第十八話 諦める復讐もある
城の救護室にて、一葉は今回の一件のことを、包帯でぐるぐる巻きにされ、布団に横になっている生百合に伝えた。話す途中で何度も泣ながら、それでも一葉は伝えきった。生百合は純真な一葉の頭を撫でた。
「選ばれたのは本当に、ちっちゃい赤ちゃんばかりで、……木郎くんは、選ばれてなくて」
撫でられてまた大泣きする一葉。練五郎の正義の心が宿っている。しかし、それに見合う力はない。だから泣くしかないのだ。一方で生百合は、阿之助の予想に反して、至って落ち着いていた。
「会いたい者がいる。場所を教えてくれ」
「えっ。生百合さん、そんな怪我で動いちゃ、治りが」
「教えてくれ」
二人がその場所へ向かっていると、途中で阿之助が立ちふさがった。
「安静にしてないとダメですよ、生百合さん。どこに行くつもりですか?」
「苔尾に話がある」
「ああ、なんだ。てっきり九条さんのところに行くのかと思いました」
「どいてくれ」
生百合が先に行こうと阿之助とすれ違う瞬間、阿之助は小声で囁いた。
「今回のことは僕も不服です。でも九条さんは侮れない。くれぐれも変な気を起こさないように」
「わかっている」
苔尾の待遇は決して悪くはなかった。客間を自室として与えられ、交渉の際に足を貫かれ、歩けなくなったため、世話係が交代でついていた。九条がなぜここまで、隙を見せているのか、苔尾はよく理解していた。残った五人の赤子が人質として機能しているのだ。もし苔尾が不穏な動きを見せたり、九条の指示に従わないようなことがあれば、その赤子の首が飛ぶのだ。状況は最悪である。そんな妖怪の長の自室に生百合がやってきた。
「わしを斬りに来たか」
「聞きたいことがあって来た」
生百合は苔尾の前に正座する。案内した一葉は生百合に言われ、部屋の外で待っている。
「妖怪たちが身を潜めていたのはどのあたりだ?」
「この城の東の森だ」
「そうか、わかった」
「それを聞いてどうする?」
「墓を建てる」
そう言って部屋を去ろうとする生百合は、引き止められた。
「待て。名を聞いていなかった」
「生百合だ」
振り返らずに答え、そのまま部屋を出て行った。
「生百合か。いい名をもらったな」
最後に聞こえたその言葉が、一体どういう意味なのか。生百合にはわからなかった。
生百合はその足で、城の東へむかった。
「ごめんなさい、生百合さん。本当は城の人みんなで、お墓を作るべきなのに」
「立場がある。一葉も気をつけろ。九条家は妖怪を敵としている」
「でも、こんなの正義じゃないです」
九条家の忍者としては、少々、心が清すぎる。一葉はこういう曲がった事が大嫌いな性格で、それは生百合にも共通した。ゆえに、一葉は生百合を頼るのだが、生百合は怒りを押し殺していた。
「諦める復讐もある」
本当は九条家を討ち滅ぼしてやりたい気持ちが、胸の中で爆発しそうだったが、生百合は阿之助のことを信頼している。特にこういった権力が絡んだ事柄は、自分より阿之助の方がやり手だとわかっていた。そして、そんな阿之助が九条家を敵視するようなことを言っていたため、生百合は阿之助が企む何かの、邪魔にならないようにすることが得策だと考えたのだ。
東の森にたどり着いた。森の中は所々血の跡があるが、死体は一つも見つからなかった。
「片付けられたか」
生百合は一葉を途中で城に帰した。九条家の人間が妖怪を弔っているところを誰かに見られれば、問題になるからだ。
一人で墓を建てる。大きな岩を、自慢の怪力で開けた場所まで転がして立てる。その岩に、あたりの石で文字を刻む。
安らかに眠られよ。そう一言刻み、生百合は黙祷をした。
城へ戻る途中の城下町にて、生百合は呼び止められた。
「生百合さん!」
振り返れば、見覚えのある少年が立っていた。人間の姿に変身した木郎であった。
「木郎……」
木郎は駆け寄り、生百合は膝から崩れ落ちながら、抱きしめた。
父譲りの変身の才能があり、これまでも、人間社会と関わりがあった木郎は、殲滅作戦を逃れ、うまく町人の家に転がり込んでいた。
「すまない。私には何もできなかった……」
木郎を強く抱きしめて、生百合は泣いていた。
「いいんだ。生百合さん。会いたかった」
木郎も泣いていた。最近はあまりにいろんなことがありすぎた。二人には休息が必要だった。
一ヶ月が経ち、生百合の傷は完治した。また、旅が始まる。生百合と阿之助は遥か西にあるという鬼の里を目指す。そしてもう一人、旅仲間が増えた。妖怪として生きていける家を探す木郎だ。
「ハタから見たらどんな関係の三人に見えるんですかね」
山道を歩きながら阿之助が二人に尋ねる。
「姉弟とその友達」
木郎が答える。
「その場合、僕が弟?木郎君が弟?」
「そっか、どっちも弟でいけるのか」
さすがに阿之助の方が大きいが、それでも、木郎と大した身長差はない。
「全員他人だ。顔が似てない」
「そりゃないよ、生百合さん」
「そりゃないよ、生百合さん」
全く同時に同じこと言う、阿之助と木郎であった。
「来るのか。例の人たちが」
男は屋敷の中庭で、家臣の話を聞いていた。
「はい、二人は西へ向かったと」
「何かを探しているなら、うちに来るのは時間の問題だね。フフ、楽しみだ。会う日が待ち遠しいよ」
「宗将様は、その二人を殺すのですか?」
「まさか、会いたいだけさ。瀬野さんを斬り、清水家の伊東を斬り、挙句には先の岡崎で暴れていた武蔵丸という狂人を、佐伯殿が倒す前に瀕死にまで追い込んでいたそうじゃないか。並の剣士ではないよ。それも、私と同等か、それ以上の」
「強者には間違いありませんが、そこまで強いとは思えません」
「先入観だね。全く無名の剣士だからそう思うのさ。出生を調べておくれ。流派となぜ今までそんな強者が埋もれていたのか、とても興味がある」
「わかりました」
矢笠家の屋敷にての会話であった。
岡崎編はこれにておしまいです。
鬼の里を目指して、新しい編が始まります。




