第二十話 最初の遭遇
「二人の出生について調べ終えました。ご報告いたします」
矢笠家では生百合と阿之助のことを調べた家臣が、矢笠 宗将に報告していた。
「まず、生百合。19歳、女。男より大きな大女で、宮野の町の出身です。幼い頃から町の道場にて剣の腕を磨いていたようです。町の者の話では、師匠を殺した犯人を探して旅に出たそうです」
「師の名前は?」
「はい、稲木 龍一。25年ほど前には妖怪の討伐隊などに参加していた剣豪です」
「君は、その人を知っていたかい?」
「いえ、存じ上げませんでした」
「その人はひと昔前の大剣豪だ。百戦錬磨の父上が現役時代に唯一、勝てなかった人だ。その生百合という子が、無名の剣士ではないことがわかったな」
「その師を超えていなければ、一介の剣士と変わりありません」
「僕を立ててくれるのはいいが、もう少し視野を広げなさい。それで、もう一人は?」
「はい。小取 利久。21歳、男。こちらは随分小柄な男で、宮野の隣町、土能の出身です。百姓の家に生まれ、昔から世話焼きの少年だったそうです。おそらく、その性格から生百合に手を貸しているのだと思われます」
「おかしい」
「おかしいですか?」
「清水家の当主は銃で殺されたと聞いた。剣士は銃なんか持たない。当主を殺したのは、おそらくその小取。でも、なぜ百姓の息子が銃なんか持っている?」
「旅の道中で手に入れたのでは?」
「……臭うな。厄介ごとの臭いだ。ここに来たなら、その男には最大限、警戒しなさい」
「わかりました」
矢笠家での会話であった。
「利久さんってぇ、お金持ちなんですねぇ」
「別にそういうわけじゃないですけど、あなたみたいな美人にケチったりはしませんよ」
阿之助はいつも通り、女をはべらせ、高い旅館に泊まっていた。夜の情報収集でも鬼に関する情報は得られず、今日はナンパした女、由紀と寝るのだ。この由紀はのんびりした性格で、ろくに仕事もできないため、町の人間からは嫌われている。しかし、旅人であり、晩のお供を探していただけの阿之助にはもってこいなのであった。
「知ってます?この町には人魚が出るんですよぉ」
「らしいですね」
「でも、昔の話なんです」
「今はいないんですか?」
「はい。人魚の血肉を食べると不老不死になるっていう、言い伝えがあるんですぅ。それで、昔の人たちが人魚を捕まえようとして、実際は捕まえられなかったみたいなんですが、それに怒った人魚たちは、この町から離れて行ったんです」
「不老不死なんて、そんなのあるわけないのに、ひどい話ですね」
「この町では人魚に謝罪を込めて、年に一度、海に花や貝を入れたカゴを流すんです。それがいつか人魚に届いたら、戻ってきてくれるかもしれないから」
「切ないですね。でも、過ちっていうのは大抵過ぎてから気付くものですもんね」
「明後日ですよ、そのカゴ流しのお祭り」
「そうなんですか、なら、せっかくだし、僕も何か入れさせてもらえたりしますかね」
「各々、売っているカゴにいろいろ詰めて流すので、参加は自由ですよ」
「じゃあ、何入れるか考えないと」
次の日、生百合は待ち合わせの場所にて海坊主と合流した。昨日、浦岡から聞いた話を伝えると、海坊主は快く協力し、生百合は海坊主の手の上に乗り、人魚の住処を目指し沖へと向かった。
「ここか」
海の上に島というには、あまりに小さい岩が、突き出していた。
「潜るか」
「ああ」
生百合は海坊主の手から降り、海の中へ潜った。海坊主もその後を追う。
透き通る綺麗な海を、潜っていくと、海底に人魚たちが横たわっているのが見えた。しかし、生百合は息が続かず、ここで引き返し、浮上した。突き出す岩に捕まり、海坊主が上がってくるのを待つ。
「波に揺れて動いていたな。全部死体か……」
海坊主が大波を立てて上がってきた。生百合は再び、海坊主の手の上に乗る。
「どうだった?」
「みんな死んでた」
「傷は?」
「引っ掻かれたみたいなのと、太いクチバシに噛まれた痕があった」
「食べられていたのか」
「多分そうだ」
「なら、その犯人が、お前の嫌な予感の正体かもな」
二人が引き返そうとした時、海の中に黒い影が見えた。
「海坊主、海の中に何かいるぞ」
「捕まえてみるか」
影は凄まじい速さであったが、海坊主はうまく先を読んで、大きな手で鷲掴みにした。しかし、影の主はその手をかわし、海坊主の腕を駆け上がる。緑色の猿のような姿であるが、動きは人間に近い。
「肩を借りるぞ」
生百合も海坊主の腕を駆け上がる。緑の猿は海坊主の目を引っ掻く、がその時には、海坊主の反対の肩を蹴って、生百合がその猿にめがけ、刀を突き出していた。
貫かれた緑の猿と生百合は飛沫を上げて、海に落ちた。生百合は、ジタバタともがく猿の腹に刺さった刀と、猿の首を握りしめている。刀を深く差し込み、引きながら腹を裂き、掴んだ首を海底へと蹴りながら、生百合は浮上した。海坊主の手の上に登りながらつぶやいた。
「人にも見えたが、間違いなく人ではないな」
「なんだったんだ」
「おそらく、今のが人魚を襲ったヤツだろう。浦岡には気の毒だが、悪い知らせでもちゃんと伝えなければ」
生百合と海坊主は立崎に引き返した。これが、その化け物との最初の遭遇であった。




