第二十五話 討ちに行く
盗まれた妖刀は村正と言い、斬った人の命を吸収し力に変える。自我を持ち、持ち主に人を殺すように語りかけてくる。いずれは持ち主の意識を乗っ取り、虐殺を始めるようになり、持ち主が死ぬまで止まらない。二十数年も前に、この妖刀を持ち、人を殺し回った最悪の剣士がいたが、矢笠の前当主に討ち取られ、その後、矢笠の屋敷で保管されていた。
「危険な刀だな」
「時間が経てば手に負えなくなる」
矢笠家では緊急の会議が開かれていた。そこには生百合も参加している。
「討ちに行く」
「どこに行ったかもわからないのに、むやみに動いても仕方がないですよ、生百合さん」
「では、どうする?」
「まず敵を知ることです。おそらくあれは河童。資料があります。緑色の甲羅を背負った猿のような見た目で、くちばしがあり、そこから水を吹く。完全に一致します。問題は生百合さんの話だと、あの河童が人魚を食べているということです」
大広間に集まって、屋敷の中でも腕利きの剣士や、家臣は宗将の話をしっかりと聞いている。
「人魚の血肉は食べると不死になるという言い伝えがあります。事実、あの河童は首を斬られても動き、生百合さんが与えた致命傷を回復していました。つまり、不死であり妖刀を持った河童ということです。早急に対処する必要がありますが、迂闊に動けば返り討ちです。情けないですが私は手負いで、万全とは言えない。捜索はしますが、接触は避け、場所を把握し、その間に応援を呼び、戦力が整い次第対処する」
するとそこへ、門下生が慌ててやってきた。
「大変です!東の長谷の町が襲われました!幕府から大至急対処せよとの通達が!」
「作戦を練る暇もないか」
河童討伐隊が組まれた。少数精鋭で、まだ傷が治っていない矢笠や生百合を含む、矢笠家の手練れが数人。幕府からの命令だと聞きつけた阿之助もついてきた。
「なぜついてきた。お前じゃ敵う相手じゃない」
生百合は悪態をついている。
「いいじゃないですか、たまには僕だって活躍したいんですよ」
「バカは命がいくつあっても足らない」
「今回は幕府の命令です。手柄をあげれば名が知れる」
「くだらない」
「出世は男の本懐です。生百合さんの手は負わせませんよ」
討伐隊は東の長谷の町へ到着した。ここは港町だが、立崎や大橋ほど栄えておらず、漁村といった感じだ。
「人の気配がない」
「手分けして手がかりを探しましょう」
「了解」
各々、民家をあたり始めたが、海も河童の活動範囲だと知っていた生百合は、港を辿って砂浜にいった。砂浜には、ヒレのついた足のような足跡があり、町の方へ向かっていたが、どこから来たのかを辿ると海に続いていた。波打ち際では足跡がぐちゃぐちゃに重なり、地団駄でも踏んだようになっている。その傍らに黒いタコのような巨体が打ち上げられていた。
「海坊主……」
駆け寄ったが、海坊主はすでに八つ裂きにされ、死んでいた。生百合は拳を強く握った。町の方で叫び声が聞こえた。恐怖に怯えた声だった。
阿之助は民家をあたっていた。すべての民家に鍵がかかっていなかった。争った跡がある民家もいくつかあり、襲われたのは間違いなかった。
「お邪魔しまーす」
三軒目の民家の扉を開けた。大抵の物事は動じない阿之助も悲惨な光景を目にし、一瞬だけ思考が停止した。民家の中には何十人という人の遺体が積み上げられていた。それも、斬り裂かれ、食いちぎられた痕がある遺体ばかりだ。
「グロ……」
つぶやいた阿之助は、思考をフル回転させ、誰かに知らせようとはせず、民家の中に入っていった。その時、叫び声が聞こえた。
叫び声を聞きつけ、駆け付けた生百合と矢笠が合流し、声の方へ向かった。声がしたのは一つの民家の前で、例の河童が討伐隊の一人を、妖刀で貫き高く掲げていた。河童は体の大きさが増しており、子供ほどの大きさだったのが今では成人した男ほどの大きさだ。骨格も人間に近づいている。
こちらに気づくと、掲げていた男を振り落とし、深い踏み込みから一瞬で間合いを詰め、矢笠を狙う。
「私が引き受ける。他の者は彼の手当てを!」
矢笠が討伐隊のメンバーに指示を出すが、もうそこまで凄まじい速さの太刀が迫っている。生百合が見た中では、伊東の神速の剣に近かった。しかし、矢笠も攻撃を受け続けている。
(前とは比べものにならないほど強くなっている。不死で妖刀まで使いこなすか、この化け物)
矢笠には少々の焦りが見えた。もし、次の町を襲われ、妖刀がさらに力を増せば、本当に誰も手がつけられなくなる。ここで仕留めなければならないが、それすら難しい。
押され気味の矢笠のため、生百合が河童に割って入り、水平に斬り払う。たとえ受け止められても、怪力でふき飛ばしてやろうと思っていたが、河童は水平斬りを跳躍してかわし、生百合の顔に水鉄砲を吹いた。生百合は紙一重で首を傾げてかわし、その隙に矢笠が河童の首をはねて、すり抜ける。後に続き、生百合が河童の脇腹を斬り裂き、距離を取る。
河童はとっさにはねられた頭を掴み、首に押しつける。すると首は元どおりになり、その間に腹の傷も治っている。
「傷の治りが早くなっている」
「これは骨が折れますね」
「反則だ」
ため息をつく二人。そこへ阿之助がやってきた。
「すみません、遅れました」
河童は標的を阿之助に変え、襲いかかった。生百合も矢笠も阿之助をかばえる位置にいなかった。阿之助はかわそうとするが、右腕を断ち斬られる。その腕を持って河童は逃げていく。
「小取さん!今すぐ手当てを」
矢笠は阿之助に駆け寄った。
「大丈夫ですよ。あれ、僕の腕じゃないんで」
「は?」
阿之助は着物の袖から右手を出して見せた。
「こんなこともあろうかと、遺体の腕をつけておいたんです。囮の部位ですよ」
「……。そっちは?」
刺された男はぐったりを横たわり、仲間の手当てを受けている。
「なんとか生きていますが、今にもです。一度戻って、ちゃんと治療しないと」
矢笠は悩んだ。ここで一人を見殺しにし、追撃しなければ、河童の脅威は増す。しかし、この男は矢笠と共に、稽古に励んだ人となりを知る人物。簡単に見捨てることなどできない。
「僕が行きますよ。河童」
手柄が欲しい阿之助は名乗り出た。
「でも、危険です。悩ましいですがここは一度戻って、やはり作戦をしっかり立てたほうがいい」
「仲間思いですね、矢笠さんは。でも、ここで追わないということは、もっと被害を増やすことになる。だから、僕が行きます。矢笠さんや他の皆さんはその人を連れて戻ってください」
「勝算はあるんですか?」
阿之助はニヤリと笑う。
「ここらで矢笠さんからの信頼を回復したいので。知ってますよ、四六時中、僕のことを監視してたの。ここで、河童を倒せばちょっとは信用してもらえますよね」
次回、河童との決着をつけに行きます。




