第十六話 翼を授ける
男の名前は宮島 武蔵丸。25年前、九条家の前当主が組織した妖怪討伐隊によって、滅びを迎えようとしていた天狗の一族が、妖怪と人との架け橋になってくれと願い、総勢50人の天狗たちが自らの魂が込め、作り上げた人の形を模した天狗の力の塊。それがこの男であった。
妖怪の希望となるべく生まれた男は、剣士 新井 無三とその妻に拾われ育てられた。成長するにつれ、夫婦は気づいた。この子が普通の人間ではないことに。感情に伴い不気味な風が吹き荒れ、周囲では頻繁にかまいたちが起こった。10歳になる頃、近所の子供に化け物といわれ、怒った拍子にその子を、かまいたちで血まみれにした。それ以来、家の地下牢に入れられ、外界との関係を絶たれていた。しかし、ついに狂い、竜巻を巻き起こして牢を破壊して脱出すると、両親を殺し、名前を捨てた。
その後、宮島 武蔵丸と名乗り、放浪の旅をした。やがて、導かれるようにこの岡崎にたどり着き、妖怪の集落に招待された。その道中、天狗の力が暴走し、山道を荒らしてしまったのだ。集落では総大将 苔尾から、出生について知らされた。
武蔵丸は激怒した。妖怪の都合で生み出され、人間には化け物扱いされ、行き場をなくした。妖怪と人を共存の道へ、手を引いていくはずだった男は、どちらにもなれず狂気の底へ落ちていった。
怒りに任せ苔尾を殺そうとしたが、相手は妖怪の総大将だ。妖術は封じられ、肉体も無力化された。なんとか逃げたが、タイミング悪く佐伯 小太郎に捕まってしまった。苔尾の封印を自ら破り、武蔵丸は再び苔尾の命を狙っていた。
「生百合さん!起きてよ!」
木郎は家に帰り、寝ている生百合に飛びついた。
「ん、なんだ」
寝起きの生百合は、木郎の慌てようで、なにかが起きたことを察した。
「父ちゃんが……。山道荒らしの犯人がやったんだ!」
木郎は泣くのを必死にこらえているようで、声が上ずっていた。生百合は起きて立ち上がり、布団の脇に置いていた刀を帯刀した。
「熊男の腹いせか」
首を横に振って否定する木郎。
「違った。源次は今戦ってる」
生百合は木郎の頭を撫でた。
「ここにいろ。斬ってくる」
そう言い残し生百合は外に出た。その時、あたりの山々に、狂気と怒りに満ちた雄叫びが響き渡った。生百合はその声がする方へ向かった。途中の山道で道之助と源次の遺体を見つけた。どちらも酷い切り傷だらけで、血があたりに飛び散っている。
あの子に寂しい思いさせてんのもわかってんだ。道之助の言葉を思い出し、生百合は固く拳を握りしめた。
「必ず殺す」
声がした場所まではもうすぐだった。
佐伯は牢屋敷から、かまいたちの痕跡をたどり、武蔵丸を追いかけていた。
焦りが募る。得体が知れない力で、牢屋すら破壊する。町で暴れられたらどれほどの被害が出るかわからない、一刻も早く無力化しなければならなかった。しかし、痕跡は途切れてしまった。
「どこへ行った……」
佐伯がそう呟くと、山の方から狂ったような雄叫びが聞こえた。
「お返事、どうも」
佐伯は声の方へ向かった。
風が強く吹いている。木々がざわめき、不穏な夜であった。武蔵丸の周囲は、風とかまいたちによって、木々が切り倒され、開けていた。薄い三日月の光が差し込み、武蔵丸を照らしている。
「この世で、月だけは綺麗だ」
つぶやき、武蔵丸は妖怪の集落へと、再び歩みだそうとしたところで、呼び止められた。
「待て」
そこにいたのは人間の女で、男に見紛うほどのガタイがよく、武蔵丸にも負けない殺気を放っていた。
「道之助と源次を殺したのはお前だな」
「人が妖怪の仇を討つのか」
「ああ、誰かのことを思うのに、人も妖怪も関係あるか。お前はここで殺す」
大女は腰の刀を抜刀し、まっすぐに武蔵丸に向かって構えた。
「殺せるのなら殺してくれよ」
武蔵丸は両手に持った二刀を、構えることもせず、飛びかかった。しなやかで鋭い武蔵丸の一太刀を、大女は刀で叩きつけるように払って受け流す。その時には武蔵丸の二刀目が大女を狙う。咄嗟に刀の柄で受け止める大女だが、無数のかまいたちが問答無用でその体を斬り刻む。
道之助も源次もこの攻撃で死んだ。しかし、大女は生きていた。それどころか怯みもせずに反撃してきたのだ。武蔵丸は一刀で防ぐが、その打ちはまるで人間の力ではなく、押し飛ばされ、木の幹に体を打ちつけた。
武蔵丸は理解した。これほどの強さを持ち、妖怪と人を区別しない。自分を作り上げた妖怪たちが望んでいたのは、こういう人間なのだと。ますます腹が立った。もう一度、大きな雄叫びをあげると夜の風が吹き荒れ、武蔵丸の怒りが山を揺らす。
全力で、最速で、武蔵丸は大女に向かって両刀を振るった。防がれるが、かまいたちが追撃し、大女を血だらけにする。それでもやはり、怯まない。両刀は払われ、武蔵丸を怪力パンチが襲う。体を反らしてかわし、追撃から逃れるために飛びのこうとするが、武蔵丸の足は踏まれている。一瞬のつまずき、武蔵丸は袈裟斬りをくらい倒れた。大女が止めを刺そうと刀を振りかざす。
死が見えた。武蔵丸の頭の中で声が聞こえた。
「我らの愛しい子よ。怒りを静めろ。悲しみのない空へ行くための、翼を授ける」
突如、武蔵丸の背中に真っ白な鳥の羽が生え、地面を弾くように飛び上がった。三日月の夜空に、怒り狂った最後の天狗が飛んでいた。
「やはり、月だけは綺麗だ」
武蔵丸は一言つぶやくと、急降下し、真上からの鋭い突きを放った。大女は切先で絡めていなし、落ちてきた武蔵丸の胸元を斬り裂いた。武蔵丸は地面にどさりと落ち、起き上がってはこなかった。
「望み通りだ」
大女と武蔵丸の戦いは大女の勝利で終わった。
二人が激闘を終え、すぐに佐伯 小太郎が現れた。惨状を見つめ困惑している様子だ。
「これは……。あんたが倒したのか。酷い傷だ、手当をしなければ」
生百合は血まみれで、立っているのがやっとという状況だった。
「生百合さーん」
そんな生百合のもとに木郎がかけよってきた。
「心配だったんだ。生百合さんまでいなくなっちまったら、俺、本当に一人ぼっちになっちゃうから……」
木郎は泣いていた。一つの大きな目から、大粒の涙をこぼして泣いていた。その様子を見ていた佐伯は、冷徹な目を光らせ、抜刀した。
「お前も妖怪か」
「木郎、逃げろ。まだ終わってない」
生百合は佐伯に刀を向けた。




