第四十話 私の命をかけていい
十字郎は矢笠を出た後、清水家が一体どういう経緯で滅んだのか、誰が父や兄を殺したのかを調べるために、曽根に向かった。賊退治や用心棒をして路銀を稼いだ。矢笠の門下生だというと、自然と仕事が集まってくる。そのため、十字郎は金銭的にはなんの苦労もなく、曽根にたどり着くことができた。
曽根では、すでに九条家が城を治めており、城下町も雰囲気が変わっていた。統治者が変わったからか、キリシタンがいなくなったからか、単純に十字郎がいない9年の月日で変わったのか、とにかく、十字郎はこの場所が故郷だと思えなかった。
町人に清水家滅亡の経緯を聞いても、キリシタン弾圧で当主が殺されたという、やんわりとした話しか出てこない。九条家が敵なのはわかっている。問題は一体誰が、どういった手段で父と兄を殺したのか。手がかりは何一つなかった。かといって、九条家に乗り込んで尋ねようとしても門前払いなのは明確だ。ましてや戦うなど、無謀もいいところである。
ダメ元で町人達に尋ねて回っていると、十字郎は呼び止められた。
「何も言わずついてきてください」
呼び止めたのは痩せた中年の男。案内されたのはその男の家であった。
「俺に何のようだ」
「十字郎様。ですねよ?」
清水家はキリシタンだとバレている。その一族の出だとわかれば、自分も九条家に目をつけられる。そう思った十字郎は曽根近辺では適当な偽名を使っていた。それだというのに、自分の名前を知っている者がいることに驚き、そして理解した。この男がキリシタン弾圧の生き残りなのだと。
「私は島田 義和と申します。ここらはもう、移住者ばかりです。当時のことをしっかり知っている者はおりません。私がお話いたします」
そう言う島田のことを十字郎は抱きしめた。
「辛かったな。踏み絵を踏んだのだろう?」
「……はい」
島田は泣き出した。
「よく踏んだ」
「踏まずに死んでいった者達も大勢おりました。……私も神に逆らうくらいならば死んだほうがマシだと思いました。けれど、いつか帰られる十字郎様のために、清水の誇りは絶やしてはならぬと思ったのです。天罰は受ける覚悟です」
「お前に天罰が下ることはないだろう。これほどまでに忠義深いのだから」
「わが身にはもったいなきお言葉」
「話しておくれ、何が起こった?」
島田は話した。九条家がキリシタンを弾圧する前、二人の旅人が清水 元春を殺したと。二人は宮野出身の旅人で、名前を生百合と小取 利久という。清水 元春が死んだ日の早朝に、男は銃声を聞いた。そのことから銃殺された可能性が高いと。
「宮野……。その町はどこにある」
「ここから東北のほうに。十字郎様はこれから何をなさるおつもりですか?」
「清水の敵討ちをする。その旅人を殺したのち、九条家を滅ぼす。お前が残してくれた清水の誇りは、すべて俺が受け取った。あとは任せろ」
島田は立膝をつき、瞳には炎が宿る。
「この身、十字郎様に捧げまする。何なりとお使いください」
「時が来たら頼む」
そう言い残し、十字郎は出て行った。
「……御意」
生百合達が鬼の里に到着する頃、十字郎は宮野に到着した。
「生百合は剣士だったな。道場なら知っている奴がいるか」
十字郎が訪れたのは、赤谷重流の道場だった。
「ごめんください」
稽古中だったが、ひとりの女性が要件を聞きに来た。
「何かご用?」
「俺の名は十字郎。ここに生百合という女がいたと聞きました。お話を聞かせてはもらえませんか」
女性は快く応じてくれ、稽古中だというのに、抜け出してきてくれた。二人は町の茶屋で話すことにした。
「それで、生百合ちゃんの何を聞きたいのさ」
「どんな人物か、それと旅の理由を」
「わかった、でも、私が話したらあなたのことも話してね」
「わかりました」
「じゃあ、話すよ」
生百合。体が大きく、ものすごい怪力を持つ。剣術はそこらの剣士とは、比べものにならないほどの腕前。けれど、優しくて、子供好き。困っている人がいると放っておけない性格で、寂しがり屋で泣き虫な一面もある。生百合の人物像は、十字郎が想像していたものとは大きく違った。もっと、野蛮な性格だと思っていた。
「旅の理由は……お父さんの仇を討つって」
十字郎は激怒した。立ち上がって真剣を抜き、女性に向ける。
「ふざけるな!その旅で我が父は殺されたのだぞ!」
女性は刃を恐れず立ち上がる。
「そんなこと、生百合ちゃんがするわけないよ」
「我が父が死んだのは事実だ」
十字郎が構えた刀の刃を、女性は握りしめて、自分の喉元へあてる。
「私の命をかけていい。生百合ちゃんはそんな人じゃない」
芯の強い女性の瞳に、十字郎は負け、刀を納めた。
「……。取り乱した。もう少し詳しく聞かせてください」
道場の地上げ、生百合の破門。女性は悲しげに話した後、十字郎のことを聞いた。十字郎はキリシタンであることのみを隠して、大まかに旅の経緯を伝えた。
「その旅、私も連れていってよ」
「は?」
「生百合ちゃんはそんなことするはずないけど、復讐心に飲み込まれておかしくなっているなら、私が隣にいてあげないと」
「俺はその人を斬るつもりです。それでも付いてくるんですか?」
「その時は私も一緒に斬っていいよ」
女性の覚悟、生百合への信頼に十字郎は驚いた。
「なぜ、そこまで」
「大親友だからよ。あっ、でも今日は待ってね。準備があるから」
女性の名は千沙といい、赤谷重流の道場で15年間、剣術を学んでいた。道場の師範に事情を伝え、旅に出る支度をした。すでに独り立ちしていたため、身は軽く、次の日には十字郎と出発した。
「生百合は小取という男と旅をしているそうです。心あたりはありますか?この男もここらの出身らしいんですが」
「さあ。聞いたことないね。とりあえず隣町にでも行ってみようか」




