第二十九話 ただ一人の兄なんです
阿之助は鬼たちの長 縁地と話をしていた。場所は里の中でも一際大きな長の家だ。
「あの娘に謝罪を伝えて欲しい。師を侮辱するようなことを言って、申し訳なかったと」
縁地は全身に火傷を負っており、治療のため安静にしなければならず、布団の上に横たわっている。阿之助は傍らに座っている。
「わかりました。伝えます」
「すまんな。戦角と戦いたいなどという者の力量を測りたかったのだ。わしに苦戦するようでは、到底、戦角には及ばん。無駄死にするだけだ」
「その結果、生百合さんはあなたを倒しましたけど」
「ああ、認めるしかないな。戦角と戦っても、勝負にならないということはなさそうだ。雷さえ落とせば、いくら戦角でもたまらんだろう」
阿之助は首をかしげた。
「生百合さんが雷を落としたと?」
「あの娘、雷が落ちる直前、妖気が漏れていた。それもそこらの妖怪の妖気ではない。龍の妖気だ。お前、あの娘と旅をしているのだろう。おかしいと感じることはなかったのか」
思い当たる節がいくつかあった。
「まあ、確かに、怪我の治りはすごく良いし、ゴリラみたいな怪力だけど、まさか龍だなんて。そもそも、姿が違うじゃないですか」
「人の姿をしている理由も、絶滅したはずの龍の気を持っている理由もわからんが、間違いなく、ただの人間ではない」
阿之助は縁地との話を終え、堅角の家に帰ってきた。
「戻りました」
「ああ、おかえりなさい。縁地様はなんと?」
「生百合さんに謝罪と、戦角と戦うことを認めると」
出迎えた堅角は、阿之助の報告を聞くと、すぐさま、生百合が寝ている布団の横に座り、代わりに報告する。
「生百合さん、縁地様が戦角と戦って良いって、あと、謝罪も。あれ?小取さん、謝罪はどういう……」
堅角の隣に座った阿之助は、落ち着いて、話してきたことを伝えた。しかし、龍の件はややこしくなると思い、黙っていた。
「試されていたのか。しかし、私は負けたのに、なぜ認められたんだ」
生百合の言葉を聞いて、阿之助と堅角は顔を見合わせる。
「生百合さん。覚えていないんですか。師匠を侮辱されてから、キレて怒涛の攻撃で縁地さんを圧倒して、最後は二人とも雷に打たれて終わったんですよ」
「慰めならもっとうまくやってくれ。力の差は明確だった。それに雷に打たれて無事なわけがないだろう。火傷すらしていない」
どんな死闘も制してきた生百合でも、あの桁外れの鬼を打ち負かし、雷を耐えたなどとは到底思えなかった。しかし、堅角が事実なのだと告げる。
「本当ですよ、生百合さん。集まっていた鬼たちも見ていましたし、雷が落ちた稽古場には焦げ跡が残っています」
「なら、なぜ私は生きている?」
「それがわからないんです。奇跡としか言いようがありません」
「まあ、無事だったんだし、よしとしましょうよ。堅角さん。そろそろ夕飯にしましょう」
少々強引な阿之助の提案により、会話は断ち切られた。夕食は山菜の味噌汁と近くの川で獲れた魚の塩焼きだった。生百合は体が動かないため、食べさせてもらう必要があり、阿之助が立候補したが生百合に却下され、堅角が食べさせることになった。
「もう長いこと一緒に旅をしている気心知れた仲間なのに、こういうところで冷たいですよね」
「お前に世話なんかされてたまるか」
生百合は堅角に起こしてもらい、もたれながら、骨を取りほぐされた魚の身を、口に運ばれるがままに食べている。
「頼られてないなぁ」
「お前はすぐ毒を盛るからな」
「生百合さんには盛りませんよ」
「ええぇ……」
盛ることを否定しない阿之助に、引き気味の堅角であった。
生百合は動けないため、堅角の家でそのまま看護することになったが、阿之助は看護も生百合に断られたため、里の仕事を手伝い、堅角が看護を行った。
昼間は阿之助は洗濯や釣りで忙しくしているため、家には生百合と堅角の二人っきりだ。
「嫌なら言わなくていいが、戦角の居場所を知っているなら、教えて欲しい」
生百合にとって、堅角は世話をしてくれる恩人だが、同時に仇に最も近い人物でもある。布団の隣で編み物をしている堅角は、表情を曇らせながらも答える。
「居場所は知りませんが、戦角は必ず、父と母の命日に、ここから西の山の山頂にあるお墓に来ます。何度か会って話をしましたが、毎年欠かさず来ていると言っていました」
「その命日はいつなんだ」
「三ヶ月後です」
「わかった、ありがとう」
「……本音を言えば、戦って欲しくないんです。戦角がしたことは許されないことです。生百合さんが殺したいほど憎いというのも、わかります。でも、そんな酷いやつでも、ただ一人の兄なんです」
「殺さないでくれと?」
「いえ、戦うなら生百合さんに勝って欲しいですし、生百合さんが勝つべきです。そう思っていますが、二人が戦わず、戦角は違う何かで報いを受け、生百合さんは復讐から解放されるというのが、僕の理想です。戦角が来るまで、三ヶ月あります。その間に少しだけでも、考え直してもらえませんか」
決戦は三ヶ月後。生百合は心を決めるため、動けるようになっても鬼の里にいるつもりだったが、阿之助はこき使われるのが嫌だったため、里を出て行こうとしていた。
「なので、決戦前までは辺りをふらついてきます」
「怠惰の塊だな」
一応、生百合に告げた阿之助だが、なんと言われようと、出て行くことは決めていた。面倒くさいことが大嫌いなのである。
「堅角さんや他の方にも、適当な理由を言ってあるので、バラさないでくださいね」
「ちょうどよく、口が石にでもなったら黙っておこう」
「石になーれー」
布団で寝ている生百合の口に手を当てる阿之助。
「早く行け。鬱陶しい」
「じゃあ、三ヶ月後に。お大事に」
こうして阿之助は里を出て行った。




