第四十三話 この先にはあんたがいる
鬼の里に鬼の家族がいた。夫は勇敢で強く、妻は優しくたくましかった。夫婦には二人の息子がおり、兄で無口なのが戦角、弟で臆病なのが堅角といった。四人は秋の紅葉を楽しもうと、鬼の里の西にある山に来ていた。真っ赤に色ずいた葉を眺め、ほのぼのとした陽気に心を落ち着かせる。静かながら家族は満ち足りていた。しかし、この幸せは一本の妖刀にぶった斬られる。禍々しい刀を持った狂人が、家族を襲ったのだ。
父と母は子供達を逃し、狂人に立ち向かったが、鬼の怪力を越す力を持ち、電光石火で山を駆け回る狂人に、二人はあっけなく斬り捨てられた。狂人は子供達を追いかけ、子供達は、返り血を浴びた狂人を見て、父と母の末路を悟る。
狂人は堅角に刀を振りかざす。戦角はとっさに弟の前に仁王立ちで構えた。狂人は刀の柄で戦角の頭を殴り、怪力で吹き飛ばす。生え始めた二本の角の片方が砕ける。木に打ちつけられた戦角は、弟を守るため、身体中に響く激痛に耐えながら立ち上がるが、どうあがいても助けられる距離ではなかった。それでも、弟のために歩く。
無情な狂人は歩いてきている戦角などお構い無しで、再び刀を振り上げた。兄弟が絶望した瞬間、狂人は背中を斬られ死んだ。
二人を助けたのは矢笠 時正であった。
その後、戦角は強さを求めるようになった。毎日、誰よりも稽古した。寝ても起きても、戦った。
「にいちゃん、そんなに頑張らなくても、縁地様が守ってくれるよ」
「守ってくれなかっただろ。自分の身は自分で守らなきゃいけない」
10歳になる頃、戦角は縁地に決闘を申し込んだ。
「縁地様を倒して、俺はこの里を出る」
「よかろう、手加減はしないぞ。戦角」
「そのつもりだ」
里の中央の稽古場にて、二人は金棒を構えて向かい合う。周りには決闘の行方を見守ろうと里中の鬼達が集まっている。
戦角はまだ子供で、身長差は倍ほどあるが、縁地は知っていた。戦角が両親を失ってから、どれだけ自分を鍛えていたか。強さへの執念はもはや狂気に近かった。
決闘は戦角の猛攻から始まった。小さな体で、速い打ちを次々に繰り出す、縁地は攻撃を金棒で受けながら、下がる。戦角の攻撃のほんの隙間を見つけ、縁地は金棒を水平に薙ぎはらうが、戦角は跳び箱でも飛ぶかのように飛び越え、飛んだまま、縁地の頭を狙って自分の金棒を振り下ろす。縁地は戦角の金棒を片手で掴んで受け止めたが、想像以上の重さであった。
「強くなったな、戦角」
受け止めた金棒を掴んだまま、縁地は着地した戦角を蹴ろうとするが、戦角は姿勢を低くして金棒を引っ張り、縁地に金棒を蹴らせる。その拍子に縁地は金棒を離してしまう。隙を見逃さず、戦角は縁地のもう片方の足の膝を金棒でぶっ叩く。縁地の膝が崩れ、姿勢が低くなる。戦角が跳躍しなくても、縁地の頭を狙える高さになった。立ち上がる隙を狙わせまいと、縁地が金棒を振るうが、戦角は下をすり抜け、縁地の懐に入り込み、顎を打ち上げた。脳が震え、縁地はゆっくりと崩れ落ちる。戦角は倒れた縁地の横の地面に金棒をつきたてる。
「俺は誰にも負けない」
戦角は鬼の里を出て行った。強さを求めて旅をした。
傭兵の仕事をやりながら、強者を探し、決闘を申し込んでは勝っていった。鬼であることがばれないように、顔は笠で隠し、名も変えながら、着実に自分の腕だけを磨いていった。そして、傭兵として間久家からの依頼を受けた。道場の人間を殺してこいと。
真夜中に雇い主に言われた道場を訪れた。人がいないか探していると、稽古場に一人の男が居た。男は正座をして、静かに瞑想しているようだったが、戦角の気配に気づいて振り向いた。
「間久家の刺客だな。道場は売る。明日に交渉は成立する。無駄足だったな」
戦角は立ち上がった男を見て、気づいてしまった。目の前の剣士が自分より強いのだと。
「そんなことはどうでもいい。俺の名は戦角。強きを求める者だ。決闘を申し込む、刀を抜け」
戦角は名乗り、金棒を構えた。男に刀を抜く気配はない。
「教えてやる。その強さの先には何もないぞ」
「この先にはあんたがいる」
戦角は男に向かって金棒を振ったが、男は流れるようにかわす。完璧な捌き方だった。戦角は攻め続ける。
「抜け!」
男は頑なに避け続ける。戦角が攻め、男が応じているはずだが、戦角はこの男に対して、勝ち筋が全く見えていなかった。いくら攻撃を重ねても、いともたやすく避けられる。そのたびに段々と恐怖が膨らんでいく。男の冷たい瞳に心が揺さぶられる。
そして、ついに男が刀の柄に手をかけた。戦角は死を覚悟して、突きを打ち放った。これまで全ての攻撃をかわしていた男が、かわす素振りも見せず、されるままに戦角の突きをくらって、庭まで吹き飛んで死んだ。
「なぜ、抜かなかったのだ。あんたは俺を殺せたはずだ」
戦角は旅を続けた。強さの果てを目指した。宮野で殺したあの達人が見ていた景色を見るために。
幾人もの強者を倒し、自らを磨き続けて、ついに思った。自分に敵う者がもうほとんどいない。残る強者は最強と言われる矢笠と佐伯のみだ。この二人を倒すと決心したところで、親の命日に合わせ墓参りをするため、西に向かった。
親の墓の前で、女が待ち構えていた。
「宮野の町にて、我が師 稲木 龍一を殺したのはお前か!」
戦角は目の前の女が格下だとわかっていた。まっすぐしたいい構えではあるが、呼吸も気も未熟で、さらには感情に任せて刀を振るおうとしている。負ける要素が一つもなかった。ため息が漏れてしまう。あの達人の弟子ですら、この有様だ。金棒を抜く価値もないと判断した戦角は女を無視して、墓参りをした。
その後、鬼の里によれば、滅んでいた。里の中央には大きな岩が置かれ、安らかに眠られよと刻まれていた。戦角は岩にそっと触れた。少しだけ里と弟のことを思い出し、何も言わず立ち去った。




