第十七話 僕らの旅が終わります
佐伯 小太郎は優れた剣豪である。幾度の決闘を制し、間違いなく歴史に名を刻む男だ。肉体面ではまだしも、技術面で生百合が敵う相手ではない。
「お前は強いな。その怪我でそこまで清んだ構えをするとは。できれば、万全の状態で決闘したいところだが、妖怪とあらば、慈悲はかけられない」
山を揺らしていた風は収まり、静寂の中で、佐伯の瞳が生百合を捉える。
「私は人だ」
「ならば、その一つ目の妖怪を渡せ、そうすればこの刀を納めよう」
「断る。この子には指一本触れさせない」
「やはり妖怪か」
「誰かを思うのに、人も妖怪も関係あるか」
「博愛はいいが、こっちも仕事なんだ。許せ」
「安心しろ。ここでは死なない」
緊張と威圧が満ちている。お互いに踏み込む隙を探している。呼吸の切れ間、気の途切れを探り合う。張り詰め切った空気を壊したのは、どちらの刀でもなく、一発の銃声だった。
「生百合さん、その人は幕府の人間です。手を出せば僕らの旅が終わります」
阿之助は地面に一発打った後、銃口を生百合に向けていた。
「脱獄犯か。愉快なコンビだ」
佐伯も生百合も刀を納める気配はない。しかし、今ここで佐伯と争えば、幕府から追われる身になる。阿之助はなんとしても、二人の刀が交わるのを止めなければならなかった。構えを一ミリも崩さない生百合のこめかみに、銃口を突きつけ、阿之助は生百合だけに聞こえるように小声で言った。
「大丈夫です。妖怪を助ける手筈は整えています。佐伯さんの目的はあくまで山道荒らしの犯人、次点で妖怪です。そこに倒れているのが犯人ですよね。今なら追ってはきません」
「私に逃げろと言うのか?」
生百合の悪いところだ。刀を向けられると一歩も引こうとしなくなる。当人は武士道だというが、阿之助からすれば、無謀な事の方が多い。それでもこれまで敗北するような事はなかったから多めに見てきたが、今回は勝敗に関係なく、戦ってはいけない理由がある。
「無茶は?」
生百合の頭に、もう二度と会えない命の恩人との約束がよぎる。
「……しない」
阿之助のだめ押しがきいた。生百合は刀を納めた。
「木郎、逃げるぞ」
生百合は背後に隠れていた木郎を脇に抱える。しかし、佐伯がそうやすやすと見逃してくれるはずもなく。
「全員逮捕だ」
三人に斬りかかってくるが、阿之助は全力で走って逃げ始め、生百合はその攻撃をかわす。
「佐伯、そこに倒れているのが、山道荒らしの犯人だ。まだ息があるぞ」
追撃をしようと迫る佐伯だったが、生百合の言葉と同時に背後に殺気を感じ、咄嗟に振り返りながら刀を振るった。刀は二刀に受け止められ、佐伯を無数のかまいたちが襲っていた。その隙に三人は逃げ果せた。
今晩は妖怪の大移動であった。総大将の意向で、妖怪たちは自らの家を捨て、青谷城へ向かう。闇に紛れ、山や谷を越え、新天地を目指した。その群れを先導するのは、九条家の忍者 一葉とその護衛として銃を持った阿之助、傷だらけの生百合が付いている。
「生百合さん、また傷だらけですね」
再会してみれば傷だらけの生百合を心配する一葉。
「たいしたことない。止血は済んでいる」
「お城に着いたら、また手当で一ヶ月くらいかかりますよ。今回の一件は九条家があまり絡んでいないから、手当すらしてもらえないかもしれないし」
「大丈夫だ。そのうち治る」
生百合の常套句だ。
岡崎から幕府の追っ手がくると思われたが、そのころ、岡崎の山では武蔵丸が暴れまわり、幕府から派遣された佐伯を始めとする剣客たちは、それどころではなかったため、妖怪の大移動はスムーズに行われた。
昼間には行動を控えて隠れ、夜に移動し、ようやく青谷城へ辿り着いた。妖怪たちは周囲の森に身を潜め、代表である苔尾と、帰還する忍者 一葉、傷の手当を受けたい生百合は青谷城へ入っていった。阿之助は特に用事もなかったため、観光だ。
話が通り、客間にて苔尾と九条の交渉が始まった。
「一葉からおおよその話は聞きました。まず、始めに確認なのですが、三年前の疫病を流行らせたのはあなたですか?」
「ああ、そうだ。わしが妖怪に敵対する人間を減らそうと思い、病を流行らせた」
「私の父が妖怪を敵対していたのに、よく、今回青谷城へ来ましたね」
「群れのためだ」
九条は優しい笑みを浮かべた。
「では、あなたがその力を私に貸すかわりに、妖怪の群れを助けてくれということですね?」
「この老いぼれの身一つで群れが救われるのなら安いものだ」
「……五人」
確かに九条はそういった。苔尾にはその意味が理解できなかったため、少々の沈黙があり、九条が続けた。
「あなたが私に服従すれば、あなたが選んだ五人の妖怪は助けてあげましょう。幼い子を選び、未来に託すもよし、屈強なものを選び、それこそ私の命やこの城の陥落を狙ってもよし。いかがですか?」
苔尾は憎悪を抱いた。この女の冷徹さに、ここまで事を運ばせた小取 利久という男に。
「そんな交渉には乗れんな。新天地を目指し、我々は旅を続ける」
部屋を立ち去ろうと、襖を開けるが、その外には幾人もの兵士が刀を構えており、苔尾はすぐさま足を貫かれ、その場に倒れた。そんな苔尾に歩み寄り、九条は話を続けた。
「ここが敵陣だという事を忘れないでください。それでどうしますか?ここで死んで、群れも全滅するか、もしくは私に魂を売り、群れの中から五人を救うか」
「そんな事に応じて、他の者はどうなるというのだ!」
「殲滅ですよ。もう既に佐伯様が率いる妖怪討伐隊がこちらに向かっています」
絶望が苔尾を襲った。
「九条さんも怖い人だ」
城下町の茶屋にて、一葉から九条の意向を聞かされた阿之助は、自分の思ったほど、九条を苦しめられなかったと思い、少々がっかりした。無論、一葉には悟られないようにだが。
「利久さん。……私、こんな事のために、あの妖怪の人たちを連れてきたわけじゃ」
一葉は泣いていた。岡崎から青谷城まで、救われるために共に旅をしてきたのに、総大将と5人を残し殲滅だなんて、納得できるはずがない。
「一葉さん。僕もです」
嘘だった。阿之助の狙いは九条家にうまく妖怪を取り入らせる事で、幕府に対しての九条家の弱みを作ることだった。九条がたくさんの妖怪を隠すのはたやすくない、幕府にツテがない阿之助でも、少し密告すれば簡単に暴かれ、九条家は崩壊する。九条家に対しこういう強みが欲しかったのだ。しかし、九条 シオは切れる女だ。隠し通せる人数を指定し、交渉ではなく脅迫した。もはや、苔尾に選択肢はなかったのだ。
この数日で、周囲の妖怪はほとんど殲滅され、苔尾はまだ赤子の妖怪を五人選んだ。苦しい選択だった。断り自らの命を絶つことも考えたが、結局殲滅されることにはかわりない、となれば九条に従い、確実に五人を助けるというのが苔尾の長としての判断だった。
「私、生百合さんに伝えてきます」
「それでどうなるんですか?一葉さんも生百合さんも殺されて終わりですよ」
生百合は怪我の療養のため寝たきりで、このことを知らされていなかった。もし、知ったならば怒り狂って九条を殺しに行くだろう。
「でも、知らないなんて悲しすぎます。木郎くんだってあんなに懐いていたのに」
「だからこそです。この怒り、あの人は止まらなくなる。それこそ九条家を滅ぼし兼ねない、そうなれば幕府とも敵対する。そんなことはさせない。あの人はまだやることがある。世界を敵に回しちゃいけない」
「慕っていた人が、いつの間にか殺されているなんて、こんなに辛いことはないんです!時間が空けば空くほど辛いばっかりなんです!」
一葉は城に駆けだした。
「やれやれ。情熱的な人が多くて困る」
阿之助は茶屋の会計を済ませて、城に向かった。




