第二十三話 因縁
生百合と矢笠の戦いには、沢山の見物人がいた。ほとんどが門下生だ。場所は大道場で、二人が持つのは木刀だ。
「相対すると、あなたの強さがよくわかります」
矢笠は木刀を斜に構えている。しかし、構え方などどうでもいいほどに、この男には隙がない。
「相対せずとも、当主殿の強さはよく分かる」
生百合は木刀をまっすぐに構える。
「では、行きます」
全く隙のない構えで、滑るようになめらかに近づく矢笠に対し、生百合は微動だにしない。
「地線斬!」
早い太刀筋の水平斬り、生百合は下から払い、袈裟を斬る。難なく木刀で防ぐ矢笠だが、少ない振りからは想像できないほどの重さで、驚きのあまり、苦笑いが漏れた。
「炎昇斬!」
すり抜けた矢笠は、生百合の脇腹を斬り上げるが、距離をとってかわされる。深い踏み込みから、離された間合いを一気に詰め、追撃を狙う矢笠は、生百合の目の前で、飛び上がる。
「雷天斬!」
振りかざされた木刀。生百合は真上に構え、迎え打とうと振るうが、容易に払われ、矢笠は着地するまでに、生百合の左右、半身を二度ずつ打ち切った。
目にも止まらぬ攻撃であった。周りの門下生からは、感心と驚きの歓声が上がった。
「勝負ありましたね」
「最初からわかっていた」
二人は木刀を収めた。
「嘘です。あなたの強さは、こんなものじゃない。実戦以外で引き出せないのが残念です」
「実戦だろうと、結果は同じだ」
「またまた。少し話しませんか?あなたとは因縁がある」
その頃、木郎と阿之助は鬼の資料を探していた。膨大な書物が保管された書物庫に入れてもらったところまでは良かったのだが、その量あまり、管理している者も内容までは把握していないようで、二人は手当たり次第に調べている。
「木郎君、あった?」
「ダメだ。この辺は全部、地形の戦術のだった。そっちは?」
「うん、鉄の精錬方法ばっかり。一応、種類分けはされているみたいだから、オカルト系のが当たるまでは大雑把に見ていこう」
「了解ー」
木郎は生百合を慕っているが、特に阿之助の事はなんとも思っていない、それだけに二人はとても気の抜けた間柄だ。
「おい、利久。これじゃね?」
「あっ、天狗の資料。このあたりにありそうだね」
矢笠と生百合は縁側から、庭で稽古に励む門下生たちを見ながら、話していた。
「矢笠新陰流というのは、技名を発声するのか?異様な戦い方だと思うが」
「フフ、あれはたくさんの弟子たちが見ていましたから、どの技をどこで使ったか、わかりやすくするためですよ。実戦ではしゃべりません」
「さすがは師範だな」
矢笠は快晴の空を見上げて笑った。
「生百合さん。瀬野 孝三郎という男を覚えていますか?あなたが斬った大橋の山賊です」
「そんな奴もいたな」
「あの人は私の兄のような存在でした」
「……それはすまない事をした」
「いいえ、責めているんじゃないんです。むしろ、感謝しているくらいです。あの人は悲しい人なんです」
矢笠は瀬野の事について話し始めた。
瀬野 孝三郎。この男は幼少の頃より剣技に優れ、神童と呼ばれるほどだった。その才能を認められ、10歳の時、矢笠家の前当主 矢笠 時正に召し抱えられた。その後、稽古でも、瀬野は同世代の子供よりはるかに強く、成長していくにつれ、みるみる強さを増した。
矢笠家では、稽古房と呼ばれる場所があり、そこは道場とは違う目的で使われている。当主、師範が認めた者だけが立ち入りを許され、師範を打ち負かす事が出来るまで、出る事は許されない。稽古房では師範は手加減などしない。そのため、ここに入ったはいいが出られず数年、数十年経つ者が多い中、瀬野は15歳で入り、たった二ヶ月で出た。この早さと若さは過去になかった。そして、稽古房を出ると、普段の稽古や仕事などで自由がきくようになる。
そのため、この頃から瀬野は、矢笠家の長女 矢笠 春に恋をするようになる。二人は幼い頃から知る仲ではあったが、瀬野の自由がきくようになると頻繁に会うようになり、やがて愛し合った。しかし、矢笠 春は武器生産において、最高の技術を持つ長浜家に嫁がされる事になった。政略結婚である。これに反発した瀬野は矢笠 時正と衝突した。その時、時正に片目をえぐられ隻眼となったのだ。春との駆け落ちも考えたが、春はやはり家は捨てられないと言って嫁いで行った。
瀬野は最後に、自分が仕えてきた家に刃を向けた。
「なあ、宗将。俺を止めてくれよ」
屋敷の庭で宗将に真剣を向けて構える瀬野。
「私に瀬野さんを斬るなんてできません」
「頼むから止めてくれ。でないと……皆殺しにしちまいそうだ」
速い斬り込みだったが、宗将は払い除け、瀬野の首元を狙うが、手が止まる。
「やっぱりできません」
瀬野は刀を納めた
「強くなったな、宗将。お前がいれば矢笠は安泰だ」
これが、瀬野と矢笠 宗将の別れであった。
「山賊になって、堕落したまま、人を斬って生きるより、生百合さんに殺された方が百倍マシです」
「戦闘狂になっていた」
「そうですか。姉がもう少し、情に流される人なら、こんなことにはならなかったんでしょうが、もう過ぎたことです。次はこれからの話をしていいですか?」
「なんでも話そう」
「清水家の話です」
生百合と阿之助が滅ぼした家だ。
「あそこには次男がいます。名前を清水 十字郎。5歳の頃から剣の道に入り、9年間うちで稽古をしていました」
「今はいないのか?」
「ええ、清水家崩壊の知らせを聞いて、その犯人に復讐するといって出て行きました。彼は生百合さんと小取さんを狙っている。でも、さっきの戦いでわかりましたが、彼の腕では生百合さんは到底倒せない。なので、殺さないであげてもらえませんか?」
矢笠が生百合の力量を測りたかったのは、復讐に向かった門下生が、敵う相手なのかを知るためであった。
「案ずるな、子供を殺す気はない。チビにも伝えておく」
「お願いします」
門下生に稽古をつけようと、立ち上がる矢笠を生百合は引き止めた。
「当主殿、私からも頼みがある」




