第二十四話 無尽の剣士
三人は来客用の部屋を用意され、食事を振舞われた後、川の字で就寝した。といっても、木郎は生百合の腕枕で寝ているため、完全な川の字というよりはリの字に近い。
木郎は目が覚めてしまった。催したのだ。一人で布団から抜け出し、厠を目指す。途中に縁側があり、昼間は門下生たちが庭で稽古しているため賑やかだが、夜になるとどこか不気味な様相を表す。しかし、木郎は妖怪であり、雰囲気はそれくらいの方がむしろ心地いいのだ。
怖がることなく厠で用を足し、戻ってきたが、縁側に人が座っていた。
「用は済んだかい?木郎くん」
木郎は少し驚いた。そこにいたのが当主様だったからだ。
「ここに座って話をしないか」
矢笠は自分の座っている横の床板を、軽く叩いて誘う。
「いいけど、俺になんかようか?」
「今日はいい夜だね」
縁側に座り、足を投げ出す木郎だが、矢笠の言葉の意味はわからない。
「よくわかんねぇけど、三日月は嫌いだ」
矢笠は微笑んだ。
「妖怪だろう。君」
唐突に言われ、木郎は言葉が詰まったが、必死に隠そうとした。
「は、はあ?意味わかんねぇよ」
「生百合さんから聞いたんだ」
矢笠は隣に座る木郎の肩を抱く。
「辛いことがたくさんあったと聞いた。でも、大丈夫だよ。ここには流刑地出身の子もいる、キリシタンの子もいる。君が妖怪だなんていう理由だけで、幕府に命を狙われていても、私が守る。矢笠が守る。ここが君の家になる」
「ちょ、ちょっと待てよ。俺は生百合さんと……」
「この提案をしたのは、その生百合さんだよ。決して無理強いはしないし、生百合さんとも話して欲しい。嫌なら断ってくれて構わない、でも、私は君の味方だよ」
木郎は黙り込んでしまった。
「まあ、少し考えておいてよ」
木郎は部屋に戻り、布団に潜り込み、生百合の懐に収まった。
「生百合さんと一緒がいいよ」
その時、とてつもない力で、何かが壊される音がした。音で起きた生百合と、面倒ごとに巻き込まれたくないため、寝たふりの阿之助。
「生百合さん。なんだろう」
「ここにいろ。見てくる」
刀を携え、部屋を出た生百合は、音がなった方へ向かった。廊下を走れば、音で起きてきた門下生や、屋敷の人たちが一緒に音の方へ向かっていた。
場所はすぐにわかった。一つの部屋の扉が壊されていたからだ。部屋の中には甲羅を背負い、腹部には切り傷の痕がある緑の猿のような獣が、禍々しい冷気を放つ刀を握っていた。
「生きていたか」
そいつは人魚の住処にいた化け物だった。
化け物は凄まじい速さで、生百合を斬ろうと襲い掛かるが、その刀は居合で受け止められ、馬鹿力で弾きかえされ、壁に打ちつけられる。すぐさま、生百合が追撃しようとするが、化け物が握る刀は、まるで動きが自立しているようで、攻撃を受けきり、生百合の袈裟を斬ると、化け物はすり抜けるように逃げ出した。
生百合は傷など気にせず追いかける。後に続く屋敷の人たちは、騒ぎを伝えて広め、すぐに矢笠の耳に現状が報告された。
「宗将様!妖刀 村正が盗まれました!」
「その騒ぎか。みんなを起こして正門前に集めなさい」
化け物は走っていた。足が速く、生百合は追いつけずにいた。ついに化け物は屋敷を出て、正門に向かうが、そこには刀を抜刀した矢笠が待ち構えていた。化け物は足を止め、刀を構える。
「我が矢笠に入り込み、盗みを働き、ただで帰られると思わないことだ」
化け物の周りに門下生たちが集まり始める。
「その刀は人を選ぶ。お前がふさわしいか、私で試してみるといい」
矢笠 宗将。最強の剣士として、佐伯と並べられるが、数々の流派を転々とし、徐々に名を上げていった努力派の佐伯とは違い、この男を表すのは天才の二文字である。矢笠の後継として生まれ、物心がつく前から刀を握っていた。それまでは瀬野が15歳で入ったのが、最年少であった稽古房にわずか10歳で入り、あろうことか1日で実の父 矢笠 時正を倒して出てきた大天才である。その後、決闘を申し込んでくる者が後を絶えなかったが、全てを圧倒し、その戦いぶりからある通称が全国に広まるようになる。
化け物が刀を振り回し襲ってくるが、完璧にいなす矢笠。攻めているのは化け物で徐々に矢笠は押されている。攻撃の切れ間を見計らい矢笠は飛び上がる。化け物は頭上を舞う矢笠を攻撃し続けるが、体を翻し空中でも、自在に動く矢笠は応じ続け、着地と同時に化け物の首を斬り飛ばした。
生百合は呆気にとられた。見たことのない攻撃、見たことのない応じ方、それでいて、1ミリも隙のない動き。
「無尽の剣士か」
化け物は首を落とされてもなお動いていた。自分の頭を拾い上げている。異様な光景に警戒した矢笠は、さらに攻撃を畳み掛けようとするが、化け物は落ちた頭の口から水鉄砲を放った。矢笠は刀で払おうとするが、その水圧は凄まじく、矢笠の刀は折れ、水鉄砲はそのまま矢笠の肩を貫いた。化け物は握った妖刀と落ちた自分の頭を、矢笠の屋敷の門外、遠くへ投げた。残された体は倒れ、起き上げってくることはなかった。
「油断した。頭がなくても動くとは」
刀を納め、肩を抑える矢笠に生百合が話しかける。
「おそらく、奴はまだ生きている」
「あの化け物を知っているんですか?」
「一度、海で斬った。致命傷を与えたはずだが、治っていた。刀と頭を投げたのはそれだけで逃走できるからだろう」
「厄介な」
二人の元に門下生が駆け寄ってきた。
「お二人とも、手当てを」




