第二十一話 涙も枯れた
生百合と海坊主が沖へ出ている間、木郎と浦岡は家にいた。浦岡はずっと悩み込んだ様子で、時折、涙を流しては鼻をすすっていた。
「なあ、あんまり、悪い方向に考えるなよ。悪い事考えてると悪い事しか起きないし、いい事考えてればいい事ばっかり起きるもんだ」
「そうは言っても……」
「海に行こう。生百合さんと海坊主が、いい知らせをもって帰ってくるのを、二人で待とう」
木郎は無理やり浦岡を引っ張って、昨日の港に連れ出した。
波の音が優雅に潮風を運ぶ。海鳥の声が空高く響く。水平線は遥か彼方まで続き、空と海の境を濁らせる。心地の良い陽気だが、浦岡はうなだれたままだ。木郎は励まそうと、自分の話をし始めた。
「俺さ。家、ねぇんだ。ずっと父ちゃんと二人で暮らしてたんだけど、死んじゃってさ。昔から馴染みの人たちもみんな殺されてさ。毎日泣いて、涙も枯れた。けど枯れた時思ったんだ。みんなの分も俺が生きようって。そう思ったら、いろんな人が助けてくれて、生百合さんにも会えて、今は一緒に家を探してくれてて、すごい幸せなんだ。だからさ、そのホヨさんもきっと、ちょっと忘れてるだけとか、道に迷ってるだけとか、そんなもんだよ。そうやって思えば、そうなるんだよ」
木郎はポンと浦岡の背中を叩いて、顔を上げる浦岡に満面の笑みを見せた。浦岡はまた泣き出したが、木郎の思いは伝わっていた。
「そう、だよな……。ああ、そうに決まってるよ」
「ああ、そうさ」
ザバンと近くで、水面から何かが上がる音が聞こえた。
「戻ってきたか!」
木郎と浦岡が周りを見渡すと、金色の髪の女性が、海面から顔を出していた。
「ホヨ……」
浦岡が発したのは、呼びかけというより、つぶやきに近かったが、女性はこちらに気づくと、すぐさま、泳いで寄ってくる。
「二郎!」
浦岡はホヨを海から引き上げて、抱きしめる。
「よかった。何かあったんじゃないかって心配してたんだ」
「会いたかったわ、二郎。私……」
二人は泣きながら、抱きしめ合っている。その様子を満足気に見ている木郎だが、気になることが一つあったため尋ねることにした。
「なあ、浦岡。そのホヨさん、人間じゃね?」
嬉しさのあまり、気が付かなかったが、確かにホヨには人の足があった。それどころか、何から何まで、人間であった。
ひとまず、三人は浦岡の家に帰った。そこで、浦岡と木郎は人魚の一族に起きた悲劇を、聞かされることになった。
ホヨは約束の日に、人間の姿で会いに行って、浦岡を驚かせてやろうと思い、一足先に魔法を使う者のところに行き、人間にしてもらったのだ。人魚の住処では、そのことを知る他の人魚たちが、ホヨを送り出すために盛大な式をあげ、完全なお祝いムードだった。しかし、悲劇が起きた。化け物が襲ってきたのである。緑色の化け物は次々に人魚を食らっていき、人魚の兵士たちも、歯が立たないほど強く、ほんの数分で、ほとんどの人魚が食べられて死んだ。あまりの出来事に立ち尽くしていたホヨを、緑の化け物は食べようとするが、ホヨが人間だと気づくと無視して他の人魚を狙って行った。
仲間たちの悲鳴を聞きながら、ホヨは逃げきった。人間の体では泳ぐのが遅いため、二日もかけてこの港にだどりついたのだという。
ホヨは弱っていた。二日間も泳ぎ続ければ衰弱するのは当たり前だ。それでも、泳ぎ続けたのはこの港にいる、浦岡 二郎という一人の漁師のためだった。
「なんにもできなくて……ごめん。ホヨ、ごめん」
布団に横になるホヨの手を握り、また泣いている浦岡。ホヨは弱々しい笑みを見せて、首を振った。
「大丈夫。……だって二郎はずっと一緒にいてくれるでしょ?」
「もちろん。何があってもそばにいるよ。何があっても君を守るよ」
「うん」
安堵した途端、ホヨは眠りについた。
「でも、その緑のヤツ、許せないな」
「ああ、なんとか仇を討ってやりたい」
そんな経緯で、浦岡と木郎は、生百合と海坊主が帰ってくる前に、人魚たちに起きた悲劇を知った。
旅館の朝食を平らげた阿之助と由紀は部屋で話していた。
「あ、利久さん。カゴに詰めるの、買いに行くんですか?」
「はい、今日中にいろいろ選んでおこうと思って、一緒に来ますか?」
「わ、私はいいです。あの、私、トロくて嫌われてるので」
「僕がいますよ」
「行ってきてください。待ってますから」
「そうですか」
仕方なく阿之助は一人で、買い物に行った。買い物中、阿之助はついでに聞き込みをしたが、やはり、得られるのは人魚と矢笠家の話だけだった。
立崎に帰ってきた生百合は海坊主と別れ、浦岡の家にて、木郎、浦岡、ホヨと合流した。ホヨは寝ていたため、二人から事情を聞いた。
「そうか。よかったな」
「ああ、でも、ホヨの仲間を殺したヤツがまだどこかにいるんだ。仇を討ってやりたい」
意気込む浦岡に、生百合は報告した。
「人魚の住処で、得体の知れない生き物が襲ってきた。おそらくそいつだろう」
「大丈夫だったのか?」
「斬った」
浦岡の復讐は早々に終わった。
「そうか、先を越されてしまったな」
「お前とホヨは、これからどう幸せになるかを考えろ」
「ああ、そうするよ」
浦岡は愛する人と共にいられる幸せをかみしめて、笑みを浮かべた。




