第四話 川
阿之助と別れた後、生百合は真面目に聞き込みをしていたが、特に情報は得られずにいた。
「これだけ大きな町ならと思ったが、そうも簡単な話ではないか……」
港から海を眺めてため息をつく生百合の隣に、同じようにうなだれる初老の男がいた。
「どうしたものか……」
生百合はひとまず自分の悩みを棚に上げ、その男の話を聞いてみることにした。
「困りごとか?」
尋ねられた男は顔も上げずに、海を見たまま話した。
「ああ、この町はな、陸からも海からも客の絶えない町なんだ。しかし、どうにも最近は活気がない。理由はハッキリしている。ここいらに山賊が出るようになったから、陸からの客足は減り、海には海坊主が出るから船も出せん。そんな状況のまま二ヶ月だ」
「それは困ったものだな」
男はさらに深いため息をついた。
「どうしたものかな」
「その山賊と海坊主。どちらも私が倒してやる」
「なに?」
男は驚いて生百合を見上げた。
「海坊主は得体が知れないから後回しだ。山賊からやる」
「しかし、奴らのアジトがわからなければ」
「町の外でウロウロしていれば出てくるだろう。一人捕まえて拷問すれば吐くはずだ。山賊など大概は忠義を失った野武士だ。堅い口はもってない」
男の名前は木田 泰次郎。先祖代々この港町の発展に尽くしてきた海苔問屋の主人で、本職以外に、町への交通整備や治安維持などにも尽力してきた賢人であり、その功績を幕府から讃えられ、町人からも慕われている事実上のこの町の統率者だ。
今晩から生百合の大雑把囮作戦が開始される。生百合は囮になるために必要なものを、木田に頼んでいた。
「うちの自警団から数人連れようか?」
町の門の手前で男はそう提案した。ガタイがよく、刀を携えてはいるが生百合が女だからだ。
「いらない。数が多ければ相手も警戒する」
「そうか。頼まれていた食料と水、それから明かりだ。旅人のあんたにこんな危険を冒させるのは心苦しいが、頼む。それから、奴らの中に瀬野という隻眼の剣士がいる。こいつに気をつけてくれ。奴らのアジトを探そうと自警団総出で探したことがあったが、見つけ出す前にこいつに襲われて大惨事になったことがある」
「案ずるな。私は負けない」
そう言って、生百合は腰に携えた刀を男に預けた。
「おい、話聞いてたか?丸腰で行くのか」
「これだけ無防備なら相手の奇襲を奇襲できる」
「言っている意味はわからんが、くれぐれも気をつけてくれよ。健闘を祈る」
「ああ」
生百合は食料と水の入った荷物を背に、提灯を片手に、闇が包んだ山道へと歩き出した。
生百合は2〜3日、ウロウロするつもりで、食料や水を持ってきていたが、山賊は獲物が減ったことにより焦っていた。そのため、この生百合の夜歩きを見逃さなかった。しばらく、歩いたところで生百合は周囲の気配に気づいた。真っ暗闇の木々の中から殺気が溢れ出ていた。
単独で武器も持たない人間が一人、夜道を歩いているなんて恰好の獲物だが、それでも山賊たちが躊躇するほど今晩の獲物はガタイがいい。そこで生百合は誘い出すために、ため息をひとつ。それも自分の中で出せる一番か弱い乙女の声でついた。
「ほわぁ」
次の瞬間には、獲物が女だとわかった数人の男たちが、刀を構えて生百合に襲いかかっていた。
正面の男は生百合を叩き斬ろうと、刀をまっすぐ縦に振り下ろすが、生百合は柄を掴んで受け流し、後ろの男の首を斬り飛ばし、正面の男の刀を渡すまいと握る手に膝打ちを入れ、刀を奪ってその男の首を掻き斬る。ほんの一瞬遅れて出てきた左右の男たち。片方の水平斬りを屈みながらかわし、もう片方の横腹を、構えた刀ごと馬鹿力でぶった斬る。水平斬りをかわされた男はすぐさま生百合の首を狙って刀を振ろうとするが、生百合は懐に入って胸ぐらを掴み、男に強烈な頭突きをかました。
あまりの重さ、石頭に男は地面に倒れこむ。その髪の毛を掴んで、顔を地面に押しつけると、男の目元をかすめるように刀を地面に突き立てた。
「お前らのアジトまで案内しろ」
「わ、わかった。わかったから命だけは堪忍してくれ……」
馬鹿力に腕を捻りあげられた男の案内で、山賊のアジトにたどり着いた。そこは洞窟のようになっていて、中には明かりが灯っている。
少し中を進むと、木を張り合わせた扉が現れた。
「案内ご苦労」
生百合は男が何か言う前に首をはねた。
扉の前に立つと、向こう側から番をしている者の声が聞こえた。
「合言葉を言え。山」
「川」
適当に答えた生百合の喉元めがけ、扉越しに刀が突き出てきたが、生百合は瞬間的にそれを避け、同時に扉に刀を突き刺していた。扉から刀へ血が伝ってきた。生百合が刺した刀は扉を貫通し、番の男の腹を突き抜けていた。刀を引き抜いて、女とは思えないほど太く筋肉質な足で、扉を盛大に蹴り壊し、生百合は山賊のアジトへ乗り込んだ。