第三十四話 お前を殺す
小鬼二人を農家に託した後、生百合は鬼の里に戻っていた。鬼たちや殲滅隊の死体は残りの殲滅隊によってすでに回収されていたが、里にはあちこちに血の跡が残っていた。妖怪の群れの時と同じように、大きな岩を転がして、里の中央に持ってきて、石で文字を刻む。安らかに眠られよ。
生百合は建てた墓の前で泣き崩れた。親切にしてくれた里のみんなが死んだ。一生を約束してくれた人が死んだ。なのに、自分は何もできなかった。涙が溢れ、何度も堅角の声が聞こえてくる。この数ヶ月毎日交わした、おはよう、おやすみなさい、いただきます、ごちそうさま。稽古中の痴話喧嘩。プロポーズの言葉。
そっと生百合の背中を撫でる手があった。振り向けばいたのは阿之助だ。
「ひどい有様ですね」
しゃがんで生百合を撫でていた阿之助は、立ち上がりあたりを見回す。
「来ていたのか……」
「ええ、約束通り戻ってきてみたら、まさかこんなことになっているとは」
阿之助は持ってきていた二人分の荷物の片方を、生百合に手渡す。
「旅の準備はできています。今は、行きましょう」
生百合は渡された荷物を背負って立ち上がり、強く拳を握り締める。
「……ああ」
二人は里から西に行き、川を越えて、山を登り始めた。決戦の前日、二人は山頂の開けた場所にたどり着き、木の杭が突き立てられた墓を発見した。
「これだな」
「はい、あとは待つだけですね」
夜になり、慣れた野宿をする。空を見れば、大きな満月が浮かんでいた。
「阿之助。ここまでこれたのは、お前のおかげだ。ありがとうな」
「生百合さんらしくないですね。素直にお礼なんて」
「木郎によろしく言っておいてくれ」
「断ります。そんなの自分で言えばいいじゃないですか」
「頼む」
「……生百合さん。僕は生百合さんと来た道を戻るつもりです」
そこで二人の会話は途切れ、眠りについた。
朝になり起きて、生百合は刀を振り込み、決戦に備える。阿之助はその様子を眺めていたが、二人は一言も交わすことはなかった。そして昼前、山頂へ近づく足音が聞こえた。まるで軽い足音で、阿之助は意外と小さい鬼なのかと思ったが、生百合は気づいていた。隙がなく丁寧な足運び、矢笠をみたときに感じた強者のオーラだ。
姿を現した鬼は大きかったが、縁地より一回り小さいほどで、額の短い角は片方が砕け折れている。背中には金棒、手には墓に添えるらしき花を持っている。一目見てわかる力強さ、洗練された動き、この鬼が今まで戦ってきた、出会ってきた誰よりも強いのだと、生百合はすぐに理解した。それでも、そいつの前に立ちふさがる。
「宮野の町にて、我が師 稲木 龍一を殺したのはお前か!」
鬼は立ち止まり、生百合を見つめ、一つため息をつく。
「あの達人の弟子か」
この鬼、戦角が犯人だとわかった生百合は、刀をまっすぐ戦角に向けて構えた。
「私の名は生百合。師の仇を討つため、お前を殺す。その金棒を抜け!」
「断る」
戦角はそう言って、自分の両親の墓に向かおうと、生百合の横を通る。すれ違うとき、戦角は理由を述べた。
「お前は金棒を抜くに値しない」
あまりの侮辱、屈辱に生百合は刀の柄を握りしめ、戦角に振り返り、怒鳴った。
「私はお前を殺すためだけに、全てを捨ててここまできたんだ!」
声を張り上げても戦角は、生百合のことを無視して墓に向かう。
「ならば、その背中をぶった斬る!」
普段なら必ず正面から打ち合い、武士道を大切にする生百合が、敵の背後を襲うほど、怒りが爆発していた。
戦角の背中に水平に斬り込むが、戦角は振り向いて、膝で生百合の水平斬りを蹴り上げて、浮ついた刀に思い切り肘打ちを入れ、生百合の刀をたやすくへし折り、またため息をついて言った。
「去れ。この山に親以外を埋葬するつもりはない」
そう言って、戦角は墓へ歩いて行った。生百合は立ち尽くした。声もあげずに泣いた。戦いの決着は勝利なら最高。最低でも返り討ちにされ死ぬ覚悟だったが、それすらできない自分の無力が戦角よりも憎かった。阿之助が折られた刀を生百合の鞘に収める。
「生百合さん。山を下りましょう」
泣いたままの生百合の手を引いて、阿之助は下山した。それから一言も話さず、二人は鬼の里に戻ってきた。先に話し出したのは生百合だ。
「矢笠に行く。修行して一年後、奴を討つ」
阿之助は生百合が復讐を諦めていないことに安心した。
「わかりました。修練に専念してください。僕は他のことをします。1年後、この場所で会いましょう」
「ああ」
生百合は加沢へ、阿之助は横原へ向かった。
加沢では農家の夫婦が、小鬼二人を矢笠に送り届ける準備をしていたが、生百合は事情を話し、小鬼二人を引き取って、矢笠を目指す。
横原では幕府の使いが阿之助と登用の交渉をしていた。河童や鬼の長を倒した件で、阿之助は幕府に認められたのだ。しかし、阿之助は断った。もう一つ大きな仕事があるから、それが終わった時に、もっと好条件で雇えと。
それぞれ全く違う思惑の一年が始まろうとしていた。
武士道復讐行、前半戦終了です。
次回からは後半戦に突入します。
生百合に龍の妖気がある理由や、阿之助が偽名を使っている理由。二人を狙う清水家の次男や、戦角のお話になります。




