第四十四話 同感だ
戦角は鬼の里が最近、佐伯、矢笠の二人によって滅ぼされたことを知った。しかし、復讐心などは微塵もわかず、ただ二人への闘志だけを募らせた。まだ近くにいるであろう二人を探し、あたりの町を転々としていると、加沢からさらに西にある米田の町で佐伯を見つけた。戦角は佐伯の顔など知らなかったが、その男は強者のオーラを放っていた。こんなオーラを放つのはただ二人、佐伯か矢笠だ。噂で聞いた年齢から佐伯だと判断した。
「あんた、佐伯 小太郎だろ」
戦角は佐伯の前に立ち、進路を塞ぐ。
「そういうお前は誰だ」
「俺の名は戦角。強きを求める者だ。あんたに決闘を申し込む」
佐伯に喧嘩を売ったバカがいると、町では騒ぎになり、野次馬たちが集まってきていた。
「バカが、佐伯があんたみたいな無名の決闘を受けるわけねぇだろ」
「そうだ、佐伯は鬼すら倒す剣豪だぞ。相手されるわけねぇ」
ヤジが飛ぶ。が二人は気にしていない。お互いの強さがよく見えているからだ。
「顔を見せたらどうだ?」
佐伯の指摘に、戦角は深くかぶった笠を脱ぎ、金棒を構えた。あらわになった角で、戦角が鬼だとこの場にいる全員が理解した。
「鬼の敵討ちか」
「くだらんな。頂に立つ者は孤独なのだ。あんたならわかるだろう?」
「妖怪のくせにいいことを言うやつだ。その決闘、受けて立とう」
「俺もあんたも人生最後だろう。これほど愉快な殺し合いができるのは」
「同感だ」
佐伯は刀を抜き構える。二人の間の空気は張り詰める。ほんの呼吸の合間を狙って、戦角が踏み込んで金棒を佐伯の頭めがけ振るう。呼吸を一瞬切ったのは佐伯の誘いだった。読み通りの攻撃を佐伯はかわして、刀を合わせ、戦角の腕を斬り上げる。しかし、戦角の肉は固く、刃が途中までしか通らないとわかると、佐伯はすぐさま刀を引く。切り傷など気にせず、戦角はさらに金棒を振るおうとするが、佐伯が引いた刀は刃筋を変え、戦角の足元を斬りつけている。佐伯は戦角から距離を取り、構え直す。
燕返しだ。一度の振りの中で、刃を返して二度斬りつける技。佐伯はあらゆる方向の振りから、あらゆる方向へ刃を返すことができる。これは才能ではなく、努力の果てにたどり着いた技術だった。
一方、戦角は久しく味わっていなかった緊張感を味わっていた。鍛えすぎた体はいつしか刃を通さなくなった。その体を斬る男が目の前にいるのだ。達人の気迫が鋼鉄の肌を斬り裂くのだ。
佐伯の早い斬り込み、一太刀をかわしても、追撃が襲ってくる。それを理解し、戦角は大幅に距離をとりかわす、佐伯の二撃目の技が尽きたところに合わせ、一回転して勢いを乗せた拳を突き出す。技が尽きようと隙がない佐伯はすり抜けるように避けるが、戦角が回転して勢いを乗せたのは拳だけではなく、片手で下段に構えた金棒であった。佐伯の脇腹を戦角の金棒が捉える。
普通の人間ならば死ぬ威力の攻撃だが、佐伯は死線をくぐり抜けてきた剣士だ。吹っ飛ばされてもすぐさま受け身をとり、構える。
呼吸を吐かせる間もなく、戦角は容赦なく佐伯の顔面を蹴ろうとするが、紙一重でかわした佐伯は突き出された足を斬り上げながら、滑るように戦角の背後に回りこむ。戦角は切り傷を負った足をついて、振り向きざまに金棒を振るう。佐伯の刃は戦角の首元まで迫っていたが、ほんの一瞬早く、戦角の金棒が佐伯の脇腹を打った。
飛ばされた佐伯は受け身が取れない。呼吸は浅く、死期を悟り、佐伯は血を吐き、血の涙を流して言った。
「惜しい……。この決闘が終わってしまうのが、惜しい」
「同感だ」
戦角はこの瞬間こそ強さの果てだと思った。こうして強さを求める理解者を全員失った時、あの達人の景色が見えるのだと。
戦角が矢笠の屋敷にたどり着いた時には、佐伯の死は国中に知れ渡っていたが、誰が殺したのかはハッキリと伝わっていなかった。
「あなたが佐伯殿を殺したと?」
「ああ、次はあんただ」
矢笠は戦角のことを客間でもてなし、当主自ら話を聞いていた。矢笠は戦角の話を一つも疑わなかった。戦角には佐伯を殺すだけの技量があると見抜いていたからだ。当然、自分とも互角かそれ以上だ。しかし、矢笠には佐伯のような闘争心はなかった。
「その決闘はお断りします。私は死ぬわけにはいかない、かといってあなたを殺すわけにもいかない」
「なぜだ。あんたは飢えていないのか?強さを求めず、なぜそこまで強い?」
「愚問ですね。人を守るための強さというのもあるんですよ」
「誰かに頼る平和は脆い」
「だからこそ、こうして無駄な争いは避けようとしているのです」
戦角は矢笠とはわかり合えない。佐伯や戦角は自分を高めていく強さだが、矢笠は屋敷のみんなを守るための強さで、根底にある強さが違うのだ。
「一年後。ある剣士があなたのことを殺しに来ます」
「それは誰だ」
「今は言えませんが、私よりずっと強い剣士です。その剣士を倒したなら、あなたの言う、強さの果てにたどり着けるかもしれません」
徹底して争いを避けられ、戦角は矢笠との決闘を諦めた。戦う気がない強者を相手にしても、虚しさが残ることを知っていた。
矢笠が言う剣士を待つ間、戦角には目指すものがなかった。ふらふらと傭兵をしながら東に旅をしていた。そして、十字郎たちと出会ったのだ。用心棒になったのは千沙がしつこく頼んできたから、半ば仕方なく了解したのである。
次回から生百合の話に戻ります。




