第三十三話 男の強さ
生百合と堅角が西の川に向かっていると、前方から小鬼が二人走ってきた。
「赤八、牛六。戻ってきたらダメだって。……どうした?」
いつもは生意気なほど元気な二人の小鬼は震えながら泣き、生百合と堅角にそれぞれしがみついている。二人の恐怖の正体はすぐにわかった。
「それが君らの両親か?」
冷徹な声が聞こえ、生百合は二人がきた前方を見た。
「佐伯……」
「おや、いつぞやの大女ではないか」
佐伯は血だらけだが、生傷はない。全て返り血だとわかった生百合は刀の柄に手をかけた。抜刀しようとしたが、その手を堅角におさえられた。
「生百合さんにはまだやることがある。二人を連れて逃げてください」
「でも堅角」
「男っていうのは、愛する人を守る時、一番強くなれるんです。だから行ってください」
生百合は唇を噛み締めた。二人の小鬼を抱きかかえ、走り出した。
「逃す訳……」
佐伯が追おうとするが、堅角が金棒を振り、佐伯の進路を塞ぐ。
「逃す!」
佐伯は一歩後ろに退いて、微笑み、刀を構える。
「そうかい。それじゃあ、男の強さってのを、見せてもらおうか」
佐伯の言葉と同時に、堅角が飛びかかる。
鬼の里では縁地が山側の部隊を全滅させていた。全く余裕はなく、すでに他の鬼は全滅している。縁地自身も、何発も銃弾を受け、傷だらけで息も絶え絶えだ。
「縁地さん」
そんな縁地の元に阿之助が現れる。
「小取。戻ってきたのか」
「里の東に相手の拠点を見つけました。この場をしのいでも、奴らはおそらく、そこを叩かない限り、ずっと襲撃してきます」
「わかった。案内してくれ」
阿之助は里の東へ縁地を連れていく。数分も歩かないところで、縁地が踏みしめた地面が抜け、穴に落ちた。落とし穴だ。
「なんだこれは」
落ちた先の地面には木箱が敷き詰められている。状況は分からなかったが、とにかく抜けだすため、起き上がろうとすると、穴の上から何かが放り込まれる。
「爆弾か……!!小取!!」
縁地の叫び声と共に、大地を震わす大爆発が起きた。
「生きてますかー?」
離れて避難していたが、爆発が収まったのを確認し、阿之助が近寄ってきた。
「こ、小取……貴様」
全身に火傷を負い、傷だらけで瀕死の縁地がさらに、口から血を吐いていた。
「爆弾と毒、半々で入れた僕が考えた最強の落とし穴。どうでした?準備するの結構大変だったんですよ。矢笠さんが警戒していて、矢笠家が支給してくれた銃とか武器は使えなかったんで、周りの町で、鬼退治するからって、火薬とか安く売ってもらったり。縁地さんがしっかり収まるくらいの穴を掘ったり」
阿之助が饒舌になっている間に、縁地は息絶えていた。
「さて、首狩りタイムだ。ノコギリで切れるかな?」
近くに隠しておいたノコギリを手に取った。
「男の強さは時間稼ぎにはもってこいだな。タフな男だった」
堅角は斬られても斬られても、佐伯の前に立ちはだかった。しかし、実力があまりにも離れていた。鬼とはいえ、刀を通さない皮膚など縁地しか持っていないのだ。その時、爆発音が聞こえた。
「どの鬼も弱かったな。小取が大げさに言っただけなのか。怪物は里にいるのか。大女め、また見逃してやることになるな」
佐伯は里に向かった。
銃声が聞こえ、作戦が始まったことはわかっていたが、矢笠の部隊は谷側で逃げてくる鬼を待っていた。
「矢笠様。鬼ども来ませんね」
「さっき周りを見てきましたが、特に逃げ道になりそうな場所はありませんでした。下で待つのが一番正しいと思いますが、もしかすると、鬼たちは里に残って戦うつもりなのかもしれませんね」
「だとすれば、前進しましょう」
「そうですね、逃げてくる者を見逃さいないように、慎重に進みましょうか」
矢笠の指揮で少しずつ前進を始め、里までもう少しのところで、銃声が止んだ。そして爆発音がなる。そのまま進んでいけば、鬼の里には鬼たちの死体と山側の部隊の死体が転がっており、生きている者はいなかった。
「相打ち?」
「佐伯様がいません」
死体を確認した隊員が矢笠に報告した。
「ここにいる」
里に返り血まみれの佐伯が到着した。
「誰かが情報を流したようだな」
「鬼が逃げていたのですか?」
矢笠は何も知らぬような顔で尋ねる。
「ああ、ほとんど殺したがな。それより、誰が流したのかが重要だ」
「わかっているような口ぶりですね」
「明らかに怪しい奴が、この隊には一人いるだろうが」
二人の背後で、重い何かが地面に落ちる音がした。
「誰が怪しいですって?」
血にまみれた大きな風呂敷を置いたのは、息を切らしている阿之助だった。佐伯は無言で阿之助の風呂敷を開く。中には大きな鬼の頭が入っていた。
「山側の部隊を全滅させた鬼の長ですよ。僕の手柄ですね」
阿之助は不敵な笑みを浮かべた。
川の近くの洞窟に、生百合と小鬼たちは隠れていた。壁にもたれて座り、二人の小鬼を抱きかかえながら、生百合は待った。それでも迎えは来なかった。生百合は悔しさや、悲しさで今にも泣きそうだったが、二人にそんな姿を見せては、ますます不安にさせると思い、なんとかこらえていた。
銃声が止んでから、もう何時間も経ち、日は完全にのぼりきっている。もし、里を守れたならこんなに長い時間迎えが来ないわけがない。鬼たちが負けたのは容易に理解できる。理解できるが認めたくなかった。しかし、ここにいては仕方がない。そう思い生百合は決心した。
「二人とも、頭巾を深くかぶって」
生百合は二人を連れて、加沢に向かった。加沢は鬼との交流があり、友好的だったため、事情を話せば二人を匿ってくれると思ったからだ。そしてその考えは正しかった。
「ああ、任せな。うちで匿ってやる」
加沢の農家の若い夫婦が引き受けてくれた。
「ありがとう。勝手なことを言って悪いが、もしできるなら、矢笠家の屋敷に二人を届けて欲しい。あそこは妖怪が生きられる」
「矢笠だな。わかった。仕事はあるが、幼い命にはかえられねぇ」
「すまない」
決戦まではあと四日だった。




