甘えさせてもらう」
買ったものを部屋の片隅に置いて、二人は夕飯を食べた。食事中に改めて自己紹介をした。
妙は山村 和虎の娘で、大雑把だがよく笑う、竹を割ったような女性で、年は生百合と変わらなかった。生百合も自分の名前や旅の理由や道中のことを話した。
「生百合さんさぁ、苦労してんね……。なんでも力になるから言ってね」
「変に気を使わなくていい、迷惑をかけているのはこっちだ」
妙は黙って自分の分の煮物のこんにゃくを生百合の皿に乗せた。
「私、この前彼氏に振られて、すっごい落ち込んで、いじけてたんだけどさ、生百合さんの話聞いたら、私にいじける資格なんかなかったわ」
自分の皿のこんにゃくを妙の皿に返して、否定する。
「悲しい出来事で落ち込むのに資格もなにもないよ」
しかし、妙はさらにこんにゃくを返して、生百合の皿に乗せる。
「でも、その頑張ってる姿に、ちょっと元気もらったから。こんにゃくはその分」
「そうか。なら良かった。でもこんにゃくは嫌いなんだ」




