第二十二話 3・2・1
今日の立崎は賑わっている。年に一度のカゴ流しの祭りが開催されているからだ。屋台が大通りにならび、様々な海鮮料理や、流すカゴや、カゴに入れる花や貝を売っている。カゴや中身を選び、海に流しに行く人や、買い食いを楽しむ人で、町中が盛り上がっているのだ。
太鼓や笛が鳴り響き、漁師たちは人魚に捧ぐ踊りを踊る。そんな賑やかな音が聞こえる港にて、海に物を流すなと、怒り出しそうな海坊主を、生百合は人魚の弔いのための儀式だと言って、説得している。
「そういう訳だから、今日だけは勘弁してやってくれ」
「でも、汚れる」
「人魚たちに少しでも、安らかに眠ってもらうためだ。なあ、海坊主」
「……わかった。今日だけだ」
渋々了解し、海坊主は海へ帰って行った。
浦岡はホヨの看護のため、家に残り、生百合と木郎はお祭りを楽しんだ。一方で阿之助は由紀とお祭りに出向いたが、由紀が人目を避けようとするため、人のいない、町の端にある浜から、カゴを流すことにした。
「ここなら、静かですし、だれも来なさそうですね」
「ごめんなさい、私のせいで」
「いいんですよ。さあ、カゴを流しましょう」
阿之助に促されて由紀は、浜辺に屈んでカゴを流す。その背中を蹴り、うつ伏せに倒れた由紀の首を抑え、後頭部に銃を突きつける。
「ウガゥ……!と、利久さん!?」
当然、由紀は困惑する。しかし、阿之助はそんな演技に騙されるほど甘くなかった。
「僕に近づいた目的は?」
「へ?近づいてきたのは利久さんの方じゃないですか」
「わかりました、質問を変えます。誰に雇われているんです?」
「と、利久さん、痛いですぅ。わ、私、なんのことか全然……」
「この町に「由紀」なんて人はいません。誰も嫌われ者の由紀なんて知りませんでした」
「……」
「雇い主を教えてくれたら、命だけは助けてあげます。このまま沈黙するなら殺します」
阿之助は由紀に思考する間も与えないよう、すぐさまカウントを始め、3・2・1と脅した。1と言われるのと同時に、由紀は根を上げた。
「九条 シオ様です……」
名前を聞き、阿之助は大笑いした。
「そうか、妖怪を抱え込ませた件がバレた訳ですね。もっと、怖い人からだと思いましたよ。じゃあ、おみあげに由紀さんが調べていた答えを教えてあげますよ」
「えっ?」
「妖怪を九条家に送り込んだ目的は、妖怪を守るためです。妖怪が全滅すれば、生百合さんが狂いかねなかったから。まあ、思い通りにはいきませんでしたけど」
嘘をついて、阿之助は銃をしまい、由紀をはなす。由紀は逃げるように走り去っていった。
次の日、三人は約束の港にて再会を果たした。生百合と木郎は、浦岡とホヨにとても感謝され、いい気分でこの場所に来ていたが、阿之助はせっかくのリフレッシュの後味が悪かったため、いい気分ではなかった。
「鬼の情報はなかった」
「そうですか、こっちもです。ここから西にある矢笠家が、たくさん書物を置いているみたいなので、そっちに行きませんか」
「ああ、そのつもりだった」
三人は矢笠家に向かい、再び旅を始めた。
森の中に大きな屋敷がある。塀で囲われた広大な敷地の中で、たくさんの剣士達が自らの腕を磨いている。この矢笠家は剣の道の名門だ。先代の当主 矢笠 時正は名を馳せた剣豪であり、現役を引退してから、流行り病で他界する三年前まで、矢笠新陰流の師範を務めていた。今はその息子 宗将が継ぎ、矢笠新陰流を門下生達に伝授している。
最強の剣豪 佐伯 小太郎と並べられることもある矢笠 宗将は、領地の実権を姉夫婦に預け、自らは剣の道のみに生きている。そのため、稽古時間外は家の雑用などをすることが多く、三人が矢笠の屋敷に到着すると、門前をほうきで掃除している最中だった。
「お客さんかな?」
矢笠は三人の身なりを見つめる。
「まさか、当主殿が掃除をされているとは思わなかった。矢笠 宗将殿、私は宮野の町から来た生百合という者だ。本日は、お伺いしたいことがあって、参上致した次第」
かしこまっている生百合を、初めてみた阿之助と木郎は、呆気にとられている。
「噂は予々聞いています。どうぞ、お入りください」
屋敷の前の庭では、門下生達が十数人、木刀を素振りしている。その脇を案内され、三人は客間に通された。
「今、お茶を淹れます。こんな山奥まで、大変でしたでしょう。ごゆっくりしていてください」
矢笠は物腰柔らかな好青年で、知名度や噂から無骨な剣士だと勘違いする者も多いが、至って物静かな性格だ。
「なんか、思ってた人と違う」
「確かに、もっと、ゴツくて怖そうな人だと思ってた」
阿之助と木郎は勘違いしていたようだった。
「そうだな、イメージは違った」
「えっ、生百合さん、顔知ってたんじゃないの?」
「いや、知らない」
「じゃあ、なんで、あの人が当主だってすぐわかったんだよ」
「異常なほど隙がなかった。足の運びから、視線、呼吸まで全てが完成された動きをしている。そんな人間、数えるほどしかいない」
「全然、わからなかった」
そんな会話を生百合と木郎が繰り広げていると、矢笠が戻って来た。
「お待たせしました。どうぞ」
人数分のお茶を配り、三人と対面するように座ると、矢笠は話し始めた。
「少しですが、お話は伺っております。なんでも、鬼退治の旅をしているとか」
「退治したいのは一匹だけだ」
「その鬼の件ですよね?」
「ああ、鬼の里が西にあると教えられた。少しでも情報があれば、教えていただきたい」
「鬼の里。ここからさらに西に、加沢という町があります、その町の北にある山の奥に鬼の里があります」
「本当ですか!?」
阿之助はあまりの話の早さに驚きを隠せない。
「ええ、今はいませんが、前まで、そこの鬼がうちの稽古を受けていましたので、確かです」
旅のゴールが見えてきた。
「でも、少し寄り道していってください。特に生百合さん。あなたは強いと聞いています。ぜひ手合わせ願いたいです」
「当主殿には及ばない」
「どうでしょうか、そうでなくとも、あなたとは話したいことが沢山ある」




