第四十二話 その運が今日尽きた
十字郎と千沙が小取を阿之助だと見破ったタイミングで、宮野の町に河童退治の噂が流れてきた。噂によれば河童を退治したのは生百合と小取という旅人で、矢笠と協力して討ったのだという。
「矢笠……。旅立って半年。こんなに早く戻ることになるとは」
十字郎は矢笠にいく決意をした。
「千沙はどうする。本当にこの旅についてくるのか?今なら後戻りできるぞ」
「バカ言え。私は生百合ちゃんに会うんだよ。連れてけ」
二人は矢笠を目指し旅を始めた。噂は遅れて届くもので、この頃、すでに生百合と阿之助は別れた後で、小鬼を連れた生百合は矢笠に到着し、阿之助は大仕事の準備を進めていた。
矢笠に向かう途中、二人は井岡の町で休んでいた。十字郎が稼ぎ、千沙は旅の支度を整える。定期的にこういう期間を設けることで、二人の旅には余裕があった。十字郎は千沙が待つ宿に戻ってきた。
「ただいま、準備はできてるか?」
「うん、バッチリ。仕事は?」
「あらかた終わらせた。このあたりに弥五郎という山賊がいて、討伐依頼があったけど、断った」
「強いの?」
「口入れ屋によると、そこらの山賊とは比べものにならない強さらしい。わざわざ、身を危険にさらすつもりはなかったから断った」
「それがいいね。生百合ちゃんに会う前に死んじゃったら仕方ないもん」
「明日からまた、矢笠を目指そう」
「オッケー」
次の日の早朝、二人はチェックアウトして、旅を再開し、山道を歩いて行った。ここまで旅が順調だったのは、金銭的に余裕があったからであるが、もう一つ理由がある。二人はここまで運が良かったのだ。しかし、その運が今日尽きた。
山の木々の中から殺気を感じた十字郎は足を止めた。
「どうしたの?」
「誰かいる」
十字郎がそう呟いた瞬間、木の陰から男が飛び出し、斬りかかってきた。紙一重で男の斬り込みを交わした十字郎は刀を抜いて構える。
「千沙、逃げろ!こいつが弥五郎だ」
男は筋肉質で、顔には薄ら笑いを浮かべている。
「子供に女の二人旅。その割に血色がいいな。金持ちか?」
千沙は恐怖の表情で立ちすくんでいる。十字郎は千沙を守ろうと、寄ってくる弥五郎に立ちふさがる。
「いいねぇ、ヒーローってわけだ」
弥五郎が水平に斬り込んでくる。十字郎は受け止めるが、驚いた。弥五郎が片手で放った水平斬りは、刀を両手でしっかり握って、ようやく受け止められる重さだったからだ。十字郎が味わったことのない怪力、それでいて弥五郎は場慣れしていた。
精一杯力を込めて攻撃を受け止めた十字郎の頭を掴んで、前かがみになるように押さえつけると、膝打ちを顔面に入れる。容赦のない攻撃に、十字郎は意識を朦朧とさせながら倒れる。懐を弄られ財布を抜き取られる。
弥五郎は千沙の方へ歩き出す。迫ってくる恐怖に千沙は腰が抜ける。
「いい女だな。こいつはもらっていくぞ」
千沙の胸ぐらを掴んで担ぎ上げ、肩に背負うと弥五郎は倒れた十字郎に背を向けた。弥五郎の背中を叩き斬ってやろうと、十字郎は起き上がろうとするが、意識がはっきりとせず、体に力が入らない。
「千沙……」
十字郎は初めて、目の前で何かを失うという経験をした。怒りの感情が爆発する。それでも動かない体が憎くてしょうがない。必死にもがく内に、涙が溢れてくる。今まで気にかけたこともなかったが、その人が大切なのだと気付いた。
「雑魚だと思ったが、やはり雑魚か」
この場を離れようとする弥五郎が立ち止まる。目の前に自分を越す大男が立っていたからである。笠を深くかぶった大男の顔は見えないが、体つきからわかるのは、人ならざるものだということ。背中には巨大な金棒を携えている。
「どけよ」
「お前の首には懸賞金がかけられている」
「死にたがりか。後悔しな」
弥五郎は千沙を後ろに放り、刀を抜く。
「あんた。ダメだ……そいつは」
息も絶え絶えだが、十字郎はなんとか大男に、弥五郎という男が半端ではないと警告するが、虚しくも弥五郎は大男に斬りかかっていた。しかし、大男は弥五郎の太刀を生身の腕で受け止め、刃を握ると、その刀の柄で弥五郎の顎を打つ。さらに踏み込んで、弥五郎の頭を掴み持ち上げる。
十字郎は目の前で何が起きているのか理解できなかった。あれほどに強く感じた弥五郎が、赤子同然に扱われている。
「お前の生死は問われていない」
大男は弥五郎の頭を勢い良く地面に叩きつけた。即死の一撃だった。ここで十字郎の意識は途絶えた。
目がさめると、見知らぬ小屋で寝ていた。傍らで千沙が看護している。
「あっ、起きた。大丈夫?十字郎」
まだ頭が痛んだ。何が起こったのか曖昧にしか覚えていない。
「千沙、ここは?」
「空家だよ。ちょうど良くあったから使ってるだけ」
二人が話していると、さっきの大男がやってきた。
「起きたようだな」
「あんたがいなかったら、どうなっていたか。助かった。ありがとう」
大男は寝ている十字郎の横に座る。立ち去るのかと思っていた十字郎は少し困惑した。その様子を察した千沙が説明する。
「十字郎。やっぱり、女子供の旅は危ないと思って、この戦角さんに用心棒をお願いしたんだよ」
「金はもらうぞ」
「わかってるよ」
悔しかった。10年近く、誰かを守るために剣を磨いてきたのに、矢笠にいた時と同じように、誰かに守られるのが、悔しかった。しかし、守りきれない時があることを、今回知った。そしてそれは突然訪れる。負けてからでは取り返しがつかない。千沙のいうことは全くの正論だった。
もっと短い戦角編が始まるぞー!




