第二十六話 生きたい
河童を追うのは阿之助と生百合の二人となった。矢笠とその他討伐隊は怪我人を抱え、屋敷へと戻っていった。二人は河童が持って行った腕から滴る血の跡を追って、森の中へ入っていった。
「なんの勝算があって、一人で行こうとしたんだ?」
「生百合さんは最初から付いてくると思ってたので、別に一人で行こうだなんて思ってなかったですよ」
「私がいれば勝てるのか?」
「河童が持って行った腕。あれは河童の食べ残しです。つまり河童は人を食べる。だから遺体から腕をとって、毒を目一杯塗りたくって河童に渡す。河童があの腕を食べれば、それで終わりです」
「毒が効けばいいが」
「効かなくても、殺す方法があります」
「聞こうか」
「矢笠さんが河童の資料を見せていたと思うんですけど、あれの何倍もの情報が載った本を、木郎くんと鬼の情報集めで、書物庫を漁っていた時に見つけました。そこに河童の弱点が載っていました」
「弱点?」
阿之助は自分の頭のてっぺんを指差す。
「頭の上のお皿です。このお皿には河童の魂が詰まっていたり、命の源だったりするそうです。乾くか割れるかすると、河童は力を失ったり、死んだりします」
「なぜ、その情報を黙っていた?」
「無論、手柄を上げるためですよ」
「気に食わない」
「わかってます」
すると森の中、獣道に阿之助が毒を塗った腕が落ちていた。
「食べた痕がありますね。多分、そこらへんでのたうち回っていると思います。手分けしましょうか」
「ああ」
二手に分かれ、周囲を探索する。
「木郎くんって妖怪なんでしょ。なんか妖術とか見せてよ」
「嫌だよ」
木郎が縁側に座り、生百合のことを考えていると、同い年くらいの女の子が話しかけてきた。
「ケチ」
「うるせぇ」
女の子はそう言いながらも、木郎の隣に座った。短い髪で、目がくっきりしていて、気が強そうな女の子だ。
「あれでしょ?討伐隊のあのお姉さんが心配なんでしょ?わかるよ。私もみんなのこと心配だもん」
「別に心配じゃねぇよ」
「でも、あの河童強いんでしょ。死なないらしいし、もしかしたら、討伐隊でも勝てないかも……」
「生百合さんは強いんだ。どんなヤツが相手だって、絶対勝つんだ」
「そんなに信じているなら、何をボーッと考えてたのさ?」
木郎は表情を曇らせた。
「置いて行かれるかもしれないんだ……」
「あっ、甘えん坊だな!」
「そんなんじゃねぇよ!」
「でも、その生百合さんと一緒にいたいんでしょ?」
木郎は黙り込む。甘えているわけじゃないが、全てを失った木郎にとって、心の拠り所が生百合だったのも事実だ。
「別にここも、そんなに悪いところじゃないよ。家事の手伝いは大変だけど、みんないい人だし、何かあれば、宗将様が守ってくれるし、私もいるし」
「でも……」
「私の名前はお菊っていうの。生百合さんと同じでお花の名前だよ。それに見て」
お菊は縁側から外にでて、庭の隅に置いてある木刀を持ってきて、振って見せた。
「稽古してるから、刀だって振れるよ。生百合さんとほとんど同一人物じゃない?」
「全然違う」
「女の子が頑張ってんだから、嘘でも褒めてよ」
「嘘は良くない」
「バーカ!」
生百合が森の中を探索していると、木々が少し開けた場所に出た。
「いないな」
つぶやいた瞬間、後ろに殺気を感じ、振り向けば河童が飛びかかってきていた。鋭い突きをなんとかかわし、妖刀を握る右手を掴むと、裏拳を河童の顔にくらわせ、刀を斬り上げて右腕を斬り落とす。
河童は負けじと水鉄砲を放つ。生百合は首を傾げてかわし、河童にさらに斬りかかろうとするが、斬り落とした右腕が握っていたはずの妖刀が、生百合の背中を貫いている。妖刀は浮かび上がり、河童の左手に収まる。右腕は落ちたままだが、河童の体から新たな右腕が生えてきた。
「化け物だな」
ところが、河童は口から血を吹き出す。
「毒が効いているのか。その割には元気じゃないか」
深い踏みこみから、速い攻撃。生百合は袈裟を斬られるが構わず、河童の頭を掴み、近くの木に叩きつける。そのまま、刀の柄で河童の頭頂部を殴ろうとするが、妖刀で肩を貫かれ動きが止まる。河童を押さえつけている手も、水鉄砲で貫通され、弾かれる。それでも逃すまいと、河童の腹部に膝を打ちつけ、木がめり込むほど押し込む。前屈みに倒れそうな河童の首を、貫通された手で掴み、石頭の頭突きを河童の頭頂部にくらわせる。頭の皿にヒビが入り、河童は倒れこむ。生百合は木にもたれかかる。
静かだった森の木々がざわめいた。
「生きたい……」
河童はかすれた小さな声でつぶやき、血を吐きながら立ち上がる。
「まだやるのか。とことん付き合ってやる」
ふらつきながら生百合も立ち上がる。あたりには雨の匂いが立ち込める。
生百合が河童に斬り込む。袈裟を斬られながらも、河童は水鉄砲を放ち、生百合の喉を貫き、さらに妖刀が生百合の太ももを貫く。生百合は崩れ立膝をつく。低い体勢のまま、河童の腹を水平に斬り裂くが、河童は生百合の頭を横から掴み、地面に叩きつける。押さえつけて、覗き込むようにして、河童は生百合の頭に水鉄砲を放とうとしている。その時、一発の銃声が響いた。河童は生百合の上に倒れた。
「あぶなー。大丈夫ですか、生百合さん。ってすごい怪我!」
阿之助が放った銃弾が、河童の皿と頭を貫通し、皿が完全に割れていた。
「まったく、見つけたならプライドとか捨てて、呼んでくれればよかったのに」
自分の上に倒れている河童をどかして、生百合はなんとか起き上がる。
「すまない。助かった」
「いいですけど。歩けますか?」
「ああ、大丈夫だ」




